できない事は苦痛じゃなかった。
 できないと思われている事は苦痛だった。
 だから、できるようになってみせた。


「お前ってさ、本当に器用だよな」
「そうか?」
 答えながら、オレは片手でペットボトルの蓋を開け、スポーツドリンクを飲み干す。
「だってさ、お前って片手でなんでもやるじゃん。剣道部じゃだいたい上位に食い込むし、それでいて成績も悪かないし。どこをどうしたらそうなるんだよ?」
「根性と努力」
「そらまた、大層なお答えで」
 友人は呆れたように肩をすくめ、オレの左腕を見やった。
 オレも、視線を落とす。
 ゆらゆらと揺れる左袖。そこに本来ならあるべき腕はない。
 オレは、左腕というのが物心ついた時からなかった。なんかの事故らしいけど、詳しい事はよく覚えていない。
 オレにあった現実とは、片腕である、それだけだった。
「おい、高瀬」
 聞きなれた声に振り向くと、別の友人が教室の扉に親指を向けていた。
「たかやんがお前に用事だって」
「ん、わかった。じゃ、ちょっと行ってくる」
「高瀬ぇ、ついでにアクエリ買ってきてくれ」
「自分で行けバカ」
 答えながら、教室を出る。
 たかやん――正確には高杉先生。剣道部の顧問だ。オレと名前が似ているせいか、それともオレの腕がないせいか、とかくオレを使いやがる。先生としては優秀なのかもしれないけど、オレはそういう理由であんまり好きじゃない。
「失礼しまーす」
 職員室に入ると、たかやんがオレに目を向けた。
「おう、来たか、高瀬」
「何か用っすか?」
 運動部の中で、顧問にこんな口が利けるのはウチだけだ。たかやんは礼節とかいう事にはあんまりうるさくない。そのぶん、指導はクソ厳しいが。
「ああ、再来月の大会なんだが」
「それがどうかしたんすか?」
 再来月。剣道部は県内の大きな大会に出る。今のままなら、オレもその代表として選ばれるだろう。それだけの実力が、オレにはある。
「出るのは五人。それはわかってるよな?」
「そうっすね。ザキ、シロー、カズ、と。他が決まったんすか?」
「うん、その三人はたぶん出られるだろう。問題は後の二人でな」
「……二人?」
 いぶかしげに見るオレを見返し、たかやんは頷く。
「高瀬。お前が出られるかどうか、俺は微妙なところだと思ってる」
「は? な、なんでですか!」
「そう息巻くなよ。お前が強い事は十分に承知してるさ。けど、今のお前じゃ大会は出ない方がいいと思う」
「理由になってないっす! 説明して下さい!」
 興奮するオレとは裏腹に、たかやんは落ち着いた物腰で問い返す。
「なあ、高瀬。お前の目標は何だっけな?」
「そんなの、『片腕でも何でもできる事を証明する』、に決まってるじゃないっすか」
「そう。そうなんだよな。で、実際にお前は、大抵の事を片腕でやってのける。日常生活の中ならおよそ困る事はないだろうさ」
 それは、オレの幼い頃からの目標だった。
 片腕だから、という理由で、両親も友人も先生も、誰もがオレに気を使う。それがオレには苦痛だった。
 だから、誰の手も借りずに済むような生活をしたかった。剣道もまた、そういった鍛錬のひとつとして始めたものに過ぎない。片腕。そのハンディキャップを乗り越え、他の連中の上に立てば、オレはまたひとつ、自分の目標に近づく事になる。
 片腕では不可能、なんて事、いくらもない。それを証明してみせるため。
 たかやんは、ゆるゆると首を横に振る。
「けど、片腕でも可能ってのと、片腕だからってのは別の話だ。高瀬、お前はそれがまだわかっちゃいない」
「なんすか、それ。だから大会には出ちゃいけないって言うんすか?」
「そうじゃない。けど――」
