あたしを救ってくれた。
 それだけで、あたしが命を賭けるには十分な理由。
 さあ、何でも来なさい。ぶち殺してあげるから。


 そりゃあ、あたしはアンジェラに従うって約束したけどね。
 でも……夜空を歩くってのは、感覚としてすごく変。しかもミニスカだから、少し気になるしね。いや、そりゃ見える人も、見ている人もいないんだけどさ……。
 ま、今日は新月だから、暗いんだけど。
「ねー、アンジェラ。どこに行くの?」
 あたしは前を歩く黒髪の女の子に問いかけた。
 アンジェラは死導者。何でも生ってのを食べて力を得る存在なんだとか。そんな難しい話はあたしにはどーでもいいけど。
「別に当てはないわ。ただ、生の動きを感じ取るだけ。貴女も感じてみなさい」
 んな事を言ってもなぁ……。あたし、元人間なんだから、そんな万国ビックリ人間ショーみたいな真似はできないんですけど。
 あたしは、人間だった。でも、ただのじゃない。二重人格の裏の方って言えばいいのかな。あたしは、メグミと合わせて『志野恵』というひとりの人間だった。もっとも、メグミはあたしの存在に気付いていなかったけど。
 基本的に身体はメグミのものだったから、あたしはたまにしか出られなかった。そして、たまに出るたびに、あたしは何かを壊した。そうする事で、あたしという存在によって何かが存在できなくなる事で、あたしは自分が生きていると感じていた。
 けど、アンジェラに会って、死んで。それでようやく、あたしは止まる事ができた。最後の最後で、一番……大事だったものを壊す前に。
 あたしは少なからず、アンジェラには感謝している。そして、アンジェラはあたしに言った。『もう壊しては駄目』って。
 だから、あたしはもう壊さない。アンジェラが認めるもの以外はね。アンジェラの敵、アンジェラが許せないもの、そういう存在だけを壊すと決めた。だから、あたしはアンジェラの眷属になった。
 眷属ってのもイマイチ理解できていないんだけど、要するに部下みたいなものみたい。いいじゃない。あたしはアンジェラの敵を斬りたいだけだからね。
 でまあ、お化けから眷属に昇格したわけなんだけど……。
 この服はどーにかならないのかなぁ?
 今のあたしの服装。下は白いミニスカで、上は……何て言うか、腰までの丈の和服みたいな感じ? 色は桜色で綺麗だけど、でも、上下の和洋折衷はどうかと思うわよ。
 アンジェラいわく、この服装は眷属としての正装なんだって。アンジェラの能力と、あたしの個性が合わさったカタチなんだとか。やっぱり理解できない。
「あーあ、せめてヘンゴンとかいうのでも出ないかなぁ。まだ眷属になってから一回も戦っていないじゃないの」
「戦いなんてそうそうあるものではないわ。変魂は退魔の能力を持った人間もいる事だし、私たちが出るほどの幕でもないのよ」
「そーゆーもんなの? だって、ヘンゴンって悪霊の事でしょ? そんなのその辺にふらふらしてるんじゃないの?」
 アンジェラはくすりと笑った。ちょっと失礼ね。
「『変魂』は、確かに魂の変質した存在。この世に未練を持つが故に、魂そのものを組み変える事によってこの世に存在している。けれど、誰もがそこまで強い未練を持つわけではない。むしろ、人間は現状に慣れ親しんでしまう。だからこそ、この“死者”としての今に慣れてしまい、未練を忘れてしまうものなのよ」
 そういうものなのかしらね。でも、そんなのじゃ面白くないな。
「どうせなら強いヤツとやりたいわね。その辺にいないかしら?」
「そんなものがいては困るのだけれど」
「それは残念ね、八番目」
 あたしとアンジェラは、反射的に後ろを見た。
 あたしとアンジェラの会話に、何の違和感もなく入ってきたモノ。それは、白い女の子だった。
 背丈はアンジェラと同じくらい。ただ、アンジェラが黒髪に黒い服なのに対し、こっちは白い髪に純白のワンピースを着ている。真っ赤な瞳が印象的な、女の子。
 女の子は威圧的な笑みを浮かべた。
「久しぶりね、八番目。今宵は素敵な月ね」
 女の子は、夜空をコツコツと踏みしめながら近付いてくる。
「ねえ、アンジェラ。こいつ……誰」
 普通の人間が死んだだけなら、足音なんかするはずがない。こいつは、まさか……死導者?
「ちょっとアンジェラ、どうなのよ。こいつが死導者なの!?」
 あたしは隣に立つアンジェラに視線を向けた。アンジェラは驚愕に目を見開き、全く動かない。気のせいか、いつもより顔が白っぽいような気がする。
「アンジェラ? どうしたのよ、大丈夫?」
 かちかち。
 何か音がする。かちかち? 何の、音……?
