年齢で意見が違うなんてのはよくある事。
 それぞれが生きてきた道も、生きていく道も違うのだから。
 じゃあ、多数はどっち?



 高校から少し離れたところにあるチェーンの喫茶店。
 ここは、同じ高校の人には出会ったことのない、穴場のような場所だった。私が彼氏と会うのは、常にこの喫茶店だ。
 昼下がり、今日も近所のおばちゃんたちがおしゃべりしているだけで、私と同じ学校の生徒は見かけない。ちなみに制服はトイレで着替えてきたので、見た目で高校生と言われる心配もない(見えるかもしれないけど)。
 ロイヤルミルクティーをかたわらに待っていると、彼氏がやってきた。
「やあ、待たせてごめん」
「ううん」
 彼は去年、二十歳になったばかり。高校生の私と年齢差はそんなにないけど、世間体があるので交際は秘密にしている。
 それはそれでおかしい気がするんだけどな。
 彼はコーヒーをテーブルに置き、笑みを浮かべた。
「授業が長引いてさ」
「たいへんだね」
「大変だよ。なんたって授業と関係のない、教授の政治に対する個人的な愚痴を聞かなきゃいけないんだから」
「政治の愚痴?」
「やれ今の政治家はダメだの、知事のせいで世の中が悪いだの。そんなことを俺に言っても仕方ないのにね」
 そう言って、彼は肩をすくめる。
「そういえば陸君って選挙行くとか言ったことないね」
「行ったことないし」
「そうなの?」
 ちょっとだけ意外だった。
 私はまだ選挙権のない年齢だけど、いずれ選挙には行くものだと勝手に思っていたからだ。
「だって選挙に行っても仕方ないからね」
「でも、若い人が意見を言わないと政治が変わらないってよく言うじゃない」
「言わないと変わらないってのはミスリードで、言っても変わらないが正解だね」
「そりゃ、私たちが一票入れたくらいじゃ変化しないかもだけど……」
「ああ、そういう問題じゃなくてね。かなた、今の日本で、老人と若者、どっちの方が多いと思う?」
「え?」
「人口の問題だよ。絶対数は若い連中より年寄りの方が多い。ベビーブームって知ってるだろ? 今の20代、30代よりも60代、70代の方が絶対数が多い。仮に若い連中全員が一人の候補者に投票しても、年寄り全員が違うやつに投票したら、若い奴の意見は黙殺される。だから行っても無駄なんだ」
「なるほどぉ……」
 考えたこともなかった。絶対数なんて。
「選挙は多数決だからね。人数が多い方の意見が採用されて、少ない方の意見は全部切り捨てられる。年寄りの方が多いうちは政治家だって年寄り向けの政策しか出さない。その方が選挙で勝つからね。その年寄りはいずれ老衰でいなくなるかもしれないけど、その頃にはもう遅い。若い連中がある程度の年齢になる頃には政治を見限っているさ」
「なんかの小説みたいだね」
「まさにもう遅い系ってやつだ。人間、自分が痛いことはしない。そういう人間しかいない。だから、未来に希望を持つだけ無駄なんだよ」
 ……彼は時々、そういうことを言う。
 彼の年齢で世の中を見限るのは早い気もするんだけど、でも、実際に私だって未来の希望なんてない。
 ネットで当たれば一攫千金とか、そんなことを言う友達もいるけど……。私とは考えが合わない。
 結局のところ、私たちは冷めたまま、大人たちが残したツケを押し付けられて、緩慢に自殺するしかないのかもしれない。
 コーヒーを飲む彼を見ながら、そんなことを思った。