「そうじゃないっすか! 要するにオレが障害者だから駄目だって事なんでしょ!?」
 たかやんは何かを言いかけ、口を閉ざす。
 オレは俯いた。こんな感情に包まれたのは、久しぶりだ。
「……話は、それだけっすか」
「いや」
 たかやんはゴソゴソと机の上を探り出した。そして、どこから引っ張り出したのか、メモ帳を取り出す。
「帰り、余裕があったらここに行ってみろ。ああ、俺からメモを貰ったなんて言うなよ? 先生が道草を推奨したなんてバレたら、俺が叱られるからな」
 オレは黙ってメモをひったくると、そのまま職員室を出て行った。

 唇を噛み締めながら、オレはメモに視線を落とした。
 放課後。オレはたかやんから受け取ったメモの場所に向かって歩いていた。
 簡単な地図の指し示す場所。そこに辿り着く頃には夕陽もだいぶ傾いていた。
 見上げると、朱塗りの鳥居が一層、赤く染まっていた。
「神社……?」
 通学路からも外れた、古びた場所だ。時間のせいか、それともそもそも誰も用事がないせいか、人の気配はまったく感じられない。
 ともかく行ってみよう。
 階段を駆け上がると、なかなか広い境内が見えた。
 そこに、ぽつんと立っていたのは、女の子だった。じっと神社の本殿を見上げている。夜空色のワンピースに身を包んだ、不思議な雰囲気の子供だった。
 きょろきょろと見回す。他に人の姿はない。神社の人の姿さえないのはどういう事なんだ?
 どうしてたかやんがオレをここに来させたのか、さっぱりだった。まさか、神頼みして来いという意味でもあるまいし。
 訳がわからないまま、オレは本殿に近づいていく。
 と、オレの気配に気付いたのか、女の子が振り向いた。
「こんにちは。いえ、こんばんは、かしら? 昼と夜の境目ともなれば、どちらとも言いがたいわね」
「あ、ああ?」
 チリン――
 振り向いた女の子は長い黒髪を揺らし、オレを見上げた。
 深い、吸い込まれそうな深紅の瞳に、思わず見入る。
「ふうん。確かに、貴方では勝てそうもないわね」
「は?」
「あるんでしょう? 剣術の大会」
「君、たかやんの……、高杉先生の知り合い?」
「そうね。より正確に言えば、彼の教え子の知り合い、かしらね?」
 たかやんの教え子って事は、オレと同じ学校って事だ。けど、オレの知っている中に、神社の子供はいない。
「もっとも、彼女はここには来ないわ」
「来ない? どうして」
「いえ。より正確に言えば、来れない、よ」
 うふふ。
 笑う女の子は、明らかに――普通には見えなかった。
 思わず、オレは後ずさる。
「君、は?」
「私は、アンジェラ。アンジェラ・ウェーバー。生ある者に死を導き、死者に滅を導く者。言い換えるならば、化物よ」
 あっさりと、言ってのけた。それは、女の子にとっては何でもない事と言わんばかりで。
「たとえば、こう」
 チリン――
 女の子が片手を振るうと、どこからともなく剣が現われた。両刃の宝剣を握り、女の子はそれを軽く振るう。
 途端。ビシリ、と砂利が数個、砕け散った。
「貴方も剣術を学び、それなりの精神訓練もしたのなら、多少はわかるんじゃないかしら? この剣の力」
 そう。言われなくても、なんとなく、わかる。
 これは、ただの真剣なんかじゃない。ただの剣は、ただの女の子は、ここまでの威圧感なんて……、ない。
「これは私が私のためにしつらえた魂を喰らう宝剣。この剣の前ではいかなる魂も等しく低劣。砕く事も引き出す事も、そのまま消滅させる事も思いのまま」
 けど、そんな事が現実にあるだろうか?
 魂を砕く剣。剣圧だけで小石を砕く女の子。
 オレは、夢でも見ているんだろうか?
