オレにとって大事なもんは何だろう。
 ま、何でもいーか。
 どうだっていいしな。


 暑い。暑い暑い暑い。
「暑いっちゅーとるだろがッ!」
「やかましいッ! 暑苦しいから叫ぶなアホウッ!」
 だーもう! 何でこんなに暑いんだよ!?
「休憩室にクーラーくらい付けられないんスかぁ!?」
「しゃあないだろ! 店長がケチなんだから!」
 バイトの休み時間。オレはこのくそ暑い部屋で先輩と昼飯を食ってるわけで。つってもコンビニ弁当なんだけどな。
「それよりよ、今日やるんだろ? アレ……」
「ああ、そうっスよ。準備は万端っス!」
 今日はバイトの仲間と肝試しの予定。男女が三人ずつの計六人。
 バイト先の近くに、話題になってる心霊スポットがある。古臭い洋館で、いかにもいわくつきって感じのとこだ。今日はみんなでそこに行ってみようという話になった。ただ、普通に行くだけじゃ面白くない。
 そこで下準備。先にオレとダチの佐藤のふたりで色々と仕掛けてきたわけだ。
「ま、楽しみにしてて下さいよ」
 そう言って、オレはニヤリと笑ってみせた。

「よーし! 全員、集まったな?」
 先輩が確認するように言う。
 確かに六人。全員が揃っていた。
「ねー、ここってどういうとこなの?」
 女子のひとりがオレに聞いてきた。
「なんでもここの主っつーおっさんが謎の死を遂げたらしいぜ。それから息子、娘、妻、使用人とバタバタ倒れちまってよ。気味悪がって売り払われたまではいいけど、そんなとこは誰も買わない。んで、今は荒れ放題ってわけだ」
 昼間の間に確認しといたが、確かに庭は雑草だらけで意味不明だったけど……中は割としっかりしてた。見取り図もカンペキ。
「で、その死んだ連中の霊魂が出るってわけだな」
「その通りっス」
 ま、何も出るわきゃねーけどな。だいたい、お化けなんているわけねーんだし。
「じゃ、クジ引きしようぜ」
 佐藤が封筒をふたつ取り出した。中には割り箸が三本ずつ。先端が三色に塗り分けられている。
 一見すると公平なクジに見えるわけだが、佐藤にはどれを引くか調節できる。つまりはイカサマで、望んだペアになれるってわけだ。
 オレの狙いは志保ちゃん。オレ的にはこの中で一番、可愛い。
 で、クジ引きの結果は想定通り。ならないわけがねーわけなのだが。
「じゃ、順番に行くぜー」
 中にはペアで順番に入る。適当に中を見てまわって、中に入った証拠になるようなものを持って帰るってのが決まり。
 最初はオレらだ。
 オレと志保ちゃんは並んで屋敷の中に入っていった。
 まずは庭。雑草だらけだけど、玄関までの道はなんとか道っぽい感じで残ってる。
「ねー、お化けなんて本当にいると思う?」
「さーなー。でもさ、いると思った方が楽しくね?」
「それはそーねー」
 屋敷の無駄に豪華な扉を開くと、かび臭かった。
 屋敷に入ってすぐがエントランスっつーのか?無駄に広い空間がある。左右に扉が並んでいて、正面には階段がある。
「どうする? とりあえず一階でも見てみる?」
「うん、じゃ……あっちに行ってみよーよ」
 とりあえず左の扉を開いてみた。出たのは食堂。長い机に椅子が並んでる。昔は白かったんだろうけど、今はボロボロになっちまったテーブルクロスが時間を感じさせた。
 扉が並んでるとこを見ると、さっきの扉は全部この部屋に繋がってるんだな。一階は佐藤が仕掛けたからよく分からんのだけどよ。おおよその場所は聞いてあるけど、こっちは何もしてねーって聞いてる。
 チリン――
「あん?」
 鈴の、音? オレの携帯にゃ鈴のストラップは付けてねーケド。志保ちゃんのかな?
「あれ? あなた、だーれー?」
「へ?」
 オレたちの前に、女の子がいた。さっきまでは気付かなかったけど、ずっといたのか?
 夜空みたいな色のワンピースに、最近は珍しい真っ黒な髪。そのくせ肌だけは真っ白だ。腕輪に鈴が付いてっから、さっき鳴ったのはアレかもしれん。
「……逃げて。貴方たちを護りながら戦うのは面倒だから」
「は?」
 何を言ってんだこのガキは。つーか、こんな時間にこんなとこにいるってどういうガキだよ?
「君さ、もう時間も遅いから帰りなよ。近くなら送ってやっからよ?」
「……もういいわ。面倒だし、そこを動かないで。動いて死んでも責任は持たないわよ」
 チリン――
 女の子がくるりと回った。その手には、いつの間にか……って、剣!? 思いっきし銃刀法違反ですか!?
 てか、そんな場合じゃねぇ! せめて志保ちゃんだけでも逃がしとかないと、こいつマジでヤベェ!?
