家族が罪を犯した。
 それは辛い事。悲しい事。
 でも、だからといって、立ち止まってはいけない。



 写真の中で、お父さんは笑っていた。
 母と二人、並んで、父親の遺影を眺める。そんな日は、考えた事もなかった。もちろん、いずれ来る事はわかっていたけれど……、それは意識にのぼらない話。決して、こんな現実で迎えるものではなかった。
「馬鹿ね、お父さんは」
 お母さんは遺影を眺めながら、ぽつりとそう呟いた。
「お母さんは、お父さんの事、疑わなかったの?」
「疑うほど、お父さんの事を理解できていなかったんだと思うわ。お父さんがそれほど悩んでいるなんて、知らなかったもの」
 それは、私も同じ事だ。
 母娘なのに、父親の事は、何も理解できていなかったんだと思う。
「私たち、ちゃんと、家族できてたのかな」
「わからないわ、今となっては。でも……、まみ、あなたは、ちゃんとお母さんの子供よ」
「……ありがとなの」
 こんな時でも、お母さんは、きちんと私の事を想ってくれる。
 父の最期は、どうだったのだろう。ふと、そんな事を考えた。

 私の父・鯉田匠は神主で、退魔師で、そして、大罪人だった。
 お父さんは、世間一般で言うところの退魔師とは違う、本当の退魔師だった。決してオカルティックな詐欺師なんかではなかった。
 死者と戦い、殺し、生きる者の平穏を守る。誰に褒められるわけでもない、ただ自分の誇りと矜持のために生きる存在。それは辛く苦しいけれど、お父さんはそんな風に生きていた。
 けれど、お父さんにとって、それはとても酷な事だったらしい。
 いつしか、お父さんは死者を殺す事に疑問を持ち――そして、とうとう、退魔師の力を使わないで死者を殺す方法を考えるようになった。
 その目的を、理想的な手段で追い求めるぶんには、きっと誰も邪魔しなかったし、むしろ応援したかもしれない。けれどお父さんは、その目的を非倫理的な方法で追い求める道を選んだ。
 人間を実験台に、死者殺しのマシーンに仕立て上げようとした。同時に、色々な道具も作っていたらしい。その結果、多くの人が巻き込まれ、中には死ななければいけない人も出ていたという。
 それは、法律で裁かれる事のない、けれど、明確な『悪事』だった。
 私のお父さんがそんな事をしていたなんて、自分で思いついておきながら、信じられなかった。
 それでも、私は巫女だから。父が投げ捨てた、退魔師としての道を進む者だから。
 だから、私は父を許さない。たとえ、死んだとしても。

 葬儀には、久しぶりに見る顔もたくさんあった。
 陽平兄さんや公平兄さんも来てくれた。親戚というだけで、特別に縁が深かったわけでもないだろうに、二人とも悲しそうだった。それは、少しだけ嬉しかった。
 葬儀もひと段落つくと、私は神社の片隅で空を見上げた。
 なんとなく、こんな時に会いたい顔があって――そして、その顔は、本当に空からやってきてくれた。
「まみ姉ちゃん!」
 空から舞い降りた死導者の友人マモンは、私の顔を見て、いきなり頭を下げてきた。
「ど、どうしたの?」
「ごめん! 俺っちたちは、匠の事、救えなかった」
「救う?」
「アンジェラから聞いてないか? 匠の居場所を見つけた時、死導者全員で取り囲んだんだ。説得は手慣れているアンジェラとケイに任せて、俺っちたちは、匠が逃げられないように外を固めていた。万が一、戦闘になったとしても、周囲には影響を及ぼさないようにして」
「……うん、聞いてるよ」
 その報告をアンジェラから聞いた時、彼女は、とても悲しそうだった。
 悔しい気持ちも、申し訳ないという気持ちもあったと思う。アンジェラは真面目な子だから。けれど、それ以上に、お父さんの死を悲しんでくれた。お父さんの死を悼む人がいてくれるという事は、私にとっても、救いとなる。
 頭を下げ続ける友人に、私は静かに声をかけた。
