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懇願されたところで、やらなければいけない事もある。 それが人の道から外れる行いであろうとも。 なぜなら、私は退魔師だからだ。 「行方不明事件」 老人の放った言葉を私はそのまま繰り返した。 白髪頭の男は頷き、 「その通りです。今までに三件。合計で四人の子供たちがいなくなっています」 「失礼ですが、そういった事件は警察が担当すべきものでは?」 「いんえ。警察の力では解決できないとわかりきっています。ですからこそ、火野さんにお任せしたいのです」 そう言って、老人は卓の上のカップを手に取り、傾ける。 「子供たちがいなくなった場所はわかっています。近所では幽霊屋敷として有名なところです」 「間違いなくその家で行方不明になったのでしょうか」 「はい。最初の件はともかく、二件目と三件目は子供がその屋敷に入っていく姿が目撃されています。それですぐにその家に捜索に行ったのですが……」 そこで老人は言い淀んだ。信じてもらえないとでも思っているのか? 「どのような事でも依頼人を信じます。素直に話していただけませんか」 「……はい。その家に私も捜索に行きました。けれど、何もなかったんです」 「何も?」 「そう。子供が家に入った形跡さえ」 ほう。それはそれは。 「床にはほこりが積もっていました。一日や二日で積もる量ではありません。長い事、誰も入っていないのは明らかでした。家に入る姿は目撃されているのに、家に入った形跡がない――。こんな事件、警察がどう解決できると言うのでしょう」 警察の科学力も捨てたものではないのだが、なるほど、確かにほんの少しだけ異常の匂いはする。 まあ、だからといって霊が関与しているとは限らない。世の中の事件は、思ったほど霊は関係していない。 「わかりました。調査、お引き受けしましょう」 私がそう言った途端、老人の顔が晴れやかな色合いに変わった。 「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」 「いずれにせよお受けするつもりです。祖父のお知り合いの方ともなれば、お断りするわけにもいきませんから」 口では言いつつも、少しばかり面倒に巻き込まれたとは思っていた。霊が関係していない霊的に見える事件を解決する事ほど難しい事はない。 感謝の言葉を連ねる老人を見ながら、私はどういう算段でこの人を説得しようか、そればかりを考えていた。 教えられた幽霊屋敷は、ごく普通の街中にあった。 古びた洋館。人は住んでいない。見た目にもおどろおどろしい。 まるで絵に描いたような幽霊屋敷だな。これでは何か変な事件が起きれば、科学より先にオカルトが立っても不思議はない。 私は錆びた門を開き、屋敷の敷地に入る。 塀はあったが穴も開いていたし、小さな子供なら隙間を見つけて入り込むだろう。敷地の中は雑草が伸び放題で隠れやすく、子供の目線ならきらびやかな冒険の舞台に映っても無理はない。 何事もなく玄関まで辿り着く。依頼人から渡されていた鍵を使って扉を開き、屋敷の中に入った。 「む」 確かにほこりっぽい。もう何年も掃除をしていないせいだろう。全体的に薄暗い屋敷の中は、あまり長居したいと思わせない。 それでも、私は靴のまま中に踏み入り、調査を始めた。 老人が言っていたように、大人の靴痕がいくつか見受けられる。彼らが調査した時のものだろう。子供のものは見当たらないが、知らずに踏みにじって痕跡を消した可能性もある。それだけで霊が関与しているとは限らない。 私は適当に当たりをつけ、屋敷の中心まで足を運んだ。そこで普段から持ち歩いているワイヤーを用いて円を描き、その中に立つ。 「さて、当たりか外れか」 目を閉じ、精神を集中させる。