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翌朝、朝食を終えて後片付けをしていたわたしに、ローラはにこやかに話しかけてきた。 「ね、何か手伝える事はない?」 「どうしたんですか、また突然」 「だってさー、あたし、お世話になりっぱなしじゃない。たまには恩返ししておかないと」 「はあ……、でしたら、これから買い物に行きますので、少し荷物を持つのを手伝ってもらえませんか」 「オーケー! 任せといて!」 胸を張るローラ。買い物はそこまでのものではないと思うんだけど。 とにもかくにも、準備し、近所の量販店に向かう。思えば、こうして一緒に外に出るのは初めてだ。 「そういえば昨日は聞かなかったけど、愛ちゃんは日本人なのよね?」 「ええ。生まれは日本です」 「なのにイギリスの教会、なんだよねー。ちゃんと馴染めてる?」 「なんだか母親のような物言いですね……。馴染むも何も、誰かと共同で任務をするわけではないのですから、関係ありません」 「けど、今の状況に不満とかはないの?」 不満。不満、か。 ないと言えば、嘘になる。本当は戦いたくなどない。 けれど、そんなものに打ち消されるほど、弱い使命感でもない。 わたしには悪魔を祓う力がある。才能と言ってもいい。それは、普通の人間にはできない事だ。 誰かがやらねば、無意味に苦しみや悲しみが連鎖してしまう。それは、どこかで強制的に断ち切らねばならない。恨まれようと、憎まれようと。 その覚悟は、常に持っている。だからこそ、我々は『許されない』のだから。 それに――。 「知ってる? ウチのメンバーってさ、親とか兄弟とか、そういうのっていない人ばっかなんだよね」 見ると、ローラは空を見上げていた。 「どういう事ですか?」 「そのままの意味よ。たとえば、稀代の悪魔祓いだったアルバート・トールキンっていたでしょ? あの人だって、両親はいないのよ。他のメンバーも、だいたい両親を幼い頃に失っている。孤児、って言ってもいいかな」 それは、初耳だ。確かにわたしの両親はすでにいないが、他のメンバーもそうだったなんて。 「あ」 という事は、まさか、ローラも……。 わたしの視線の意味に気づいたのか、ローラは意味ありげに笑ってみせた。 「そうよ、あたしも。お父さんもお母さんも、あたしがまだ子供って言える頃に亡くなった」 言うローラの瞳に悲しみの色はない。いや、何の色もない。 故意に、色を隠している。 「あたし自身、それで悲しい思いはした。寂しい事もあった。そんなあたしが教会に迎え入れてもらって、居場所を用意してもらって。あたしの力が目当てってわかっていても、嬉しかった」 ほぼ、同じだ。 わたしにとって、日本は生まれ故郷という懐かしい場所ではなかった。だから、再び日本の土を踏んだ時は、なんという皮肉だろうと思っていた。 「だからさ、つい、心配になっちゃうのよ。許されざる者のメンバーとしてじゃなくて、ひとりの人間として。みんなに友達できるかなぁとか、寂しくないかなぁとか、不都合はないかなぁって」 「……優しいのですね」 「はう? そ、そんなんじゃないのよ!?」 顔を真っ赤にして否定するローラ。それを見て、ようやく少しだけ理解できた気がした。 普段はひょうひょうとしていて、腹の底はまったく読めないローラという人間。 けれど、その中にあるのは、温かいもの。 「あら」 わたしがほんわりと優しい気分に包まれていると、ローラはふと視線を前方で止めた。その顔が、みるみる青ざめていく。 「ローラ?」 問いながら、わたしはその視線を追う。その先に、知り合いがいた。しかも、会いたくない人だけを選びぬいたような構成で、三人も。 チリン―― 「あ、愛。珍しいとこで会ったわね」 友愛の笑みを浮かべる桜色の死導者。今はその笑みが恨めしい。 わたしはなんとか視線で状況のまずさを伝えようとするが、三人には通じていない。どころか、ひとりはわたしを見てもいなかった。 