「マモン。人が人を救うって、とても大変なの。奇跡って言えるくらい、難しい事」
「……?」
「他人が人を救うなんて、そんなの、簡単にできっこないの。だから、失敗しても、何もおかしくないし、悪くないの」
「でも……、せめて、死なせないようにすべきだった」
「それも、仕方ない事なの」
 話しながら、思い出す。父の最期。
 伝え聞く限り、お父さんは、覚悟していたんだと思う。自分がいずれ、死んでしまうという事。それを理解していて、それでも、あんな無茶をしていたんだと思う。
 魂までも焼き尽くす炎。それは、どれほど熱いのだろう。
 その時、ふっ、と、自分の思考に遮られた。
「――魂まで、焼き尽くされた?」
 そうだ、お父さんは、そうやって死んだ。だから、死者となってなお姿を現すという、普通の人ならばできる事ができなかった。
 そうやって自殺したんだと、聞いた時には思い込んでいた。実際そうだったのだから、疑いを挟む余地はない。だけど。
「まみ姉ちゃん?」
「マモン。ひとつだけ聞いてもいい?」
「あ、ああ。なんでも聞いてくれ」
「あなたがホテルの周囲を固めていた時、他に生は感じた?」
「生? いや、覚えてないけど……。だいたい、周囲は死導者が固めていたんだ。不用意に退魔師なんざ近づけないぜ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
 何かが引っ掛かる。そう、自殺の手法として、魂まで殺す必要があったのか?
 違う。そもそもの話だ。お父さんは、どうして自殺した・・・・・・・・
 別に、死導者に囲まれたからといって、人生が終わるわけじゃない。死導者は人を殺す事はできない。説得しようとはしたろうし、いざとなれば争いになったかもしれない。でも、死ぬ必要はなかったんじゃ――?
 私の思考を遮ったのは、ふっと感じた生の流れだった。
 退魔師の葬儀ともなれば、訪れる人は普通じゃない人も混じっている。実際、何人かは見知った退魔師の顔もあった。だから、生の流れを感じる事、それ自体はおかしな事じゃない。
 なのに、なんとなく気にかかった。
 流れを探ると、その先には男性がいた。
 見た事のない顔だった。学生よりはもう少し年上、でも中年と呼ぶには早すぎる年頃。黒いレザージャケットに明るい茶系の髪をしている。ブレスレットからは銀色の十字架がぶらさがって揺れていた。
「……? まみ姉ちゃん?」
「マモン、あの人」
「どいつだ?」
 目線でマモンにも教える。その人を目の当たりにしたマモンは首をかしげ、
「あの退魔師か? あいつがどうかしたのか?」
「気になるの」
 そう、ただ気になるのだ。
 葬儀に相応しくない格好とか知らない顔だとか、そんな事じゃない。もっと、魂の奥底から感じる疑問。
 ただ、気になる。
 男性は、神社から離れようとしていた。私は自然、その後を追いかけるように動き出す。
「お、おい」
 私の後をマモンがついてきた。
 石段を降り、道路を渡って道を歩く。
 神社から離れると、人影はなくなった。赤い夕陽が道を照らす中、私と男性の影が伸びる。
 しばらく歩いたところで、男性は立ち止まって振り返った。
「ずっとついてきているようだけど、どうかした? 何か忘れ物でもしたかな」
「何も忘れてなどいないの。ただ、教えて欲しい事があるだけなの」
 男性は爽やかな笑みを浮かべている。なのに、こんなにも信じられない。
 理由を語る事なんてできない。強いて言うなら、それが私の能力だ。
 私は決して優れた退魔師なんかじゃない。だけど、他の退魔師よりも、ほんの少しだけ霊的感覚には優れている。
 私が誇れる、唯一の能力。ただなんとなく、おかしいなって感じるだけ。他に何ができるわけでもないからこそ、私は自分の持つこの感覚を、大切にする。
