要塞都市ターナイン。炎壁都市クインベルグと並び、守りの強固な都市として有名な場所である。ラブフランジェからは、早馬で一日もかからないほど近くにある都市でもあった。 ターナインが持つ最大の特徴は、都市を囲む城壁にあった。城壁で囲まれた都市は他にもいくつかあるが、ターナインの城壁は、複数のルーンを組み合わせて刻むことで、あらゆる攻撃に対して抵抗力を持つ、まさに魔法の壁であった。 「ひでえ、な」 しかし、それはすでに過去の話となりつつあった。 グレイスたちの目の前に並んでいるのは、ただのガレキの山。 無数のルーンは粉々に砕け、元はどういう文字だったのかも判然としない。それは、物理的な力だけではない、物理法則を越えた攻撃を受けた証でもあった。 「救援要請という話だったが、少し遅かったようだな」 額に深いシワを刻みながら、リットはコカトリスの背から降りた。 救援の要請を受けたリットたちは、隊を率いるのは副官に任せ、サイモンの召喚獣で先行していた。 けれど、それでも間に合わなかった。 城壁は崩れ去り、その奥に垣間見える家並みもまた、無残に破壊し尽くされている。 「とりあえず、中に入ってみよう。まだ生存者がいるかもしれない」 リットの先導に従い、グレイスたちも後に続いた。 ガレキを踏み越えた先に待つのは、やはりガレキの山。家が、道が、そして、そこに生きていた人々までもが破壊されていた。 「人間のやることじゃねーな」 口元を押さえながら、グレイスは言う。あちこちにガレキに混じって死体が転がり、血と死の臭いが満ちていた。 「おーい、誰か生きている者はいないのかー!」 大声で呼びかけても、返事はない。静寂が、都市から遺跡となったこの地を覆い尽くしている。 ふと、 「……聞こえる」 ウィルは足を止めた。じっと耳をすませ、元は家であった場所を指す。 「そこから、人の声みたいなものが」 「こっちかなん」 ディックは注意深くガレキに近づく。ウィルの指示に従って石をどかしていくと、傷だらけの男が姿を現した。 「おい、生きてるか?」 声をかけると、わずかに身じろぎし、薄く目を開いた。 「う……、誰、だ?」 「救援っすよ。ちっと、遅かったみたいだけどなん。ま、とにかく動くなよ」 男の体を掘り起こし、引き上げる。全身に傷を負っているが、命に関わるほどの大怪我は見当たらなかった。 「すまない、助かった」 壁に寄りかかるようにして座らせると、男は小さく礼を言った。存外に元気なのかもしれない。 「何があったんだ。君は、ここの守護騎士だろう?」 「あんたは、神聖騎士団のメンバーか……。そうだ。俺は、守護騎士団のひとつを任せられていた者だ」 隊長であった男は、周囲を見渡した。 「くそッ! あいつら、好き勝手にやりやがって――!」 「あいつらとは?」 隊長だった男はリットを見上げ、その名前を口にした。 「魔族だ」 その言葉に、みなが眉をひそめる。 「どうして魔族がターナインを? 何かあったのか」 「知らん。奴ら、いきなり攻めてきやがったんだ。部隊の編成や動きからすると、間違いなく訓練された連中だ。俺たちも抵抗したんだが、状況の把握に遅れ、各個に潰されちまった」 「向こうは周到に準備をしていた、ということか……」 隊長だった男はグレイスたちの顔を見渡し、言った。 「頼む。俺は大丈夫だから、都市の中を見回って欲しい。まだ生きている奴が、きっといるはずだ。そいつらを助けてやってくれないか」 「わかった。すまない、ゆっくりと休んでくれ」 リットは礼を言うと、一同を見回した。 「仕方ない、バラバラになって捜索しよう。私とウィルは向こう、グレイスたちはこの付近を。いいね?」 確認を取り、全員が散っていった。 再び集合した時、グレイスたちの表情は重くよどみ、空気は沈みきっていた。 あちこちのガレキの下からは、たしかに生存者が見つかった。だが、それ以上に、死者の方が圧倒的に多く見つかったのだ。 それは、後発の騎士団員が到着してから追加で行った調査でも、同じ結果だった。 「くそッ! あいつら、なんだってこんな真似を――!」 被害状況を聞いた元隊長は、屈辱と怒りで染まっていた。 被害者たちの傷を癒すための簡易テント。そこに、グレイスたち五人と、負傷者の中でも程度の軽い元隊長の男が集い、状況の確認を行っていた。 「我々が調査した結果だと、被害は騎士団より一般市民に多かったようだね。