一撃。
 二撃。
 三撃。
 止まらない連打。フランベルジュなんていう馬鹿でかい剣を持っているくせに、その動きは機敏で早い。両手の剣を使わなければさばけなくなるほどに、早い。
「あんたとは経験が違うんだよォ!!」
 そう、口だけじゃない。狂っているだけじゃない。
 レティシアは本当に強いんだ。あたしが以前に倒した、アンジェラの中に残っていた記憶の残滓よりもなお強い。こいつはこいつで成長を遂げている。
 それに加え、経験。あたしより戦いの経験は多く、しかもこいつの戦いは常に命がけだった。そのぶん、あたしよりも動きが鋭く、無駄がない。
 見ていてそれがわかるのに、体が対応しきれない。これは、いかんともしがたい差だった。
「関係ないね!」
 それでもあたしは剣を振るう。どちらが優勢かと比べれば相手である事は間違いない。それなら、こっちに流れを引き込めばいい!
 右。フェイントを交えて下から。突くと見せかけて引く。
 あたしだって経験がないわけじゃない。先を読まれようとも、読まれない事もある。それなら、何度だって試してやる!
「そらそらそらァ!!」
「まだまだぁ!!」
 茜色の世界で、あたしとレティシアの剣舞が続く。
 あたしの剣がレティシアの武器を断つ事はない。そう、今のところは。
 全力全開の『神殺しの一太刀』を浴びせかければ確実にこの刃を砕く事ができる。それがわかっているから、レティシアも無理はしない。神殺しを使えば間合いが減るから、あたしも容易には使ったりしない。
 お互いの腹を読む、全力の切り合い。
「あんた! なんでさまよい出たのよ! なんで死んでないわけ!?」
「そんなのあんたが知る事か! 死導者を殺すまで死んでなんていらんないわよォ!」
「なんでアンジェラまで死ななきゃいけないのよ! あんなに頑張って、ようやく望むものを手にしたのに!」
「そんなの許されると思ってんの!? あんたらは何をした! どれだけの命を奪い、どこの上に立っている! 散々、人を喰い物にしておいて、いまさら善人ぶるんじゃないよ!!」
「どうしてわかんないのよ! 憎しみ続けたって何も終わんないでしょうが!」
「それはお前が傷つけられたわけじゃないからだ! 傷ついた者は痛みを忘れる事などできない! 傷つき苦しんだ者は何度でも思い出す! お前たちが存在している、そのせいでッ!!」
 ようやく――ほんの少しだけ、レティシアが見えてきた。
 レティシアの言っている事は間違いじゃない。死導者は確かにたくさんの人を殺してきたし、それは許される事でもない。被害者からすれば苦しみは一生だろう。
 きっと、あたしが殺した人にも家族はいた。親しい人も、もしかすると恋人も。そういった、帰りを待つ人々から一人の人間を奪うという行為、その重み。
 それだけの事をしでかして、許してくれ、なんて、どの口が言うのか。
 ……、それでも。
「それでも!!」
 あたしが思い切り振り下ろした剣から逃げ切れず、レティシアは横にしたフランベルジュで一撃を受け止める。
「それでも、許しを乞わなきゃいけないし、許さなきゃいけないの」
「あんたらにそんな事を言う権利はない」
「知らないわよ、んな事。憎しみを連鎖させない。他人の罪を許さなきゃ自分の罪は許されないし、自分の罪に押し潰されたままじゃ人は未来に進むなんて事、できやしない」
「アタシが欲しいのは未来じゃない。あんたの、命なんだよッ!!」
 力任せにあたしを弾いて距離を置くと、レティシアは弾丸のようにナイフを投げ放つ。数は数え切れない。
「――『非常識な長剣』」
 それを引き延ばした剣で弾き、飛び出す。
 レティシアは決して間違っているわけじゃない。正義がないわけじゃない。あいつもまた、正しい。
 それでも、あたしはあたしを貫く!
「二代目の『死徒』を舐めんじゃないわよ!」
 死のしもべ。あたしは、全てを殺す。
 憎しみも、悲しみも、苦痛も、人を押し潰そうとする重圧、その全てを殺してみせるッ!
