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「シジョーを取り返してきましたか」
 薄暗い森の中。小さな端末を手に、副会長はひとりごちた。
「まあ、彼女の維持に労力を割けませんし、仕方ありませんね。やらなければいけないことも変わりませんし」
 端末の画面を切り替える。
 そこに表示されているのは現状だ。自軍の戦力、敵部隊の戦闘データ、そしてタイムリミット。
 時間は言うほど残されていない。だが、彼個人の意思をまるまる無視するのも人権に反する。
 彼を説得できなければ致し方ないがーーそれは最後の交渉で決まることだ。
 そして、それより問題となることがひとつだけある。
「なぜこんなに進行してしまっているのか……」
 当初。六車ロアンの母となるビースティの女性ーーリエンがこの世界に来たのは、なんらかの偶然だと見られている。
 その程度の偶然はまれにあり、双方で人員が行き来することそのものはありえない話ではない。こちらの世界では神隠しなどと呼ばれているようだが。
 問題は、そんな”よくある”とまでは言わずとも、まれにある現象のせいで、状況がここまで悪化していることだ。
 世界崩壊に至るほどのエネルギー供給。そんなこと、偶然で起こるはずがない。鍵はあくまで六車ロアンなのだが、なぜ彼にここまでエネルギーが供給されてしまうのか。
 何か、まだ判明していない情報がある。それを副会長は探しているのだ。
 なのに、それが見つけられない。巧妙に隠されている。
「こちらで魔力使用をしている者もほとんどいないのに、流入したエネルギーはどこに消えていく……?」
 通常、エネルギーは拡散していくものだ。だが、それは閉ざされた系で、エネルギーが増えることも減ることもないから。
 一方的にエネルギーが増大し続けているこの世界で、拡散する先があるはずない。流入した魔力はひとつところに留まってしかるべきだが、そんな場所も発見されていない。
「まあ、六車ロアンに世界を渡らせてしまえば、当面は問題ないでしょうけど」
 気になる。もし誰かの意図が加えられているとしたらーーそれは、誰が。なんのために。
 当たり前の話だが、直接的に関係しているわけではない異世界を崩壊させたところで、なんらメリットがあるわけない。自分の力を誇示するために破壊する者もいるが、こんな婉曲な方法ではそれも認められないだろう。
「なぜ世界を破壊しようとしているのか、か」
 まるで邪神の思考だ。そんなもの、普通の考えで理解できるものか。
 と、元の世界に残っている仲間から通信が届いた。上層より、デルフィニアの使用許可が降りたとのこと。
 デルフィニアは、彼らの世界で最も破壊力の大きな兵器だ。単体での破壊力は他の兵器を圧倒する。
 亀型【タトリーア】に勝る防御力、鳥型【バーディラス】を越える攻撃範囲、モノリス型【ポーライズ】を越える攻撃力。
 もちろん魔力以外の攻撃なんて受け付けないし、いくらリボンを使用していても数人で破壊できる兵器ではない。
 それに、デルフィニアには秘密兵器も搭載されている。魔法少女に対して直接的に威力を発揮できる能力。
 万にひとつも負ける余地はない。
「……けど、少しやりすぎてしまわないか、心配ですね」
 こちらの地形を破壊するのは本意ではない。一応は数年住んで、愛着もあるのだ。
 とはいえーーそれも、明日まで。
 もう二度と見ることはないと思えば、この景色が変わってしまったとしても、致し方ないことかもしれない。

☆   ☆   ☆   ☆


 三日後。太陽がてっぺんに来る頃、僕らは高峰山の頂上にある湖まで来ていた。
 この湖は登山ルートもなく、一般人が訪れることはない。僕らは魔法少女に変身し、テーラの箒で輸送してもらっただけだ。
 湖畔から数メートルは草木が生えていない。そこに、副会長の姿があった。
 僕らが箒から降りると、副会長は冷静にこちらを見やる。
「結論は?」
「交渉の余地は?」
「こちらの要求は六車ロアン君の身柄だけです。それ以外の点については、こちらも譲歩しましょう」
「その一点だけで、こっちは交渉にならないのよ」
 蛍石が前に出る。彼女の言い分はわかりやすい。僕を向こうの世界に行かせないーー友人を犠牲にしないという強い精神だ。
「ふうん。そちらのお二人も同じ気持ち?」
 僕はテーラとヴェチルを見た。彼女たちにとって、僕はいなくなっても困る存在じゃない。勝ち目のない戦いに挑む理由はないけど……。
 ヴェチルはナイフを、テーラは箒を構えていた。
「それが回答?」
「ま、そっちの思い通りにはいかせられないしね」
「まだロアンには用事があるのよ」
「ふたりとも……。危ないよ?」
 僕が言っても、ふたりは引くつもりがないようだ。なんだかんだ、このふたりもいい人だ。
「……」
 それなら、僕も覚悟を決めるしかない。
「副会長。悪いけど、僕らは戦わせてもらう」
「……仕方ありませんね。それと、私の名前は副会長ではありません」
 メガネを外し、副会長は言う。
「黒木も偽名です。本当の名前はレイク。それだけ覚えておいてくださいね」
 ぱちんと指を鳴らす。同時、湖面が揺らいだ。
 ……いや。湖の表面が鏡のようになっており、その鏡面が揺らいでいるんだ。
「いでよ、デルフィニア!!」
 湖面から現れたのは、巨大な兵器だった。
 ゾウのように太い四本の足。サイのようにずっしりとした胴体。上半身は人間にも似た形で、片腕にスピアを、片腕にシールドを装備している。
 さながら、西洋の伝説に現れるケンタウルス。それをもっとゴツくしたら、こんな感じになるんだろうか。
「この子をそう簡単に倒せると思わないことです」
 副会長ーーレイクさんは、ふわりと浮かぶとケンタウルスの背中に隠れた。あるいは、中にコックピットのような場所でも存在するんだろうか。