どうして、ぼくだけが。
 こんなのは望んだ事ないのに、なんでぼくだけが。
 世界がぼくだけを選ぶなら、ぼくは世界に反抗する。


 変わり者はいつの世だって嫌われる。
 大抵の人間はどこかが誰かと違う。言うなれば、世の中の人間はすべて変わり者だ。
 けど、ぼくの場合は他とかなり違う。違いすぎる。それは、普通からすれば受け入れられない事だったらしい。
 漫画やゲームなら主人公になれる力も、現実ではただの邪魔でしかない。ぼくの力というのは、つまりはそういう種類のものだ。
「聞いてんのかよ、おい!」
 ボーッと考えていたら、顔をおもいきり殴られた。唇が切れて、血の味がする。
「ったく、あいっかわらず気持ち悪いヤツだな……」
 ぼくを見下ろす金田の様子は、どこかおびえているようにも見える。あるいはこいつ、おばけの類が怖いのかもしれないな。
 だとしたら、おかしい。こいつはぼくが見えるものが見えないせいで、おびえている。ぼくを痛めつける事でおばけの存在を否定しようとでも言うのだろうか。
 そんなのは無駄だ。ぼくをどうしようとも、存在している事に変わりはないんだから。 ぼくは、生まれた時から幽霊が見えた。小さな頃から当たり前に見えすぎて、それが幽霊だと自覚できなかったくらいだ。
 そして、それが仇となった。
 僕が見えるものは他人も見える。そう、当たり前のように考えていて、けどそれは当たり前じゃなかった。
 ぼくが見えるものは、誰にも見えない。それが他人の恐怖をあおり、引き出し。結果、ぼくは異端として見られるようになった。
 小学校の頃は、そのせいで常に仲間外れだった。幽霊に関して何も言わずとも、すでに“見える人”として張られたレッテルはどうにも変えがたい。打つ手もないまま、ぼくはひとりぼっちで卒業を迎えた。
 それは、中学に進学した後も変わらない。地元の中学に進学したぼくの周囲には、小学校の頃から同じクラスだったようなヤツが山のようにいて。自然、ぼくの扱いも、同じようなものとなった。
 金田はそのうちのひとり。小学校の頃から、何かにつけてぼくにケンカを吹っかけてくるバカだ。しかしながら、体格の差はどうにもならなくて、ぼくはいつも一方的に殴られっぱなしになる。
 ぼくも、いじめられたくなくて多少は体を鍛えたりした。努力はしたけど、金田には及ばなかった。これもある意味で素質だ。どうやら、ぼくは生まれながらに運動や格闘技といったものに向かない体らしい。
 こんなヤツでもマシな方だ。直接にぼくに当たってくるなんて金田くらいしかしない。大半のヤツはそれさえできない腰抜けだ。
 そんな連中を相手に、ぼくだけの力では、どうにもならなかった。だから、他の力を借りる事にした。
「バカだよね、金田って」
「な、なんだと!?」
 顔を赤くし、明確に怒りを示す金田。そのあたりが、バカだって言うんだ。
「だよね、権田」
「ご、ごんだ?」
 無意味にでかい体を震わせ、金田はきょろきょろと見渡した。けど、校舎裏のこの場所にいるのは、ぼくと金田、ついでにその取り巻きだけだ。
「どっちを見てるのさ。ぼくの頭の上だよ」
 金田は見えない。けど、そこには人がいる。
「はっは、少年、ワシの力を使う時か!」
 権田は僕の頭上で嬉しそうに笑う。
 彼は、墓場で見つけた幽霊だ。金田以上に大きな体、逞しい体つき、そして俊敏な身のこなし。生前は格闘技の師範をしていたとかで、その強さは折り紙つきだ。たかが子供に過ぎない金田なんて、勝負にはならない。
