■信じる故に

「やるじゃん。」
「我らは戦いの中でのみ生きてきた。人間の子供なんぞに負けるか。」
 行人の右足からは、血が流れている。もう、歩くのがやっとだろう。おまけに獣化も解けてしまっている。戦えないのは目に見えていた。
「だからこそ、人間を甘く見ていた……ってわけか?」
「確かに……そうだな。そうでなければ、私とてこのような状態になったりはしない。」
 デーモンの胸からは、やはり真紅の血が流れていた。そして、その後ろに立つのは、聡。
 行人の空中からの攻撃を、デーモンは読んでいた。だからこそ、あえて誘ったのだ。魔法の矢を放たない事で。
 思惑通り、行人の空中からの攻撃が当たる前に、デーモンの爪は行人の足を裂いた。本来なら、胴を裂いていただろう。だが、予想外の攻撃――聡の攻撃魔法で胸を撃ち抜かれ、手元が狂ってしまった。そのせいで攻撃が浅くしか当てられなかった。
「行人ぉ。言っただろ? 初めて会った時にさ。何でも独りで抱え込むなって。」
「ごめん。今度さ、昼飯奢るからそれでチャラにしてくれ。」
「おっけ。それじゃ、行こうぜ!」
 ゆっくりと、聡は前に立って歩き出してくれた。行人もゆっくりと歩き出したが、すぐに立ち止まった。そして、振り返る。
「……ごめん。」
「人間。お前は優しすぎる。情けを捨てれば、今のお前ですら私よりも強い。おそらく、お前ならエクス・デーモンにも近づけるだろう。そのために、躊躇するな。私からの唯一の忠告だ。」
 そう言い残し、デーモンはこの世から消え去った。永遠に。

 教員寮の前は、むしろ来なかった方が良かったかな、と言いたくなる雰囲気が漂っていた。
 つまりは臨戦態勢。何人かの上級生と魔法科の教師が、デーモンやドラゴンと睨み合っていた。
 数ではこちらが優位だが、向こうとは戦闘レベルが果てしなく違う。どちらも、無策で突っ込める状況ではなかった。
「……ヤバイよな? これ?」
「だね。どうする? 俺はもう戦えないし……。」
 止血はしたが、走れる状況ではない行人。先ほど、不意打ちとはいえかなり大きめの魔法を使ったため、魔力が減少している聡。立ち向かうにはちょっとどころでなく無謀である。
 ちなみにここは、教員寮が見下ろせるちょっとした高台。双方とも聡と行人の存在には気付いていない。
「傷は私が直したげるよ。3人で不意打ちかませば結構なダメージになると思う。」
「そーねー。木刀じゃちょっと不安だけど、仕方ないわね。」
「「うおおお!?」」
 神楽と茜の声に驚き、叫びそうになりつつも2人は驚愕の悲鳴を堪え、小声で器用に叫ぶ。
「おー。よく堪えた。偉い偉い。」
「じゃなくて! なんでお前らが!?」
 いつの間にか、背後には神楽・茜・由佳の3人がいた。
「あの、ここなら安全に隠れられると思って……。」
「あー、由佳ちゃんの発案か。てぇことは……、こっそり話しかけようとか言ったのはオメーだなぁ? 茜ぇ?」
「さっすが聡。よく分かってらっしゃる。」
「テメェ……。この状況でよくふざけてられるな。」
「そこらは切り替えってわけ。でもね、私達の存在が知られてないのはラッキーよ。由佳、皆に速力アップの魔法を。行人君、足出して。」
 神楽はテキパキと指示を出す。茜も何か魔法を唱えているようだ。木刀に魔法をかけているらしい。
「おっけ。そんじゃ、後は頼んだわよ。」
 ある意味、無責任とも言える響きである。もっとも、神楽のこの言葉は信頼しているからこそのものであるのだが。
「……行人。アレはしなくていいぞ。」
 獣化しようとする行人を、聡は言葉で制した。
「でも……。」
「いい。俺に任せろ。」
 ニヤリと笑った、その顔は皆を勇気付けた。
「失敗したら死ぬわよ。マジでやってね。」
「俺を誰だと思ってるんだぁ?」
「そうねぇ。罰則の常習犯。」
「――悪かったな。」
 茜と聡の掛け合い問答を、行人が制する。
「冗談はそれくらいにして……行くよ。」
 ゆっくりと、3人が前に進んだ。木刀を持ち、道着を着た茜。陸上部のゼッケンを着けたままの行人。制服のままの聡。てんでバラバラ、とても戦闘する態勢には見えない。だが、気迫だけは十分だった。
「GO!!」
 茂みから、3人の生徒が飛び出した。



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