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世の中には知らなくてもいい事実ってのがある。 でも、いつか強制的に知ってしまう事もある。 それを思うと、世の中って残酷だなぁと思うんだ。 授業に出るのも久しぶりだな。夏休みが終わっても二週間くらい行ってなかったし。ま、出席も取らない授業ばっかだからいいか。 学校に到着、いつも通りいっちばん後ろの席に座る。すでに授業は始まっていて、寝ているヤツとかケータイいじっているヤツとか、そんなんばっかだ。ま、こんな授業じゃ聞く気も起きないよな。 「あーあ、つまんね。やっぱ帰ろうかな」 こんな時、友達がいないこの身が辛い。つってもな、この性格は簡単に直らねーよ。仕方ないよな、こんなもん。 カラリという音に目をやると、遅れてきたらしいヤツの頭が目に入った。あれ? あいつ……。 「よう、久しぶり」 「え?」 オレが声をかけると、そいつは頭を上げた。 「相馬……?」 「おう」 オレが返事をすると、遠藤は死人でも見たような顔になった。 「相馬、身体は……いいのか?」 遠藤はおそるおそるオレの隣に座った。 遠藤は数少ない、つーかむしろ唯一の友達だ。色々と変なとこもあるけど、基本的にすっげーイイヤツなんだよな。 「ああ、もう大丈夫だよ」 オレは遠藤に笑ってみせた。 オレは夏の頭に事故に遭い、大怪我をした。生死の境をさまよい、結果としてこうして全快。学校に登校できるまでになったわけだ。 「……そうか。それなら、いいや」 遠藤はようやく納得したように座りなおした。 「それよか遠藤、お前が遅刻なんて珍しいじゃん。何かあったのか?」 「ん? いや、昨日さ、バイトの後で先輩に飲み会に誘われちゃって……」 「ああ、あの彼女の。で、飲まされまくって二日酔いで遅刻、と」 たはは、と頭を掻きながら遠藤は笑った。 遠藤は年上の彼女と付き合っている。で、その彼女がやたらと酒好きらしいんだわな。遠藤以上に。 遠藤はその彼女に酒を飲まされては、よく二日酔いの状態で登校してくる。飲めないなら断ればいいのにと思うんだけどな。そんなとこがこいつの人のよさが垣間見えるとこだな。 「つまり、まだ彼女と続いているんだ。んなワガママな彼女、別れりゃいいじゃん。お前、別に女に困るわけじゃねーだろ?」 「んー、でもさ、僕はあの人が好きだから」 このヤロウ……。 オレは遠藤の頭をガッと掴んだ。 「テメエ、ノロケていいとオレが言ったか? ああん?」 「ちょ、相馬、痛い痛い!」 こいつはオレの唯一の友達で、とても人がよくて、だからこそ時々ムカつくんだよな。うん。 オレは遠藤を離し、ため息をついた。 ダリィ。なんか身体も妙にふわふわするな。熱でもあんのか? そーいや、食欲もぜんっぜんねーな。 とりあえず今日の授業は出たけど、明日はどうするかな。とりあえず、家に帰って熱でも測るか。 大学の構内ってのは無駄に広い。教室からバス乗り場まで歩くだけでも疲れちまう。狭いよりは広い方がいいと思ってたけど、これはこれで考えもんだな。 「あん?」 バス停に生徒がひとり。その隣に、どう見ても大学生には見えない女の子が立っている。 生徒の方は遠藤だ。隣の女の子は黒っぽい長袖のワンピースを着た、たぶん小学生くらいの子供。遠藤の妹かな? 「えんどー!」 オレが声をかけると、遠藤がこっちを向いた。オレは小走りに遠藤のところまで駆け寄る。 「んだよ遠藤、妹か何かか?」 「いや。ただの知り合いだよ」 遠藤の隣の女の子が、オレに視線を移した。ペコリと頭を下げる。女の子が名乗ろうとするのを、遠藤が止めた……ように見えた。 「知り合いぃ? 一応、構内は関係者以外立ち入り禁止だぜ。オレはいいけどよ、目立たないようにしろよ?」 「わかってる、わかってる。