人の考える事はよくわからない。
 教えてって言っても、素直には教えてくれないし。
 本当に、どうして心を覗いたりする事はできないんだろう。


 最近、そう君が遊んでくれなくなった。
 全然ってわけじゃないんだけど、いつもなら呼ぶだけで反応したそう君が、今は呼んでもあまり答えてくれなくなった。
 遊んでくれないのがどうってわけじゃないんだけど、本当にそれはどうでもいいんだけど、でも、いつもと調子が違うってのはなんだか嫌な感じ。
 もしかしてそう君が何か悪い事とかしているのかもしれないし、もしそんな事をしているならあたしが止めなきゃいけないんだけど、でも、そう君が何をしているのかがわからない。
 教えてって言っても、そう君はちっとも理解してくれない。そう君はいつもそう。前々から思っていたけど、そう君は鈍すぎる。みーちゃんとこのは、みーちゃんの言いたい事、きちんと理解してくれるのに。
 本当に愚鈍で駄目な人。こんな駄目な人を心配するのは、あたしくらいなものだ。だから、あたしがちゃーんと面倒を看てあげなきゃ。
 とは、言うものの。
 本当に、何をしているんだろう。
「にゃー!」
 少し強めに呼んでみる。でも、そう君は全く気付かず、椅子に座って机の上に乗った何かをカタカタといじっていた。
 何だろう。遠目に見たけど、ただの箱にしか見えなかった。画面が光っていたし、てれびとかいうのと似たようなものなんだろうか。
 まったくもう。なんでそんなのに夢中になるんだろう。人間の考える事、よくわからない。
「にゃー! みゃー!」
 ぴょん、と飛び乗ってみる。それでようやく反応したそう君は、あたしの事を抱き上げ、
「だーめ。邪魔しないで、おとなしくしてな」
 あたしを床の上に降ろすと、また机の上の箱に向き直ってしまった。
 もうっ! 何なのよ、一体!

 失礼よ。本当に。
 ベランダの日陰で休みながら思う。
 そう君は何かにつけて不器用。狩りもできなさそうな、情けない男の子。
 ただ、まあ、ちょっとばかし優しいけど、そういうのも今は考え直さなきゃいけないかもしれない。
『もうっ……』
 そう君と同じ部屋にいるのもムカついてきて、外に出たまではいいけど、ここ暑い。本当に暑い。
 脱力しかけた時、
『どうしたの』
 チリン――
 高い音に思わず耳がぴこりと動く。顔を上げると、見慣れぬ人間が私を見下ろしていた。
 ……ん? 人間?
『あんた誰?』
『私は死導者。死を導く者』
『人間では、ない?』
『そうね。その通りだわ』
 ああ、やっぱり。人間にしては雰囲気がおかしいというか、なんとなく違和感があった。だから違うんだろうなって思ったんだけど……、本当に違うとは。
『それで、何を悩んでいるの?』
『別に何も悩んでなんかないわよ』
 ぷい、と顔をそむけると、くすくすと笑い声が聞こえた。
『素直ね、貴女』
『むぐ……』
 キッとにらみつけても、死導者は薄くほほ笑むばかりだった。
『なら、彼女になら話せる?』
「きゅ」
 ひゅっと誰かが降りてきた。
 これは、えっと、知らない動物。見た事のない体つき。黒い毛って、暑くないのかな。やけに細長いし、なんか、変。
 挨拶代わりに鼻をちょんとぶつけ、改めて聞く。
『で、誰』
『エル。私の部下のようなもの』
『ふうん』
 ぱたぱたと尻尾を振るエル。目は純粋さに輝いているようにも見えるけど、なんとなーく、こいつ性格悪いんじゃないかって思った。
『ともかく、ない悩みなんて相談できない』
 二人から顔をそむける。死導者とエルが顔を見合わせる気配がした。
『仕方ないわね。なら、当ててみましょうか』
『できるわけないでしょ? だから、存在しないものを当てるとか当てないとかそういう話じゃなくて――』
『寂しい?』
 ぴたり、と口が閉じてしまった。ああ、いけない、それじゃ肯定しているのと変わらないのに。
『真夏の熱気に覆われた場所。いかに日陰と言えども、相当に暑い。外を散歩するのかと思えばそういうわけでもない。外に出たいわけでもないのに外にいるという事は、つまり、貴女は部屋の中にいたくないという事情がある』
 どう、とばかりに死導者は自慢げな顔を向ける。あたしはそれがムカついた。
『あのね! 確かに部屋の中にいたくないとは思うけど、それはそういう理由じゃなくて、その……』
 言葉が続かない。図星を刺され、反論ができない。
『……教えてあげましょうか。彼が何をしているのか』
『知ってんの!?』
 くすっ、と死導者はまた笑う。
『ほら、私の肩に乗りなさい』
 すっと手を差し出す死導者。私は少し迷い、結局、その肩に飛び乗った。

