1・「結局、最後は溶けてなくなるんだよ。――アイスも、雪も、俺たちの命も」 2・「一体、私は何処に行っちゃったんだろうね」 3・「こんなに明るいのに、何でこんなに暗いの?」 4・「何も聞こえない、何も見えない。私が私を塞いでいるから」 5・「なら死ねば?」 戻る |
ある国は、もうずっと昔から戦争をしていました。大きな戦い、小さな戦い、色々な戦いを経て、もう多くの人は泣く事も忘れてしまいました。 ――また戦いか。 ――また殺し合いか。 明日をどうやって生き延びるか、という事だけが人々の感心事。それ以外に興味を示す人は、あまりいませんでした。 今日も小さな戦いを終えて、兵士の一団が野営地に戻ってきました。ちらちら雪が舞い散る中、規則正しい足音が響きます。なんとか勝利を収めたというのに、兵士たちの顔には疲労感しかありませんでした。 もう、彼らは勝敗などどうでもよくなっていました。何のために戦うのかも理解できず、ただ生き延びるためだけに武器を手に取ります。 今日も多くの兵士が死にました。明日は我が身と、多くの兵士は震え上がります。それでも戦うしかありません。戦わなければ、死ぬだけです。 全員がテントに入るだけのスペースもないため、多くの兵士は草木を上に座り込んだり、寝転んだりしています。 「おーい! 珍しいもんが届いたぞー!」 仲間の兵士の声に、兵士たちは起き上がりました。見ると、何人かの兵士がダンボール箱を抱えています。 「何だー? また弾丸の支給か?」 「ちげーよ、馬鹿。ほら」 兵士はダンボール箱の中身をひとつ取り出すと、軽口を叩く兵士に放り投げました。 「んだこりゃ。アイスじゃねーか」 「おう。珍しいだろ?」 言って、ダンボールを抱えた兵士はにこりと笑いました。 「なんだって冬にアイスなんだよー?」 別の兵士が問いかけます。それに対し、ダンボールを抱えた兵士が答えました。 「知るか、そんなもん。上からの支給なんだからありがたく食っとけ。どうせこんなもん、次があるかわからねーんだから。ちゃんと味わえよ?」 そう言って、兵士は他の兵士たちにアイスを配り始めました。小さな小さなカップに入った、真っ白なアイス。それはどこか、雪に似ていました。 兵士たちはアイスを受け取り、それぞれに食べ始めます。その中でひとり、受け取ったアイスのカップをじっと見つめる兵士がいました。 「どーしたよ、食わねーのか?」 隣に座る兵士が問いかけます。カップを見つめる兵士は、視線をカップに送ったままで答えました。 「――昔はよ、こんなもんいくらでも食えたよな」 「あ? おいおい、いつの話だよ」 兵士は笑いますが、カップを見つめる兵士は気にしません。 「俺がまだガキの頃だよ。あの頃はさ、毎日が楽しくって。目に入るもの全てが珍しくて、とにかく走り回ってたな。でよ、ウチに帰るとオフクロがこーゆーカップアイスをくれるんだ。それを縁側に座って、嬉しそうに食ったっけな」 「あー……そんな頃もあったっけな」 つられたのか、隣に座る兵士もカップを見つめました。白いアイスの上に、白い雪が舞い降りました。 「あーあ。つまんねーよな、戦争なんて」 「……そりゃ、そうだろ」 カップを見つめる兵士は初めて隣の兵士を見ました。能面のように無表情な兵士は、今にも消えてしまいそうな感じがしました。 「結局、最後は溶けてなくなるんだよ。――アイスも、雪も、俺たちの命も」 兵士は感慨深げに言い、そして笑いました。 「だったらそれまで、必死に生き抜くしかねーだろ?」 「なんだ。お前、馬鹿じゃねーんだな」 兵士は照れたように顔を赤らめつつ、カップを見つめていた兵士に向かって叫びます。 「んだよ、お前が振った話じゃねーか!」 「はは、別に馬鹿にしているわけじゃ……でもないか。まあいいだろ、別に」 そう言って、兵士は空を見上げました。いつの間にか雪は止み、雲の切れ間が見えていました。このぶんだと、明日は晴れるかもしれません。 「んじゃ、せいぜい溶けないようにあがきますか」 「そうそう。結局、そうするしかねーんだよな」 兵士は溶けかけたアイスを口にしました。とても冷たくて、とても甘くて、とても懐かしくて、少しだけ元気が沸きました。 |