「現実はいつだって非情。知らなかったから許されるとは限らない。力の前では、人間は本当に小さな存在でしかない」
 チリン――
 女の子は左腕を振るった。そちらにも、今度は別の刀が現われる。
 こちらは、鞘に収まった刀だった。黒塗りの漆器たる鞘は、年月の重みを感じさせる深い色合いを見せている。
「これは斬魔刀『神威カムイ』。私のような人にあらざる者を斬るために作り出された霊剣の一種よ。もっとも、正確にはそのレプリカだけれど。威力は本物に近しい次元にはあるはずよ」
 言って、女の子は軽く刀を放り投げる。オレはそれを慌ててキャッチした。
「私と勝負をしましょう」
「しょ、勝負?」
「そう。殺し合いよ」
 言って、女の子は剣でオレを指す。
「貴方の迷い、殺してあげる。もっとも、それまでに貴方が死ななければ、の話だけれど」
「な、何の事だよ!? だいたい殺し合いって」
「貴方に」
 凛と張った女の子の声が、オレを沈黙させる。
「貴方に、拒否権なんて存在しないわ。逃げるなら私が殺す。戦っても私が殺す。貴方に与えられた選択肢は、死か死よ」
「どっちにしろ死ぬって、そんな理不尽な!」
「言ったでしょう。世の中はいつだって非情で無情。貴方に残された生きる道は、その刀で私を殺す事だけよ」
 なんていう無茶苦茶!
 殺さなければ殺すなんて、いつの時代だ!? 何のゲームだ!?
 ふざけるな、と言いたい。子供の冗談に付き合っている暇はないんだよ、と言い捨ててこのまま帰ってしまいたい。
 けど、できない。
 女の子の持つ強い眼力が、そうさせてくれない。オレの知る誰も、たかやんでさえ、こんなに強い目をした事は一度もなかった。
「抜くの? 抜かないの? どっち?」
 そして、オレには迷う事さえ、許されていない。
 オレは鞄を放り投げると、刀を鞘から引き抜いた。
 夕陽にきらめく真剣は、頼もしげに光っているように見えた。まるで、任せろ、と呟いているかのように。
 ぐっと握り締める。オレのために作った剣であるかのように、しっくりと手に馴染む。重さも長さもちょうどいい。それこそ竹刀でも振っているかのような軽さだ。
「そう。それでいいのよ。どちらにせよ死しか待っていないのであれば、戦わなければ。人間は、そうやって生を勝ち取っていく」
 すっ、と女の子は身構える。隙だらけに見えて、意外に隙が少ない。この年頃にして、相当に磨きこまれた構え。
 いや、この年頃っていう考え方がそもそもおかしいんだ。この子は、普通の子供じゃない。見た目そのままの存在なら、何もないところから真剣を何本も取り出したりはできない。
「ふっ!」
 息を吐きながら踏み込む。女の子は動かない。
 気合そのまま、オレは刀を振り下ろした。
 キイン――。
 甲高い音が耳に響く。
「う、そだろ?」
 女の子は、オレの斬撃を余裕で受け止めていた。それも、片手で。
「オレの片腕とあんたの片腕が同等って言うのかよ……!」
「同等? 勘違いしてはいけないわ。私の方が上、よ」
 ぐぐっと、力任せに押し込んでくる。そして、オレはそれに抗う事ができない。
「くそっ!」
 弾き、胴を狙う。勢いに乗った真剣なら、腕のガードなんか関係ない。
「遅い」
 しかしそれもまた、返す刃に止められる。
 この子、見た目よりずっと、強い!
