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人ならざる者と戦うために、人である事を捨てた存在。 脈々と続く、化物の血筋。 それが、退魔の運命。 どこからか、殺意を感じた。けれど、それがどこからなのか、わからない。 相当、戦いに慣れているんだと思う。殺意を感じたのもほんの一瞬。おそらくはあたしの生を感じて索敵し、見つけた時に一瞬だけ気が緩んだんだと思う。なんだ、こんな小娘かって。そりゃ高校生くらいの女の子が相手となれば、気も緩むってもんよ。 それでもこいつが殺意を隠せたのは、それだけ場慣れしているからじゃないかと思う。普通、高い戦闘能力を持った女子高生なんていない。でも、変魂――悪霊の中には、女子高生の姿をした強力な化物もいるらしい。あたしがそうではない確証はないと踏んで、すぐに気配を隠したんだ。 すぐに攻撃してこないのも、たぶんそのせい。あたしの動向を窺っている、といったところじゃないかと思う。 どこかに行ったという可能性もゼロじゃないけど、変魂っぽいあたしを見つけて殺意を募らせるような輩が交戦もせずにどっか行くとも考えにくい。 仕方なく、あたしは広い工事現場へと向かった。ここなら多少はドンパチやっても問題ないし、だだっ広くて隠れる場所もない。 「そろそろ出てきたらー?」 あたしが声をかけると、ゆらりと夜の闇がうごめいた。 現れたのは黒スーツの兄ちゃん。月明かりだから顔はよく見えないけど、たぶんすごく若い。あたしと同じくらいか、もう少し上か。そのくらいだと思う。 「随分と強気だな。腕に自信でもあるのか?」 どこか嘲りを含んだ若い声に、やっぱりこいつは若いななどと判断しつつ、あたしは答えた。 「少しね。アンジェラと比べるとまだまだだけど」 「そうか。じゃあ、その自信は私が砕いてやろう」 兄ちゃんはスーツのポケットに突っ込んでいた手を出すと、軽く足を開いて構えた。あたしは構わず、懐から木端を取り出しつつ走る。 あたしの能力は、刀身を作る能力。握りさえあれば、相手が何であろうと切り裂く自信がある。それは、あたしの主であるアンジェラにだって負けないほどの威力。こんな兄ちゃんなんかに止められるレベルじゃない。 「ひゅッ!」 兄ちゃんは短く息を吐きながら腕を閃かせた。あたしは咄嗟に、右に飛ぶ。 と、あたしが突っ込みかけた場所が、爆発した。 「ほう、勘はいいようだな!」 言いながらも兄ちゃんはもう片方の腕をあたしに向けて振るう。あたしは剣で適当にその辺を切り払った。 あたしの剣はあまりに切れ過ぎるために手ごたえというのが薄い。それでも、今は何かを斬った感覚があった。 「なッ――!?」 兄ちゃんが驚きを浮かべる。あたしは構わず踏み込み、 チリン―― 止まった。 あたしと兄ちゃんの間に、阻むようにして女の子が立っている。見た目は小学生にしか見えないけど、この子はれっきとしたあたしの主様。八番目の死導者、アンジェラだ。 「アンジェラ。何で邪魔するのよ」 あたしが刀身を消しつつ言うと、振り向いたアンジェラは当然のように言った。 「頼まれたから」 「誰に?」 アンジェラが返事をする前に、別の方向から声が聞こえた。 「だーいじょーぶかー?」 のんきな声に振り向くと、こちらに向かって歩いてくる男がひとり。あたしの前にいる偉そうな兄ちゃんより、少し年上の感じがする。けれどこっちは、皮のジャンパーにジーンズとラフな格好だった。 「誰、あれ」 「火野公平。名門退魔一族・火野家の長男よ」 退魔師って言うと、あれね。悪霊退治のために人間を捨てた人。 「じゃ、こっちの兄ちゃんは?」 あたしがあごで示すと、アンジェラは兄ちゃんを見上げながら答えた。 「火野家当代当主。名は陽平。直接に言葉を交わすのは初めてね」 「……何者なんだ、あんたらは」 陽平は憮然とした表情で問いかける。それに対し、アンジェラは堂々と名乗った。 「八番目の死を導く者。称号は死喰い、名はアンジェラ」 火野家は大きな、現代には似合わない西洋風のお屋敷だった。こんなとこに住んでいるのかと思うと、住みにくくないのかなーと思う。 あたしたちはその客間に通された。あまりにも広すぎて、なんとなく落ち着かない。 目の前には湯気の立つコーヒー。