「どうしたの、八番目。挨拶くらいしたらどうなの?」
 女の子に敵意は感じられない。ただ、何となく……嫌な感じがする。アンジェラが一緒にいるだけで安心できる感じなら、こいつは一緒にいるだけで不安になる感じ。なんだか、こいつとは……一緒にいたくない。
「ねえ、アンジェラ。早く行こう。こいつ、何かヤバイよ?」
 あたしは、アンジェラの耳元でささやいた。
 かちかち。
 さっきより、音が大きくなる。気のせいか、アンジェラが小刻みに震えているように感じた。
「――アンジェ、ラ? アンジェラ!?」
 かちかち。かちかち。
 ようやく、音の正体がわかった。この、音は……アンジェラだ。アンジェラが、歯を鳴らしているんだ。まるで、恐怖を感じているかのように。
「どうしたの、八番目。まさか私の顔を忘れてしまったの?」
「ちょっとあんた!」
 あたしは、女の子とアンジェラの間に立ちはだかるように動いた。それで初めてあたしの存在に気付いたように、女の子はあたしに目を向けた。
「こんばんは。貴女は、どなただったかしら?」
「あたしはケイ! アンジェラの眷属よ! それよりあんた、あんたこそ何者なのよ!?」
「――私?」
 女の子は、嬉しそうにニコリと笑った。とても、気色悪い微笑みで。
「私は聖母の称号を持つ、唯一無二の存在。聖なる母の存在は知っているかしら?」
「聖なる、母――?」
 確か、アンジェラが言っていた……『全ての死導者の祖にして、絶対の存在』。でも、こんな子供が?
 そうか、アンジェラも外見は子供。こっちの世界は見た目じゃ図れないんだ。
「で、何でその聖母さんがこんなとこにいるのかしら?」
「偶然、八番目の生を感じたものだから。ふふ、久しぶりね。いつもきまぐれに歩く者同士だから、滅多に遭遇しないのよ」
 あたしの頬を汗が流れる。死んでも汗って流れるのね。
 こいつ、化物だ。本能が感じる。ここから逃げなきゃ、ヤバイ。
 でも、アンジェラは動けそうにない。こんな状態じゃ、逃げ切れない。
 ううん、違う。万全の状態でも、たぶん追いつかれる。こいつは、逃がしてくれない。まるで猟犬みたいな、ねちっこくて鋭い嫌な目つきをしてるもの。
「それじゃ、アンジェラに何か用でもあるわけ?」
「アンジェラ?」
「この子の事よ」
 あたしは後ろに立つ黒い女の子を指した。白い女の子は、それを見てくすくす笑う。
「ああ、八番目の事。そんなモノに名前なんてあったの?」
「モノって何よ。アンジェラは立派に生きているじゃないのよ。……死んでるけど」
「生きている? 八番目が?」
 とうとう堪えきれなくなったように、母は軽快に笑い転げた。あはは、って。
「面白い事を言うわね。彼女は所詮、私の操り人形。私が手を動かす事を止めてしまえば、八番目は立つ事すらままならない。人間にすら劣る、世界で最も下等なる物体」
「――ッ、何ですってぇ!?」
「あら、理解できなかったかしら? 八番目は私の手の上で転がり続ける存在。私の作り出したゲームを続ける、ただのオモチャなのよ」
 こいつ――――ッ!!
 もう身体が止められない。こいつは、アンジェラの、敵だ!
 思うより早く足が動く。手が伸びる。刀身を生み出し、あたしは母に斬りかかった。
「くす、お馬鹿さん」
 白い女の子は片手をあたしの剣に、もう片方の手をあたし自身に向けた。
「――ッ!?」
 あたしの刀身が、女の子の直前で、止まる。何かに阻まれたように。
 続けざまに、あたしは弾かれた。やはり、見えない何かによって。
「貴女は勇ましいのね。でも、噛み付く相手は選ばないと駄目よ? そうでないと、噛み付いた相手が勝ち目のない狼かもしれないでしょう?」
 こつこつ。
 あいつの足音が近付く。くっそ、舐めた真似を……しないでよ!
「まだまだぁ!」
 あたしが剣を振り上げるのと、
「『奇跡の創造クリエイション葬送の魔炎ファニリール・フレイム』」
 白い女の子が指先で十字を描くのは、同時だった。
 ずん、と爆音にも似た音。それがあたしを包み込む炎が生まれた音だと認知するまで、秒単位の時間を要した。
「あ、あああああああああぁぁぁぁぁ!?」
 痛い、痛い痛い痛い! 体中の水分が蒸発するような、圧倒的な熱気。もはや熱いなんてレベルを超して、ただ単に、痛い。
「ふふ、蛮勇もここまで。眷族にしてはよく戦った方ね」
 こつこつ。
「さあ、八番目。貴女にも仕置きが必要のようね。私に挨拶もできないようでは、先が思いやられるわ」
 アン、ジェラ……。アンジェラ、には、手出しさせるかッ!