救護できたのも、大部分は騎士団員だ」 「ってことは、連中は戦えない奴を狙って攻撃したってことかよ!?」 質問に、リットは重々しく頷いた。 「ふざけてるなん。とても、戦争のスタイルとは思えない」 「うむ。これではただの虐殺だ。領土を広げるとか、奴隷が欲しいとか、そういった目的はまるで感じられなかった。まるで、殺すために仕掛けたようでさえある」 「殺すために、ね」 リットは後から来た団員たちの調査結果をも頭で整理し、言葉を紡いでいく。 「実際、連中の攻撃はかなり執拗だったと考えられる。なにせ、地下室まで荒らした痕跡があったからね。大人も子供も、関係なく殺されている」 「なあ。それ、本当に魔族がやったのか?」 質問したのは、グレイスだった。リットは言葉を止め、視線を移す。 「どういうことかね、グレイス」 「……、あたしが知っている限り、魔族がそんなことをするとは思えないんだよ。あいつらだって、人間と同じように笑ったり、泣いたりできる連中なんだ。それが、こんなことをするなんて――」 顔を伏せるグレイスに、リットは端的に答えた。 「グレイス。君が今までどんな魔族と会ってきたのか知らないが、全てがそうだとは思わないことだ。私も、君も、それこそミスティアやその他の賞金首のように、同じ種族でも実に様々な考えがある。魔族だって、同様のはずだ」 「そりゃ、そうだろうけどさ」 「納得、できないかなん?」 グレイスは顔を上げ、ディックを見つめた。 「たとえば、オレはちょっと前に、とある山村の小さな村に立ち寄った。その時は、魔族が人間を操り、遊んでいたなん。わかるかにゃー?」 「そういう経験なら、僕にもある」 続いて、サイモンも口を開いた。 「以前、人間が水竜の翼を傷つけ、竜の血を集めていた。その人間たちを雇っていたのは、やはり魔族だったよ。しかも、人間たちが裏切りかけた途端、殺した。何のためらいもなく」 言葉に詰まったグレイスは、泳ぐ視線を、ウィルに注いだ。 「ウィル。お前は、魔族と会ったことは?」 「――ある。一度だけ、だけど」 ウィルの瞳からは、常日頃の明るい色が消えていた。暗く重く、痛々しい雰囲気が全身を包んでいる。 「オイラの住んでいた村は、小さな村だったんだ。それまでは、オイラも楽しく暮らしていた。なのに、あいつらが、オイラの村を殺した」 誰かが息を飲む気配が伝わった。 グレイスは目を大きく開き、問う。 「それは、魔族が、お前の村を滅ぼしたってことか?」 ウィルは、小さく頷いた。 「突然、だった。オイラ、何が起きているのかわかんなかった。いきなり家が火に包まれて、じいちゃがオイラに逃げろって言ったんだ。オイラも戦うって言ったんだけど、それはダメだって。代わりに、人を探して欲しいって言われたんだ。それで、旅に出た」 ウィルが口を閉じると、沈黙が部屋を包み込んだ。けれど、誰も何も言わない。空気は鉛のように重く、身動きすることさえためらわれる様子だった。 「わかったろう、グレイス」 沈黙を破ったのは、リットだった。 「魔族も、全ての者が善人なわけじゃない。人をだまし、殺し、使い捨てるような奴もいるんだ」 「……あた、しは」 ぎゅっと拳を握り、眉根を寄せて。グレイスは、血を吐きかねない勢いで、言葉を放つ。 「それでも、魔族と人間は手を取り合えるって、信じたい」 「冗談じゃない!」 ガッと、グレイスの胸倉をつかむ影。元隊長の男だった。 「お前、本気で言っているのか!? ターナインを滅ぼした連中の肩を持つって言うのかよ!?」 「そんなんじゃねえ! オレにだって、ここを襲った連中が悪いことをしたってくらいはわかる! けど! だからって魔族全員が悪いなんて思いたくないんだよッ!」 つかみかかった手を強引に外し、グレイスは強いまなざしで男をにらんだ。男もにらみ返し、けれど、それ以上には何もしなかった。 「できれば、感情的にならないで聞いて欲しいんだが」 ふたりの間に割って入るようにして、リットは立った。 「私も、全ての魔族が悪党であるなどとは考えていない」 「なら……」 「だが」 リットの、たったひとつの目が、グレイスを射抜く。 「ここを襲った連中を許すわけにもいかない。これは絶対だ。それは、理解して欲しい、グレイス」 グレイスは口を開きかけ、しかし、言葉を見失ったように閉じた。 そして、仕方ないとばかりに、小さく首を縦に振った。 |