この屋敷に子供をさらうような霊がいるのであれば、この方法で九分九厘まで見つけられる自信がある。 「――ん?」 私の感覚は、屋敷全体から何かを捉えていた。 この屋敷に霊はいない。それは入った瞬間にもわかる。どれほど静かにしていようと人のいる気配はわかるように、霊の気配もだいたい察知できる。よほどの場合を除いて。 けれど今、私はこの屋敷から何かを感じていた。その感覚をより深く知ろうと、意識を向ける。 これは……、常駐、ではない、が、霊が、来ている? なるほど、そういう事か。 「狩り場というわけだ」 霊が人を狩る場所。それならば納得できる。となれば、狩られた子供はもう生きていないだろうな。 「まったく。よりにもよって当たりか」 言葉とは裏腹に、口角が持ち上がるのが感じられる。 霊が関与しているのならば話は早いのだ。そいつを殺して、全て終わる。 私はさらに神経を集中させ、霊が使っている通り道を見つけ出した。 結界が張られている。 一目でわかった。空気がある地点――ちょうど鳥居のあたりを境に変わっている。 そして、これは外から内に入れないための結界、ではない。内のものを、外に逃がさないための結界術式だ。 犯人の姿を求め霊道を辿る事、およそ十数分。私は神社の前にいた。 この神社から犯人が来ているのは間違いあるまい。今もここにいるかどうかは不明だったが……、このぶんでは、当たりのようだな。今回は調査がサクサク進んで楽な事、この上ない。 鳥居を抜け、参道を歩く。程なく、その姿が見えてきた。 神殿の目の前。神社の中でも特に広い空間。そこに、女性がひざまずいている。その腕は、一般人には決して見る事のできないものを抱いていた。 「ここの結界は貴女が施したのですか」 声をかけて、初めて私の存在に気がついたのだろう。女性は顔を持ちあげた。 細面の、悪くない顔立ちだ。だが、そこには疲労の色が濃い。せっかくの顔も、濃い隈が台無しにしていた。 「あなた、誰?」 「火野の者です」 女性の顔色が、変わった。 「あなたが、火野!?」 「ご存知でしたか」 となると、そこそこには使える術者らしい。 ここの神社は普段は無人のはずだ。だから、この女性がここの管理者という事はありえない。 「失礼ですが、あなたは?」 息を飲んだ女性は、決然とした瞳で私をにらみつけた。そして、何も恐れるものはないとばかりに、きっぱりと言い放つ。 「私は、この子の母親です」 「ほう」 私は女性から死者へと視線を移す。 そう、死者だ。かろうじて人の形を保ってはいるが、すでに全身が影のように暗くなっている。意識もほとんどないのだろう。時折、意味不明の音が口らしき場所から漏れ出ている。 変魂。死者でありながら死を拒んだ愚かな存在。現実から逃げた者の末路は、化物となり果てる。 「誰かに依頼されたのですね」 私は頷いた。依頼主までは言う必要がないし、言うつもりもない。 母親は深くため息をつき、 「お願いします。この子の事はわたしに任せてください」 「あなたに?」 「はい。わたしは、この子がどんな姿になろうとも見捨てたくないのです。もしもこの子を殺さなければいけない時が来たら、その時はわたしが殺します。ですから、どうか、お引き取りください」 引き取れと言われて、ああそうですかと戻るわけにはいかない。 「ここの結界はあなたが?」 「はい。この神社の聖域を利用して結界を張りました」 「外から内に向いた力。その子を逃がさないためのものですか」 「……はい」 神社はそれだけで霊的な力を持っている。逆に言えば、そういう場所に神社を作っているとも言えるのだが。 その力を利用すれば、そこそこの能力しかない術者でもこれくらい大きな結界を張る事ができる。 「この近くで子供が行方不明になるという事件が三件、発生しています。その子たちはいずれも幽霊屋敷に肝試しに行った結果だそうです。お心当たりは?」 母親は黙して語らない。