 手に力がみなぎる。みなぎる力はあたしの身体を包み、炎を弾き飛ばした。
「消えろッ!」
 あたしの手が動く。白い女の子の手が動く。そして、あたしの視界は……白く染まった。
「――――え?」
 あたしの視界を埋め尽くすものは白。真っ白な、穢れなき翼。
「ごめんね、ケイ。貴女にばかり背負わせてしまった。私は、祖として失格だわ」
 あたしを、黒い少女が抱き締めている。少女の背からは、白い天使のような翼が生えている。
「ケイ、ケイ……。ごめんなさい、貴女を傷つけてしまった。私が、私が頼れないばかりに。私が怯えていたばかりに。けれど、私とて八番目の祖。こんなところで、立ち止まれない。ケイ、今一度だけ貴女の力を貸して。決して、母の思い通りにはさせないから」
 アンジェラは、静かに泣いていた。あいつが、アンジェラを泣かせた。やっぱり、あいつは許せない。
「行くよ、アンジェラ。あいつをぶっ殺しに、ね」
「……ええ」
 アンジェラが翼を開く。
 同時に、あたしは母に向かって駆け出した。
「芸がないのね」
 チリン――
 母が指先で十字を描く。同時に、あたしの背後で生の動きを感じた。
「『幻想顕現ファンタジア・マテリアライズ巨人の左腕ジャイアント・アーム』!」
 馬鹿でかいゴツゴツとした左手が、あたしを庇うように前に出た。母の放った見えない弾丸は、左手に阻まれる。あたしは左手を飛び越え、剣を形成し……振り下ろす。
「ちッ!」
 母は白い剣であたしの斬撃を受け止めた。けど、甘い。
「なッ!?」
 あたしの剣は、それが生でできたものなら何であろうと切り裂く。母がどんな能力か知らないけど、それが生を使うものである限り、絶対にあたしの“本気の斬撃”は防ぎきれない。
 母は大きく空間を蹴飛ばし、あたしと距離を取った。真っ白な刀身がくるくると空を舞う。でも、その先には。
「はあああああぁぁ!!」
 アンジェラが真っ直ぐな刀身の剣を、母に向かって振り下ろす。体勢が悪い。母には、かわせない。
 とっさに母は右手をアンジェラに向けた。さっき、あたしにも使った見えない壁が、アンジェラの攻撃から身を守る。でも、これでもう回避も防御もできない。
 あたしは強く強く、踏み込んだ。全力の一歩は数メートルの距離もゼロに等しい。
 まばたきする間に、あたしは母を間合いの中に捉えた。そのまま、神だって悪魔だって切り裂ける剣でなぎ払う。
 母は避けられない。あたしの攻撃は防御できない。だから、もうアウト。
 ざん!
 あたしの剣が、母の左腕を切り飛ばした。血は流れない。切り口は、真っ白だった。
 母は全身で驚きを表した。あたしとアンジェラと、両方から逃げるように空を蹴る。
「どう? 眷属も馬鹿にできないでしょ」
 剣で母を指し、それに、とあたしは続ける。
「アンジェラもオモチャじゃないってわかったでしょ」
 くっ、と母は歯噛みした。斬られた左腕を掴み、憎しみに満ちた目をあたしに向ける。
「――この私を傷つけるなんて。いいわ、今日は貴女に免じて退いてあげる。けれど、次は許さないわよ。覚悟、しておきなさい」
「待って、母」
 消えようとする母を、アンジェラが止めた。母もアンジェラに視線を向ける。相変わらず、モノを見るような目で。
「母。このゲーム、終わらせてみせるわ」
「できるものならやってみなさい。たかだか眷属の力では、私を超える事は永劫、叶わないのだから」
 吐き捨て、ふっと母の姿が消えた。後に、白い余韻だけを残して。


 闇夜をふたつの影が逝く。
 小さな影が大きな影に、心配そうに触れていた。
「大丈夫だって。たかだか火のひとつやふたつ、そんなので倒れるほどヤワじゃないわよ」
「でも……母の『奇跡の創造クリエイション』はあらゆる存在を作り出す。あれもただの炎だったとは思えない。念には念を入れないと危険よ」
「……アンジェラが言うなら、そうなんだろうけどさ」
 不服そうに桜色の少女は呟いた。黒い少女はどこからともなく包帯のようなものを取り出し、桜色の少女に巻いていく。
「……ケイ、ありがとう。貴女のおかげで、助かった」
「いいわよ、別に。あたしは眷属なんだから、何を置いてもアンジェラを守るわよ」
「――――私は。母に、恐怖していた。母は全ての点で私を超えていた。そして何より、母が私に、逆らってはならないというルールを課した。母に刃を向けたのも、生まれて初めてよ」
 桜色の少女は軽くため息をつき、黒い少女の頭をなでた。
「安心していいよ。次はもっと手早くやっちゃうから。あたしも、もっと強くなるから」
「ありがとう。でも、私も、もっと、変わる。母を超えてみせる。この喜劇、いつまでも続けさせるわけにはいかないから」
「…………そうね」
 小さな小さな塊となり、ふたつの影は夜空に溶け込んだ。
 チリン――



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