 この人は、なんとなくおかしい。だから……、逃がしちゃいけない。
「教えて欲しい、って?」
「どうしてお父さんと手を組んだの?」
「……」
 男性は口をつぐんだ。しん、と静まり返る。
「お父さんは、霊と戦う人形を作る事を目標としていたの。そのために人を犠牲にしたのは、許せないけど、方法としては理解できるの。そして、そのために、自然の生を流用したの」
「何の話かな?」
「……人間に自然の生を操る事はできないの。だから、お父さんは獣と手を組んだ。獣から自然の扱い方を知り、それを流用した霊具を作る事で、たくさんの実験台を作り出したの」
「ちょっと待って欲しい、君は何の話を……」
「そして、それを指示し、支持したのは、あなたなの」
 言葉にする事で、私の中で思考が固まる。
 なんとなく感じる違和感。何か、足りないピースがあるパズルを眺めている感じ。
 完成していない。この話には、どこかおかしな点がある。
 この人は、それを埋められる人だ。
「答えて欲しいの」
 私の問いかけに、男性は黙り込んだ。はたから見れば、おかしいのは私の方。いきなり難癖をつけてきた相手に対し、男性が黙り込むのも頷ける。
 だけど、この沈黙が持つ意味は、そういうものじゃない。それは、この場で対峙する私たちだからこそ理解できる類のもの。
「……参考までに、何を根拠に僕を見つけたのか、聞いてもいいかな?」
「勘なの」
「なるほど、勘ね。まあ、退魔師の勘ともなれば、無視はできないか」
 チャリンと腕についた十字架を鳴らし、男性は私たちを見据えた。
「それで。君たちは僕をどうするつもりだ?」
「拘束する」
「それでどうなる? 匠の罪は消えない。彼が自分の手で霊具を作っていた事は事実だ。たとえそれが異なる人間の意思によって導かれたものでも、結末は変わらない」
「確かに、お父さんは許されない事をしたの。だから、お父さんが裁かれる事、それ自体は何もおかしな事ではないの」
 そう、私の父親が大罪人であるという事実、それはもはや消えない。それは事実であり現実だ。たとえ法律で裁かれずとも、父はやってはいけない事をした。
 だから、これはお父さんのためなんかじゃない。もっと、もっと根源的に大切な事。
「私は……、ただ一人の退魔師として。人を惑わすあなたを、見逃せないだけなの」
「――そうか。なら、邪魔をしないでくれ」
 男性が手を振るったと同時、何かが私たちの間で弾け飛んだ。
「ちょいと待てよ、兄ちゃん。俺っちの前でまみ姉ちゃんを傷つけようなんて、そりゃあ認められないだろうよ」
 私を守るように、マモンが立ちふさがってくれた。
「君は……、強欲か。まさか君と戦う事になるとはね」
「なんだ? 俺っちの事を知ってるのか?」
「ああ、初対面さ。だけどよく知っている。君も、死導者も、その行いも。そして……、君たちは消え去るべきだという事実もね!!」
 男性が左腕を振るう。ブレスレットの先で十字架が揺れる。
「ふるべ! ゆらゆらとふるべ!」
 叫びと共に、男性は間合いを詰めてきた。マモンもまた、両手に銃を呼び出す。
「死導者相手に、人間がタイマンで勝てると思うなよ!」
 マモンが握る両手の銃が火を噴く。
 瞬間――。
「ッ!?」
 弾丸は、弾かれた。
 マモンの銃弾は男性の足元を狙っていた。けれど男性は足を止める事なく突っ込んでくる。
「甘いぞ、マモン!」
 男性のブレスレットが輝き、十字架が形を変える。
 生まれたのは剣だった。よく見る間もなく、男性は剣でマモンに襲いかかる。
 マモンは咄嗟に銃を盾にした。剣と銃が重なり、
「舐めるな!」
 剣は銃を切り裂いた。
 よろめくマモンに返す刃が迫り、
「っ!?」
 中空を腕が舞った。
 すぐさま男性はマモンから離れる。ほとんど同時に、マモンの右腕が地面に落ちた。
「マモン!」
「だ、大丈夫だ、まみ姉ちゃん」