 しかも、権田はそれだけじゃない。
「知ってるか、金田。漫画にこんなのがあったよね。霊の力を借りて武器を作れる能力者同士が戦うっての」
「な、まさ、え?」
「その、まさか」
 権田は――ただの幽霊じゃなかった。
「オーバーソウル、っての」
 権田の体がぼくの目から見ても消える。その姿はぼくの右腕へ。
 ぼくはぐるりと見回した。クラスの連中が、ぼくを見て化物でも見ているかのような表情をしている。
 まあ、その通りなんだけど。
「少しは痛い目っての味わえよ」
 右腕を、おもいきり横に振るう。突端、ぼくの隣に立っていたクラスメイトが軽く数メートルほど吹き飛んだ。
「だ……、え?」
「どっち見てんのさ。ぼくはこっちだよ」
 呆然としている残りも一撃。ただ右腕を振るうだけで、面白いように連中の体が吹き飛んでいく。
「は、おい、ちょっと待……!」
「うるさい」
 上から下へ。
 振り下ろした一撃は、クラスメイトを地面に叩きつけた。歯で切ったのか、口からだらだらと血を流している。
 弱い。あまりにも弱い。
 だからこいつらは群れているのかもしれない。自分だけじゃ何もできない。自分が外れれば抵抗はできない。だから、群れる。
 普通の人間はそうだ。ひとりで大勢に立ち向かえるわけがない。それが人間の限界だし、人間なんてそういう生物だ。
 だけど、ぼくは違う。
 金田以外の連中を等しくぶちのめした後で、ぼくは改めて向き直った。
「なあ、金田。力って、すげーよな。お前、気持ちよかったろ? 今まで」
「あ、あ……」
 すでにまともに話す事もできない金田に、ぼくは“武器”を振り下ろした。ガツン、とにぶい音が聞こえる。
「今日からは、ぼくの天下だ」
 金田がぼくの言葉を聞けていたとは、思えなかった。

 金田とその取り巻きを力でねじ伏せた。
 たったそれだけの事で、世界は一変する。
 誰も、表面上はぼくに対して抵抗も反抗もできなくなった。ネットだの携帯だので互いを監視していたって、結局は『ひとりじゃ何もできない』からそうするんだ。そんな中に、ひとりですべてをこなせるぼくが現われれば、バランスは一気に崩れる。
 影でどういう相談が行われたのか、当人であるぼくにはわからない。わかる事はひとつ。クラスが、いや、学年中がぼくへの服従を選んだという事だけ。
 教室を見回すと、どこか空気が重かった。ぼくのあれはクラス中、下手すれば学校中に伝わってる事だろう。気持ち悪いヤツがますますヤバイ事になった、とでも考えているんだろうか。
 それはそれで構わないが、いちいち無視されるのも面倒だな。
 適当に見回し、教室の片隅にちょうどいいのを見つけた。
「おい、金田」
 声をかけると、金田は大きな図体を跳ね上がらせる勢いで振り向いた。
「な、なんだよ」
「いや、別にな。ただ、なんとなく教室の空気が悪いからさ。またお前らが何かしでかしたんじゃないかなって思っただけだよ」
「何もしてない!」
「んな大きな声でなくても聞こえるから安心しとけ」
 言い返すと、途端に黙り込む。
 そう。こいつらは個人じゃ何もできやしない。こうして話しかけられると、途端にしどろもどろだ。大人が子供の心配をしたくなるのも理解できる。
「そういや金田、取り巻き連中はどうしたんだ。今日は揃って下痢か?」
「……菊池は休みやがった。後の連中は、学校には来てるはずだよ」
「はあん。なるほど、お前は切り捨てられたわけか」
