私は彼らを友好的な存在とは考えたくない。
 だが、現実から目をそむけ続けるほど子供でもないつもりだ。
 現実と向き合うならば、やらねばならぬ事もあろう。



『私も最近は会っていないの』
「やはりそうか……」
『何か、あったの?』
「わからん。が、何もないとも考えにくいだろう? マモンも姿を見せないのか」
『――うん』
「そうなると、やはり何か厄介な事が死導者側で起きたと考えて間違いないだろうな。よし、わかった。こちらでも少し調べてみよう」
『お願いするの』
 それから二、三の挨拶を交わし、通話を終える。
 電話の内容は、予想通りであった。同時、そこに潜む違和感は多大だ。
「死導者の姿が、消えた」
 アンジェラ。ケイ。マモン。その他、我々の近くに頼まずともやって来たあの連中の姿がここ最近ぱたりと途絶えた。
 正直に言ってしまえば、私としては歓迎すべき事態だ。いかに死導者が敵ではない存在とはいっても、やはり死導者と退魔師が慣れ合うのは好ましくない。
 死導者とは、言うなれば死神だ。死者の上位に位置するような存在。それは、死してなお死なぬ不死者を狩り殺す我々たいましと、対極に位置する。
 ゆえにこそ、私個人は死導者と慣れ合うべきではないと考えている。それは、長い経歴を持つ退魔師の血筋を継ぐ者として、火野の現当主として、当然の事だ。
 だから、もちろん向こうが会いに来ないのであれば、それはいい事なのだ。なのだ、が――。
「変化があったのに理由がないとは考えにくい」
 私自身は決して友好的な態度を取っているつもりはないが、向こうはこちらに対してある程度の友好性を示していた。それは否定できない事実だろう。にも関わらず、連中がこちらに会いに来なくなった。
 それは、どういう事なのか。
 死導者。退魔師。
「……何なのだろうな、我々とは」
 唐突に沸く、そんな疑問。
 キンコーン――
 チャイムの音色が私の思考を遮る。迎え出ると、そこには見知った、それでいてあまり見る事はない顔があった。
「どういう風向きか、と、聞いておこうか」
「その質問に回答する意義があるとは思えないね、火野陽平」
 茶に似た金髪。碧眼。日本人が持たない特徴を持ちながら、口から出てくる日本語には一切のよどみがない。
 イギリスの天才、アルバート・H・トールキン。彼は、決して私と友好的な間柄ではなかった。だが、争うような仲でもない。お互いにわだかまりを持った関係、といったところだろうか。
「死導者の事、と言いたいのかな」
「マリアとの連絡がつかない。それに、たまに顔を見ていたアスモデウスも見えなくなった」
「こちらも同様だ。アンジェラやケイ、まみのところに訪れていたマモンも姿を見せないらしい」
「ふん。やはりね」
 それでもう用は済んだ、とばかりに、アルバートは私に背中を向けた。
「探すのか」
「当然だろう。マリアは、ぼくたち悪魔祓いにとって尊敬すべき存在だ。そのマリアに何かがあった。なら、援助するのは悪魔祓いとして当然だ」
「彼らが本当に苦悩し、かつ、我々の力が必要であるなら、自分で助けを求めるとは思わないのか」
 ぴたり、とアルバートの足が止まる。その背中に言葉を続ける。
「私にはこう思える。死導者たちに何かしら、おそらくはただで済まないほど危険な事態が持ち上がった。そして、その案件に関して我々を巻き込む事を嫌った。そのため、彼らは我々との交流を拒んだ」
「だから?」
「もしそうだとすれば、君がマリアを探す事は、彼女たちの意思に反する事になる」
「……、それでも、探すさ」
「そうか。……む」
 ポケットの中で携帯電話が揺れる。取り出すと、メールの着信を知らせていた。
