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僕が世界の中心だとは言わない。 けれど、世界には僕より下等な生き物も多い。 それは、揺るがざる事実だと。そう、思っていた。 この家に住んでいる人間は僕しかいない。 別に、僕が一人暮らししているわけじゃない。両親は妹と一緒に近くのマンションに住んでいる。 ここは、祖母の家だった場所だ。祖母が死んで家そのものは受け継いだけど、駅から遠いこともあり、処分もしないまま、しばらくの間は誰も住んでいなかった。僕は両親に頼み、この家を僕の部屋にしてもらった。妹の部屋を用意できなかった両親にとって、僕の申し出は願ってもない話だったらしい。喜んで許可してくれた。 そして僕は、半一人暮らしを続けている。 この家は、自由だった。僕の思い通りに、好きな事ができる。これほど気楽なものはない。多少の不便はなくもないけど、あんな家で窮屈さを感じるよりはいい。 「さて、と」 学校から帰り、鞄を部屋の真ん中に放り投げる。一息ついたところで、僕は処刑室と名付けた部屋に足を向けた。 北側の、暗い部屋。陰気な空気が漂う部屋の明かりをつけると、真っ先に目に飛び込んでくるのは、小さなカゴの群れ。 その中のひとつ。出られるはずもない檻の中で、懸命に暴れている存在。それは、小さな猫だった。 野良猫だ。飼い主は誰もいない。こいつに何をしたところで、気付く者は誰もいない。そんな、抜け穴のような存在。 それは、僕にとって最高の獲物だった。この部屋には、そういった野良の動物を何匹か捕まえて、保管してある。この猫は捕まえたばかりだけあって、かなり元気がいい。その方が面白い。 「なあ、猫。お前さ、わかるかぁ? 自分がどんだけピンチかって」 猫はただカゴを揺らすばかり。とても言葉を理解しているとは思えない。 「つまり、馬鹿って事だ」 存在する価値のない存在。愚かなだけの、他者に喰い潰されるだけの存在。 それなら、僕が喰ってやる。 「ありがたく思えよ、猫」 僕は机の上に置いてあるカッターナイフを手に取った。 この部屋には、ありとあらゆる『処刑道具』が揃っている。ナイフや包丁などの刃物類、ドライバーやペンチなどの工具類、農薬や睡眠薬などの薬品類、さらにはロープや手錠などの拘束具。 これらは、全て、僕がこういう存在価値のない存在を処刑するために集めた道具だ。もっとも、大半は家から持ってきたものだけど。 「さあ、お楽しみの時間だよ」 わめく猫に、僕はナイフを差し向ける。猫は本能的にピンチを感じ取っているのか、さらにわめきだした。 「もう遅いんだよ、お前」 わめきが悲鳴に変わったような気がした。 ――そうでなきゃ、面白くないけどね。 一通り楽しみ、僕は時計を見上げた。もう七時過ぎ。そろそろ、さすがにお腹が空いてきた。 「コンビニでも行くか」 家に帰ればあの母親でも何かを作ったりはするだろう。けど、あんな連中が待つ家には帰りたいと思わない。 僕は家族であって家族ではない。こんな離れの家に押しやられているのがその良い証拠だ。 向こうが僕との接点を拒むなら、僕も拒む。 少し面倒だな、と思いつつも、家を出て近所のコンビニに向かった。近くのコンビニは繁華街の中にある。 夕方から夜に変わる時刻。早々と現れる酔客と予備校に向かう高校生、塾帰りの小学生など、実に様々な人が通る場所。僕は、こういう場所はあまり好きじゃなかった。 500円の弁当を買い、さっさと帰ろうと思ったところで、僕の目がとあるポスターに止まった。 新しく出たというゲームのポスターだ。そういえば、久しくゲーセンなんて立ち寄っていなかった。 「ちょっと寄ってこうかな」 気まぐれに、僕は店の中に入る。 音ゲー、格ゲー、クイズゲー。色々とあるが、僕は格ゲーの専門だ。音ゲーはうまくないし、クイズゲーは好きじゃない。 格ゲーはいい。相手をぶちのめす、それだけだ。わかりやすいし、普段は威張っている相手をぼこぼこにできる爽快感は他のゲームでは味わえない。 僕が初めてすぐ、乱入が入ってきた。望むところだ。 格ゲーの最大の面白味は、やはりこの乱入システムにあると思う。向かいの台で遊んでいる人と対戦ができる機能だ。 