それは肯定しているようにしか見えなかった。 「これはただの推論ですが、あれはあなたがたの家なのでは? この子は友人を欲するあまり、過去の自分の家を訪れた子供をそのまま喰らっているとしたら」 私は軽く足を開き、両手に武器を握りしめる。 「私はあなたがたを見過ごすわけにはいかない」 緊迫した空気が漂う。 母親はおびえた様子で、それでも願いを口にする。 「お願いします。どうか、どうかこの子だけは! この子だけは、わたしになんとかさせてください、お願いします!」 母親の懇願。叶えられるなら叶えてやりたい願いではある。 だが、変魂なのだ。この子は。それも、すでに子供を三人も喰らった悪魔だ。 仮にこれ以上は人を殺さないのならば。殺す力を失うならば、断罪の必要もないだろう。罪を償うのは未来があるからこそだ。未来のない者には断罪の意味さえない。 「力を失えば、か」 ――もし。もしもこの場にあの男を連れて来れば、問題は解決するだろう。 遠藤紅葉。常識外れの『変魂を元に戻す能力』を持つ男。彼の力を使えば、この子を元に戻し、この母親に正気を取り戻させる事ができる。 だが。 だが、これはそういう問題ではないのだ。仮にこの子を彼に救わせたとしても、全世界に残る数多くの変魂には何もできやしない。 全てを救えるわけではない以上、退魔師はどこかでこの問題と正面から向き合う必要がある。 逃げてしまっては意味がない。 「……なら、答えは決まりきっている」 我々は大昔から魔を殺し魔を退け魔を打ち砕く事こそを人生としてきた。それが退魔師であり、そのための血だ。誰に理解されずとも、世間的に非難されようとも白い目で見られようとも詐欺師呼ばわりされようとも、やらねばならない事だ。 過去も、そして未来も。我々が人殺しであり続けるという現実には何も違いはない。そして、そういう道を選んだのだ。我々は、自ら。 「ひっ!」 私自身がまとう空気の違いを察知したのだろう。母親はますます強い力で子供を抱きしめる。 「や、やめてください! お願いします! この子は、この子の事は、わたしがなんとかしますから!」 「あなたもわかっているはずだ。そうなった人間はすでに我々の敵。なんとかしようとしてできるものなら、とっくにその方法は確立されている。 我々は人間の持つ何千年という歴史の中で生まれた、変わり果てた死者に抗する唯一の存在だ。その意義を、こんなところで失わせるわけにはいかない」 右腕を閃かせる。処理を施したワイヤーが母親を弾き、子供を縛りあげる。 「う……、あ……」 変魂は意味をなさない言葉を羅列しながらもがくが、当然、そんなものでこのワイヤーを断ち切る事はできない。 「やめてェ!!」 母親が私に腕を向ける。あれは、術式! 「くっ!」 紙一重だった。私が跳びはねた直後を、母親の放った生の塊が通り過ぎる。 「何をするつもりだ! あなたは自分が何をしているのか理解しているのか!」 「子供を守るのよ! その何がおかしいの! おかしいのはあんたらじゃない! 今どき死人をわざわざ殺して、誰が喜ぶの! もうおばけとかいう時代じゃないのよ! あんたらなんかいらない! こんな力もいらない! なんで無理に抵抗するのよ! 自然のままにしていればいいじゃないのォ!!」 続けざまに放たれる攻撃を弾き、受け、かわす。 母親は、もはや何も見えていないのだろう。彼女にとって、目の前の私は敵なのだ。純粋な。 「なら、仕方ない」 いついかなる時も、我々は敵を排除してきた。 生きる人間が障害となるならば、ほんの少しの間だけでもいい、眠ってもらわなければ。 覚悟を決め、左腕を動かそうとした瞬間、私の動きが止まる。 チリン―― それは、聞き覚えのある音色だった。いや、覚えのあるどころの話ではない。よく聞く音色だ。 と、母親の攻撃が止んだ。母親はゆうらりゆらりと体を揺らし、やがてぱたりと倒れて動かなくなった。 