「……死のう」
 その人物は、言葉に出すことで現実にしようとしているようだった。
 高い位置からは都市の様子がよく見える。
 魔法研究が盛んなこの都市にはあちこちに学術院があり、通りを歩く人には学生が多い。走る車は商売に使われるものが大半だが、混じって学術院の研究資料を運ぶものもある。
 古びた趣のある都市。そこは、生まれ育った場所だった。けれど、それも見納め。
「死のう」
 もう一度、呟く。しかし足が前に出ない。死を前に躊躇してしまう。
 意識とは裏腹に、体が生きることを求めていた。死ねなかった。
 じりじりと時は過ぎる。流れる時は新たな登場人物を舞台に呼ぶ。
「ねえ、死なないの?」
「うっ……!?」
 背後からの突然の声に驚きながら振り向くと、青年が立ち尽くしていた。
「死なないならさ、どいてくれないかな? 邪魔なんだけど」
「は、はい……」
 異様な気迫に気おされ、つい場所をあけてしまう。代わりに立った青年は嬉しそうに景色を見回し、
「いいよね、ここ。町がよく見える。だから好きなんだ」
 そこで、青年は景色に背中を向けた。自然と目は居るはずのなかった人物に向く。
「なんで死ぬのかとかは聞かない。ただ、僕と同じ趣味のあなたが気に入った。だから、これだけプレゼントしてあげる」
 少年は腰のポーチを外し投げ渡した。死ねなかった自殺者は思わず受け取る。
「本当は誰にも渡すつもりはなかったんだけどさ。気が変わった。死ねないんだろ? 生きなよ。その中身を使いこなせれば大抵の人は生きられる」
 言って、青年は自嘲的な笑みを浮かべた。
「ま……、僕みたいな正反対のタイプもいるけど」
「ちょっ、これは――」
「じゃあねぇ。死んだら会おうよ」
 口の端を持ち上げ、バイバイと手を振った青年は、小さく呟いた。
「『とかげのだいぼうそう』」
 直後、青年の体を爆炎が包む。あまりの勢いに、死ねない自殺者はよろめいて倒れた。
 青年は落ちていく。彼が愛した町並みに向かって、こうこうと照らし出す明かりのように。
 死にさえ置いてけぼりにされた自殺者は、おぼつかない手つきでポーチを開いた。
 中に入っていたのは、ありふれた紙の束。取り出し、そこに書かれた文字を読む。
「……『わすれられたこころ』」
 その出会いは、一人の自殺者を救い、生を与えた。
 それは、奇跡と呼ぶべきものかもしれない。