「でかいねぇ、過去いちデカくない?」
「それでもやるしかない」
「スピードで翻弄するってサイズ感にも見えないわね」
「まあ普通に考えてパワーでしょ。蛍石、あんたの出番」
「まか、せてッ!!」
 まずは蛍石が飛び出す。
 テーラが重力を操作して体を軽くし、ヴェチルが風を操って動きを早めた。
 とんでもない速度でケンタウルスに肉薄した蛍石は、気合いと共に炎を作り出す。
「せえぇのッ!!」
 炎が物理的な破壊力をもって、ケンタウルスをひっぱたいた。だが、相手はびくともしない。
「かったッ……!?」
「ほら、来るよ!!」
 スピアの先端から光が走る。みんながかわすと、木々が光線でなぎ倒された。
「直撃したらヤバそうだね!」
「回避に集中してれば当たることはないよ!!」
「そうは言っても……!」
 ぶんぶんとスピアを振り回すケンタウルスは、そもそも近づくことも恐ろしい。
 それでも、いくしかない!
 僕は勇気を振り絞ると、そのまま相手に近づく。スピアをかわし、くぐり抜け、右腕を蹴り飛ばした。
「っ!!」
 壁でも蹴っ飛ばした感触。わずかに腕が浮くけど、傷ひとつ付いていない。
「ロアン!」
 飛んできたテーラに腕をつかまれ、緊急離脱。直後、スピアが空を薙ぐ。
「あのスピアも重そうだね……。直撃したら内臓破裂するかも?」
「ヴェチルー! 切れるー!?」
「かったい! 無理!!」
 足元で駆け抜けていたヴェチル。どうも足を切りつけているようだが、効いている気配がない。
 それも当然だ。僕が蹴っ飛ばしても傷もつかないのに、僕よりパワーのないヴェチルじゃ、いくら刃物を持っていても通用するはずがない。
「攻撃が通じないんじゃどうにもならないよー!」
「そうは言っても……!」
 みんなの必殺技なら通じるだろうか。それでも、使ってしまえばエネルギーが足りなくなる。
「そうだ、テーラ。いつも重力を操ってるでしょ? あれ、反対にできる?」
「反対?」
「あのケンタウルス、浮かせることができないかな」
「……! いいね、やってみるわ」
 ふわりと箒の向きを変え、ケンタウルスの股下に潜り込む。
 テーラの魔力が集中し、
「来たれ地の精!! 《gravitas reticulum》!!」
 重力の網。それらが下から上に向かって放たれる。
 網に捉えられたケンタウルスは、そのまま少しずつ浮いていく。
「ヴェチル! 上向きに風!」
「任せなさい!」
 ヴェチルが風のように駆け抜け、上向きに風を吹かせる。僕のスカートが舞い上がるなか、ケンタウルスの体はさらに浮き上がった。
 僕らはそのまま離脱し、
「離して!!」
 叫んだ直後、重力も風も止む。
 ケンタウルスの巨体が落下し、その全体重を四足で受け止めることになる。
 ドガンと地面が揺れ、それ以上の重みが足に衝撃を与える。これで足にダメージを与えられればいいけど……。
『甘いですよ』
 と、どこかのスピーカーからレイクの声が響いた。
『このデルフィニアはこの程度じゃダメージを負いません。そもそもこの巨体を維持するのにも魔力を使っています、魔法による攻撃でなければ無駄ですよ。もっとも、人間規模で扱える魔力量では、この体を傷つけることもできませんが』
 やはりそう甘くはないか……。
 それに、レイクはケンタウルスの中に引っ込んでいるようだ。彼女自身をどうにかするという手段も使えない。いや、そんな手段を使うつもりもなかったけど……。
「ロアンー!」
 と、木の上から声が響いた。シジョーさんだ。
 慌ててバックする。と、肩に獣モードのシジョーさんが飛び乗った。
「ロアン、こうなったらあなたの力を解放するしかないわ!」
「ち、力の解放?」
「蛍ちゃんは炎、テーラちゃんは地、ヴェチルちゃんは風。彼女らがエレメントを操れるのは、魔力を自分自身というフィルター越しに発動しているからよ。でも、あなたはそのまま発動している。同じことはできるはずよ!」
「フィルターを通してって言われても……」
「感じるでしょ、自分の内側に眠る力の鼓動。感じるままに発動させればいいのよ!!」
 内側に眠る鼓動。そういえば、変身すると感じることがある。
 自分の内側で獣が吠えるような感覚。あれがもっと強くなればいい……ってこと?
「わかった。やってみる」
 身の内に声をかける。力を貸してくれ、と。
 ドクン、と。心臓が跳ねた。