「アルバート……」 ローラの口から、彼の名前が漏れた。彼もまた、ローラだけを見ていた。 アルバートは、どこか呆れたような顔で、ローラを見ていた。 「こんなところで何をしているんですか、フェリシア」 「あ、あの、これはね、色々な事情があって! その、あの、だから、ちょっと心配で……」 声が弱々しくなり、消えていく。これは、どういう事? 「アルバート。ローラと知り合いなのですか?」 「いや、まあ、知り合いって言えば知り合いだけど」 ようやくわたしに目を向けたアルバートは、ああ、と合点したように手を打った。 「もしかして、君は素顔を知らないのか」 「す、素顔?」 「ああ。フェリシアは――」 「ダメっ! アル君、それは言っちゃダメ〜〜〜!」 慌てて駆け寄り、アルバートの口を塞ごうとするローラ。アルバートはそんな彼女を軽くあしらいつつ、 「残念ですが、ぼくはもうイギリスとは何の関係もありません。もちろん、あなたとも。隠す理由は何一つとしてありませんね」 「そ、そんなぁ……。アル君、いつからそんな風にいじわるな子になっちゃったの? 昔はもっと小さくて、何かにつけてフェリ様、フェリ様って言ってたのに」 「む、昔の話でしょう! それは!」 事情がまったく飲み込めていないのは、わたしだけではない。死導者のふたりもそうだ。 「あのさ、愛、誰? あの子」 「わ、わたしの同僚です。アルバートと親しかったとは聞いていませんでしたが」 「親しかったというよりは、親子のようね。彼らは」 言って、アンジェラはくすっと笑った。 「貴女、フェリシア・ローラ・プリムローズね?」 アンジェラが問いかけると、ローラはびくん、と背中を震わせ、機械じみた動きで振り返った。 「あ、あなた、は?」 「アンジェラ・ウェーバー。死導者よ」 「はう!」 小動物のように体を縮こませ、ローラはアルバートの背後に隠れた。 「フェリシア・プリムローズ?」 まさか、そんな、偶然はありえる? いや。ありえない。 「ああ、君も気づいたようだね」 アルバートは、心底から意地の悪そうな笑みを浮かべ、きっぱりと言い放った。 「そう。彼女がフェリシア・ローラ・プリムローズ。イギリスの教会に所属する、許されざる者のトップ。アークビショップだ」 「で、ですが、わたしはアークビショップと電話でお話した事もあります。その声は明らかに男性のもので、女性などではありませんでしたが」 「そりゃそうだ。フェリシアの能力は七変化といってね、自分の外見から声質まで、あらゆるものを他人に誤認させるものだ。アークビショップとして仕事をしている時は、そちらの顔を使用している。本物を知るのは、メンバーの中でも数人なんじゃないか?」 能力で偽装? ありえない話じゃない。アークビショップ、それも退魔専門の表には出ないタイプの要職ともなれば、その重要度は並ではない。自然、命を狙われる事もあるだろうし、難しい対談をこなさなければいけない事も出てくる。 その時、こんな小動物のような女の子が出てきては、向こうは絶対に信用しない。ある程度の信頼を得るには、どこの社会も、一定の年齢以上の男性と相場が決まっている。 「ローラ。それは本当の事なのですか?」 「はう、ううう、ほ、本当よ……」 すまなさそうに体を小さくするローラ。その姿に、わたしは思わず笑みが漏れた。 「だ、騙してごめんなさい……。ただ、ちょっと、心配だったの。アル君は教会を離反しちゃうし、愛ちゃんは死導者と仲良くしてるって話だったし」 「そこまで知っていたのですか」 驚いた。いったい、どこから情報を得たのだろう? さすがはアークビショップ、といったところだろうか。 「フェリシア。ぼくが教会を離れたのは、教会の意向がぼく自身の望みと合致しなくなったためです。最初から忠誠なんて誓ったつもりはありませんが」 「そんなのはわかってるわよぉ。でも、決定権はあたしにあったし、あたしも死導者を倒せるのはアル君くらいしかいないって思ったし……。