■旅路の果て

博士たちは出て行き、部屋にはショウとナミだけになった。

「・・・ナミさん、終わったんですよね」

「ええ、終わりよ」

長かった。ジョウトの各地を旅し、決着は迎えた。

なのにどうして、こんなにも悲しいのだろうか。どうしてこんなにも、悪い後味しかないのだろうか。

「犠牲なんか、出したくはなかった」

ショウがポツリと呟く。

それは偽善かもしれない。犠牲を出す事なく成果は得られないだろう。

だけど、それでも。犠牲は、出したくはない。犠牲を出す事に甘んじ、新たな道を探そうとしないなんてしたくはない。

けれど、犠牲が出てしまった。もう戻ってこない、命。

「・・・私ね、あのキメラのお母さんなんだって」

ショウは黙ってナミを見つめた。ナミは決して涙する事なく、けれど・・・泣いていた。

「信じられないかもしれないけどさ、私が気絶してた時に083号に会ったのよ。で、その時に言われたんだ。お母さんのニオイがするって」

「そう、なんですか」

「私さ、あちこち旅をした。その途中で辛い事も悲しい事もたくさんあった。だけどさ、子供を失ったのは・・・初めてなんだ」

血が滲みそうになるほどに唇を噛み、ナミは呟く。

「私・・・何も、できなかった。チャンピオンとか言われて、ポケモンリーグで優勝したって、結局は守りたいものも守れなかった。どうすればよかった

のかな。戦わなきゃよかったのかな。何もしなければ・・・誰も傷つかないで済んだのかな?」

今のナミにいつもの強さはなかった。弱く儚く、脆かった。どこにでもいる、普通の女の子のように。

「それは違いますよ。違うって言えるんです」

ショウは窓の外を見た。

爽やかな風が吹きぬけ、草木を揺らす。センターに住んでいるのか、小さなポケモンたちがじゃれていた。

「俺たちが戦った事で、傷ついた人はいます。それでも、守れた人もいるんです。ハザマを放っておけば、あいつはキメラを使って何をしていたか。そ

れを止めたんですよ。俺たちは。

見方によっては、俺たちがやった事は間違いです。力で解決した問題は、いつか崩れていく。それでも、たとえその場しのぎにしかならないとして

も、無駄じゃなかった。いや、無駄じゃなかったって思わなきゃいけないんです。そうでなきゃ、俺はキメラや博士に顔向けができない」

具体性のない何かを守った。それは曖昧で、実感が沸かない。

それでも守ったのだ。確かではないけれど、守る事はできた。

それは今という平和であり、変わらない日常であり、人々が暮らす世界そのもの。

ハザマが何をしようとしたのか、今となってはわからない。あるいは、彼の行いは世界のためになる事だった可能性もある。

だから・・・想うのだ。強く、強く。

「俺たちは、俺たちを守ったんです。自分さえよければいいのかって言われるかもしれないけど、少なくても俺たちの世界は守られたんです。

それに、合成なんていう力は消せた。もう命がもてあそばれる事はないんです。それじゃあ、ダメですか?」

ナミは少し驚いたように目を見開き、すぐに笑顔の形へと変えた。

「ショウ・・・少し大人になったわね。私よりも大人っぽくなったんじゃない?」

「ナミさんが子供っぽいんですよ」

「あ。何よそれ。馬鹿にしてるのォ?」

くすりと笑い、違いますよと呟く。

「純粋でいいんじゃないですか?って事です」

「・・・やっぱり馬鹿にしてない?」

「してませんって」

コンコン。

扉を叩く音が響いた。ショウがどうぞ、と声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。

「あ・・・」

最初に目に入ったのは、白い衣。

純粋で汚れのない白いワンピースを着た、純粋で汚れのない少女。腕や頭には包帯が巻かれていて、それがとても痛々しい。

「こんにちは、ミカンさん」

ショウが声をかけると、ミカンはおどおどしながらナミの隣に立った。

「ショウ、君。ナミちゃん。その・・・」

いきなり、ミカンは深く頭を下げた。

「ごめんなさい!色々と迷惑をかけちゃって・・・」

「いいじゃないのよ、別に」

ミカンがおそるおそる頭を上げると、ナミは笑っていた。

「あんたはあんたが考えるなりの良い事をしたんでしょ?ならそれでいいの。自分で正しいと思う事をする。それが気に入らないなら、気に入らないと

思う人がそれを止める。そうやって世の中って動くものでしょ?」

「でも、色々とひどい事・・・。アカネちゃんも傷つけたし・・・」

「それはアカネに言いなさいよ。そうか。ついでだから、呼んできてあげるわ」

返事すら待たず、ナミは部屋を出て行った。

――本当に、いつも立ち止まれない人だ。

待つまでもなく、ナミはアカネを連れて現れた。

「ショウはん、なんや久しぶりな気ィするなぁ?」

ミカンが急所を外したせいだろうか。アカネはナミよりも元気そうだ。

「アカネちゃん・・・ごめんなさい」

また頭を下げるミカンに、アカネは豪快に笑って見せた。

「なんでミカンが謝るん?ウチは負けとらんで。結果として勝ちは勝ちや!勝ったもん勝ちやで。せやさかい、泣く必要も謝る必要もない。笑って終わ

りにせえへん?」

至極当然という風に言う。ミカンが思うほど、誰もミカンを責めたりしなかった。

ポケモンを想うミカンの気持ちが行き過ぎた。ただ、それだけの事。同じようにポケモンを深く想うアカネやナミには、ミカンの気持ちもわかる。だか

ら、責められない。

それならせめて、笑いたかった。たとえ間違っていたとしても、それが間違っていると気付けたのなら、笑って終わりにすべき。そして、次に繋げるべ

き。

「にしてもミカン、知らんうちにまた強くなったんやないか?」

「え?そ、そうかな・・・。強い人に色々と教えて貰ったけれど・・・」

「ええなあ。ウチにも今度、教えてくれへん?強くなるコツっての」

「それはちょっと・・・、しばらく、バトルはしたくないかな」

言って、ようやくミカンも微笑んだ。弱々しいけれど、心の底から。

「この間の事なら大丈夫やって。ウチも協会に秘密にするよう言ったるわ。他のジムリーダーも賛同してくれるらしいで?」

「うん・・・。それでも少し、落ち着きたいの」

アカネはミカンの目を覗き込んだ。しばらくじっと見つめ、やがて顔を離す。

「うん、ならええと思うで。どっかに行くん?」

「うん、シンオウに行ってみようかなって。珍しいポケモンもいるみたいだし」

「なんや。結局、ポケモンになるんやな」

笑い声が部屋に響いた。明るく、暗さを吹き飛ばすような声が。

その声を聞いてショウはようやく、それでも少しだけ・・・守れてよかったという想いが沸いた。

明るい日差しが差し込む、ある午後の話――。



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