どんなゲームでもそうだけど、同じゲームのプレイヤー同士の戦いというのは、お互いの読み合いと駆け引きが重要。それは一つではなく、多種多様なバリエーションがある。そこが面白味だと、僕は思っている。 対戦相手は、それなりに強かった。けど、僕とてそう弱くはない。 ギリギリのせめぎ合い。紙一重で勝利を収めたのは僕の方だった。 「よっし!」 思わずガッツポーズ。勝てるか不安はあったけど、勝ててよかった。 「くそッ!」 ガン、と筐体を蹴飛ばす音。覗き込むと、僕の対戦相手が席を立つところだった。 高校生、だろうか。染めた髪や耳で光るピアスが、あまり良い印象を与えない。ガラが悪いと言うか、なんと言うか。こういう場所にふさわしい姿ではあるけど。 「おい、お前!」 対戦相手は僕に詰め寄り、 「お前、中学のくせに生意気なことしてんじゃねーぞ」 グッとシャツをつかみ、僕を引き寄せた。 「な、なんだよ。勝負は勝負じゃないか!」 「うっせーな、たかがゲームだろうが!」 たかがゲームにマジになってるのはどっちだ。 「っざけんじゃねーぞ!」 「っ!」 背中に痛み。 放り投げられたのだ、と自覚できたのは、床に転がってからだった。 ふざ、けやがって。 僕はポケットに手を入れた。そこには、護身用に持ち歩いているナイフが忍ばせてある。 こんな高校生のガキ、ナイフでもちらつかせてやれば、すぐにビビって逃げ出す事だろう。 「お客様!」 騒ぎに気付いたのか、店員が慌てて駆け寄って来る。ちっ。店員の前じゃ、ナイフを使うわけにもいかない。 「んだよ!」 「ケンカは困ります。そういう事をなさる方はプレイをしないで下さい」 大柄な店員に言われ、高校生は口をつぐむ。 僕は立ち上がり、埃を払った。 「そうだよ、まったく……。ゲームで負けたくらいで殴りかかるとか、おかしいんじゃないの」 「なんだと!」 「お客様」 割って入る店員。緊迫した空気の中で、にらみ合いが続く。 「おいおい、なぁにやってんだぁ?」 と、今度は青い制服の人がやって来た。警察官だ。店員が通報でもしたのだろうか? まあ、被害者である僕には都合がいい。こんな不良高校生、さっさと逮捕されちゃえばいいんだ。 「あの、僕は何もしてないのにこの人がいきなり……」 「んだよ、何もしてねーだろうが」 「さっき僕を投げ飛ばしたじゃないか!」 「うっせーな、黙ってろッ!」 「あー、はいはい、そこまで」 警官に言われては逆らえないのだろう。高校生はさっきよりもおとなしくなる。 「だいたいお前ら、何時だと思ってるんだ? 早く帰りなさい。君も」 警官は僕に目を向け、 「君もあおるような事は言わないように。いさかいなんて、どっちが悪いって事はないんだから。それに、中学生が出歩く時間でもないぞ」 ……なんだよ。 「いや、でも、僕は被害者で」 「それは、たまたまだろ。君がやり返せば君も加害者だ。そうしたら、俺は君らを見過ごすわけにはいかなくなっちまうんだから、そうなる前にさっさと引いた方が賢いってものさ」 なんだよなんだよなんだよ! 僕は被害者じゃないか! なんで怒られなきゃいけないんだ! と、警官の目が僕のポケットに向いた。 「ちょっと君、そのポケットの中、何を入れてるんだ?」 「え? 別に何も」 慌てて取り繕うが、警官には通用しなかった。 「いいから出して」 「う……。は、はい」 僕がポケットから出したのは、折り畳みが可能な、小さなナイフだった。 「君。銃刀法って知ってる? こういうのは持ち歩いちゃいけないんだよ」 警官はナイフを手に取ると、それを自分のポケットに入れた。 「これは没収しておくよ。反省したら交番まで来なさい」 そして警官は高校生の方にも一応の目線を向け、 「ほら、君が先に仕掛けたんだろ? 謝っときなさい」 「ッ! わ、悪かったよ」 おざなりに言って、高校生はそっぽを向く。ちっとも反省した気配はない。 それでも満足なのか、警官はうんうんと頷き、 「じゃ、今日のところは両成敗ってところで。二人とも早く帰るんだぞ」 警官に連れられ、僕と高校生はゲーセンの外に出る。 最後ににらみ合い、僕と高校生は反対方向に歩いて行った。 家に帰った僕は、すぐさま処刑室に向かった。 「くそっ! くそっくそっくそっ!!」 蹴って、蹴って蹴って蹴って。