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バイトってのは正社員と違うて、軽い気持ちでもできるもんや。 けど、そこに命が絡んだらどうやろう。 それも、自分のもんやない、他人のもんや。 「なー、佐倉ぁー」 「んー、何やー」 大学の教室。隣の机に突っ伏した友達は、ダルそうな顔でオレを見た。 「お手軽で高給で大学生でもできるバイト」 「せやなー、ってあるわけないやろ! 家庭教師でもやっとれや!」 「あ、あれ駄目。ガキうざい。マジで」 そう言われても、オレだって求人誌やないんやから、そうそう仕事のレパートリーなんて知らん。 というか、せやなぁ、バイトかー……。 オレは、今はバイトをしとらんかった。別に何か意図があるってわけでもなく、単にする必要がなくて、しとらんだけや。 せやさかい、きちんと考えた事はなかったんやけど、夏休みに入って暇ができれば、バイトの一つでもしてた方がええかもしれへん。 自分で探してもええけど、すぐにやるとなると、そう時間もあらへん。誰かに相談した方がええやろう。はて、バイトさせてくれって言って応じてくれる奴なんかおったやろか。 大学。高校時代。中学時代までさかのぼって、今も連絡が取れる奴の中で、しかもバイト紹介してくれそうな奴。 「――おらんやん」 ってアホか! なんでおらんねん! せやかてしゃーない! 大学の友達は家庭教師とかばっかやし、そないなもん紹介されても困る。こいつやないけど、オレも子供に教えるのって苦手や。いや、子供は嫌いなわけやないけど……、ってそないな事はどうでもええねん。 ちゃうちゃう、オレが考えてんのは、夏休みのバイトを紹介してくれそな人や。せやなー、外での仕事とかマジで暑いし勘弁して欲しいわ。それこそコンビニのバイトでもしよか。 けど、せっかくの夏休みや。暇潰しでバイトするんなら、時間は自由にできた方がええな。ほんの遊びみたいなもんやしー。 いやいや、あくまで仕事やで? ちゃんとやるで? 「おーい、佐倉ー?」 ふと、一人の人物の顔が思い浮かんだ。バイトは紹介してくれへんやろうけど、暇潰しくらいはできるかもしれへん。そういえば最近、会ってなかったしなぁ。一度、連絡してみよか。 オレは携帯電話を取り出し、見慣れた名前を選択してメールを打ち始めた。 「って聞けよこのエセ関西人!」 「なんやとボケに突っ込む事もできへん関東人!」 「お前もだろうがっ!」 「せや、この感じや! 言葉の握り玉や!」 「キャッチボールって言いたいのかこれのどこがキャッチボールだこのバカ!」 「バカやと!? 関西人にゃバカは禁句やでアホって言えやこのアホ!」 「うるせええええええっ!!」 ――普通に殴られてしもた。 車に揺られて数時間。 「で、ここどこや」 車から降りたところで、オレはきょろきょろと見渡した。 本気で全力なド田舎や。人の気配はまーったくない。隣近所に行くのにも車が必要そうな土地。見渡す限りの畑・畑・山・畑。空が青かった。 「村なの」 「はあ、村」 「そう、村なの」 ……いやまあ、村なのはわかんやけど。 暇潰しのバイトを求め、オレが連絡したのは高校時代の女友達、鯉田まみ。ちょっと……、ていうかめっちゃマイペースな子で、大学に通うかたわら、実家の神社の手伝いをしている真面目な子や。 んで、この子はたまーに『お祓い』で地方に出かける事もある。夏の休みともなれば、そないな機会も増えるやろう。そう見越して、何か手伝える事ないかー、と連絡した結果が、ここ。どっかのド田舎村やった。 車から降りたまみちゃんは巫女服姿やった。コスプレとかの偽モンやない、正真正銘、本物の仕事服や。手には、なんて言うんか忘れた、紙切れのくっついた棒を持ってる。 「おー、いい空気だな」 ちょっと気合の入ったあんちゃんが車から降りてくる。