 受信メールを開く。差出人は、兄。内容は、ある意味、大当たりの結果。
「アルバート」
「何かな」
「もし暇があるなら、来てみるといい。ちょうど、こちらも教会の人間の見解を聞いてみたいと思っていたところだ」
「――?」
 いぶかしげにこちらを振り返るアルバート。しかし、私にこれ以上の説明をするつもりはなかった。
 見た方が、断然早い。

 電車に乗ってしばらく。
 郊外に出ると、私はアルバートと共に目的の場所に向かう。
 途中、アルバートは口を開かなかった。私も何かを言う事はしない。言葉で説明するには限度があるし、世間話をするような間柄でもない。
 そうして私たちが訪れたのは、さびれた神社だった。
 鯉田の神社ならば常にまみの父親・匠が管理をしている。が、ここにはそういった人間はいないらしい。たまには近所の者が掃除をしているのだろうが、大半は汚れ、荒れていた。赤い鳥居もくすんでいる。
 ほうぼうから草の生えた階段を上ると、境内がある。ここもコケと雑草が支配しているが、その中に、二人の姿が見えた。片方は見慣れた革ジャン姿の兄、もう片方は、見慣れぬ制服姿の高校生らしき少年。
「来たか、陽平」
 私の顔を見つけて声をかけてきた兄さん。私は視線を少年に向け、
「それが例の?」
「ああ。今は見ての通り、気絶させてるけどな」
 少年は樹木に寄りかかり、顔を伏せていた。兄さんの言う通り、気を失っているのだろう。特に拘束などはされていないが、この場にいる人間ならば、この程度の少年は拘束するまでもあるまい。
「で? これが、ぼくに見せたいものだって言うのかな」
 久しぶりにアルバートが口を開く。公平はちらとアルバートを見て、私に目線で説明を求めてきた。
「たまたま会っただけだ。兄さん、ちょっと気つけをしてやってくれないか」
「いいのか? 暴れるぜ」
「構わない。少し痛い目を見てもらった方がいいだろう?」
「ま、お前がそう言うならな」
 兄さんは少年のところに屈みこむと、左腕を閃かせる。
 一撃。
「うっ……」
 手荒い方法ながら、手っ取り早い。少年が目を覚ますと同時、兄さんと私は少年から距離を置く。
「へえ」
 アルバートが興味深そうにうなる。
 少年が顔を上げた。その瞳はうつろで、何を映しているのかさえ判然としない。ふらっと立ち上がった少年は、ぐるりと不自然な動きで首を巡らせる。
「中国の操死術キョンシーとか、ヨーロッパの不死者アンデッドを連想させるね」
「死んではいない。その証拠に、心臓はきちんと動作している」
「意識を奪われた上で操られていると?」
「それも正確とは言えないな。意識がないのは間違いないし、本人の望まない行動を取っているという点も異存ないが、具体的に操作されているわけじゃない。まるで最初から本人がそうしたいと考えているかのように、思考を導かれていると言った方が正確だ」
「催眠術、というわけか」
 この症例を初めて見たのは、冬に入る頃の事だ。
 以来、ぽつぽつとその存在を見かける。最初は言動・行動がおかしくなり、続いて夢遊病のように意識のない時間での行動が増えてくる。そして最終段階、それがこの状況。
 もはや自分の意識など存在せず、それまで続けてきた日常をその通りに続けるだけの人形と成り果てる。それだけならば、問題はあるにせよ、事件とまでは言えない。問題は、この連中が我々の敵であるという事だ。
 少年の目がアルバートに向く。その目が何かを見ているようには見えない。が、アルバートを捉えているその目は、決してそらされる事はない。
「敵意、いや、悪意、か? よくわからないけど、友好的とは言えないらしいね」