「隻腕でも強くなれる事を証明する。聞こえは立派ね。けれど内実は、この程度?」
 次第に、オレの方が押され始める。オレの踏み込みは全て軽々と防がれてしまうのに、女の子の打ち込みもまた苛烈で、受け止めるのがやっとだ。
「本当は貴方もわかっているのではないかしら。障害を持った人間が健常者に敵うはずもないと」
「違う!」
「なら、このお粗末な太刀筋は何? 片腕でも何でもやれるのは貴方の努力のたまもの。だけれども、それだけ。プロフェッショナルと呼ばれる人間は、隻腕の貴方では絶対に勝てないわ」
「それでもオレは勝つんだ!」
「どうやって? 言葉を吐けばそのまま現実にも起こるというのであれば誰も苦労はしない。現実と理想のギャップは広がり続け、貴方はその狭間に押し潰される。きっと、そうなる」
「なんでもかんでも! 見てきたように! 言うんじゃねえ!」
「見るまでもないと言っているのよ。貴方の未来にあるのは希望ではない、打ち捨てられる絶望よ」
 女の子が大きく踏み込んだかと思うと、オレの刀を剣で押さえつけた。両腕を使っているもんだから、ぴくりとも動けない。
「できないのよ。そして、できない事は悪い事ではないのよ。差別をしているのは貴方なのではないかしらね?」
「なんだと……!」
「いい? 片腕の人間ができる事は両腕を持つ人間も同じようにできるの。理論的にはね。貴方は肉体的に劣っている。貴方が認めようと認めまいと、これだけは絶対に変わらないわ」
 現に、オレは両腕を使って押さえ込んでいる女の子に、抵抗できていない。
 言われずとも、そのくらいは理解できる。
「けれど。可能というのは、同じ鍛錬を積んだ場合、という意味合いでもあるわ」
「……は?」
 女の子は、初めて笑顔を見せた。儚げに見えるのに力強い、輝くような笑顔だった。
「猿真似なんてプロフェッショナルには通用しない。なぜかしら? 彼らには彼らなりの手法があるの。自ら考え、身につけた『自分に適した手法』というものをね。
 貴方の剣は両腕で使う事を全体にした技ばかりよ。それを片腕でも成しえているのは素晴らしい努力があったのでしょうね。しかして、それが健常者に通じるかしら?」
「そういう、事か」
 ようやく。
 女の子が、たかやんが言いたかった事が、理解できた。
「オレに見つけろって言うのか? たった二ヶ月で、片腕の剣技を」
「貴方ならば可能よ。隻腕にして剣術を覚えた人間なんて、現実にはそうそういないわよ? 大半の人間は、その時点で諦めてしまうもの」
 諦めない。
 そう、それは、オレの原点だった。できると信じて、ひたすらに独力で努力する。
 その結果が、今のオレ。大会に出られるほどの剣術だ。
 女の子はそっと剣を放すと、くるりと回した。
 チリン――
 宝剣は消える。残ったものは、オレの手の中で夕陽を反射している真剣。
「それは、必要?」
「――いや」
 オレは鞘を拾うと、刀を収めた。そして、それを女の子に渡す。
 ついでに鞄も拾い、オレは別れの挨拶を告げた。
「じゃあな。その、ありがとう」
「お礼は要らないわ。代わりに、勝ってきなさい」
「任せとけ」
 間もなく、日が沈む。
 次にあいつが昇ってきた時が、新たなスタートだ。
 階段を降りる前にちらりと振り返ると、女の子はまだそこに立ってオレを見送っていた。
 まるで、母親みたいな顔で。

 翌朝、朝稽古のために剣道場に行くと、たかやんはすでに来ていた。
「おう、高瀬」
「他の連中はまだっすか?」
「当たり前だ、早すぎるぞ」
 時計を見ると、いつもよりさらに三十分は早かった。そりゃ誰も来てないわけだ。
「先生はいつもこんな早く来てるんすか?」
「いや。今日はなんか目が冴えてな」
 オレと同じだ。あるいは、たかやんはオレを気にしていたのだろうか。
「高瀬。良い表情になったな」
「……そうっすか?」
「ああ。それなら、今度の大会に出しても大丈夫かもな」
「まだっすよ」
 荷物を置き、たかやんの前に正座して、オレは答える。
「オレはまだまだっす。この程度じゃ、大会に出ても潰されるだけだ。そして、それがオレの自信まで砕いちまう。先生はそれが心配だったから、オレに出るなって言ったんすよね」