実体化している今なら飲めるけど、あたしはアンジェラほど器用じゃないから消化もできないし、霊体になった時点で身体をすり抜けて落ちる。そんな気色悪い感覚は味わいたくなかったから、手をつけなかった。 「で、どうしてあたしたちがこんなとこに来なきゃいけないのよ」 「まーまー、いいじゃんか」 平然と言い、公平はコーヒーを飲んでいる。 あたしは開き直ってふんぞり返るように一人掛けのソファに座り、手と足を組んだ。 「アンジェラ。こいつらとどーいう関係なの?」 「陽平の方とは初めて会ったから、言うほどの関係はないわ。公平は、少し前に会った事があるだけ」 「少し前って、もう何年も前じゃねーか」 公平は苦笑いしながら言い、カップを置いた。 「それとも、死導者の感覚じゃ年単位の時間なんてあっという間なのか?」 「考えの違いよ」 そういうもんか、と公平は頷いた。 「会った事があるって、そんだけで連れて来たわけ?」 「懐かしいからオレが呼んだ。そんだけだ。いやあ、あん時の相手は苦労したぜ」 公平は微妙にあたしを無視しつつ、勝手に回想している。 あたしはため息ひとつ、隣のアンジェラに視線を移した。 「……アンジェラ。面倒だから詳しい事情説明してくれない?」 「たいした事ではないの。私が眷属を倒した。その時、たまたま公平は退魔師としてその眷属を倒す依頼を受けていた。だから共闘した。それだけよ」 「たいした事じゃねーって言うけどさ、オレは死ぬ覚悟までしてたんだぜ?」 「人間の身で眷属と戦おうとする時点で十分だと思うけれど」 つまり、整理すると。 アンジェラは昔、こいつの仕事を手伝って眷属を倒した。 そんで、たまたま会ったから懐かしくて家に呼んだ。 そういう事? 「そういえばさっき、あんたが兄貴って言ったわよね」 「おう」 公平が頷く。でも、確か? 「なんで当主は弟なのよ?」 「そりゃ、オレは火野家の中じゃできそこないだからな」 公平は明るく笑って言った。そこは笑うところなのかしら? あたしは陽平を睨み、言った。 「こんなんで当主なんか務まるのぉ?」 「他家の事情に口出ししないで貰おう。火野の事情は火野家の者だけが知っていればいい。あんたが知る必要はない事柄だ」 「随分と口が悪いわね。そんなんでよくもまあ、退魔師なんかやってられるわね?」 「化物に言われる筋合いはない」 あたしの手が懐に伸びる。アンジェラはそれを目で制してきた。 〜〜〜〜ッ! ストレスッ! 「帰る」 あたしが立ち上がろうとすると、公平はあからさまに残念そうな顔になった。 「もう行くのか?」 「あたしも暇じゃないの、あんたらと違ってね」 「初めて聞いたわ」 あたしはじろりとアンジェラを睨みつつ、とっとと壁を抜けて出ようとして、ゴツンと衝撃を受けた。 「……ウチの壁は霊を通さない。悪霊も霊体も、どちらも」 陽平はあたしの方を見もせずに言った。なんか、すっごくムカつく。 「そーいう事はもっと早く言いなさい!」 「止める暇がなかったじゃねーか」 公平の反論は聞き流しつつ、あたしは窓を開けた。春の夜風は、少し冷たい。 目の前には大きな木があった。そんなもの、跳び越えていけばいいだけだけど。 あたしは窓枠に足をかけると、思い切り跳んだ。 「ウチの敷地内は霊の動きを制限する魔法陣の中にあるんだが」 陽平の声が聞こえるのと、あたしが木に激突するのは、同時だった。目から火花が飛んだ気がした。 ひりひりする鼻を押さえつつ、あたしは涙目で振り返った。 「その遅い忠告は嫌がらせ?」 「私の場合はそうだが」 やはりあたしの方を見もせずに言う陽平。ものすごくムカつく。 「アンジェラ。斬らせて」 「駄目」 そっとコーヒーカップを傾けながらアンジェラは答えた。 あたしは精一杯、火野の阿呆共を睨むと、さっさと庭を横切った。 もう、なんなのよ! 最高にイライラした状態で、あたしは通りを歩いていた。ここも火野の敷地なのか、肩幅一車線のそこそこ広い道路なのに誰も通らない。 それにしても、さっきのあの態度。公平の方はまだしも、陽平のムカつく事! 普通に女の子に嫌がらせなんてする!? しかも、あいつったらあたしに攻撃を仕掛けておいて、謝りもしないんだから。これで嫌いにならなきゃマゾよ。 「ちょっとそこのお嬢さん」 「ああん?」 このタイミングであたしに話しかけるなんていい度胸じゃないのよ。 