カゴから取り出したうさぎを、どれだけ力任せに蹴り飛ばそうとも、このイライラは消えてなくなったりはしない。 「なんだよっ! どうして僕が叱られるんだよ、冗談じゃないぞっ!」 あまりに理不尽な仕打ちに腹が立つ。 「僕は被害者だぞ!? なんで叱られなきゃいけないんだよっ!」 一際、強く蹴飛ばす。うさぎはポーンと高く飛び上がり、天井や壁にバウンドして床に転がる。もう、動きは見せなかった。 「ちっ、使えねーな」 ムカつくまま鞄を探り、そういえばナイフは取り上げられたのだと気付く。 「くそォッ!」 うさぎだったものを蹴り転がし、僕はどっかと座り込んだ。 動物を殺すというストレス発散法はなかなか良かったけど、欠点もある。動物が反撃できないようにするのは面倒だし、いちいち探すのもだるい。 とりあえずうさぎは殺したけど、今日の僕はそのくらいじゃまだ治まっていなかった。もっと強い刺激が必要だ。 「何か代わりはいないかな……」 頭をひねる。けど、殺されるために待っているような、ちょうどいい獲物なんて思いつかなかった。 『ねー、ママ、今日の夕飯なにー?』 頭をひねり続けていると、小さな子供の声が聞こえてきた。。 「――子供、か」 閃いた気分だった。 子供を殺す。そんな事ができたら、どれだけ楽しいだろう。きっと、猫やうさぎの比ではないに違いない。 そうと決まれば、善は急げだ。 まず手始めに、僕はさっきとは別のコンビニに向かった。そこで、いくつかのお菓子を購入する。子供を引き寄せる餌だ。 そして、近くを散歩する振りをしながら、子供を探した。狙い目は、塾帰りでお腹を空かせているであろう小さな子供だ。 動物を捕まえておくための紐や睡眠薬は持ち合わせている。まずはお菓子と一緒に睡眠薬を飲ませ、縛り上げてあの家まで運ぶ。 その後はやりたい放題だ。あの家には予備のナイフも工具なんかも置いてある。子供をいたぶるには事欠かない。 死体はいつも通り埋めてしまえばいい。死体がなきゃ警察だって僕には何もできないだろう。 完璧だ。 自分の発想に感動と、小さな恐怖さえ感じる。これほどの天才的な発想、そうはないに違いない。 推理小説の犯人たちはバカだ。死体を転がす場所は密室じゃない、誰にも見つからない穴の中こそがふさわしい。密室はトリックが暴かれれば犯人も決まってしまうけど、存在しない死体を作りだした犯人を探す人物はいないのだから。 「お」 歩くうち、橋の上でちょうどいいターゲットを見つけた。 小学生くらいだろうか。最近の子にしてはかなり珍しい、黒一色のワンピースに黒髪のロングという変な格好をしている。 僕の目を引いたのは、女の子が一人で川面を見つめていたという事。近くに親や友達がいる気配はない。と言うか、この子が誰かと一緒にいる光景を想像できなかった。そのくらい、孤独な雰囲気が漂っている。 「ねえ、君」 僕は女の子に声をかけてみた。駄目だったら適当なところで引き下がるだけだ。話をしている限りでは罪にもならないはず。 女の子が振り向く。その目がまっすぐ、僕を見つめ、 「ふうん」 僕は、その瞳から目を放せなくなった。 深紅の瞳。魂さえ吸いこんでしまいそうな、奥深い色合い。 「その目、カラコン?」 「いいえ。私という存在が生まれた時から、私はずっと変わっていない」 女の子はゆらゆらと僕に近づき、顔を覗き込んだ。 「思った通り、いえ、思った以上に甘やかされてきたのね」 「……は?」 「私はね、死神なの」 チリン―― 唐突だった。 何の脈絡もなく飛び出した言葉は、素直に僕の頭に染み込まない。死神? それは、何? 「死神。死を司る者。死の先を歩む者。私は、死者から貴方の事を聞いて、会いに来たの」 チリン―― きらりと反射する光に、僕は思わずまばたきした。 女の子の手。そこには、光る刃。 「貴方は他人から害意を向けられた時、常に守ってくれる人がいたわね」 刃が僕に向く。 「何か悪事をしでかしても、責任を取るのは貴方以外。実に便利ね」 女の子の目から伝わってくるのは、僕が今まで見た事のない感情。 これが、悪意? 「悪意とも少し違うわ。殺意、と呼ぶのよ。よく覚えておきなさい。ほんの短い間だけだけれど」 ぷちん、と音がした。 女の子の剣が洋服のボタンを斬り落としていた。 