病院の一室。レイクがどう手を回したのか、僕ら五人は同じ部屋で過ごしていた。
 部屋の中央に近いベッドに僕。窓側に蛍石とレイク。通路側にはテーラとヴェチル。
 そして、僕のベッドには簡易机が置かれ、その上に赤い宝石が転がっている。
「これってもしかして、テーラが探していたやつ?」
 僕が聞くと、テーラはため息がてら頷く。
「もう隠していても仕方ないわね。そうよ、それがうちの秘宝。赤の宝石よ」
「この宝石は我々の世界と少しだけ繋がっていますね。だからこの宝石を通じることで魔力を引き出すことができる。まあ、簡易的なリボンといったところでしょう」
 なるほど。異世界出身のレイクが言うんだから間違いないだろう。
「つまり、テーラはこれさえあれば僕らに用はないってわけだね」
「ヴェチルもでしょ。あんたも魔法の研究できる材料が欲しいだけなんだから、この宝石さえあればそれで十分なんでしょ?」
 僕に続け、蛍石が言う。すると二人は互いに顔を見合わせ、
「まあ、ここまで乗り掛かった船ってやつよ」
「別にあなたたちと敵対したいわけでもないしね。それに懸念材料はひとつ残ったままだから」
「……シジョーさんか」
 レイクの話を聞く限り、シジョーさんが僕にしたアドバイスーー内なる声に耳を傾けろというものは、異世界との血が混じる僕には一番の禁忌だったようだ。
 結果、僕は自分の魔力を制御しきれなくなり、暴走した。その一助となったのは、テーラの宝石だ。
「なんで僕の中に宝石があったんだろう……」
「それについては、おそらくあなたの母親でしょうね」
「母さんの?」
 レイクは頷き、
「この世界で魔法と関わるアイテムなどそう多くありません。あなたが生まれた時点で、トラブルの種になることは目に見えていた。その際に切り札として使うつもりで、あなたの中に埋め込んでおいたのでしょう」
「……息子の体に他人から盗んだ宝石を入れたの?」
 異世界の倫理観どうなってるんだ。
「結果的にあなたは魔力の制御を失った。体内にたまった魔力を無理やり発散させたので事なきを得ましたが、同じようにたまったら同じように暴走する危険があります。今後は定期的に魔力を放出した方がいいでしょう」
「……」
「なんですか? じっと見て」
「いや」
 たまったとか発散とか放出とか。なんかこう、いやらしいな……。僕、人間の女の子は守備範囲外なんだけど……。
「問題はまだ残っています。何より、六車君がこちらの世界にいることで生じる問題については全く解決できておりません。彼を我々の世界に招かねばならないという点については譲る余地がないのです」
「それは……」
 僕が答える前に、三人の女子が僕をにらむ。
「わかってるよね? ロアン」
「みんなが何のために命かけたと思ってるの」
「ま、せっかくだからねぇ」
「……あのね。世界規模で危ないんでしょ? そういう個人の見解でどうこうって話じゃないし。それに、さっきも言ったけど、この宝石があればテーラもヴェチルも問題ないんでしょ? シジョーさんのことだって二人には関係ないし」
「そういうこと言う? キスした仲なのに」
「それで言ったらみんなしてますけど」
「僕がキス魔みたいに言わない! みんなそっちがキスしてきたんでしょうが!」
「あー! そういうこと言う? 言っちゃう?」
「これは本国に連れて帰らないと」
「え、ヴェチルもそういう狙いなの?」
 なんだこれ。
「あの、僕は別にそうやって仲を深めたいとか、そういうつもりは」
「ロアン。そういうのはいいから」
「僕としてはよくないんだけど」
「あなたが良いか悪いか関係ありません。これは事実として……」
「だから、そういう問題でもなく!」
 みんなでワイワイガヤガヤ。ここ病室だぞ……。
「……はぁ。まあ、諸問題についてはこちらも検討させて頂きます。また抵抗されて、兵器破壊なんてされたら費用がいくらあっても足りません」
「いいわよ、軍隊でもなんでも連れてきなさいよ!」
「そうもいきません。召喚できる人員は限られます。私がこちらの世界に来ているのも、召喚が専門だからです」
「あら、そんなの言っていいの?」
「あなたがた相手に隠し事をしても意味がありませんから。リボン仲間ですしね」
 レイクは青いリボンを取り出す。
「コンフィデンスシステムと名付けられているのは、まあこちらの世界にある言語に合わせた感もあるんですが、意味としては大きく外しておりません。すなわち、リボンを通じてお互いの心理を近づける効果があるのです。端的に言えば、リボンで結ばれた同士は好感度が増してしまいます」
 なるほど。テーラやヴェチルが協力的なのもそのせいか。
「……じゃあ何? わたし達の気持ちが、そんなものに操作されているって言いたいの?」
「事実関係の確認ですが」
「冗談。そんな意志薄弱ではないわ」
 ヴェチルはくすりと笑い、
「自分にふさわしい人間は自分で選ぶ。そういう意思の下で、戦うと決めたのよ」
 ヴェチルが言うと、蛍石もテーラも頷いた。
「とりあえずあと一匹を捕まえてから話を始めましょ。シジョーはどこに?」
「おおむね位置は把握していますが、彼女ひとりではもう何もできないでしょう。鍵となるべき六車君はこちらで押さえていますし」
「けど、彼女はテロリストなんでしょう? また何をしでかすか……」
「無駄ですよ。彼女はすでにおしまいですから」
「どういうこと?」
 まあ、とレイクは小さく笑った。
「我々も、それほど綺麗な人物ではないということです」



 野山を一匹の獣が走り抜けている。
「はぁ、はぁ……。ふんだ。まだ可能性は残っているわ。まずはこの世界で拠点を築いて……」
 朽ちた枝を飛び越えたところで、獣の足が止まる。
「……え?」
 木々を抜けた先。銃口がこちらに向いていた。
 無機質な赤い瞳は、生命が宿っていない。
「あんたは……。リーゼ!? なんでこんなところに!!」
 小型のロボットたちはずらりと並び、答えることはない。
「レイクか……。軍人風情が! 舐めんじゃないわ!!」
 バチッ、と雷が落ちる。ロボットたちを破壊しながら、獣は飛び跳ねていく。
「ふんだ! こんなところで捕まってたまるもんですか! もっともっと破壊して、私の名前を残してやるんだから……!!」
 とん、と着地する。その瞬間、じくんと痛みが走った。
「え?」
 見れば、足に一匹の蛇が噛みついていた。それは偶然そこにいただけの、偶然腹を空かせていただけの、魔法など何の関係もないただの蛇だった。
 蛇の毒はじわりと獣を襲い、動けなくさせる。遅れてロボットたちが追いついてくるが、彼らはもはや銃口を向けることさえしなかった。
 その必要がないからだ。
「う、嘘でしょ……? 私が、この私が、こんなところで」
 既に体を動かすこともできない。弱った獣を、蛇はゆっくりと丸飲みにしていく。
「イヤ、イヤよ。私は、まだ、やれる……」
 もはや変身を解くことさえできぬまま、シジョーはその短い生涯を終えることになった。