 マモンの右腕からは血が流れず、黒い霧のようなものが溢れていた。とはいえ、腕を切られて無事であるはずがない。
「それより、あいつに気をつけろ……。俺っちの弾丸を弾くなんて、普通の退魔師にできる事じゃねえ」
「退魔師、退魔師ね。僕をそんな次元で考えている事が、君たちの最大の失敗さ」
 肩をすくめ、男性はきびすを返す。
「さて、僕は逃げさせてもらう。遊びの続きは彼としていてくれ」
「彼……、ッ!?」
 後ろから強い力で引き戻され、私はよろめいた。
 気付けば、いつの間にか背後から男性が迫っていた。一人が私を、一人がマモンを抑え込む。
「匠の人形さ。変魂相手の性能は低いが、自意識を奪うという点では優れている。正しくお人形さんだな。まあ、好きなだけ遊んでいてくれ」
 言い残し、男性はそのまま夕日の中へ走り去っていく。
「待ちなさい!!」
 声を張り上げても無駄な事はわかっていた。それでも、言わずにはいられなかった。
「くっ……! 離して!」
 男性たちは何も言わない。そして、離してもくれない。明らかに正常な状態じゃなかった。男性の強い力で抑え込まれてしまうと、私が頑張って身をひねっても、逃れる事ができない。
 マモンの方はと見やれば、彼も似たようなものだった。人間相手に無茶をする事もできず、おまけに片腕を切られた影響は、やはり少なくないらしい。苦戦しているのが見て取れる。
「なん、とか……!」
 逃れようと暴れ続ける私の耳に、その音色が届いた。
 チリン――
 軽やかな鈴の音色。同時に、私を抑え込む力がふっ、と消える。
 振り返れば、男性は地面に転がり、代わりに女の子が立っていた。
「何こいつら、痴漢? まあ、そういう感じじゃないわよね」
「貴方が人間に負けるとは思わなかったわ、マモン」
 どこから現れたのか、夜空色の少女――アンジェラと、その部下であるケイが立っていた。私たちを見つけて、助けてくれたらしい。
「ありがとうなの」
 私は夕陽を見やった。すでに男性の姿はない。当たり前の事だけれど、それが悔しかった。
「まみ?」
「ちゃんと話すの。全部」
 彼の正体はわからないままだ。だけど、これだけは言える。
 彼は、ほっといちゃいけない。



 チリン――
 夜の帳が下りた道を、四人の男女が歩んでいく。
「そう……、そんな人間がいたのね」
 巫女の言葉を受け、夜空色の少女は頷く。
「マモンは大丈夫なの?」
「ああ、まあ腕の一本くらいならな。そのうち回復できる」
「今さらだけど、死導者って凄い体ね。どうなってんのよ?」
「お前も死導者だろ? なら簡単だよ、生をこう、腕っぽい感じにするんだよ」
「あたしは、あんたたちみたいな曲芸師じゃないのよ」
 歩みを進める中、ふと、巫女が足を止めた。三人の死者はそれに倣う。
「あの人。名前もわからないけど、でも、止めなければいけないの」
「そうね」
 すぐさま頷く黒い少女に、巫女は首を振る。
「誰かのためにはなるの。でも、それ以上に……、彼自身が、救われなければいけない気がするの」
「……顔を合わせていない私が言うのはおかしいかもしれないけれど。貴女の言う事は、おそらく正しい」
 チリン――
 夜風に鈴が揺れる。小さな音色が響く。
「苦しみのない人間は何も起こさない。何かに飢えて、足りなくて。それが行動を起こす原動力になるわ。きっと、彼もそう」
 空を見上げる。夜空には三日月が浮かんでいた。
「苦しむ人間を導く。そのために、私はいるわ」
「退魔師も同じなの。人を救うため、それが、根源なの」
「なら、一緒ね」
 ふんわりと微笑む黒色の少女につられるように、巫女もまた笑みを浮かべる。
 夜闇が、四人を覆っていく。
 チリン――



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