「何をした」 私は姿がいまだに見えない彼女に声をかける。返答は案外と近くから返ってきた。 「眠っただけ。彼女、ずっとここにいて疲れていたみたいだから、すぐには目覚めないと思うわ」 チリン―― 私のすぐ隣に立っている、夜空色の少女。 アンジェラ。私は、この女の子が苦手だった。もっとも、この子が引き連れているもうひとりに比べればまだマシだが。 「あー、もう出てきていいんだ」 すっと木陰から片割れが出てくる。肩口に黒い獣を乗せた桜色の少女、志野ケイ。 「君はずっと前からそこにいたのか」 「まーね。つっても知覚はできなかったでしょ」 どこか自慢げに胸をそらす。 「あたしら死導者はその気になれば退魔師にだって見えない体になれる。まああたしはベルフェゴールほど上手くないから、公平くらいの退魔師になると見抜かれちゃうけど。でも、あんたじゃ知覚はできなかったはずよ」 「くっ……」 実際、私は彼女がそこにいたという事実に驚きを隠せないでいた。 ここに来た直後。あるいはその後、母親と話をしている間。 私は常に気を張っていた。周囲の敵を探していた。この子だけが敵とは限らないし、あるいはこの子の能力が純粋に殴りかかるものとも限らない。どこからどんな攻撃が来ても受けられるよう、警戒をしていた。 なのに、私は志野ケイの存在を知覚する事はできなかった。 「人間の限界か」 死導者と人間は違う。死導者は生まれながらの死者。ケイは違うにしても、同列の存在になっている。人間がどれほど鍛錬しようとも、その段階まで上り詰める事はまずない。それが、現実なのだ。 「まあ、余計な話はいい。それで、君たちは何のつもりだ。見張りをしたり、このタイミングで救援をしたり」 「貴方がどういう選択をするか、それを見たかったの」 それで姿を現す事なく見守っていたというわけか。悪趣味な事だ。 「貴方は、殺す事を選ぶのね」 「当然だ。我々はこんなところで殺す相手を選ぶわけにはいかない。死者は総じて死ななければいけない。自然の摂理から外れた存在は、人に害をなす前に殺す。それこそが生まれ持った役目だ」 「では、生まれ持っていなかったら。選択の自由があったとしたら、貴方は選ばなかったというの?」 一瞬、言葉に詰まる。 それでも、答えは決まっている。 「私は、どのように生まれようとも、どのように生きようとも、常に自分がすべき事をしていただろう。変魂の存在を知っていたとすれば、私は殺そうとしていただろうな」 「それが、聞きたかった」 アンジェラはケイのもとに歩み寄って行く。 「陽平。立派よ」 「何を言っている。これは私にとって当然の事だ」 死者を狩るために人である事を捨てた者。 私は退魔師。退魔師の火野陽平だ。 「魔を退ける事に、一片の迷いもないとは言わない。相手も元は人なのだからな。だが、だからといって引くつもりもない」 手に持ったワイヤーに力を込める。 影は、炎と共に爆散した。 「それでも私は、殺すんだ」 それが、私の誇りだからだ。 チリン―― 立ち去るロングコートの男を見送りながら、桜色の少女は問いかける。 「ねえ、いいの。陽平に何も言わなくて」 夜空色の少女はちらと部下を見上げ、 「何を言うの? 彼は自分の行いに誇りを持っている。彼の行いは間違いとは言えない。あれもひとつの正解。なら、そこに私たちが何を言えるの?」 死導者は目を細める。 「私たちにできる事は決して多くはないわ。道を選んだ人に対してできる事なんて何もない。道に迷った人に、ほんの少し可能性を示すだけ。それ以上はできないし、する必要もない」 チリン―― 死導者は古い神社に目を向ける。こころなしか、すすり泣く声が聞こえてくるようだった。 「ケイ。行きましょうか」 「んー、そうね」 必要としてくれる人のところへ。 ふたりの死導者は、ゆっくりと足を向ける。 チリン―― |