 チリンーー
 日が暮れた道を歩く。
 彼と分かれて歩く夜道。冬は日が暮れるのが本当に早い。
 頭をかすめるのは彼の言葉だ。
『もう遅い』
 ……本当にそうなんだろうか。私たちには、まだ50年、60年と未来のある私たちは、本当に絶望しか待っていないんだろうか。
 成人もしている彼氏の言うことだから、ひとつの理屈はあるのかもしれない。けど、なんとなく納得できないような気もする。
 その正体が、うまく言葉にできない。そんな感じ。
「ん?」
 ふと、足音が聞こえた。私以外の足音だ。
 コツコツと道を歩く音は、大人の足音じゃない。
 すると、街灯の照らす光のなかに、女の子が現れた。夜空色のワンピースを着た、いやに冷めた眼差しの女の子。
 女の子はじっと私のことを見つめていた。
「どうしたの?」
 声をかけてみると、女の子は口を開く。
「少し、違和感があったのでしょう」
「違和感?」
「彼の意見に」
 どきりとした。
 それは、私の図星を突いていた。
「彼の言うことはおおむね間違っていない。確かに若年の意見と老年の意見、どちらが採用されるかと言えば、この国では後者だわ。貴女たちがどれほど叫んだところで、それは少数の意見として潰されてしまうでしょう」
「……それはそうだけど」
「でも、それで納得なんて出来るはずがないわね。自分の意見は意味がない、なんて。それでは自分は何のためにいるのかしら」
 そう、それが違和感だ。
 私には私の意見がある。言いたいことがある。
 でも、それを聞いてくれる人はいない、なんて言われて。じゃあ、私は何も言わないお地蔵さんか何かなのかな、なんて。
「本来、指導者があるべきは、全ての意見を聞くことよ。多数だけの意見を聞くことも、少数だけの意見を聞くこともない。けれど、それでは実務に困難が伴う。ゆえに、最も現実的な回答として、貴女たち人間は多数決という方法を選んだ。最も多くの意見、最も幸せになれる者が多い方法を選んだの」
「それで、不幸になる人がいたとしても?」
「誰かの幸福は誰かの不幸。逆もまた然りよ。全員が幸福になる方法はない」
 けど、と女の子はふわりと笑んだ。
「大人たちは、意図的に貴女たちを不幸にしたいわけではないわ。積極的ではないかもしれない、けれど、折り合いはつけるように努力をしている。そうでなければ、システムはとうの昔に破綻しているものよ」
「折り合い?」
「まずは意見を言うところからだわ。小さな声はやがて大きくなるでしょう。それは多数にならずとも、力を持った言葉になる。それはまるで魔法のように、世界を変える一歩となる」
 夢物語のようなことだと思った。
 でも、不思議と、この子が持つ威圧感のようなものが、それが本当であると言っているようだった。
「まずは一歩よ。貴女たちの未来は遠い。でも、一歩を踏み出さない者に結末は訪れないわ」
 チリンーー
 ふっ、と女の子の姿が消えた。
「……え?」
 街灯から離れたのかとも思ったけど、足音はしなかった。
「何、だったんだろう」
 不思議な感覚だった。でも、嫌な感覚じゃない。
 ……まずは一歩、か。
 それはそうだ。歩いてもいないのに、先がどうなるかなんて分かりっこない。やれることを尽くして、不満はそれからだ。
「よし!」
 明日、彼と別れよう。
 未来を見ない人と付き合うと、私の未来まで潰されてしまう気がする。それが、私のどこかで燻っていたモヤモヤなんだ。
 今の子と話して気がついた。私が欲している人は、きっと、ああいう男じゃない。
 そう思いながら、私は一歩目を踏み出した。



 チリンーー
 夜闇を歩く少女が一人。足音はなく、影もない。
 少女は口を開く。
「彼に悪かったかしら」
 チリンーー
「ふふ、貴女はそう言うでしょうね。でも、私は不幸を欲しているのではないわ。それこそ、より多くが幸せになって欲しいのよ」
 ふわりと浮かぶ。少女の足は、空を踏みしめて行く。
「そうね。正しいことはわからずとも、正しくあろうとする事。それこそが、正義を成すという事なのでしょう」
 少女の姿は、夜闇へと溶けていく。
 チリンーー



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