ある国は、もうずっと昔から戦争をしていました。大きな戦い、小さな戦い、色々な戦いを経て、もう多くの人は泣く事も忘れてしまいました。 そんな国にも人々は住んでいます。と言っても、戦う事ができる男性はほとんど戦争に行っているため、残っているのは女の人や小さな子供、あるいは年老いた人ばかりです。 そんな国に、ひとりの若い女性がいました。とても綺麗な歌声を持つ女性で、その歌声で残された人々を癒す事が仕事でした。 彼女は毎日、正午の知らせ代わりに時計塔で歌を歌います。人々は毎日、正午には仕事の手を止め彼女の歌に聞き惚れます。その間だけ、国中には彼女の歌声以外の物音がなくなります。静かで綺麗な旋律だけが、国の中に響き渡ります。 今日も彼女の歌声が響きました。歌が終わると、人々は止まっていた時が動き出したかの如く、活動を再開します。 その光景を時計塔の上から見下ろしながら、彼女は深くため息をつきました。そして、重い足取りで時計塔から降りていきます。 「お疲れ様」 下まで降りたところで、彼女は声をかけられました。声をかけたのは、片足がない青年です。戦争で役に立たなくなったため、帰国したのでした。 「どうしたんだい、なんだか暗いけど」 「……大丈夫、なんでもない」 青年は微笑みながら問いかけます。対して、歌姫は言葉の割に、顔に暗い色が漂います。 「駄目だよ。君はこの国の希望なんだから。明るく振舞わなきゃね」 「わかっているよ、そんな事」 歌姫は少々、むっとした感じで答えました。一方、青年は笑みを絶やしません。 「私の歌を聞くからみんな生きられる。私の歌があるから希望を持っていられる。また明日も聞きたいなっていう、たったそれだけの事しか楽しみのない国。そんな事くらい、わかっているよ」 「そう。ならいいや」 それでも歌姫のため息は止まりませんでした。止まる理由が、ありませんでした。 「でもさ……」 歌姫は青年を見上げ、言いました。 「一体、私は何処に行っちゃったんだろうね」 「どういう事かな?」 歌姫は今日になって初めての笑顔を見せました。世の中に諦めきった、絶望の先の無味乾燥とした笑顔を。 「みんなが楽しみにしているのは私じゃない。私が歌う、軽やかで心を奪う歌だけ。それは、私じゃなくたっていいんだもの。それこそカセットテープでも同じ事。結局、“私”が必要なんじゃない。もう“私”の目的も夢も、希望だって思い出せないよ」 「そうだろうね」 やはり青年は笑います。歌姫はそれが気に入りません。 「知っているよ、そんな事。たしかに君でなければいけない理由もないね。でも、今のこの国では、これは君にしかできないってのも事実なんだよね」 「そうかなー……」 「そうだよ。だから、やっぱりこれは君じゃなきゃ駄目なんじゃないかな?」 「なーんか君が言うと信用できない」 歌姫が口を尖らせて言うと、青年はにっこり笑って、何も言いませんでした。 「明日もお願いするよ。歌姫様」 「もちろん歌うよ。それが私の仕事だから」 歌姫はため息をつき、青年はその姿を愛おしそうに眺めています。いつもと同じ光景が、時計塔の下で繰り広げられていました。 |
ある国は、もうずっと昔から戦争をしていました。大きな戦い、小さな戦い、色々な戦いを経て、もう多くの人は泣く事も忘れてしまいました。 そんな国の、崩れかけた通りをひとりの少女が歩いていきます。道端に倒れる人々の目には生気がありません。息絶えているのではなく、生きたまま死んでいるのです。少女はそんな光景を目の当たりにして、眉をひそめました。 やがて通りの突き当りまで歩くと、小さな公園に辿り着きます。昔は噴水の綺麗な、人々の笑い声の絶えない公園でした。けれど今は、家を失った人々が、絶望に満ちた顔つきで横たわるばかりです。 きょろきょろと周囲を見回した少女は、まだ目的の相手が来ていない事を知ると、噴水だった場所に腰かけました。 少女は空を見上げました。雲ひとつない、美しい青空が広がっています。 「おーい!」 この国では珍しい覇気に満ちた声が響きます。少女がそちらの方を向くと、ひとりの青年がひとつしかない手を振りながら走ってくるところが目に入りました。少女は、それだけで笑顔になりました。 「待ったか?」 はあはあと息を切らせながら、青年は問いかけます。それに対して、少女は首を横に振って答えました。 「ううん、あたしもたった今、来たばっか。