「行くわよレティシアァ!!」
 逃げの姿勢に入るレティシア。あたしは左手に握りしめた木端を、投げる!
「ッ!!」
 レティシアはあたしが投げた木片から逃げた。そう、レティシアは知らない。あたしの能力を――あたしは握っていなければ剣を作れないという事を。
 だから、あいつは逃げる。いつ刃が飛び出すとも知れない木片には近づけない。
 そして、逃げる方向さえ当たれば、あたしとレティシアの距離は詰められる!
 ここに至り、あたしはエンジェル・フェイバーの使い方を、完全に自覚した。
 あたしが一度に使える生の量は決まっている。密度を最高にすると刀身が短くなるのはそのせいだ。
 けど、剣の表面をコーティングするだけなら。それなら、密度は濃く、しかも長い刀身を形作る事ができる。
 それが、刀身を作る能力を持つあたしに、わざわざ剣を渡した理由。
 アンジェラの想いが、刃を通し、あたしに伝わる。
 絶対に、殺してみせるッ!
「『神殺しの一太刀』!!」
 あたしの刃は、レティシアの剣に届く。最高最大の気力を込めた斬撃は、レティシアが持つ柔らかい剣なんて物の数に入れない。
 刃が、刃を通り抜けた。
「な――!」
 レティシアが驚愕に顔を歪めるのが見えた。
 あたしはさらに踏み込み、剣の柄尻でレティシアの腹を打つ。
 武器を失い、力も減衰したレティシアに、あたしの一撃を受け止めるほどの力は残っていなかった。
「く、そ……」
 力を失い、倒れる敵。いつの間にか日は沈み、光の残りだけがふわりと残った空間。
 あたしは自分の手に持つ剣を見つめ、そして、その切っ先をレティシアに向ける。
「あたしは紅葉じゃない。生の在り方を書き換えるなんて器用な真似はできないのよ」
 それでも、あたしはアンジェラの眷属だから。
 そして、あたしには殺すだけの力はあるんだから。
「あんたを、殺すよ。レティシア・ラスペード」
 殺意が、レティシアを通り抜けた。

 チリン――
 待つ事しばし。お空の月を眺めていたら、アンジェラがやって来た。
「さすがね、ケイ」
「とーうぜーん」
 ビシッとVサイン。アンジェラはくすっと笑う。
 アンジェラは、あたしのかたわらで倒れ伏しているレティシアに近づく。
「レティシア……」
 耳元のとこでかがんだアンジェラは、ぼそぼそと何かを耳打ちした。
「ッ!!」
「あ、起きた」
 途端、顔を真っ赤にしたレティシアが起き上がった。いくら赤がイメージカラーだからって顔まで赤くする事ないでしょうに。
「あ、アンジェ、ラ……」
「すっきりした? レティシア」
 うー、とかあー、とかうなり声をあげ、レティシアはそっぽを向いた。
「アンジェラ、あたしがこういう事をできるってわかってたの?」
「確信は持っていなかったわ。けれど、私は貴女とは違い、存在そのものを滅してしまう。それでも解決はするけれど、結末としてはあまりに不出来」
「んで、あたしに任せた、と」
 かなり、いーい加減なご主人様ではある。それとも、あたしを信頼してくれたのだろうか。
 まあ、自分にできない事はできないって認めて、自分よりも劣る、それでいて得意分野を持つ部下に任せるってんだから、その点は凄いんだけど。自分が駄目って認めるの、普通の人はなかなかやりたくないだろうし。
「あのね、ちょっと」
 ぐい、と間に入ってきたレティシアは、あたしとアンジェラ、二人の顔を交互に見比べる。
「あんたらアタシに何をしたわけ」
「何が起きたのか、貴女が最も理解しているのではないかしら?」
「うぐ……」
 またレティシアは顔をそむけた。本当にわかりやすい奴ね。
 そう、あたしはレティシアを殺した。より正確に言うのなら、レティシアの『殺意』を殺してのけた。
 あたしに殺せないものはない。神様だって悪魔だって、目に見る事はできない概念でさえ殺してみせる。あたしに殺せないものは、何一つとしてない。
