地蔵に囲まれた村。そこから出られないという怪異。
 その姿は見る人によって老婆にも若い女性にもなる。ただ、その身長と、頭に何かを乗せた姿は変わらないという。
 魅入られた少年は家の二階にこもる。部屋の隅には盛り塩を。
 怪異は人の声を真似る。そうして開けさせようとする。
 朝になり、少年は血縁の者と車で村を脱出する。地蔵の先に怪異は来られない。

 ……そうだ。八尺は、結界や守りというものに弱い。地蔵の結界は超えられず、閉ざされた部屋に侵入する術もない。だから、人の声を真似て、扉を開けさせようとするんだ。
 けど、この怪異は違う。さっきは生け垣を壊して家に侵入しようとしていた。
 生け垣を壊せるなら家の窓や扉くらい、簡単に壊せるだろう。なのに、伝承ではそうしない。できないからと解釈できる。
「違うんだ……」
 見た目は八尺様そのもの。でも、よくよく見ればこいつには影があり、地面を踏んだ箇所は軽くへこんでいる。実体があるんだ。
 なのに、銃で撃っても痛がっていない。それはーーそこに神経がないから? 痛覚がなければ痛がるはずないし、撃たれても気づくはずがない。
 じゃあ、痛覚がない生物なんて存在する? それもありえない。人間の体は、様々な神経の連携によって歩いたり動いたりできる。こいつは人間じゃないけど、人間と同じような外観をしている以上、同じような構造をしていなきゃおかしい。
 なら、人間に見えている部分は……違うんだ。人間の形をしているだけで、構造はぜんぜん違う!
 一瞬の閃き。私は、ただ思いつくままに叫ぶ。
「カナタ! 頭撃って!!」
「頭!?」
「あの帽子!!」
「ッ!!」
 カナタは流れるように銃を構え、引き金を引く。

 パァン!!