「貴方は今まで守られ、許され続けてきた。父母に乞われるまま勉学に励む振りをし、何か問題があれば他者に責任を押しつけ、法に守られながら法を犯し続けてきた。 甘いのよ。いつまでも変わらぬわけがない。貴方は許す者がいる一方で許さぬ者がいるのだ、という事を知らなかった。だから教えてあげる」 ふと、気付く。 震えている。カタカタと。僕が。この僕が。 「ぼ、僕を、殺すつもりか」 「貴方は、多くの命をないがしろにした。貴方が獣たちにした事、私が繰り返してあげましょうか?」 「そ、そんな、事して、許されると思ってるのか?」 「許す?」 くす、っと女の子は笑う。 笑いは、高く、高く。 高らかな嘲笑に。 「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!」 一転。鋭い表情に変わる。 「許すなんて。馬鹿らしい。誰が私に許可を与えるの? 誰が私を認めないの? それが、どうしたというの? 私は死神。死の先に立つ者。人間のルールなど関係がない。人間に許されようが許されまいが、関係がない」 死神。 今さらながらに実感する。こいつは、ただ頭がおかしいだけの女の子じゃない。本当に、本物の、人ではない者。 「ようやく理解できたかしら。なら、感じなさい。それが、死に逝く者が思った事よ」 死に逝く者。僕が殺した動物たちが思っていた事。それは――。 「もっと、生きていたい」 少女から、言葉が漏れた。 「貴方。自分の行いの意味、理解できた? おそらくは、できていないわね。すぐに忘れると思う。それも、生きるためには仕方ない事かもしれない」 す、っと女の子が剣を降ろした。 「けれど、魂に刻んでおいて欲しい。楽しむために殺す事は、いけない事。理由や根拠は超越し、『絶対に認めてはならない事』。少なくても、私はそう思う。 深く理由を考え、その結果として、貴方が殺しても構わないという結論に至るのであれば。それはそれで、貴方の答えよ。私は、人の答えには何も言わない」 けれど。女の子の言葉が、深く胸に刺さる。 「貴方は考えていない。何も考えず、他者の命を踏みにじっている。それは到底、認められる行いではない。 考えなさい。突き詰めなさい。命とは何か。それが尊いと言われるのはなぜなのか。貴方の頭で考え、貴方の言葉で説明なさい。それができたら、次は止めはしないわ」 刃をぶら下げたまま、女の子は歩き出した。徐々に僕から離れて行く。それにつれ、僕に温度が戻って来るようだった。 「ただし」 と、途中で足を止め、女の子は振り向いた。刃が、僕を指す。 「もしも今のまま、何も変わりなく命をないがしろにすると言うのなら。死神が命を摘み取る」 チリン―― 揺れた女の子の姿が、見えなくなった。 僕は思わずへたり込む。全身に力が入らなかった。 「は、は」 まだ、生きてる。 それを、実感する。 「ははは」 だって、僕は、今。 ぽたりと、雫が落ちる。 「はははははははははははははっはははははははは!!」 泣いているのだから。 何に? どうして? 答えを、僕は、まだ見つけていない。 チリン―― うさぎは壁をすり抜け路上に出た。そのまま当てもなく行こうとする。 「駄目よ」 少女の声に耳をぴくぴくさせたうさぎは、行くのをやめて振り向く。 「自覚なさい。逝けば迷う」 少女に言われて、うさぎは自分がこの世の者ではないと気付いたらしかった。 最期に獣らしからぬ顔つきで礼をすると、その姿はかすみとなって夜闇に溶け込む。 「……救いがないわね」 チリン―― 少女のかたわらに降り立ち、眷属はやりきれない感情を言の葉に乗せる。 「ケイ。人が人たりうる限りは、彼らのような存在も消えないわ」 「じゃあ、無駄なのかな。あたしたち」 少女はゆるゆると首を振る。 「世界は一か零かで作られていない。全てを消滅させられないのであれば無駄というものでもない。第一、私たちが正しいという絶対なる根拠もない。 覚えておきなさい、ケイ。私たちは正義でもなんでもない。自分の我を通しているだけ。それでも、いえ、だからこそ曲がってはならぬという事を」 チリン―― 少女は宝剣を握る。少女の信念を表すようなまっすぐな刀身が鈍く光る。 「死者に祝福を」 剣先に光がともって、消えてなくなった。 チリン―― |