「この症例の者は残らず、霊的な能力を持つ人間だけを狙って襲う。厄介なのは、普段は日常を過ごし、我々を見つけた時のみ無条件で襲いかかってくるという事だ」
 火野は武力に長けた霊能力者だ。だから、武器も持たない少年ごときにどうこうされるようなものじゃない。
 だが、全ての霊能者が戦いに適した能力を持つわけじゃない。まみは探査の能力は持っているが、戦闘に関しては、私が与えた霊装がなければ手も足も出ないほどだ。
「今まではどういった対処を?」
「できない。少なくとも、火野には、な」
「その理由は?」
「火野の能力は殺す事を前提としている。我々は霊体を殺すための血筋だ。催眠術にかかっただけの一般人を殺す事はできないし、かといって、その症状を治療するための手法もまだわからない。だから、せいぜいがそういった症状のある人間には霊能者は近づかない、といった手法しか取れん」
「打つ手なし、というわけか」
「そこで悪魔祓いの意見を聞きたい、というわけなんだが」
「――確かに、悪魔祓いの技術とは、元来は人間の体に宿った霊体を取り除くためのものだけどね」
 アルバートの手が閃く。練り込まれた生が蛇のように少年に絡みつく。今にも飛びかからんとしていた少年は物理的に阻まれ、よろけて倒れた。
「そういった術式は時間をかけて、ゆっくりと行うものだ。この場でぱっぱとできるものじゃない」
「だが、君は天才だ」
「そうそう、俺と同じくな」
「……兄さん。それは冗談か何かなのか?」
「テメエ」
 茶々を入れる兄さんをにらみつけ、アルバートに先を促す。
 イギリスの退魔師は深くため息をつき、
「仕方ない。特別に見せてあげるよ」
 両手を合わせる。パシン、と小気味いい音が響く。
「人間の体に憑く、という状況は珍しくない。大半は勘違いだけどね。が、中には本物も存在する。そういう時、悪魔祓いは長い時間をかけて、聖水と祈りを駆使するわけなんだが」
 アルバートの周囲で生が渦巻く。大いなる秘宝アルス・マグナという、人間では彼だけしかできないであろう特殊な術式。
「ぼくは面倒だし、そういう事はやらない。生で強引に結界を練り上げ、聖水の代わりに生を用いる。悪魔祓いの儀式、その究極的な意味は『霊にとって居心地の悪い場所を作る』事にある。人間の体の中の方が居心地が悪ければ、霊体は自然と外に出てくる」
 ぐるりと生が少年を囲み、その動きを束縛し、清浄なる気配を作り上げていく。
 私も色々な術式を知っているつもりだ。それだけに、この術式がいかに強引で、それでいてきちんと考えられているのかよくわかる。全てをエネルギーだけで代用するという強引さながら、それぞれの意味を考え、しっかりと形作っている。
「さあ、エンドだ」
 パチン、と指を鳴らす。
 絡みついた生がひとつの構造物となり、蓄えた力を少年に向けて収束させる。
「う、ぐああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 少年の叫び声が高らかに響く。……住宅街で、あまり目立つような事をして欲しくはないのだが。現状の我々を常識的な視点で見れば、悪意ある人間にしか見えない。
「ぐ、ぬ、あああ……」
 少年の口から漏れる声が徐々に弱くなっていく。それと同時、少年の体から、少しずつ何かが浮いてきた。
 私はポケットに手を突っ込み、いつも持ち歩いている道具を手に取る。
「うああああああああああああ!!」
 引き裂くような叫びと共に、少年の体から霊が浮き上がる。
「ふっ!」
 手を閃かせる。取り出したのは、私が常に持ち歩くワイヤー。霊的な処理がされているこの鉄線は、霊を捕縛できる!