「教えてもらったのか?」
「ええ。ちっちゃな女の子に。先生の教え子の知り合いっつってましたけど?」
「ほう、女の子」
 たかやんは興味深そうにオレに顔を寄せる。
「俺はてっきり革ジャンの兄さんとかが来ると思っていたんだけどな。なるほどねぇ、そんな知り合いまでいるのか」
「って、先生は知らないんすか?」
「ああ。ただ、その子供が普通じゃない事だけはわかる。あの子は、そういう子だったからな」
「どういう子っすか……」
「うーん、なんていうか、普通の人よりも深い人生を送ってるって感じかな」
 まあいいや、とたかやんは顔を離した。
「そんで、高瀬。どうするかは決まったのか」
「はい。オレは、オレだけの技を身につけます。片腕でなければできない剣ってのを見つけます。そして、誰にも負けない強さを手に入れる」
 そうして初めて、オレはハンディキャップを乗り越えたと胸を張る事ができるようになる。
 誰かの真似じゃ駄目なんだ。誰でもできる事を片腕のオレができても、そんなのは当たり前に近づいただけでしかない。
 片腕のオレだからできる事。それを見つけて、初めてオレは、克服したって言えるようになる。
「先生。これからも、よろしくお願いしますッ!」
 道場中に響くほどの大声を腹の底から張り上げる。その声に、たかやんは泥臭い笑顔を浮かべた。
「俺は厳しいからな、途中で脱落すんなよ」
「もちろんっす」
 オレもまた、笑顔で返す。
 ここが、スタート地点。
 いつか、全国に知らしめてやる。隻腕の剣士の名前を。


 日も沈んだ神社に、ぽつねんとひとりの少女が佇んでいた。
 チリン――
 鈴の音色に、眠っていたように身じろぎしなかった少女が動きを見せる。隣に目を向けると、桜色の着物に身を包んだ眷属が降り立つところだった。
「ありゃま、アンジェラ、何それ」
「これ?」
 少女は手に持っていた刀を持ち上げてみせる。鞘から引き抜くと、美しい刀身が月光を弾き返した。
「ただのおもちゃよ」
「……アンジェラさ、ただでさえ怪しいんだから、余計に怪しいスタイルにするのはどうかと思うよ?」
「きゅうきゅ」
 他人の事は言えないだろう、とばかりに、肩口に乗った獣が声をあげる。
 桜色の眷属は刀を受け取ると、それを月光に照らしてみせた。
 見たところ、特に変わった様子はない。せいぜい、見た目とは裏腹に異常に軽いという事くらいだ。
「それそのものは、本当にただの軽い刀よ」
 部下の心を見透かしたように、上司は語る。
「魔を断つ事もできはしない。霊的な能力も皆無。当然、本物も存在しない」
「はぁ、マジでただのおもちゃなのね。こんなもん、何に使ったの?」
「使い手が変われば、玩具も名刀と化す」
「いや、そりゃあたしが使えばそこらの木とか石とか変魂くらいなら切れるかもしれないけど。でも、ただの刀でしょ?」
「ええ。彼にはそれがわからない。信じれば、本当に私を斬るくらいはできたかも」
 くすくす、と笑う少女の様子に、眷属は首を傾げるばかり。
 鞘に収めた刀を受け取った死導者は、ふわりと鈴を揺らす。
 チリン――
 途端、刀もまた、夜闇に消え去る。そうして、少女は何事もなかったかのように眷属を見上げた。
「そういえば、まみは?」
「学校。帰りに陽平んとこ寄るから遅くなるって。ってか、なんであたしが伝言しなきゃいけないわけ?」
「いいじゃない、する事もないんだから」
「いや、そりゃないけど、もっとこう……。うーん……」
 ふふ、と再び笑みを漏らした少女は、とん、と軽く地を蹴る。
「なら、私たちも火野の屋敷に行きましょうか」
「はっはっは、アンジェラも普通に嫌がらせが趣味よね」
「そんなつもりはないのだけれど」
 チリン――
 少女たちの姿が、鈴の音を最後に見えなくなった。
 待てど、探せど、境内に彼女たちの気配はもうない。
 月光の下、秋風が割れた石をころころと転がしていた。それだけが、少女がそこにいた確かな証。
 チリン――



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