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人影が飛び込む! 「!?」 止める暇もなかった。飛び込んだ人は暴れそうになっている生ごと彼を抱きとめる。 「お主!?」 「くっ、ぅ……!」 何の変哲もない人間。そうとしか見えないのに、生が溢れているわけでもないのに、確かに感じる存在。 あれ、は……、遠藤紅葉!? 彼がどうしてここに! 「ぐ、ぬ、じゃが、あそこに飛び込むわけには……。ええい、どうせよと!」 瑠璃も慌てているのが声から伝わってきた。だけど、彼女にはどうしようもない。 「私が」 私はあえて前に出た。瑠璃に頼むわけにはいかない。彼女は獣だから。 「お主がどうしようと言うのじゃ。あやつを引っ張ってくると? それで巻き込まれれば、お主とて無事では済まぬぞ」 「けど。誰かがやらなきゃいけない。あなたは生きた獣。無理はさせられない。私は死者。何かあっても。それは世界の因果律」 獣は生きる事を優先させる。あそこに向かい、死なずに済む確証は持てない。そうである以上、獣たる彼女を行かせるわけにはいかない。けど、遠藤紅葉を見捨てるわけにもいかないから。 だから私は行かなきゃいけない。 「ガブッ……」 「大丈夫」 彼が一緒ならなんとかなる気がする。だから私は、彼に会いに来たのかもしれない。 足を前に。弾けたコンクリート片が、足下でじゃりじゃりと音を立てた。 前に。恐怖がないわけじゃない。表情にするのは苦手だけど、感情とてきちんと持っている。 前に。それでも私は行かなきゃいけない。理屈ではなく、魂でそう感じる。 「遠藤紅葉」 「っ……!? 星さ、いや、ガブリエル!?」 間近で見上げる彼の姿は、あの時と何も変わっていないように見えた。 「あ、がッ……!!」 暴れそうになっている彼を、遠藤紅葉は必死に抑えている。とはいえそれが限界で、それ以上の余裕があるようには見えなかった。 「あなたは。逃げて」 「駄目だよ、そんな!」 「私は。大丈夫」 「大丈夫なわけない! それに、この人だって……!」 「……!」 この、人は。 いつだって他人の事に本気になれる。それに例外はなく。 「なら。私が彼を押さえる。あなたは別の事に集中」 「別、って?」 「あなたは彼を救える。そう感じる。理屈ではなく」 意識を集中する。いつもの軍兵ではない、もっと精巧な『私』が要る。 久しぶりの、全力で。 「千年兵の従属・力強い者」 生を練り込み、人の形にして生み出す。私には、こんな能力しかない。私にこの男を救う事はできない。 生み出した人形は、立派な上背と分厚い体を持つ。その意義は力。見た目のまま、この人形は他の人形よりもパワー重視。 「捉えて」 大柄の人形が男を捉える。ただの人間、いかに生を集めようとも、力負けするはずもなく。 「紅葉。源はその耳環」 「ピアスの事……?」 「それが自然の生を集めている」 この耳環が何なのかよくわからないけど、それだけは間違いない。となれば、これを破壊できれば、生の収集も集約もできなくなった彼は、集めたエネルギーを手放さざるをえないだろう。放てば元は自然、霧散する事は目に見えている。 「ただし。そのまま壊してはいけない」 「うん。これだけ集まった生、下手にばらけたら、僕らも巻き込まれちゃうからね」 頷く。その通り、だから瑠璃も私も手を出そうとはしなかった。このまま放っておけば、耳環の耐久力を超え、勝手に破裂するだろう。その時に自分たちの身だけ守ればよかった。この男の事を考えなければ。 「少しずつ溶かしていけばいいんだ……」 理屈ではそうだけど。それを簡単にできるのは、あなただから。 そう。彼は触れただけで生を霧散させる。千年兵という、人の形を保とうとしている生さえ霧散させられた事もある。 さっきは、暴れる本人を押さえなければいけなかったから、集中する余地がなかった。今は、ただ生を消す事だけに集中すればいい。 「いくよ」 遠藤紅葉の手が、男の耳環に触れた。 気絶した男たちはその場に横たえておいた。下手に関わり合いになってもよいことはない、と瑠璃は言っていた。 半分に割れた耳環だけはここにある。