まみちゃんの親戚で、遠藤公平っていうらしい。なんでこのクソ暑い季節に革ジャンなんちゅーもんを着ているんか、いまいちわからへん。まあ、ちょっと変わった仕事の人なんやし、そういう事もあるんかもしれへんなぁ。 公平さんは車の後部座席に乗せてた自転車を降ろし、再び車に乗り込んで窓を開けた。 「さて、と。んじゃー後は頼むぜ、まみ」 「わかったの」 こくりと頷き、まみちゃんが窓から離れる。こうして見ると、どことなく本当の兄妹のようにも見えるなぁ。 ていうか、年頃の娘さんと男を二人きりにしてええんやろうか、この人は。 「佐倉、ちょっと」 なんて思っとったら、公平さんが声をかけてきた。つつ、と駆け寄る。 「何ですかー」 「いや、たいしたこっちゃねー。ただ、まみに手ぇ出す時はちゃんと避妊すんだぞ」 「なっ!? なんちゅー事を言ってるんですか! んな事するわけないやろ!?」 「いやー、わっかんねーぞー。男と女ってのは」 「うわむっちゃムカつく態度やな! ってか兄貴分として、普通に手ぇ出さないよう釘刺したりできへんの!?」 と、公平さんは鼻を鳴らし、 「何ぃ言ってんだバカ。まみは今年で二十歳だぞ」 「そりゃ、そうやけど?」 たしか、まみちゃんの誕生日は十月。もうちょっと先やったはずや。 公平さんは真剣な顔で、 「そういう、いっぱしの女に、誰とはやんなって言うのも無粋だろ」 「マジな顔で何を言ってるんすか! そんな事せえへん! ビリケンはんに誓ったる!」 「んなもんに誓うな。けど、そうかそうか」 公平さんはくすくす笑い、 「草食系ってやつか? はは、まあいいけどな。好きにやれや」 適当に手を振り、公平さんは走り去ってもうた。 「くそ、あんにゃろ……」 まあ、今の話がまみちゃんに聞かれへんかったんはラッキーやった。そないな話を聞かれたら、恥ずかしゅうてたまらんわ。 「佐倉君?」 びくぅ、と反射的に肩がはねる。振り向くと、案外と近くにまみちゃんの顔があった。あ、ちょっといい匂い。 「公平兄さん、なんて?」 「あ、な、何でもない! 何でもないんや!」 「……?」 まみちゃんは小首を傾げるだけ。本当に何も聞こえてなかったんやな……。よかった。 「さ、さて、まみちゃん。これからどないするんや?」 「たいした事ではないの」 こくりと頷き、まみちゃんは歩き出す。オレもその後を続きながら、 「たいした事じゃないって?」 「地鎮をやるの」 「じちん?」 まみちゃんはこくりと頷き、 「地鎮祭、って聞いた事ない? 神社とかお寺が、工事をする場所の神様に、これからあなたの守る土地をお借りします、ってお祈りをするの。 工事の安全と、その後の繁栄までお祈りする、大切な儀式。たいていの大掛かりな工事ではやると思うの」 「ふうん。ほんで? まみちゃんがその地鎮ってのをやるん?」 「正式な地鎮はちゃんとした神主さんがやるの。私は見習いの巫女だから、そういう事はできないの」 そりゃ女子大生が地鎮祭やりますって言うても、工事会社は納得せえへんかもしれへんなぁ。 「ほなら、何をするん?」 「私がやるのは、非公式な地鎮。表向きの地鎮祭は特別な能力なんてなくても可能だけど、本当の意味での地鎮は、私たちにしかできないの」 「ってぇ事は、このあたりにおばけがいるって事なん?」 オレはあたりを見渡した。 まあオレはおばけが見える体質ってわけやあらへんし、こうして見渡してみても何も見えへんのやけど。 「別に、ここにおばけがいる、というわけではないの」 意外な事に、まみちゃんはそう言ってのけた。 「おばけは常に近くにいるとは限らないの。けど、近くに来るかもしれない。そして、悪さをするかもしれない。だから、悪いおばけは入ってこれないようにするの」 「つまりは、それがまみちゃんのやる『地鎮』?」 「そういう事なの」 まみちゃんは得意げに頷いてみせた。 この得意げな表情……。