■母

あさん・・・。

「は?」

かあさん・・・。

「かあさん?」

「お母さん?」

「誰がお母さんよッ!まだティーンエイジよッ!」

怒りを声にはらませて、ナミはガバリと起き上がった。

「あ、れ・・・?ここ、どこかしら?」

キョロキョロと見回す。何と言えばいいのかわからないが、とても暗い空間だ。

とても暗くて光など何もないのに、自分の姿は明るく感じる。なんとも理不尽な、不可思議な空間。

「お母さん、なの?」

「誰がお母さんよッ!?」

怒りつつナミは振り向いた。そこにいたのは、ナミの腰くらいまでの高さしかないカイリューだ。カイリューは太い手足と長い尻尾を持ち、広い海に住

むと言われるドラゴンポケモンで、その体長は本来なら2メートル以上あるはずだ。少なくても、ナミの腰までの高さしかないわけがない。

子供という事もないだろう。カイリューの子供はミニリュウというポケモンで、ミニリュウはヘビのような外見である。少なくてもこんな外見ではない。

「あなた、カイリュー・・・なのよね?」

「ううん、違うよ」

「カイリューじゃないの?」

それもそうか、とナミは思い直した。外見はカイリューでも大きさが違いすぎるのだから。

「僕はゼロハチサンゴーって名前だよ」

「ゼロハチサンゴー・・・?083号!?」

ナミは我が目を疑った。

083号。それはつい先刻までナミの前に立ちふさがっていた化け物。キメラ・ポケモンに与えられた番号だ。

「あなたが083号、なの・・・?」

「うん!ねえ、お母さんでしょ?」

「お母さんって・・・。私は人間よ?博士の研究に協力した事もないし」

「でも・・・お母さんの感じがするよ?」

083号は濁りのない純粋な瞳をナミに向けた。その目には疑いの色はまるでない。

「お母さんの、感じ・・・?」

――あ。

あの、感じ。キメラに初めて逢った時の肉親に逢った時のような感覚。あれは、まさか本当に・・・?

「いやいやいや!ありえない、ありえないわよッ!なんでポケモン産むのよ!?ってか、私はまだシた事もないってのー!」

「何を言ってるの?お母さん?」

「・・・・はッ!」

急に正気に戻り、ナミは083号に向き直った。

「ねえ、どうして私があなたのお母さんなの?」

ナミは努めて優しげな口調で問いかけた。

「だって、僕と同じニオイがするもん」

「同じニオイ・・・」

083号と逢ったのは、シロガネ山が初めて。

では、どうして083号はナミを母親と勘違いしたか。親子が親子であるその根源的な理由。それは・・・。

「ま、さか・・・?」

「どうしたの?」

ひとつ、可能性がある。目的は不明だが、それなら理由がわかる。

「あなた、私の血が・・・?」

「うん?」

無邪気な083号に聞いたところで答えは出まい。ナミは質問を変えた。

「ねえ、戦いは止められないの?」

「うん・・・。だって、ハザマには逆らっちゃいけないんだもん。仕方ないよ」

「でも、そのせいで色んな人が傷つくの。それでも戦うの?」

083号は悲しげに目を伏せた。ナミはその顔を持ち上げ、無理矢理に自分と視線を合わせた。

「いい?正しいと思う事、間違っていると思う事ってのは、誰かに与えられるものじゃないの。自分で選び出して、自分で出した答えじゃなきゃ駄目

なの。あなたは私やショウと戦いたいの?」

「・・・僕は、誰かが悲しそうな顔をするのは嫌だよ」

「じゃあ、ハザマと戦いなさい。結果としてハザマは悲しいかもしれない。けれど、ここでハザマと戦わなきゃもっと多くの人が悲しい事になるの。今、

ここでハザマと戦わなきゃいけない。わかるわね?」

083号は子供のように頷いた。その稚拙な行動に、ナミは頬を緩めた。

「偉いわ。でも、口だけじゃ意味がないの。実際にやらなきゃね」

「うん・・・わかった。僕、ハザマと戦う!ありがとう、お母さん!」

「・・・お母さんって呼ぶのは止めてくれるかしら?」

笑顔を凍りつかせたまま、ナミは呟いた。



「・・・カイ!『ドリルくちばし』!」

煙を切り裂き、カイの回転を加えた突進がキメラを狙う。

「受け止めろ!」

キメラはカイの一撃を真正面から受け止める。その程度では大きなダメージにならない。

「ラッシュだ!ラン、『かみなりパンチ』!」

カイの陰からランが飛び出し、瞬時に拳に電撃を集約させる。そのままキメラの顔面を殴りつけた。

「無駄だ無駄!その程度の攻撃で倒れるものか!蹴散らせ!『はかいこうせん』!」

二発目の破壊光線が放たれる。その先には、ラン。

「ラン!?」

キメラの顔面を狙うために高くジャンプしたランには、『はかいこうせん』を回避する事ができない。そこに、影が飛び込んだ。

「ケエエエエエ!!」

カイはランを弾き飛ばす。ランは光線の攻撃範囲から外れるが、逆にカイは・・・避けられない。

「カイィィィィッ!」

ズドンッ!

『はかいこうせん』の必殺の威力が弾ける。直撃を受けたカイは、かすかに煙をその身から放ちながら、地上へと落ちた。

「カイ!」

ショウは慌てて近寄る。体力は完全に尽きている。もう戦う事は・・・できないだろう。

「・・・カイ、ありがとう」

カイをボールに戻し、ショウはハザマを睨んだ。

「次、行くぞ」

「来い。ショウ」

ハザマは決して避けない。逃げない。正面から勝負し、正面から叩き潰す。それがハザマの戦い方。キメラの戦い方。

「お前の全てを、否定してやる」

ショウの前に立ちはだかった壁は、あまりにも大きい。



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