だいたい、校則なら相馬より僕の方が詳しいよ?」 「ん……そりゃそうか。お前は真面目だからな」 はは、とオレは小さく笑った。 「なあ、相馬。身体の調子とか悪くないのか?」 「ん、大丈夫……と言いたいとこなんだが、ちっとばかり体調が悪いな。だから帰ったら寝ようと思っているんだが」 「そう、か」 ……何となく、遠藤の顔が浮かない感じなのは気のせいかな? 「相馬、無理はするなよ」 「ああ?」 その時、ちょうどバスが来た。オレはさっさと乗り込むが、遠藤は続かない。 「ん? どしたよ、遠藤。乗らないのか?」 「うん、ごめん、相馬。忘れ物を思い出しちゃった。先に行っていいよ」 「そう、か。じゃあな」 それだけ言って、オレは遠藤と別れた。 翌日も学校。こんなに真面目に来るオレって偉くない? つっても、何か眠くって、丸一日お休みタイムだったけどな。 「相馬!」 夕方、教室を出たところで声をかけられた。誰にって決まってるけどな。 「遠藤か、どうかしたかぁ?」 「うん、ちょっと話したいと思ってさ」 遠藤の隣には昨日の女の子もいる。まだ連れていたのか、こいつ。 「ま、いいけどよ。どこで話す?」 「食堂に行こう。この時間なら空いているし」 そう言って、遠藤はさっさと歩き出した。オレも後についていく。 ウチの食堂は割と広い。が、夕方に利用するヤツはあまりいないから、かなり寂しい状態だ。 学食らしく値段は安いし量も多いが、あんまり味はよくない。ま、金欠の時には頼りになるってくらいのもんだ。 オレは金欠も何も、そもそも食欲がないから、昨日も今日も使ってない。元々、あんまり食べる方じゃないしな。 などと考えている間に食堂に到着。オレと遠藤は隅の席に陣取った。遠藤は一度、席を離れた。かと思うとすぐに帰ってきた。両手に湯気の立つ紙コップを持って。 「おごりだよ」 「ありがとな。百円だけどな」 「言うね」 遠藤はオレの前に座り、コーヒーをすすった。その隣に、女の子がちょこんと座る。 「で、遠藤。話って何だよ?」 「うん? んー、その前に聞きたいんだけどさ。最近、何を食べた?」 「は? オレが、か?」 当たり前だという感じで遠藤は頷いた。そりゃそうか。オレに言ってるんだから。 「あー、そういや記憶にねーな」 何を食べたのか、覚えていないんじゃない。食べたという事実そのものが記憶にない。って事はアレか。オレはメシを食わなくていい体になったっつー事か。 ……違うか。 「何も食べていないのに、平気なのか?」 「んな事を言ってもよ、食欲がないんだからしょうがないだろ」 「……じゃあ、昨日はどこで寝た?」 なんだよ。遠藤のヤツ、妙に真剣な顔をしやがって。オレが何を食べようが食べなかろうが、お前には関係ないだろうに。 「昨日は、家で寝たよ」 「本当に?」 「本当、だって……?」 ……? そういや、オレは昨日どうやって家に帰った? 家に帰って何をした? 今朝、オレはどうやって学校に来た? 何の授業に出た? お休みタイムって、オレは本当に寝ていたのか? ――オレハドウシテココニイル? 「わからなくなってきたみたいだね」 「……遠藤、何か知っているのか?」 遠藤は答えない。オレは段々とイライラしてきて、怒鳴り散らすように遠藤に向かって叫んだ。 「どうなんだよ、遠藤! 何か知ってるなら教えろよ! どうして、どうしてオレの記憶が飛んでやがるんだ!?」 「……答えは簡単。貴方が記憶を持っていない、それだけの事」 遠藤の代わりに答えたのは、隣に座る女の子だった。 「なん、だよそれ。どういう事、だ――?」 ヤメロ。ソレイジョウハキイチャダメダ。 頭のどっかで誰かが叫んでいる。何だろう、どうしたんだ。この焦燥感は、何なんだよ!? 「……相馬。本当はお前も気付いているんじゃないのか?」 「何を、だよ。