つまりって言ってもちっとも理解できてないとかいう事実は秘密にしといた方がええんやろか。 「で、でも、具体的には何をするんや?」 「十箇所を巡って、それぞれで祝詞を唱えるの。それで、盛り塩をして、おしまい」 「って、事は……」 オレは公平さんの置いてった自転車を眺め、次にまみちゃんを見やり、 「……私、自転車に乗れないの」 「そういう事かいな!?」 オレ、運転手!? 「迷惑、だった?」 潤んだ瞳で見上げるまみちゃん。本人にそのつもりはまったくないんやろうけど……。これは罪作りやな。 「そ、そないなわけあらへんやろ。大阪魂の突っ込みが思わず発揮されてもうただけやで」 「あ、そうなの」 納得したように頷くまみちゃん。それで納得されんのもどうかと思わんでもないんやけど、まあオレのこっちゃから、そのくらいは勘弁か。 「ほな、行こか」 オレは自転車にまたがった。巫女服のまみちゃんが後ろに女の子座わりをする。さすがに足をおっぴろげるのも気が引けるやろうしなぁ。 「行くでぇ!」 ぐっと足に力をこめ、オレとまみちゃんを乗せた自転車はでこぼこ農道を走り出した。 オレは行く行くどこまでも。 ってなわけやないんやけど、自転車に乗ってあちこちをまわっていく。 行く先々で、まみちゃんがあの棒を振って、なんやようわからん言葉を呟き、あげく塩で小山を作って、次の場所へ。そんな動作を繰り返す。 うだるような夏の中でこの作業、実際にやるとかなり辛いもんがあるわ。やって実感した。 せやけど、シャツ一枚のオレより遥かに暑苦しい格好をしているまみちゃんが、少々の汗を流しながらも頑張っているんや。ここでオレがへばるわけにはいかへん。 それに、田舎のせいってわけでもないんやろうけど、ここの空気は他よりも澄んでいる気がした。なんとなく都会とは空気が違う気ぃがする。そのぶん、自転車による強行軍も悪くないって思えた。 八箇所目は森の中やった。いや、林やろうか? 違いがようわからん。 ともかく、見た目にはなーんもない下草。そこに向かってまみちゃんは棒を振ろうとして、 「佐倉君」 オレは思わず動きを止めてもうた。 まみちゃんの声。そこに混じる緊張感と、刃のような鋭さ。それを感じられへんほど、オレも鈍感やない。 普段はぽーっとしてマイペースなまみちゃん。けど、たまに、こんな風に鋭くなる時がある。こんなまみちゃんを見ていると、ああ、オレとは違う世界で生きてきたんやなってわかった。 そう、これが、まみちゃんの持つもう一つの顔。悪霊を殺す退魔の巫女。 「困ったの」 「何がや?」 「今、私は玉ぐししか持っていないの。これはあくまで祓うためのもの。殺す力はないの」 「……つまり、対抗しきれない、ってわけ?」 「そう」 「何ィ!?」 ちょちょちょ、ちょっと待てやこの状況ッ! オレはおばけに関しちゃ対抗どころか見る事さえできない状態! 唯一の力を持つまみちゃんは戦闘用の準備なし! これってどないな事態やって相当のピンチやないか! どないすりゃええ!? というか、オレにできる事って何や! えーと、見えない化物をどうにかってどうにもできるわけあらへん!? ぐるぐると空転する思考。正解はわかってんのに、そこに至るのが嫌で、その周囲で踊っているような感覚があった。 「佐倉君」 そんなオレの思考をかき消すように、まみちゃんの声がした。 「これ」 まみちゃんは袂からケータイを取り出すと、放り投げるようにして渡して来た。オレはまみちゃんの白い携帯を受け取る。 「公平兄さん呼んで。時間稼ぎする」 最低限の言葉だけを語り、まみちゃんは前に。オレは一瞬だけ迷い、後ろに走った。 今、オレが飛びだして、まみちゃんをかばう事はできるかもしれない。その方がずっと男らしいかもしれない。 せやけど、せやけど――それはまみちゃんのためにも、オレのためにもならへん。 