それよりだいじょーぶ?」 大丈夫、と言いながら青年は眩しいまでの笑顔を見せました。白い歯がとても際立ちます。 それから青年と少女は並んで歩き始めました。と言っても、もうこの国には遊ぶところも見て美しい景色もありません。ふたりもただ並んで歩くだけでした。それでもふたりは、他愛のない事を話しながら歩くだけで、とても楽しそうでした。 楽しげに笑うふたりを、道端に寝転がる人々が眺めます。無気力なその瞳には、何の感情も浮かんでいませんでした。 やがて、ふたりは人々の姿のない丘に辿り着きました。誰もいない、この国の中でも景色にいい場所に並んで座り、ふたりは一緒に景色を眺めました。 「綺麗、じゃないね」 「……そう、だな」 昔、ここからの景色はとても美しく、ここは有名なデートスポットでした。特に夕陽を正面に見る町の景色は、絶景と呼ぶに相応しいものでした。 ところが戦争が始まり、国も荒廃するに従って景色も荒んだものに変わっていきました。今では見えるものと言えば、崩れた瓦礫と、崩れかけた建物くらいなものです。 「昔はさ、町中がいろんな色に溢れていて……とっても、綺麗だったよね」 「そうだな」 少女はふと、虚無的な目になりました。 「この国は、さ」 少女は空を見上げました。雲ひとつない、美しい青空が広がっています。 「こんなに明るいのに、何でこんなに暗いの?」 男性は優しい、けれど胸を締めつけられるような笑顔になりました。 「この国の人はさ、もう心が折れちまったんだ。だからこんなに明るいのに、それに気付かない。だから、暗くなっちまう。そういうもんだ」 「……戦争の、せい?」 青年は少女の頭にたったひとつしかない手を置き、言いました。 「そうだ。だから、戦争なんてやっちゃいけないんだ。本当はみんなわかっているのに、止まれない。ほんと、おとなって馬鹿だよな」 少女は膝を抱え、消え入りそうな声で言いました。 「……そんなの、あたしには理解できないよ」 「理解なんかしなくていいんだ」 少女は疑問に思い、青年を見上げました。青年は、少女を安心させるように笑いました。 「そんなもん、理解しなくていい。おかしいって思う事は、ムリヤリ納得させるもんじゃないんだ。おかしいと思うならおかしいなりに、変えていけばいい。おかしくないって、思えるまで。それをやるのが、お前たちなんだ」 それから青年は照れくさそうに頭を掻きました。 「本当は俺たちがなんとかしなきゃいけなかったんだけどな」 少女は、笑いました。心の底から。青年は、それを見るだけで何だか安心できました。 「……大丈夫。あたし、努力してみる。ううん、絶対になんとかするの」 少女は覚悟を決めたように、ぐっと拳を握り締めました。青年は、その姿を眩しそうに見つめていました。 夕陽がそっとふたりに差し込みます。紅蓮に染まった町並みは、まるで燃えているようでした。 |
ある国は、もうずっと昔から戦争をしていました。大きな戦い、小さな戦い、色々な戦いを経て、もう多くの人は泣く事も忘れてしまいました。 そんな国の北方に、鉛色の波が現れました。敵国の部隊です。彼らがここに現れたという事は、この国の前線部隊は全滅したという事でしょう。 それを最初に発見したのは、歌姫でした。毎日、正午に時計塔で歌を歌う彼女は、その歌の終わりと同時に、地平の彼方に敵兵の姿を見つけたのでした。 すでにこの国に戦闘要員などいません。訓練を受けていない女子供、そして老人と負傷者。そんな人間しかいないこの国では、あれだけの軍勢を相手にしては何もできないでしょう。 しかし、ほとんどの人々は嘆いていませんでした。むしろ、ようやく訪れた恐怖からの開放に、安堵した様子さえあります。あるいは、前線の兵の死を悲しみ、自暴自棄になっているのかもしれません。そんなもの、もうどちらでもよいというくらい、皆が死を受け入れていました。 そんな、いつも以上に無気力な人々の合間を少女が駆け抜けます。そのすぐ後には片腕のない青年が。目指すのは、国の外れにある小さなボロボロの小屋です。 今にも崩れそうな小屋に着くやいなや、少女は扉を乱暴に叩きました。 「いるんでしょ!? 出てきて!」 少女の呼びかけに答えたのか、それとも単に扉を破壊されたくなかったのか、ゆっくりと扉が開きました。