『あああああああああああ!?』
 もはや声なのか霊の言葉なのかさえわからない。猛烈な叫びを上げる白いもやのようなものを、私のワイヤーが束縛する。
氷槍兵ランサー
 ほぼ同時、兄さんが生み出した氷の槍が霊の体を引き裂く。
『あがあああああああああああああああああああああああああああああ!!』
 耳が痛くなるような叫び。
 そして、霊という存在は消し去られた。

「火野陽平。確かに、面白いものを見せてもらったよ」
 処置を終え、私たちは共に帰路についていた。
 少年自身に取りつかれていた間の記憶はない。しかし、取りつかれている間に何をしでかしたか。それを私は知らないが、あの凶暴性、決して良い事はしていないだろう。
 少年のゆがんだ日常を直してやる事までは、私たちにはできない。
「死導者が我々の前から姿を消し、同時に、人をもてあそぶとも言える、特殊な霊が出現しだした」
「――まるで何かの符丁、と言いたいようだね」
「実際、私はそう考えている」
 夕闇に覆われる街並み。徐々に街は暗くなり、影も濃さを増していく。
 日の光に守られた時間は終わりを告げ、霊たちが活発に動き出す夜となる。
「何の関係もない、とは考えられない。何らかの関係がある、と見る方が妥当だ」
「じゃあ、アンジェラたちがやらかしてるとでも言うつもりかよ?」
「それは……」
 兄さんの言葉に、私はうまく返す事ができない。
 私の知る死導者は、決して人の敵ではない。人に生きる道を教え、導く事を主な目的としている。
 だが、私は全ての死導者について、詳しく知っているわけでもない。実際、人間に対して友好的ではない死導者もいると聞く。
 そういった死導者が、まさかこんな回りくどい手段を用いるとは思えないが……、しかし、自分たちの親マリアの命令に反するために、こういったややこしい手段を使っているとも受け取れる。
 真相がわからないのだ。死導者に会えなくなってしまった、そのために。
「どう考える? イギリスの錬金術師殿は」
「マリアとアンジェラは関与していないだろうね。しかし、それだけしか断言はできない」
「それだけか?」
「もうひとつ。本来、幽霊というのは人間の体を奪うのはとても苦手な存在だ」
 アルバートの金髪が微風に揺れる。私よりも若干、背が低い彼の目線は、揺れる髪に隠されて見る事ができない。
「普通、幽霊は人間に対して干渉する力を持たない。変魂の中でも、かなり特殊な存在だけが、人間の体を奪うなんていう真似をする。それだけ特殊な変魂が、一時期に何度も出現するなんてのは、ぼくにはちょっと考えられない」
「誰かが故意に生み出している、と」
「その可能性は大だね」
 分かれ道。そこでアルバートは足を止めた。
「事は重大だ。イギリス側としても何らかの処置を行う必要もあるかもしれない。念のため、こちらもアークビショップに連絡を取る」
「こちらも日本の退魔師、連絡がつく限りに連絡をしよう」
「……ったく。戦争じゃあるまいし、嫌な空気だな、おい」
 戦争、か。
「あながち、間違いでもないかもしれないがね。火野公平」
 アルバートの言葉が耳に刺さる。
「まあ、いい。また連絡する」
 言い残し、アルバートはそのまま右に曲がっていった。
「どうする、兄さん」
「決まってんだろ。俺たちはアンジェラに、死導者に大きな借りがあるんだ」
「それだけか?」
「もちろん、そんなわけねーだろ。でも、お前はその方がしっくりするんじゃねーのか?」
「ふん」
 私たちは、左に曲がる。
 遠く沈みゆく太陽。光が弱まり、闇が強まり。
 夜が、訪れる。



 チリン――
 小さな鈴の音色が聞こえる。足音はしない。黒い影がゆっくりと街中を歩いて行く。
「悪意、か」
 影が月明かりの中で晴れる。片割れ、桜色の衣に身を包んだ少女が声を出す。
「そんなに嫌われる事、したのかな?」
「繰り返しても答えの出ない問題ね。有か無か、と論議するのであれば、有と答えざるをえないけど」
「そう、なんだけどね」
 落ちる沈黙。足音さえしない道は、どこか遠くの車音さえ拾える。
「……ケイ」
「ん、大丈夫よ」
「ええ、そうね」
 どちらからともなく、二人は手をつなぐ。
 知らぬ者が見れば、仲の良い姉妹に見えるかもしれない。
 誰の目に止まる事もないまま、姿を消していく少女たちではあったが。
 チリン――



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