オレが無駄に怪我して、まみちゃんの足まで引っ張って、あげく二人ともが助かる可能性を見捨てるなんて事! オレが正義のヒーローやったら、そないな事もできたかもしれへん。そんなタイミングで、奇跡の力でも発揮できたかもしれへん。 けど、オレにはそないな力はない。友達の事さえ不思議な力で忘れてしまうような、そんな情けない男や! 何もできへん! 何かする力はあらへん! それでも! 「まみちゃんが、オレを頼ってくれたんやないか!!」 携帯を開き、電話帳を呼び出し、火野公平の名前にコールする。 相手が出るまでの時間が、永遠のように長く感じられた。 ――短い時間やった。ほんの三十分、いや、もっと短かったかもしれへん。 せやけど、オレにとってのその時間は、永遠のように長かった。 「いーやー、さすがにマジで焦った。まさか地鎮やってる途中で変魂が出るなんて思わないだろ、普通」 そんなもんなんやろうか、と心の中で呟きながら、オレは汗を拭った。 まみちゃんは今、少し離れたところで地鎮の続きをしている。まみちゃんの格好は、見た目にも壮絶で、ちょっとだけエロかった。 破れた巫女服。頭や手には包帯やら絆創膏やら。こう思っちゃ悪いんやろうけど、まあ、オレも男なんやし。 オレは視線をまみちゃんから革ジャンの兄さんに向ける。 それにしても、実際のところ、公平さんは凄かった。 やって来た途端、公平さんはあっさりと事態を解決してもうた。これが天才って事なんやろうか。オレには何が起きたのかもようわからんかったけど、まみちゃんが苦戦した相手を一瞬で倒した事だけは理解できた。 ほんの短い時間やった。せやけど、それまでに起きた出来事を、オレは忘れる事なんてできやしないんやろうと思った。 必死になってオレを悪霊から守ろうとしてくれたまみちゃん。女の子に守られるまま、石を投げたりする事しかできなかったオレ。 それは、カッコいい事なんか何もない、無様でカッコ悪いあがきやった。 けど、その後に、まみちゃんは汗と血に染まった顔をハンカチでぬぐって、ほほ笑んでくれた。 「佐倉君のおかげで助かったの。ありがと」 その、一言。 ちっちゃなお礼に、オレは、どれだけ救われたか。 すっげー、自分が情けないって思う時、まみちゃんの包容力には本当に助けられる。 「はぁ……」 これじゃバイトどころか、足手まといやないか。そらため息も出るわ。 空を見上げる。木々の合間から覗く木漏れ日は、夏だって強く主張していた。 今更ながらに思い出す、溶けるような熱気。こんな事に気付くほどの余裕もなかった。そのくせ何もできちゃいない。情けないわなぁ、マジで。 チリン―― そんな暑さを和らげるような音色が、オレの耳に届いた。 『貴方はもうおしまい?』 ……? きょろきょろと見渡す。人の姿は見えへんかった。いや、公平さんやまみちゃんはおるんやけど、今の声は、女の子の声や。それも、小さな? 『今、貴方だけに話しかけているわ』 「はぁ?」 『貴方は、情けない、それだけでおしまいなのと聞いたのよ』 今度は何や。もう不思議は勘弁やで。ただでさえ疲れているんやから。 『後悔する事は誰にもできる。過去の過ち、至らなさ。そういった悔悟の念の中から、貴方という人間は何を見出す? そこで貴方は何を得た?』 頭がぼーっとしてくる。まぶたが段々と重うなってきた。 『何も得ないのか。それとも何かを得るのか。それは、この先の行動、過去の知識を起点とした上での発展的な行動の中に表れる』 チリン―― 鈴の音色が響き、声の気配が遠のいていくような気がした。 そんな、気分や――。 残りのお祓いも終わり、オレとまみちゃんは公平さんの運転する車の後部座席で揺られとった。 「にしても、疲れたなぁ、ほんと」 「そう?」 「ん。まみちゃん、いつもこないな大変な仕事をしてるん?」 「いつもじゃないの。これだけの事は、珍しいの。