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昼飯を食べた太陽が職員室に行くと、獅堂は席で待っていた。 「来たか」 「すんませんっした」 「……いきなり何だ」 「いや、とりあえず謝っておこうかな、と」 出会い頭に謝罪するあたり、まったく反省するつもりがないのと同時、常に謝罪するような何かを抱えているという意味である。 「で、何の話でしょう」 「お前、普通に随分な態度だな。まあいいが。アタシはただ、一本ダタラについて話したかっただけだ」 「多々良の?」 獅堂は頷き、 「烏丸。あいつを説得しろ」 「どうやって?」 「アタシは手段を説いたんじゃない。説得しろと命じたんだ」 「……。それ、無責任じゃないすか?」 「お前が説得しなければ意味がない」 太陽には、獅堂が言いたいことがわかっていた。 獅堂がその気になれば、多々良くるみ一人を追い返すことはたやすい。だからこそ、そうさせてはならない。 相手の目的は知れていないのだ。力で解決すれば諦めてくれるような問題なのかもわからない。最悪の場合、この街が妖怪大戦争の舞台になりかねない。 それに、太陽自身、獅堂に頼りきりになってはならないと思っていた。それは、一人の妖怪としての矜持だ。 「だが、アタシも鬼じゃない」 「え゛」 「殺すぞ貴様。放課後、部室棟最上階の一番奥にある部屋で待ってな」 「協力してくれんすね」 「まあな」 そこで、獅堂は視線をそらした。強気な彼女にしては珍しい動作に、太陽は少しいぶかしむ。 「お前には話したこと、なかったよな」 「何の話っすか?」 「知らないならそのままでいい。アタシも話したいとは思わないしな」 「そうっすか」 無理に聞き出そう、とは思わなかった。獅堂のことだ、話すべきと思う内容は全て包み隠さず話すだろう。そうしないということは、その必要がないということだ。 「アタシの話はそれだけだ」 「うい。先生、ありがとうございます」 「なんだ、気持ち悪い」 「生徒が普通に感謝を口にしているんだから、普通に受け取って下さい」 「はん。アタシがそんなタマに見えんのか?」 「素直じゃないっすねぇ」 それでも助けてくれるのだ。 まあ、良い人なのだろう。 授業を終えた太陽は、たらたら部室棟に向かっていた。 太陽の通う東雲高校は、古い校舎を文化部の部室として使用している。三階建ての旧校舎は新校舎と違い、どことなく薄汚れているし、寒暖にも弱い。その点、教室として使っている新校舎には劣るが、部室内はある程度の自由があった。そのため、文化部の生徒は、だいたい放課後を部室で過ごす。 太陽はいつも、二階にある手芸部の部室で過ごしていた。だが、今日は獅堂に言われた通り、三階の最奥まで足を運ぶ。 自分の部室が二階にあるせいで、三階まで足を運ぶことはほぼない。そのため、奥の部屋、と言われても、どこの部室かピンとこなかった。あるいは、余っている教室かもしれないが。 行ってみると、中から人の声がした。もう来ているのかな、などと思いつつ、太陽は扉を開く。 と、 「捕獲!!」 「ッ!?」 逃げる暇もなかった。 いきなり教室から飛び出してきた物体にしがみつかれた太陽。ぶっ倒れなかっただけマシかもしれない。 「よく来た少年! いつでも歓迎するよ! いやあ今日は収穫が多いね転校生に引き続きカー君までゲッチューとは!」 「ゲッチューじゃねえしなんでルナ先輩がいるのとかなんで多々良がいるんだとか色々と思うところはあるわけなんだが!?」 「いっぺんに言わないでよ〜、わけわかめよ」 ずるずるとルナに引きずられ、太陽は室内に運び込まれた。パイプ椅子の上から、くるみは丸い目で見ている。 「烏丸太陽。何故ここに」 「それはこっちの台詞だ」 「入部すれば駅前の牛丼屋の割引券を頂けると聞きまして」 「割引券なんかに釣られんな」 「あなたは五十円の重みを知らないのですか!」 「学生なら誰でも知ってるわ馬鹿。というか、ここ、何なんすか」 ようようちゃんと立ち上がった太陽は、室内を見る余裕を取り戻した。 取り立てて何があるわけでもない部屋だった。長机と、パイプ椅子が六つ、大きな窓。それだけしかない。椅子の背面に当たる位置には本棚が並んでいるが、棚を埋めている本はといえば――。 『UMA探検隊 〜南アフリカに天狗を見た!