中から出てきたのは、黒髪の美しい女性です。年齢は二十台といったところでしょうか。 「……何」 「敵兵が来たの! このままじゃみんな死んじゃうよ! あなた、戦う力があるんでしょ!? 力を貸して!」 少女は心の底から叫びました。後ろで青年が頷いています。 女性はその光景を淡白な瞳で見つめ、言いました。 「……興味ない」 それだけ言って、もう言う事はないと言わんばかりに女性は扉を閉めようとします。それを、少女は力ずくで押しとどめました。 「興味ないとかじゃないの! いいよ、あなたが戦わないならあたしが戦う! あれ、貸して!」 それはまずいよ、と後ろの青年が言いますが、少女は気にも留めません。むしろ、自分の考えが最良とばかりに興奮し出しました。 「あたしはね、戦争を終わらせたい。殺し合いなんてゼッタイにイヤ。でも、死んじゃったら何もできなくなっちゃうの。それじゃ駄目、あたしは争いをなくしたいの。そのために、今はまだ死ねないの!」 少女は叫びます。ですが、女性の瞳は変わりませんでした。 「……やりたいなら勝手にしな。地下室への入り口、あんたが知ってるだろ」 女性はちらりと後ろの青年に目をやると、それで用は済んだとばかりに扉を閉めてしまいました。今度ばかりは、少女も抵抗しませんでした。それよりも、やらねばならない事があります。 「ねえ! あれ、どこにあるの!?」 少女は後ろの青年に問います。青年は、刹那の迷いの後に答えました。 「裏の枯れ井戸の中に隠し通路がある。その先さ」 聞くやいなや、少女は弾かれたように走り出しました。青年はため息をつき、その後を追いました。 少女たちが訪れて数時間後、また女性のところに訪問者が来ました。今度は歌姫です。その恋人の、片足を失った青年もいます。 「……何」 女性はやはり興味のなさそうな、淡白な瞳を向けました。 「ふたりが出撃しました。今、戦闘中です」 「……そう」 やはり女性は興味がなさそうです。それに苛立ったように、歌姫は声を張り上げました。 「あなたはあの子たちが死んでもいいって言うの!?」 「そんなもの、私には関係ない」 歌姫が手を上げる前に、素早く動いた青年が女性の襟元を掴んでいました。怒気を全身から放ち、言いました。 「あんたにはこの状況が見えないのか。もうすぐ、皆が死んでしまうんだぞ。あんたには僕らと違って力があるってのに、それを使わないってのか」 「……都合がいい時ばかり守ってくれと言う。そして、戦いが終わると邪魔者扱いをする。あんたらのような連中のために、どうして私が命を張る必要がある。それに……」 女性は、ふっと笑いました。 「何も聞こえない、何も見えない。私が私を塞いでいるから」 女性は青年の腕を払いのけました。片足のない青年は、それだけでよろめいて倒れてしまいます。慌てて歌姫が駆け寄りました。そのふたりを見下ろすように立ち、女性は言いました。 「私はもうあんたたちのために戦うつもりはない。ここで甘んじて死を享受する、それだけさ。そうそう、どうせ今回だけ退けたって、すぐに新手が来るよ。だから、あいつらも無駄死にさ」 言い残して、女性は家の中に戻りました。その背に向けて、歌姫は叫びました。 「兵士たちは、死なないために……死なせないために戦ったはずでしょ! あなたはどうして、そんなに無気力でいられるのよ!」 歌姫の声は風に流れ、そして消えました。 |
ある国は、もうずっと昔から戦争をしていました。大きな戦い、小さな戦い、色々な戦いを経て、もう多くの人は泣く事も忘れてしまいました。 そんな国が、敵兵に囲まれてしまいました。無気力な人々ばかりの国で、唯一と言っていいほどの気概を持った少女は、戦う事を決意しました。 少女たちでも大軍相手に戦いになっているのは、新型の兵器のおかげです。この国の女性が個人的、かつ秘密裏に開発したもので、人の倍ほどの背丈の乗り物です。特殊な機器を使用する事によって、人間の目では追えない速度で動く事もできます。 ですが、それは熟練した兵士が使った場合のみ。戦闘の素人である少女や、片腕のない青年では、その能力の半分も発揮できません。 それでもふたりは、敵兵を次々と無力化していきます。ある者は腕を、ある者は足を、またある者はその両方を失い、倒れていきました。 