☆   ☆   ☆   ☆


 気がつけば、どことも知れない空間にいた。
 薄暗く、何も見えない。いや、目の前に赤い光が見える。
 それは禍々しく、強烈な魅力を放っていた。それは巨大な檻だ。見上げるほど大きな檻。
「ここに来てしまったか」
 檻の中から声がする。見上げた先、ずっとずっと高いところに爛々と光る目があった。
「お前はここに来るべきではなかった。まだ戻れるやもしれんぞ」
 戻って。その先でどうなる?
 あのリーゼを攻撃する手段はない。いずれジリ貧になり、僕らは負け、僕は異世界へと行くことになる。
 ……異世界に行くこと、それそのものが嫌なわけじゃない。僕はこの世界に友達もいないし、未練もそんなにない。
 それでも、僕は戦っている。なぜか。そんなの言うまでもない。
 蛍石が、テーラが、ヴェチルが、僕を守るために戦ってくれているのだ。
 彼女たちにメリットはない。なのに、理由は知らないけどーー戦ってくれている。
 だから、それに報いなきゃいけない。それが責任感というものだ。
「責任感か。それがお前の戦う理由なのか?」
 悪いか?
「いや。お前らしいかもしれん。だが、それでは自分がつらくなるかもしれんぞ」
 それでも、僕は他に戦う理由がない。
「そうか。ならばもう言うまい」
 それにしても、お前は僕の何なんだ?
「俺か? 俺はお前だ。ただしお前じゃない」
 どういうこと?
「お前は純粋な人間とは少し違う。異世界の魔力を生まれながらに持っている。それでいて、この世界の血も継いでいる。その、特殊な成り立ちが俺を生み出した」
 こっちの世界で生まれた父と、異世界で生まれた母ーー。
「魔力は想いを通して形を成し、人の力で発揮するものだ。だが、お前は魔力を扱うような体で生まれてこなかった。だから、お前は魔力をまとうのだ」
 まとう?
「そうだ。あのリーゼがやっているように、お前という存在を核に、魔力をまとい、獣を表現するのだ。それがお前の魔力を最も効率よく使う方法であり、お前にしかできない魔法だ」
 ぴしりと音がした。
 赤い檻にヒビが入っている。
「そのための力は、俺が貸してやる」
 ……お前の名前は?
「俺に名前などない。俺は力。お前の力。お前が生まれながらに持ち、表現すること叶わない、破滅の力だ!」
 そうか。
 それじゃ、借りるよ。”ちから”。

☆   ☆   ☆   ☆


 体が熱い。
 炎が燃えているように、嵐が吹き荒ぶように。
 地面を踏みしめ、血液が流れるのを感じながら。
 ああ、そうだ。僕には何もない。
 友達のために戦うという心意気も、守りたいものも何もない。この世界を離れることに対して強い未練もないし、自慢できることなどひとつもない。
 それでもーーいや、そんな僕だからこそ、理解できることもあるのかもしれない。
「グル」
 口から言葉を発したつもりが、獣のうなり声みたいなものが出た。
 ああ、今すぐ戦いたい!
「ロ、アン……?」
 蛍石が戸惑ったような声をかけてくる。でも、構っていられなかった。
 地面を強く蹴飛ばす。いつぞやのように、高く高く空を跳ぶ。
 ケンタウルスを見下ろしながら、空を泳ぐ。相手が振り上げたスピアを、思いきり足で蹴飛ばした。
『なッ!?』
 スピアが欠け、切っ先が木々の間をすっ飛んでいく。
 勢いそのまま、僕はケンタウルスの腕に飛びついた。腕を思いきり引っ張る。
「グォォォォォォォォォォォ!!」
 そのまま、右腕を引っこ抜いた。切っ先の欠けたスピアを奪い、ケンタウルスと対峙する。
「ロアン!? どうしたのいきなり!!」
「とんでもない魔力量……! どこからこんなに引き出してるのさ!?」
「正気じゃない。止めた方がいいわよ」
 みんなの声が聞こえる。
 でも、体が止まらない。止められない。止める必要もない!
 スピアをケンタウルスに叩きつける。胴をえぐり、ひん曲げる。
 砕けた体の中に、副会長ーーレイクの姿が見えた。
「ひっ」
 飛び上がり、操縦席のような場所に収まっていたレイクを引きずり出す。
「ガルル……」
 僕の勝ちだ、と伝えたつもりだった。でも伝えられない。伝わらない。
「ロアン!! もうやめてー!!」
 蛍石の声が聞こえる。なんだろう。やめてってなんだっけ?
 ああ、いいか。
 こいつをーーみんなを、殺せばいいんだ。