「志保ちゃん、とりあえず外に……」
「駄目。もう遅い」
 ズドン!
 女の子の声と同時に、天井が割れた。床板が砕け、煙がもうもうと舞い上がる。
「……ッ! 今度は何だよ!?」
「死導者。生を喰らい、死を導く者」
『ふむ、死喰いか。まだ会いたくはなかったがな』
 ……え?
 声が、聞こえた。誰の声でもない、初めて聞く声だ。重くて苦しげな、それでいて楽しそうな意味不明な声。
 当たり前だけどオレは何も話しちゃいないし、志保ちゃんやそこの女の子は声が違う。でも、ここには俺ら三人しかいない。じゃあ、今の声は……?
「何!? い、今の……!」
 志保ちゃんも怯えてる。つまり今の声は、オレの空耳じゃあなかったつー事だ。
「二度も三度も説明する気はないわ。とにかくそこを動かない事」
 チリン――
 女の子が走り出した。そのまままっすぐに、何もないところに向かって剣を振るう。
 ギンッ!
 しかし女の子の剣は、途中で何かにぶつかったように止まった。刃先が小刻みに震えている。まるで何かとギリギリの攻防をしているかのように。
 床板が弾けた。
 女の子は目まぐるしく動き、剣を振るう。一体、コイツは何をしてんだ!?まるで見えない何かと戦ってるみてーじゃんか……。
 とりあえずオレはその場で震える志保ちゃんを抱きかかえていた。別にやましい気持ちがあったわけじゃねぇ。オレも、怖かった。だから何かに触れていたかった。
 目では何も見えねぇ。だけど、身体が感じるんだ。こいつはヤバイって。今、オレたちの目の前には、オレたちの命なんか簡単に奪える何かがいるって肌で感じるんだよ。
 だから、動けねぇ。
「七祖の大いなる死導者が生み出したのはそれぞれ八体の死喰人。貴方は……誰の眷属だったかしら?」
『我が父は強欲の持ち人。そして私は、最大級の強欲の欠片』
「それはあれだけ生を喰らったからでしょう?」
『貴様に言われる筋合いはない。七祖から外れし祖の中の祖。死喰人を倒し、死導者を喰らう同胞狩りの死徒。故に死喰い。あらゆる輪廻から、あらゆる仲間から外れた存在が……!』
 チリン――
「私はこの在り方を後悔した事などない。強いて言うなら、もっと早い段階で七祖を滅却しなかった己のみを後悔する。私と七祖では、在る所以が違うのよ」
 ドンッ!
 女の子の剣が綺麗な円を描き、机が吹っ飛んだ。
『ぐッ……!』
 声だけがさっきよりも苦しそうになった。ワケわかんねぇ。何が起きてるんだよ!?
「さあ、幕としましょうか。祖ですらない貴方には、私を傷つける事すら不可能」
『ぐ……。それは、どうかな?』
「……ッ!? 逃げなさいッ!」
 言われなくたって何となく分かる。じっとしてたら、死ぬ!
 オレは無我夢中で志保ちゃんを突き飛ばした。それと同時くらいに、オレの体を何かが握り締めた。
「がッ……!」
 く、るしい……?
 何だ? 何か、が……オレを握ってる? オレ、死ぬのか……?
『死喰いは人を喰らわぬ。噂だと思っていたが、案外と真実らしいな。動きが止まったぞ?』
「――ッ! 眷属の分際で私を愚弄するつもり?」
『ふふ、どうかな?』
 床板がまた砕けた。同時に、オレの体は何かに弾かれたみたいに空中に飛ぶ。
 天井をぶち砕き、オレは二階に来たらしい。見た事のある部屋だ。そうだ。寝室みてーな馬鹿でかい部屋だ。
 チリン――
「その人間を放しなさい。それとも片腕で、おまけに人間を掴んだままで私を倒せると思っているの?」
『そう言うなら自ら攻撃をすればよい。出来るのならばだが』
 女の子は動かねぇ。万事休す、か……。
 いや、そうだ。この部屋、ここなら……。
「き、君! ベッドの近くの床を踏め!」
 精一杯に叫ぶ。オレに出来る、唯一の事だ。
 オレの言葉を聞くとすぐ、女の子は飛ぶようにオレとすれ違った。そして、オレの指示通りの場所を踏む。
 ガアン!
 たらいが降ってきて、オレを掴む何かに当たった。しかも土砂入り! 痛さは半端じゃねーぜ!
 オレと佐藤がセットした罠のひとつだ。ベタなギャグだぜ!?
 たらいのせいでオレを掴む何かがよろめいた。その隙を見逃さず、女の子の剣が閃く。
 と、オレの体がまた飛んだ。
「痛ッ!?」
 床に腰ぶつけた!痛〜〜!
『ぐ……ぬあああああああああああ!!』
 ……ッ!
 思わずオレは耳を塞いだ。物凄い、断末魔っつーの?メチャクチャな声が響きやがる……。
「終わり、よ。貴方の生は、私と共に歩み逝く」
 チリン――
 女の子が翳した剣が、振り下ろされた――。