しかしそれでも、限界があります。ひとりの兵士が投げた爆弾が、少女の乗った兵器を足止めしました。そこに、複数の兵士が雨のように鉛弾を撃ち込みます。そして、兵器は動けなくなりました。 青年の乗る兵器はそのカバーをしようと走り出し、しかし数の差に負けてやはり動けなくなってしまいました。もう、ふたりとも死が目前に迫っています。 少女と青年は引きずり出され、銃を突きつけられました。 両手を上げる少女は、祖国を見つめました。崩れかけた灰色の国は、もう間もなく死都となるでしょう。それが、少女には歯痒くてなりません。 「――――――?」 ふと、少女は気付きました。国の方から、何かが高速で近付いてきます。それは小さな点から、あっという間に大きな影へと変化していきました。 それは、少女たちが乗っていた乗り物にとてもよく似ていました。けれど、少女たちが扱っていた機械とは明らかに速度が違います。それに、その機械は空を飛んでいました。低く、素早く。 「戦闘機……?」 それは確かに戦闘機に見えました。けれど、それよりも遙かに小さく、遙かに早く、そして何よりも、どこか現実離れした美しさがありました。 戦闘機はあっという間に少女たちのところへ飛び来ると、兵士たちを次々と倒していきました。兵士たちがいくら銃口を向けようとしても、早すぎて捉えられません。ほどなく、兵士の半分近くが倒れたところで、敵兵は撤退を始めました。戦闘機は、深追いしませんでした。 戦闘機はゆっくりと少女たちの近くに着陸しました。すると中から、人が出てきました。黒髪の美しい女性です。 「あなたは……、でも、どうして?」 その女性は、少女たちに兵器を与えた女性でした。女性は「興味がない、勝手にしろ」と言っていたはずです。なのに、ここにいる理由が少女には理解できませんでした。 「――借りがあるから」 「借り?」 おうむ返しに呟いた少女に、女性は頷きました。 「歌姫。あれに助けられた事がある。この国のヤツはみんなそうだけど、あいつの歌で救われている。その借り、返さなきゃいけないらしくて」 言って、女性は兵士が撤退した方向を見ました。 「……あんたたち、こいつに乗って」 女性は乗り物から降りると、少女たちを強引に乗り物へと乗せました。そして、戦闘機で牽引してきた別の乗り物に乗り換えます。 「それで南に行くんだ。生き延びて、戦争を終わらせて来い」 「あなたは?」 問う少女に、女性は笑って答えました。 「私は助からない。どうせ自分で自分を塞いだような女だ、助からなくて構わない。とにかく、あんたらは生かさないといけない。あんたになら、戦争を終わらせられるかもしれないってさ、あいつに言われたから」 「でも……」 少女が逡巡するのも無理はありませんでした。それは、目の前の女性を見殺しにするという事なのですから。 「誰かが足止めしなきゃいけない。なら、それは私がやる。なに、どうせ捨てた命だ。惜しくもない」 なおも躊躇いを見せる少女に苛立った女性は、言いました。 「なら死ねば?」 少女は、はっと顔を上げました。どことなく、目が赤くなっています。 「このままここにいたら死ぬよ。それじゃあ、無意味だろ? あんたには生きる理由がある。だから、生きろ。私には死ぬ理由がある。だから、死ぬ。それだけなんだよ。さ、早く行きな」 少女は固く目を閉じました。やがて、ゆっくりと目を開きます。そこには、決意の色がありました。 少女は戦闘機を発進させました。ゆっくりと上昇する戦闘機の上から、少女は最期に何かを叫びました。けれど、それも轟音に掻き消されて消えてしまいます。女性は黙って、軽く手を振りました。 戦闘機が凄いスピードで飛び去った後、女性は牽引してきた乗り物に乗ると、兵士たちが撤退した方向を見つめました。 「……どうせ死ぬなら、せめてあんたらくらいは全滅させてやるよ」 呟き、女性は笑いました。狂気すら感じる笑みを浮かべ、女性は死地へと向かいました。 やがて、爆音が響き渡ります。全てを、吹き散らすように。 |
けれど、その戦争も間もなく終わります。戦争をしていた各国が、その終了を宣言したのです。 その裏では、たったひとりの少女の活躍がありました。けれどそれは、公にはされていません。ですから、極々一部の人しか知らないでしょう。 夢を叶えた、少女の事は。 |