 金田は顔を赤くし、けれど、反抗はしなかった。たったあれだけの出来事が、よほどこたえたらしい。
「んじゃ、金田、お前の知ってる限りのメアドに送っとけ」
「な、なんてだよ」
「『ぼくを無視したり差別する事は許さない』って。それだけで伝わるだろ? 伝わらないヤツはぼくに教えろ。叩きのめしてやる」
 ぴくりと肩を震わせ、金田は黙ってケータイを取り出した。
 本当に、いい気味だ。これも権田のおかげ、といったところか。
 振り返れば、権田はそこでぷかぷかと浮かんでいた。
「なるほどのぉ。ワシが子供の頃はガキ大将と言えば子供たちを守る存在でもあったわけじゃが、最近はそんなものはおらんのじゃな」
「その通りさ。偉ぶるようなヤツは外される。誰かが特別な力を持つ事はありえない。そうなるようにお互いで監視してるんだよ」
「いやはや、呆れを越して笑えてくるの。ここまでだと」
「いや、それで正しいよ。こんなの、ただの笑い話だ」
 笑えない理由は、これが現実だからってところか。
「それよりワカザキ、あまり力をひけらかさぬ方がよいぞ。これは力を持つワシからの忠告じゃ」
「何を言ってんのさ、権田。こうして力を見せつけてやらなきゃ最近の連中はわかんないんだよ、力ってものの意味が。誰も力を持ってないせいで力そのものを理解していないんだ。だから、こうして頂点に立ち続ける必要があるんだよ」
「むう……」
「お前は力なんだ。ぼくのなす事を黙って見ていればいい」
 そうだ。ここでぼくが甘い顔をすれば、また誰かが仮初の頂点に立つ。けれどそれは、ぼくのような絶対的なものではなく、単に周囲に立たせてもらっているというものに過ぎない。
 上下の関係さえ理解できないようなガキは社会に出られない。そういうのを先に学べるだけ、こいつらはぼくに感謝すべきだ。
 メールを打つ金田を見ながら、そう思った。

「いやー、楽しいな!」
 天下が変わる。それだけで、こんなにも気持ちよくなるとは思わなかった。
 金田をぶちのめして数日。教室は、完全なるぼくの天下だった。
 ぼくの前では無視やいたずら、いじめなんて関係ない。それらすべてを軽く覆す力がある。気に入らないヤツがいるなら、ぶん殴ればいい。実際、そうやって痛い目を見せてやったヤツも何人かいる。
 権田の力は証明できない。法律は、証明できない力に関しては無力だ。つまり、ぼくは無敵の力を手に入れたって事だ。
「権田、お前がいればマジでなんでもできるんじゃないか。それこそ、強盗とか」
 なあ、と聞きながら振り向くと、権田はぼくを黙って見下ろしていた。そこに、表情はない。
「――? どうしたんだよ、権田」
「ワカザキ。ワシは、いじめられて困っていると聞いたから、暴力に泣いていると聞いたからお主の力になったのだぞ」
「あ、ああ? そうだな、それがどうかしたのか」
「わからぬか。お主がやっている事は、まさに暴力で泣かしているだけだ。しかも、自分の力でさえない、ワシの力でな」
「何を言ってんだ。お前はぼくがいなければ何もできないだろうが。つまり、ぼくとお前、揃って意味があるんだよ」
 権田は無表情のまま、首を横に振る。
「ワシはこれ以上、お主に協力できんな。ワシはお主の道具ではない」
「は?」
 待て、待てよ待て。
 それじゃあ、権田はぼくから離れたいってのか? そうしたら、どうなる。
 力を使えなくなったぼくは、昔に、いや、もっと悪い状態に陥るに決まってる。
 それは、嫌だ。そんなのは困る!