 ――本当の事を言うのなら、そんな事ができるとは思っていなかった。実際、もう一度やれって言われたって拒否する。できる自信ないし。
 ただ、あの一瞬、レティシアが倒れた時にあたしに沸き起こった感情。言葉では言い表せないそれは、あたしにこういう手段を取らせた。そのせいか、どうやったのか自分でもよくわからないままだった。
「本当に、よくできたわよねぇ……」
「あ?」
「な、何でもないわよ」
 これ、本人に言ったら今度こそ殺されるような気がする。言わないでおこう。
 レティシアはごほんごほんとわざとらしく咳払いし、
「あ、ま、悪かった、わよ。アタシだって、死導者の全てが悪いわけじゃないって、知ってはいるんだから」
 ただ、と瞳を暗くする。
「死導者がして来た過去は事実として消えない。いかにあんたらが他の死導者を狩り尽くそうと、生きている人を助けようとね」
「だから死ねって? 冗談、そんなの嫌よ。だいたい殺せば解決するもんじゃないでしょうが」
「……?」
「わかんない? 誰彼を殺した、だからそいつを殺す、そんなんじゃあ駄目なのよ。死導者は許されない事をしたかもしれない。あたしだって、そういう事はした。許してくれ、なんて言えないけど……、じゃあ死ねばいいってもんでもない」
 あたしたちがいるのは死の先。死ぬだけでは終わらないという事は明確に見てきている。
 嫌な奴がいなくなったって、むかつく奴を殺したって、結局は自分が変わらなきゃ何も変わらない。憎い誰かを許し、嫌な相手と共存し、必要なら手を取り合う事だってしなきゃいけない。
 それは、誰かのためじゃない、自分のため。
「――ふん。後輩に説教されるいわれはないねェ」
 レティシアは首を振ると、くるりと向きを変えた。
「ちょ、どこ行くのよ」
「帰るのよ。アタシはあんたらと違って家があるの」
 あ、そういえば肉体があったんだっけ。人間離れしてたからすっかり忘れていた。
 数歩、歩みを進めたところで、レティシアは立ち止まった。
「アンジェラ。アタシは、何も覚えていない。気付いたらこの体を持ち、あんたらを憎んでいた」
「そう」
「ま、その……、頑張んなさい」
 それ以上は何も語る事なく、レティシアは走るようにして公園から出て行った。
 見送ったあたしは、ため息をつく。
「ほーんとうに、素直じゃない奴」
 おかげで、いらない苦労をしたわよ。


 チリン――
 夜空に浮かぶ人待ち顔の二人。そこに、黒い獣が訪れる。
「ありがとう、エル」
「きゅ」
 獣を頭上に乗せ、夜空色の少女は来訪者を迎えた。
「こんばんは、マリア」
「どうしたの、アンジェラ」
 白き来訪者は柔和な笑みを浮かべながらも、どこか緊張感が漂っていた。
 黒き死導者は、あった事を包み隠さず述べる。徐々に聖母の表情も暗く重くなっていった。
「そう……、やはり、そうなのね」
「何を勝手に一人で納得してんのよ。あたしにもわかるように説明しなさい」
「――少し前から、おかしいとは思っていたの。けれど、これで確定」
 聖母は見据える。何もない虚空、その先にある敵。
「どこかにいる。私たちを憎み、殺そうとしている意志を持つ敵が」
「そしてその相手は、かなりの技術を持っている」
 十種神宝、本物か否かは別にしても、それを手にするだけの手管。
 チリン――
 夜風に流れた鈴の音色は、冷たい響きをもたらす。
「それって、誰?」
「今は皆目、見当もつかない。けれど、見つけなければならない。これは、私たち死導者に共通する問題よ」
 死の先を歩む者。
 その存在を否定する者。
 月光の下、少女たちは険しい表情を向ける相手さえ知らない。
 チリン――



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