何に気付けって言うんだよ?」 はあ、と遠藤はため息をつき、言った。 「お前は、死んでいるって事だよ」 ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロ!! ソレイジョウクチニスルナ、オレハオレダ! 「相馬。現実から逃げるな。お前はもう、こっちの人間じゃないんだ」 「止めろ……オレは、オレは人間だ! オレは生きている! オレは、オレは――!」 バン、と机を叩く。ギロリ、と遠藤を睨む。 「だいたい、オレが死んでたらお前らにオレが見えるわけがないじゃねーか!」 「僕は幽霊が見える。いわゆる霊感ってヤツだ。それに、この子は人間じゃあない。死導者……要するに、天使みたいなものだよ」 そういえば、聞いた事がある。遠藤はお化けが見えるって。誰も信じちゃくれないけど、なんて笑っていた。でも、でも、そんなもんを認めちまったら――! 「何を、恐れているの?」 「は……?」 いつの間にか、オレの隣にあの黒い女の子が立っていた。 「恐れる事はない。貴方は死んだ。おそらくは皆の記憶からも薄れていく。それが、人の世だから。けれど、忘れないでいてくれる者もいる。貴方が存在したという事、この世に在ったという事実を忘れないでいてくれる者が、確かにいる」 「誰だよ、それ……。人間なんてすぐ忘れちまう! 昨日の夕飯だって忘れるような連中が、オレの事なんか覚えていられるのかよ!?」 「大丈夫。他の誰が忘れたとしても、私は忘れないから」 ――――! なん、だよ。どうしてそんな事が当たり前のように言えるんだよ。どうして、どうして……それが本当の事だって、思えちまうんだよ。 「相馬、お別れだ。オレはそっちにまだまだ行けないけど、そっちに行ったら世話してくれよ」 遠藤は、泣いていた。こいつ……馬鹿か。周りの連中から見たら、ひとりで勝手に泣いているようにしか見えないだろうによ。 くそ。オレ、ここで終わりかあ……。なんか色々とやりたかったような、そうでもないような。くそ、どうしてオレなんだよ。どうして他のヤツじゃないんだよ。くそ、運がねーよなあ……。 女の子がオレの頬に触れた。その時になって初めて、オレは泣いている事に気付いた。 「……わかったよ」 ぐしぐしと涙を拭う。くそ、なんで止まらねーんだよ? 「お前がオレの事を覚えていたら、あの世を案内してやらあ」 「ああ。約束な」 最期にオレは、笑っていたかなぁ……? 食堂の端の方に、青年が立っている。そのかたわらには黒い少女が立っていた。青年には影があるのに、少女には影がない。日の光にすら嫌われたように、まるで何もないかのように、そこには明るい冬の陽が差し込んでいた。 「……逝っちゃったね」 「ええ。後はケイがやってくれるわ」 「ケイって、確かアンジェラの友達だったよね」 「友達ではなく眷属……まあいいわ。貴方に説明しても意味がなさそうだから」 はあ、と少女はため息をついた。 「やっぱ、辛いよなあ。こういうの」 「何を言っているの。貴方もこちらに触れた者ならばこの程度の別れ、幾度となく出会う事になるわ」 「そーかもしれないけどさ。悲しいものは悲しいの」 もう一度、少女はため息をついた。 「人間ならば、仕方ないのかもしれないけれど。心を凍結させるわけにはいかないのだから」 「それって、アンジェラは凍っているって事?」 少女は首を傾げ、男を見上げた。 「いや、だってそういう風には見えないからさ」 少女は驚いたように男を見つめ、ふっと無表情になった。 「そうかも、しれない」 チリン―― ふと、少女は空を見上げ、呟いた。 「もう行くわ」 「ああ、そう。じゃ、また今度」 やはり少女は驚いたように男を見つめ、そっと微笑んだ。 「ええ、また」 くるりと回り、少女は消える。残ったものは、鈴の音だけ。 チリン―― |