結局、アル君には辛い想いだけさせちゃったし、おまけに日本だなんて! 心配にも、なるじゃないの……」 なんだ。そういう事か。 ようやく、全てが理解できた。 この人は、わたしたちの親のような存在なんだ。だから、子供であるわたしたちが心配で仕方ない。 この人は、常に傷つく人が最小になるような選択肢を選んでいるのだろう。それでもこんな世界だ、傷つく人は必ず出る。そのフォローをするのもまた、彼女。 「そういえばフェリシア、あなたに聞きたい事がありました。どうしてぼくの追撃命令を愛なんかに出したんですか」 「ひゃう、ご、ごめんなさい! だってアル君、レベル5だから、そんなのが教会から離反したってなったら他の派閥は絶対に追討しろって言うに決まってるじゃない? だから体面上はやらざるをえなくって、でもアル君が傷つくのも追撃させた人が傷つくのも嫌だし……。 ただ、愛ちゃんならもしかして和解できるかなって、そう思っただけなのよぉ……」 ぷるぷると震えるアークビショップ。そこに、電話越しに感じる威圧感は欠片も存在していない。 そんなローラの頭に、ぽん、と手が置かれた。ケイだ。 「そんなにびびんなくていいんじゃないのー。アルバート、そんな怒ってないから大丈夫よ。ガキだから勘違いしたらしいけど」 「ガキとは失礼だな。誤解を生むような態度を取ったフェリシアにも責任の一端はあると思うが?」 「はう……」 「アルバート、あんたも素直に認めなさい。ってか、この子と個人的な付き合いはあったんでしょ? 見ればわかるじゃない。この子、信じてもいいタイプよ」 「む」 アルバートは不満げに口を尖らせ、そっぽを向いた。 ローラはそんなアルバートの陰で、頬を染めながら小さく震えている。 「雪解け、ですか」 「よかったわね」 ふと見れば、いつの間にやら、アンジェラがわたしの隣に立っていた。 「争わずに和解ができたのだから」 「そうですね」 ローラとアルバート、そしてわたし。 イギリス教会の人間は変わり者ばかりだ。 けれど。 「とても、温かい」 やはり、わたしの居場所はここだけだ。 心の底から、そう思う。 チリン―― ひたすらに謝罪を続ける女性。そのかたわらに立つ、おそらくは彼女よりもはるかに年下であろう男は、子供のようにそっぽを向いたまま答えない。 「アルバートも許してあげればいいのに。誤解を招くような言い方したっていったって、結局はあいつの事を想って言ったわけでしょ?」 「それと、組織の事も考えてね」 「きゅう?」 ふたりの間に立つ少女はなんとかとりなそうとしているが、強情な男の事だ、まず成功はしないだろう。 「ところでアンジェラ。昨日、ベルゼブと話してたみたいだけど、何かあったの」 「……何の事かしら?」 「とーぼーけーるーなっ。愛と仲のいいベルゼブと話した次の日に愛に会って、しかもその場にアルバートとイギリスのトップまで来ているなんて偶然、あるわきゃないでしょーが」 チリン―― 上司の頬をうねうねと引っ張りながら、ケイは続ける。 「まーた画策しおったな、貴様」 「へい。ひはいわ」 「きゅー!」 「っと!」 少女の頭に乗っていた獣は、桜色の眷属に爪で仕掛ける。眷属はそれをひょいとかわした。その際に、死導者も解放される。 「いいじゃない。いつまでも誤解したままというのも良くないでしょう?」 「そーゆー面白い事をする時は相談しなさい」 「貴女に話したらアルバートに気取られるでしょう。彼、鋭いわよ」 「ぐっ……」 沈黙。 「ま、まあ結果オーライよね! うん!」 「さっきと言っている事が違うわね?」 「アンジェラのいぢわる……」 ふふふ、と笑う死導者は、いかにも楽しそうで。 「成功してよかったわ」 「成功って言うのかなぁ、あれ」 「彼らは同じ方向を見ているという事を相互に理解した。それは、十分な成功でしょう?」 楽しげな死導者の隣で、眷属は首を傾げる。 それは、とても平和な日本の片隅でのお話。 チリン―― |