「ふざけるなよ、権田! 悪い冗談はよしてくれ」
「ふん。お主こそ、悪い冗談はよせ。何故、ワシがお主に力を貸し続けねばならない」
「そんなの、当たり前の事だろ」
「当たり前のものか。ワシがお主に力を貸したのはワシの感情に過ぎん。その感情もなくなった今、協力する理由は何もないな」
 言って、権田は本気でぼくに背中を向けた。
「お、おい、待てよ権田!」
「ワシの名を、気安く呼ばんでくれぬか」
 ひゅん、という音を聞いたような気がした。
 実際は、そんな事はないだろう。幽霊は風を切らない。だけど、ぼくの目の前には、包丁のように鋭い刃物が突きつけられていた。
「ワシの力がなければお主はただの子供に過ぎぬ。それとも、己の身に余る力、体で味わってみるか?」
 すっと、包丁になった手を掲げる権田。それを前に、ぼくは何もできない。
 いや。する必要もない。
「は、はは、おどしたって駄目だぜ、権田。お前はぼくの力がなければ人間に触れる事ができない。そんな体でそんなもんを振り上げたって無駄……!」
 言葉は最後まで出せなかった。
 衝撃に足が地面を離れ、背中に激痛が走る。肺の中の空気が全て押し出され、一瞬、意識が飛びかけた。
「う、あ……?」
「愚か者め。ワシがお主の力がなければ触れられぬというのは、嘘じゃ。確かに普通の人間に触れる事はできぬが、お主のように霊体が見える相手ならば別じゃ」
 ぼくを見下ろし、権田はさらに包丁を振り上げる。
「力とはどう扱うべきか、お主の体に刻み込んでやろう」
「すな、バカ」
 ひゅん。
 今度は、確かに聞こえた。
 風を切る何かは、権田の腕を切り落とす。包丁が、ぼとりと地面に落ちて、煙のように消えた。
「――な、に?」
「あんたさー、ガキ相手に何してんのよ、マジで」
 チリン――
 いつの間にか、権田の後ろに女の子たちが立っていた。うちの片方、桜色の着物姿の女の子は、手に光る剣を握っている。
 権田は顔を赤くし、
「貴様! 何をするか!」
「何をって、手を切り落としただけじゃない。そのくらいでごちゃごちゃ言わない。男でしょ」
「ふざ、けるなぁ!」
 権田のもう片方の腕も刃になる。それで斬りかかる権田。
 女の子は、光る剣で権田の刃を受け止める。
「こやつは力の使い方を忘れた! ワシとの約束を破った! それを思い出させて、何が悪いと言うのだ!」
「悪いに決まってるでしょーが。しょせん、あんたは死人なの。わかる? 死人。死んだ人。
 死人はね、生きている人間に関わっちゃいけないの。だって、もうタイムリミットは過ぎちゃったんだから」
「ぬう……、わからぬな、小娘風情が!」
「わからず屋はどっちよ」
 女の子の顔に、力がこもる。
 途端、権田の刃は切り飛ばされた。そのまま、女の子は返す刃で権田を両断する。
「眠ってなさい。永遠にね」
 死んでなお殺された権田は、最初から存在してなかったように、ふわりと消えて見えなくなってしまった。
 残されたぼくは、桜色の女の子を見上げる。怖い形相のまま、権田がいた空間をにらみつけていた。
「あ、あの――」
「何」
 えらく不機嫌な様子で女の子はぼくに視線を移す。
「た、助けてくれたんだよね? あ、ありがとう」
「感謝なんてしないてくれる? ムカつくから」
「……え?」
 ふと、気がつく。
 女の子がぼくを見つめる、そのまなざし。そこには怒気と一緒に――憎しみがある。
「あたしはあんただって許したわけじゃないって事よ。死者は眠らなきゃいけない。同時に、生者は死者に関わっちゃいけない。
 死者の手を汚しておいて、あんたはのうのうと生きるっていう現実がある。んなもん認めたいわけないでしょ? だからってあんたは殺せないから、せめてあたしに口を利かないで」
 憤然と言い放ち、怒気そのままに女の子は姿を消してしまった。
 チリン――
 呆然と見送ったぼくの前に、もうひとりの女の子が立つ。
 女の子は頭の上に乗った動物に小声で話しかけ、送り出してから、ぼくに視線を向けた。
「ごめんなさいね。ケイは、ちょっと感情的になりやすいのよ」
「き、君たちは何なんだ?」
「私たちは死導者。死を導く者。まあ、死神のようなものよ」
 死、神?