 部屋の一番高いところから見下ろす。こんなところに浮かんだのは初めてで、見える景色もいつもとは全然、違う景色だ。
『彼がそう君?』
 死導者の言葉に、あたしは頷いた。
 そう君は、またいつもの箱を相手にカタカタと何かをやっている。それが何なのか、上から見てもやっぱりわからない。
『ねえ、死導者。あれは何をしてるの』
『あれはパソコンという機械。色々な事ができる、便利な道具らしいわ』
『らしいって、死導者はあれ、使えないの?』
『……』
「きゅう」
『エル。余計な事まで言わなくていいの』
 死導者にもできない事があるんだ。なんとなく、おかしかった。
『……。それで、あの機械で彼がしている事。見ても、わからない?』
『んー……。よくわかんない』
『ほら、もっとよく見て。特に機械の方を』
『箱の事?』
 あたしはじっと箱に目をこらした。テレビみたいに光って、何かが映っている。あれは、うーん、写真?
 ――あ。
『気付いた?』
 死導者に言われるまでもなく、あたしにはそれが何をしているのかがわかった。
 箱には写真が映っていた。白い、猫の写真。
『な、む、うぐ……』
 何かを言おうとして、言葉がうまく出て来ない。ただ口をぱくぱくさせるばかり。そんなあたしに、
『別に彼は愛情を失ってなどいないわ。きちんと貴女を見ている。もちろん、彼にも悪いところはあるけれど、ね』
『そ、だ、だって! というか、あれ、何なのよ!?』
『さあ。でも、貴女を愛している事だけは疑いようがないわね』
『むぐぅ……』
 反論したい。とてもしたい。すごくたくさん何がなんでもしたい。
 けど、どうにも、こう、むぅ。
 これじゃ、反論できないじゃないの。
『人と獣では考える事も見えるものも違うから、すれ違う事はたくさんある。人間の愛情は時に分かりにくいわね』
『な、何なのよー。好きなら好きって言えばいいじゃない。まったくもうっ! 素直に女の子を褒める事もできないわけ!?』
 ぺしぺしと尻尾を叩く。死導者はどこか楽しそうに、
『それは貴女にも言える事じゃないかしら』
『……な、何の事?』
『さあ、何の事かしら』
 チリン――
 甲高い音。死導者の腕からだ。見れば、金色の鈴が揺れていた。
『私たちはそろそろ行くわ。仲良くね、名前も知らない子猫さん』
 あたしをそっと床に下ろすと、死導者は軽く手を振り、次の瞬間にはふわりとどこかに消え去っていた。
 ふ、ふんだ。別に、感謝なんかしないわよ。あたしは頼んでいないんだから。あんたが勝手にやったんだから。
 あたしはスタスタとそう君に近寄ると、その足に手を置いた。
「にゃー!!」
 強く呼ぶと、そう君が振り向いた。
「何? ブルー」
『何じゃないわよ。ごはん!』
「んー、ごはんかな? はいはい、食いしん坊だねぇ」
『誰がよッ!』
 立ち上がるそう君は、何を思ったか、あたしの頭を軽くなでた。
『な、何よ、いきなり』
「ふふっ」
 あたしの言っている事を理解しているのかいないのか、そう君は曖昧に笑うと、そのまま台所の方に歩いて行ってしまった。
 あたしは不満に尻尾を揺らし、ひょこひょことその後を付いて行く。


 チリン――
「ねえ、エル」
 特に当てもないまま歩む少女は、頭上の獣に話しかける。
「彼女、幸せだと思う?」
「きゅ」
 当然だ、とばかりに、獣は尻尾を振った。
「そう。それは良かった」
 本当に嬉しそうに小さく笑みを漏らすと、少女はとん、と高く跳んだ。
 高く高く。見えなくなるほど高く。
 高みから、少女は見下ろしているのだろうか。
 チリン――



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