刻まれている模様は自然の生を操るためのものだろう。とはいえ、これは不完全な代物だ。 私たちは揃って町の中心部に向かって歩きながら、今の出来事を振り返る。 「こういう事例がある、ってのは聞いていたけどね……。まさか本物に出会うなんて思わなかったよ」 久しぶりに見る遠藤紅葉の顔はすっきりとしていた。 「それにしても、どうしたの、ガブリエル。日本にいるなんて?」 「あなたに会いに来た。それよりも。あなたはどうしてあそこに?」 「なんだか変な感じがしたから、さ」 ……あれだけ生を集めていれば、その関係の人にとって目立つのは当然か。 「えっと、それで、こちらの方は?」 「う、む」 ぴくり、と瑠璃が震えた。なんとはなしに顔が赤い気がする。 「る……」 「まあ待てガブリエル!」 「――?」 口を塞がれた。見上げる事で抗議の意思を伝えようとしたけど、瑠璃はこっちを見てもいなかった。 「ガブリエルのお知り合い、ですか?」 「うむ、まあ、そうじゃの、じゃない、そうですわ!」 あの瑠璃が余裕をなくしている? もしかして、瑠璃は紅葉と知り合いなのだろうか。なら、堂々と名乗ればいいものを。何を隠している? 「むぐ」 「ガブリエル、何もかもを正直に話すのは美徳でないぞ」 こそこそと耳元で呟く。何を必死になっているのだろう……? 「ま、まあ、あての事は気にするでない!」 「んー……?」 紅葉はじっと瑠璃の顔を見つめる。目を細め、何かを見極めるように。 「もしかして、瑠璃さん?」 「うなっ!?」 「むが」 あんまり強く締められると苦しいのだけど、瑠璃は構ってくれそうにない。 「なな、何の事じゃ!?」 「だってその話し方。それに、僕の知り合いで、『あて』なんて特徴的な話し方をするの、瑠璃さんしかいませんし」 「る、瑠璃は狐であろう!」 「狐なら変化くらいできそうな気がします」 バレバレらしい。 「むぐ!」 「あ、ああ、すまぬ」 ようやく離してくれた。 「瑠璃。なぜ隠す?」 「うむ、まあ、色々とあるんじゃよ。狐にはの」 「……?」 説明するつもりはなさそうだった。そもそも、瑠璃と紅葉が知り合いという事の方が私には衝撃的だ。 「それより、お主はこの男に会いに来たのであろ? なんぞ、用件があったわけではないのかの」 「別に。顔を見に来ただけ」 「うん?」 見上げる。遠藤紅葉は、変わらず遠藤紅葉だった。 そう、この町に来た用件はそれだけだ。けど、さっきの彼ら。あれは少しだけ気にかかる。 「紅葉。彼らは一体?」 「よくは、わからない。でも、なんだか事件が起きている、って感じかな」 「……」 事件。また、この町に。 以前、私はこの町に迷惑をかけた。借りはまだ返していない。 それなら。 「話。聞かせて欲しい」 「え?」 「手伝う」 私には何ができるわけでもない。瑠璃のような人の常識も持っていないし、紅葉のような特殊な力も持っていない。 それでも、手伝いたいと。 「でも、ガブリエルは……」 「もしもこの件に悪魔が関わるなら。それを殺す事が私の役目」 人の心に住まう弱さ。それを砕く事が、彼との約束。 紅葉はしばし考えた様子で、けど、 「うん、わかった。じゃあ、ちょっとお願いしちゃおうかな」 笑顔を見せてくれた。ちょっとだけ安心する。 続け、私は隣を見た。 「瑠璃は?」 「ぬ?」 「瑠璃は。どうするつもり?」 なんとなしに不満げな顔をしているように見えるのはなぜだろうか。 「手伝うよ、まあ、別の約束もあるからの」 「百人力」 「どうでもいい言葉は知っておるんじゃな、お主は……」 はぁ、とため息をつく瑠璃。ちょっとだけ笑えた。 私は自分の手に視線を落とす。これほどの霊具を使う人間が、すぐ近くにいる。 その人は――何を背負っているのだろう? チリン―― 鈴の音が鳴る。歩みを止め、少女は顔を下げた。 「ルカ?」 チリン―― 音色を聞き、少女は眉根を寄せた。口の中だけで、そう、と呟く。 「天使。彼女も来たのね」 最初から来る事がわかっていたような口ぶりだった。いや、実際、感じていたのかもしれない。 「行くわよ、ルカ」 チリン―― 鈴の音色と共に、少女は闇夜に消えた。 街灯の明かりだけが残った路地。そこには、誰がいたようにも思えない。 |