 銃声が響いた瞬間、八尺様に変化が生じた。ぐらりと揺れたかと思うと、ぶるぶると奮え出す。

「ぽぽぽ……ぽおおおおおおおお!!」

 大きく叫ぶと、人間の体をしていたところが萎びていった。そのまま何かの干物みたいになると、ぐしゃりと潰れる。後には、白い帽子だけが残った。
「か、勝った……?」
「やれた、みたい」
 今さらになって、汗だくになっていたことに気づく。額の汗を拭い、おそるおそる、帽子に近づいてみる。
 見た目にはただの帽子に見えるけど……。ん?
 持ち上げてみると、それは帽子のようで、帽子じゃなかった。白いのっぺりとした何かは、よくよく見れば卵の殻にも見える。
 裏側を覗くと、一羽の鳥がじたばたと暴れていた。帽子の内側にいたらしいけど、空気銃で撃たれて飛べないでいるらしい。人間の体に見えていた部分は、実は白っぽい枝みたいなのが絡み合っているだけだった。
「鳥……。こんなのが八尺様の正体?」
「この体、植物に見えるけど……。でも、絶対に人だったよね?」
「そう見えていただけかも。幻覚とかそういうの?」
 自分で言っていて、自分でも説得力を感じてなかった。さっきまでは間違いなく人だった。それが植物になったーー。そんな風に感じる。
「あるいは、こういう普通じゃない生物しかいない世界なのかも。あなたも、昨日から獲物はぜんぜん見つけられなかったんでしょ? こういう、姿を偽装する生き物がいる世界……なのかも」
「じゃあ、見つけられなかっただけで、生き物はいるってこと?」
「この鳥がどういう生き物かわからないけど、動物として生きているなら、なんらかの食物連鎖はあるはずじゃないかなって」
「なるほどね。まあ、今わかっていることはひとつよ」
 カナタは腰のケースからナイフを取り出すと、鳥の首を落とした。ぼたぼたと赤い血が流れ出す。
「こいつが鳥なら食べられる」
「た、食べるの? それ怪異だよ?」
「怪異だかカイカイだか知らないけど、あたしはお腹がすいてるの」
 言っている間にもカナタは八尺様の羽をむしり出していた。ぶちぶちとむしっていくと、クリスマスのチキンみたいに見えてくる。
「あ、火起こし……。薪がないな」
「薪なら、さっきの家に積んであったけど」
「それだわ!」
 すぐさま取って返す。家の裏に薪が積んであり、勝手口から入ってすぐにかまどがあった。
「最高じゃない!」
 カナタはポーチからライターと松ぼっくりを取り出すと、すぐさま火を起こす。松ぼっくりはそのへんに転がっていて、しかも火がつきやすい天然の着火剤だ。
「これは昨日拾ったの。途中の林で見つけたわ」
「松ぼっくりはあるんだ……」
「植物は普通に生えているものね。動物だけがおかしいのかな」
 火が起こせたところで、カナタは八尺様を軽くあぶった。ああすることで、手で抜けないような産毛が処理できる。
「構造は一緒なのかな……」
 鳥は普通、肛門のあたりを切ると内蔵がまとめて取り出せる。
 カナタは同じように、お尻のあたりを切った。内蔵がずるりと取り出せる。
「心臓はあるけど、胃がやたら小さいわね……。砂嚢とかもない」
「木の実とかを食べるってわけじゃないのかも」
「ふうん。まあいいわ」
 カナタは心臓をナイフで刺すと、火で焼いた。パチパチと火の粉が弾ける。
 炙った心臓は、それなりに食べ物っぽく見える。かなりワイルドな焼き鳥?
 カナタは、焼けた心臓をぱくりと食べた。そのままモグモグと咀嚼する。
「だ、大丈夫……?」
 というか、何も味付けしなかったけど。いやまあ、そもそも食べて大丈夫なのかって話なんだけど。
 私の心配をよそに、カナタはごくんと肉を飲み込んだ。
「何これめっちゃ美味しい!!」
「えぇ!?」
「あっさりしているけど味があるわ! ほんのりハーブみたいな香り……。こんな美味しい鳥、食べたことない!」
「そ、そんなに?」
「そんなに」
 こくんと頷いたカナタは、残った鳥肉の処理を再開した。
 内蔵を取り出したら、もはやただの鳥肉だ。部位ごとに細かく切り分け、ナイフで刺して火で炙る。
 そのままパクリと食べると、
「こっちも美味しい! さっきの心臓が歯ごたえあるのに対して、こっちは柔らかくてジューシーだわ!」
「お、美味しい……?」
 えぇぇ……。それ化け物なんだけど。さっきまでぽぽぽとか言っていた。あ、いや、鳩もぽっぽと言うか。
 でも、それを食べることに抵抗はある。そんな私の視線を知ってか知らずか、カナタは炙った肉を差し出してきた。
「ごめんごめん、狩りが成功したのはあなたのおかげよね。はい、分け前」
「わ、分け前!?」
 別に食べたいと思っていたわけじゃないというかむしろ食べたくないんだけど!
 けど、こんな普通の笑顔で差し出されると、断りにくい。カナタはやることこそワイルドだけど、顔は美少女。なおさら断りにくい。
 ーーええいままよ!
 私は覚悟して、八尺様の肉をかじった。
「ッ!!」
 かじった瞬間、口の中に旨味が広がる。
 ほんのりと香るのは確かにハーブのような感じ。肉は柔らかく、噛むほどに味が出てくる。じゅわっと広がる肉汁には旨味がたっぷりだ。
 ごくんと飲み込むと、途端にお腹がぐうと鳴いた。
「っ……!!」
「ふふ、あなたもお腹が空いているのね。いいわ、分けましょう!」
 ノーとは言いづらかった。何より体がこの肉を求めている。
 二人でナイフに刺した肉を交互に食べる。一羽をまるまる食べ終えると、それなりに満足感が得られた。
「ふう……。食べちゃった」
「美味しかったね」
「美味しくてよかったのかわかんないけど」
 怪異を食べたことのある女子なんて、世界中を探しても私たちくらいなものだろう。
 人に話しても理解して貰えるとは思えない。けど、この味を私たちは共有している。
「ねえ、はすみ。また狩りしたいわね」
「ま、また?」
「面白そうじゃない? それに、ぜったいに美味しいわ」
 ついさっき、死にそうなくらい恐怖を感じていたのに。
 今の私たちは、未知の味に心を奪われていた。