「……ねみぃ」
「大丈夫?」
 志保ちゃんが優しく問いかけてくれる。ああ、ありがたい。
「ああ、大丈夫だよ」
 オレは優しく微笑んだ。カンペキだぜ。
 結局、昨日の夜はあの後にやって来た佐藤たちと合流して帰った。佐藤たちによると物凄い物音がしたから慌てて来たそうだ。屋根がぶっ飛ぶほどに古い家だから、今までの心霊現象っつーのも家の歪みのせいって結論になった。
 オレも志保ちゃんもたいした怪我はなかった。つーか怪我したのはオレだけだけど。右腕をちょっと切ったのと、左足を擦りむいただけだ。奇跡的な帰還ってヤツ?
 にしても昨日の女の子……何だったんだろ?
 確かに目に見えない何かが居た。志保ちゃんは何もなかったって言ってるけど、確かにいたんだ。
 昨日はそれが気になって寝れなかった。おかげで今はガンガンに眠いが。
 ちなみに今は休憩中。弁当食って、最高に眠いぜ。あ、今日もコンビニ弁当な。
 気になるけど、たぶんあの子はもうオレの前にゃ現れないだろうな。なんか、そんな気がするんだ。それに、あんな化け物に遭う事ももう二度とない。理由は分からんけど、そういう確信がある。
 あーあ……。また、今日から平和な日々が続くわけか。
「……ま、そういうのも悪くねーか」
「ん? 何?」
 志保ちゃんが可愛い笑みをオレに向けた。ああちくしょー。眩しいな。
「……いや、なんでもない」
 今度、志保ちゃんをデートに誘ってみよう。今度は、正攻法で。

 チリン――
「……さて。次はどこに向かいましょうか。動かないでいてくれるなら、狩り出すのに苦労はしないのに」
 少女は軽く地を蹴るように宙を舞う。
「待っていなさい。必ず倒して、この下らない喜劇を終わらせてみせるから」
 チリン――



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