〜』 『口裂け女は実在した!』 『雪山の伝説! 巨虎の正体に迫る』 「すっげー胡散くせえ」 「にゃにおう!? やんのかこら!」 しゅっしゅ、とシャドーボクシングしてみせるルナ。 「つーか。ここ、もしかしなくても生物部っすか?」 「イエス、ウィーキャン」 「すんません間違えました」 「じゃあ医者料ね。……ところでなんでお医者さんの代金にせーしん的な苦痛が含まれるのかしらね?」 「そら医者料じゃなくて慰謝料だからだろ。そして金はない」 「もう、貧乏ってイヤねぇ。なら体で払うべきね。具体的には労働で。ちょうど雪山にネッシーを探しにね」 「ネッシーは湖だし雪山なんて春の日本にねえだろ」 「北海道的な」 「遠いわ!」 まったく話が進まない。ため息ひとつ、仕方なしに太陽はパイプ椅子に腰かけた。何を言おうとも、獅堂が指定したのはここなのだ。なぜ生物部なのかは分からないが。 「そういや、ルナ先輩、生物部って何をするとこなんすか?」 太陽も、生物部の正確なところは知らない。というか、この学内に知っている者はいないかもしれない。 朝霧ルナという、他人を振り回すことに一切の躊躇を覚えない変人がいるような場所だけに、誰も近づかないのだ。彼女はよく残念美人と称される。 「おお、ここを知ろうとするのは良いことだねカー君。ならば教えてあげよう。生物部はね、未知の生物を発見し、共に生きるための部活なのだ!」 「お得意のUMA?」 何故だか知らないが、ルナが未確認生物に強い関心を抱いていることは知っていた。太陽も一年の時から同じクラスにいたせいで、何度かUMA探しを手伝わされている。そしてその度に死にかけた。 「じゃあカー君も来たことだしさっそくフィールドワークしようか」 「まあちょっと待て。顧問の先生とかそういうのは」 もはや太陽自身の能力で朝霧ルナを止めようというのは諦めている。ならば、従わざるをえない教師の力を借りればいい。 だが、 「んなもんいないわ」 「は? だってここ、部活だろ?」 「部って名乗ってるけど同好会だし。というかあたし一人しかいないのに部活にできないじゃん」 「……はっ!」 そう、部活動をするためには、最低限四人以上の部員が必要だ。その点、ルナ一人しかいなかった自称生物部は、部活動にはなりえない。よって、正確には生物同好会。 「というわけで、君を救うヒーローはいないのだよカー君」 「わかってんじゃないすか。じゃあ俺が行きたがらないことも把握してますよね?」 「それをあたしが考慮するとも思ってないよね?」 その通りで。 「大丈夫、今日はターちゃんもいるから。たぶん死なないから」 「今までも十分に死にそうな目に遭ったわ! 普通の人間は崖から落ちたら死ーぬーのー!」 「カー君は丈夫だからオッケーだってば」 「そこまでにしとけよ、朝霧」 突如、ガラリと扉を開き、獅堂が姿を現した。獅堂はパイプ椅子を窓際まで引っ張ると、窓を開け、腰を下ろした。 そして、ポケットに手を突っ込むと、煙草の箱を取り出す。 「先生。なんでこんなとこ指定するんすか」 「お? 何の話や」 「まあ落ち着け、吸わせろ」 煙草を口にくわえ、火をつける。すう、と一服。 紫煙を窓の外に向かって吐き出し、獅堂はようようこちらを向いた。 「で、なんで生物部か、だっけ? そりゃここしか煙草を吸えないからだよ」 「喫煙所は」 「アホ校長のせいで撤去された。校内全面禁煙、だと。んで、アタシが散々抗議しまくったら、顧問やるなら、部室で吸っていいって」 「……。生徒の健康的なもんは」 「んなもんアタシが考慮すると思うか?」 どっかで聞いたせりふだった。 「というわけで、朝霧、今日からアタシがここの顧問。でもって生物同好会は部に昇格だ」 「マジでっ!? って、四人目の部員は?」 「というか。俺がここの部員じゃねえ」 「アタシが転部届けを偽造しておいた。ほら、同好会じゃ顧問になれないじゃん?」 「あんた何をしくさってんだ!? このニコ中が!!」 「努力家と言え。それと四人目は幽霊部員な」 もはや気力を失った太陽は、最後にそれだけ聞くことにした。 「あー……、なぜ、幽霊と断言するんすか?」 「登校拒否だからだ」 「また偽造じゃねえかッ!!」 「それより牛丼を食べに行きましょう」 誰も彼もがマイペースな部室だった。 |