「それと、貴方に忠告してあげるわ。貴方自身には、遠い昔の退魔の血がわずかながらに流れている。貴方が霊を見る事も扱う事もできるのはそのおかげ。
 けれど、その血の力は安易に使用していいものではないわ。ケイの言う通り、生きる人間は決して死んだ人間を起こしてはならない。それは、この世の中のルールのようなものだから」
 死神の女の子はしゃがんだ。元々が小さいから、軽く腰を曲げるだけでぼくと視線が同じになる。
「貴方には同情されるべき面もある。生まれながらの、貴方にはどうにもできない理由のせいで、貴方は忌み嫌われているのだから。こんな理不尽な事はないわ。
 でもね。だからといって、死者の力を借りてはいけないの。貴方たちには未来があるけれど、死者にはそれがないのだから」
 なんとなく、わかった。
 未来のある人間とない人間が一緒にいる。それは、未来が、希望がない人間にとってどれだけ辛い事だろう。
 闇の中だって、光があれば、どんなに小さくてもいいから光があれば、迷わずに済む。目印がある。
 けど、死者にはそれさえない。道がない。暗中で、希望に向かって歩く人をただ横から見送る日々。
「異なるものを恐れるのは貴方たちの本能だわ。協力しなければ生きていけなかった貴方たちにおいて、協力を妨げる要因は恐怖でしかない」
「じゃ、じゃあ、ぼくにどうしろって言うんだ? 今さら幽霊が見えないふりをしたって、もう遅いんだぞ!」
「身を守るのに力がいる事も事実ね。けれど、その力は、あくまで人間の力でなければいけないわ」
「……人間の、力?」
 こくん、と女の子は頷く。
「貴方の持つ力。貴方には意味も理由もわからないでしょうけれど、それは人にあらざる者が持つ力よ。自分たちの目標のために己さえ捨てて、何もかもを捨てて、そうして得られた力なの。それを使う限り、貴方は人間の枠組みではいられなくなる」
 心当たりは、ある。
 金田たちはぼくを恐れていた。正確には、ぼくの持つ力を。
 子供同士でそこまで恐れられる力なんてあるわけがない。ぼくの持つ力は、つまりは銃や剣と同じ、いや、それ以上の『人間同士の争いで使うレベル』を越えた武器なんだ。
「苦しみは、ある。悲しみもある。それでも人の中で生きるなら、貴方は力を克服しなければいけないわ。それが、貴方が生まれながらに背負った十字架だから」
 チリン――
 女の子はぼくに背中を向けた。もう言う事はないんだろう。その背中に、ぼくは問いかける。
「もしも、できなかったら?」
 ぴたりと足を止め、首だけで後ろを向き、女の子は言った。
「その時は、貴方が人でなくなるだけの事よ。死者になったら、また会いましょう? その時は、敵になるかもしれないけれど、容赦はしないわ」
 チリン――
 凛と張り詰めた空気を残し、女の子は姿を消す。
 残ったぼくは、権田がいたはずの空間を見た。
「辛かった、のかな」
 そんなの、考えた事もなかったけど。
 辛くないはずがないんだ。ぼくにしか見る事ができず、誰にも言葉は届かず、力を振るう事しかできないなんて。
「ごめん」
 謝罪の言葉は、もう届かない。


 チリン――
 不満を十分以上に溜め込んだ表情で、桜色の少女は夜空を歩く。その肩に乗る黒い獣は、ただ見守るばかり。
 と、そんな少女に、後ろから夜空色の死導者が追いついた。
「ご機嫌ななめね?」
「わかってて言ってるわねぇ? アンジェラ」
 くすくすと笑う上司に、部下はため息をもらすばかり。
「後味が悪いわ。あんなもんを斬ると」
「けれど、変魂は残すわけにもいかない。彼らは存在してはならないものよ」
「それも、わかってる」
 足早に歩んでいた少女は、ふと足を止めた。
「……ねえ、アンジェラ。どうして、こうなるのかな」
「人間の業とでも言うべき問題ね。こればかりは、何百年も前から変化はないわ」
 生きる者への差別。
 死してなお死を拒絶する執念。
 どれほどの月日が流れても、消える事のない“業”。
 チリン――
 鈴を揺らし、少女は眼下の町並みを眺める。
「これが人間にとっての『生きる』という事なんでしょうね。群で生きながらも、個を重んじる。矛盾する生き様を選ぶ事によって反映した彼らのひずみのような部分よ」
「矛盾、か」
「あるいは、人間という種そのものが、生きる事には向いていないのかもしれないわね」
「それでも、生きなければいけないから」
「だから、生きる」
 生きる人間たちに、彼女たちは何もできない。ただ、見送るだけ。
 それが、彼女たちの逝き様。
「……行きましょうか」
「果て無き道を、ってね」
「きゅう」
 彼らに終わりはない。
 何故なら、彼らもまた、死者なのだから。
 チリン――



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