大当たりなの」 「大当たりってか大外れってか? いやまあ、フグに当たるんのも当たりやし、当たりは当たりやなぁ」 どうでもいい事を口にしながら、頭の中で考えているのは別の事やった。 オレは今回、まみちゃんのために何もしてやれへんかった。いや、公平さんを呼んだりはしたけど、結果的にはあんまし役に立たへんかった。 せやけど、まみちゃんはこんな事も平然とやってのけてる。そりゃ生まれ持っているもんがちゃうけど、それにしたって、情けないと思う事は多々や。 女の子に守られるってのも嫌いやないけど、ただ守られるだけってのは気分が悪い。もちろん関わらなきゃそんな気持ちも沸き起こる事はあらへんのやろうけど、知らんところでまみちゃんが大怪我したり、それこそ――死んだりしたら、さすがに寝覚めは悪いやろう。 「何を、得るのか」 林の中。夢見心地で聞いた声が思い出される。 オレは今回の体験で何を得たんやろうか。何も得なかったのか? それとも何かを得たのか? 隣を見る。まみちゃんが、少しばかし疲れた顔で窓の外を見とった。 その横顔を見て、少し、ほんの少しだけ、そっちの世界に興味を持った。 あるいは途中で怖なって逃げ出すかもしれへん。せやけど、今は、こういう世界にいるまみちゃんをちょいとばかし守りたいな、と思った。 「さてさて」 どないしよか。そういう道に詳しくて、しかもまみちゃんほどドップリやない、一般寄りの知り合い。 ……おったな、そんなの。年上やけど、頼めば何か教えてくれるかもしれへん。 オレは携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。 宛先は、『遠藤さん』。 おばけが見える、天才児や。 チリン―― 走り去る車を眺めながら、夜空色の少女はステップを踏んだ。 「きゅう?」 「何かしら、エル」 「きゅー?」 頭上の獣と言葉を交わす。獣は問いかける。なぜ姿を見せなかったのだ、と。 少女は答える。彼のためだ、と。 「私たちが姿を見せた上で道を示せば、彼女たちは必ず彼の意思決定に何か噛んでくる。それでは駄目なのよ」 「きゅう?」 黒い獣はよくわからない、とばかりに首をひねった。 「彼の選ぶ道は茨よ。いずれ去るにしても、それまでの間にある苦痛は並大抵のものではない。あるいは途中で死を迎えてしまうかもしれない。 そうならないためには、彼自身の覚悟が必要なの。人に言われて選ぶのではない、自分だけの強い意志で、何か行動を起こす必要がある」 「きゅうきゅう」 「私の言葉はいいのかって? それは妥協よ、エル。本当は私も絡んではいけない。けれど、私が絡まなければ、彼はそもそも意思を試す場面にさえ出会う事はないでしょう? それはそれで、問題だわ」 獣は、最後の質問を主に投げかけた。すなわち、なぜ彼にこだわるのだ、と。 「別にこだわっているわけではないわよ。けれど、彼はこちら側の世界に強い興味と関心がある。そのくせ、糸口を見つけられていない。望む道があるのにそちらに進む事のできない人間がいるのなら、それを手助けするのは私たちの役目」 そういうものなのだろうか、という顔つきで、獣は頭上に寝そべった。 チリン―― 少女はステップを踏む。少女の踏みしめた空が燐光をまとい、きらきらと輝く。 それは、どこか幻想の世界を思い起こさせた。 現実と紙一重の裏側に存在する、霊と死者が舞い踊る幻想郷。 「彼はきっとこちら側に来るわ。その後の事はわからない。こちらに骨をうずめるのか、それとも戻るのか。 一般人に過ぎない彼にこちら側は厳しいものもあるかもしれないわね。けれど、覚悟があれば、人間はどのような環境でも生きていけるものよ」 「きゅ」 「そう。それが、私たちを変えてしまうほどの、人間が生まれながらに持つたくましさというもの」 呟いて、少女は農道に姿を消した。 茜色の空の下。でこぼこ道がどこまでも続いている。 どこまでも、どこまでも。 チリン―― |