ーー十年ほど後。

 スーツに身を包んだ女性が、ゆっくりと夜道を歩いている。ごみ捨て場のある角を曲がり、そのまままっすぐ賃貸マンションへ。
 三階が今の住居だ。女性は家に着くと、声をかける。
「ただいま」
「お帰りなさい」
 家の中で出迎えたのもまた、エプロン姿の女性だった。同居人である。
「夕飯の支度?」
「ええ。今日は私の方が早かったですから」
「そう。悪いね」
「いえ」
 革のバッグを投げ飛ばし、スーツの女性はソファに座り込む。
「はぁ、疲れた……。初めてってわけじゃないけど、面接嫌いだ」
「どうでしたか」
「感触は悪くないけど、こればっかりはね」
「いいじゃないですか。その心療内科、ずっと勤めたかったんでしょう」
「まあね」
「犯罪被害者の心理ケアに力を入れているところなんでしょう? あなたにぴったりです」
「それ、あんたが言うの?」
「私だから言うんです」
「本当に図太いというかなんというか……」
 そう言って、女性はくすりと笑った。
「それは僕も同じか。あんたと同居してるんだから」
「そうですね。殺される心配はもうしなくていいんですか?」
「そんなのしたことないよ。それに、あんたは僕に一生をかけて償うんでしょう」
 そう、それは契約であり誓約。
 教員の女性は、その一生涯をかけて償うという約束。決して洗い流せない罪と、自分の手ではどうにもできない業を背負った女性の覚悟。
 彼女はそんな約束を受け入れた。そこにあった感情は、うまく説明することができない。学校で感じた信頼や愛情、気づいてしまった憎悪。色々な感情がぐちゃ混ぜになったまま、ずっと同居をしている。
 たまに、眠っている教師の首を絞めそうになることもある。それでも教師は受け入れるだろう。それだけのことをしたという自覚を持っているのだから。
 それでも、彼女はーー遠野碧は、八神梨々と同居をしている。
 それはさながら、結婚生活かのようで。
「……ねえ、梨々さん」
「はい、なんでしょう」
「あなたにとって、僕は何? メイドが仕える主人? 逆らうことのできない雇い主? それとも、家族のような存在?」
「どうしたんですか、突然」
「聞いてみたくなって」
「うーん。そうですねぇ……」
 教師はしばし考えた後、
「イケメン彼氏、でしょうか」
「女だ」
「ふふっ。女子高から女子医大に行ったせいか、男性癖が抜けませんでしたね?」
「うるさい。心療内科にはそういうのも必要なの」
「そうですね」
 八神は遠野の頬に触れる。
「いつか、あなたが私を治療してくれることを願ってますよ。その時になって初めて、私は罪を償えるんです」
「その時のあんたは死刑だよ」
「ふふふ、違いありません。さあ、お夕飯にしましょうか」
「今日のメニューは?」
「ビーフシチューです。大丈夫です、ちゃんと牛肉ですよ」
「当たり前だっ」
 そんな冗談を言いながら、奇妙な同居生活は続いている。

 ーーこれは、とある事件をきっかけにした、狂った”人”の物語。