最高に眉を寄せつつ振り返ると、オールバックにキザったらしい白スーツの阿呆っぽい男が立っていた。なんか、どっかからバラでも出しそうな勢いね。 その後ろにはドレスっぽい服を着た女が何人か。こいつ、女連れでナンパする気? 「お嬢さん、これを貴女へプレゼントします」 ……本当にバラを出した。馬鹿だ、絶対に馬鹿だ。 「そんなもん、受け取らないわよ。だいたい、今のあたしは気分が悪いの。とっとと帰ってくんない? でないと殺しちゃうから」 ひらひらと手を振りあたしはさっさと立ち去ろうとした。そのあたしの背中に、キザ男の声が飛ぶ。 「そう、つれない事を言わないで欲しいですね」 気付けば、あたしの視界はバラで埋まっていた。あいつが人間じゃないと気付いたのは、そのタイミング。我ながら情けない。 身体が動かない。このバラが原因なんだろうけど、術中に嵌ってからじゃどうにもならない。 「貴女、変魂でしょう? その割にすごく美味しそうですね」 キザ男があたしに寄ってくる。あたしは、口を開く事もままならなかった。 キザ男の手があたしの頬に触れる。触れるなと言いたくても言えない。この、歯痒さ。もっとも、それどころじゃないんだけど。 「それではまず、生に分解して、と……」 あたしに手をかざす。くそッ、こんなところで――! 空気が段々と熱くなる。けれどそれ以上に、あたしは怒りで身体が熱かった。 ……え? 空気が熱い? 「なッ!?」 キザ男が遅まきながら驚く。ほぼ同時に、あたしの視界を埋めていたバラの花びらは爆散した。 「私のテリトリーで何をしているのかな、君は」 闇の奥から聞こえる若々しい声。現れたのは、予想通り。火野陽平の姿だった。 「まったく、弱いくせに普段から気を張らないからそうなるんだ」 誰のせいよ、誰の。あんたがあたしを怒らせるから、つい注意すんの忘れちゃったんでしょうが! 言いたくても口は動かない。最高にストレス。 「どうやら君は退魔師、のようだね」 キザ男はあたしから陽平へと向きを変えた。動けないあたしよりも危険と判断したんだと思う。妥当だけど、なんかムカつく。 陽平は答えず、軽く構えて答えとした。 「君など、僕が相手をするまでもない。この子達で十分だろう」 パチリとキザ男は指を鳴らした。どうして自分で戦わないのか、あたしにはまるで理解できない。自分で戦った方が楽しいし、何より、女に戦いを任せるなんて男のやる事じゃないでしょうに。 三人の女は意思の感じられない動きで陽平を囲んだ。たぶん、どれも元は変魂だったんだと思う。けれど今は、あいつの操り人形なんだと思う。 「こんなもので、火野の相手をするつもりか」 陽平が両手を閃かせる。月明かりの下、陽平はきらきらと輝いていた。 あれは……糸? ワイヤーか何かを、たぶん生を込めて操作しているんだ。 両手の糸が左右の女を縛る。ほぼ間を置かず、ふたりの変魂は爆発した。 「なッ!?」 キザ男の驚きが口から漏れて出た。 ――早い。 あの糸で縛られたら、たぶんあたしでも解けないと思う。斬る事は、できるけど。 しかもあの糸、縛った瞬間に爆発した。それは、縛られれば逃げ切れないという意味でもある。 変魂がただの生に戻ってふわふわと消えていく。残ったひとりが生物ではありえない動きで陽平に迫る。それを陽平は、慌てる事なく糸で縛り、逃さないようにして爆砕した。かなりえげつない技だと思う。 「こんなものか」 ひゅんひゅんと糸が風切る音が聞こえる。ひとつひとつの糸が生き物のようにうごめいて、それが月明かりを反射して、幻想的な美しさがある。 「なるほど、変魂の人形では相手にもならないわけだ」 冷静さを取り戻したのか、キザったらしく言い、キザ男は陽平との間合いを無造作に詰めていく。 「あんたは私を舐めているのかなッ!?」 陽平の右手が動く。右の糸がキザ男の腕にまとわりついた。 爆発。 けれど、あたしの視界に立つキザな眷属は、揺れもしなかった。 「こんなもの、だろう?」 キザ男はぽんぽんと爆発したはずの腕を払った。腕はきちんとそこにある。さっきまでは身体さえ砕いたのに、今度は腕の一本も砕けない。これが、こいつと陽平の実力差を端的に表していた。 ――陽平じゃ、眷属には勝てない。 おそらく陽平の攻撃手段は、ワイヤーによる動作の制限と爆発。ワイヤーは爆発を補佐するものだろうから、能力そのものは爆炎を操るものだと思う。 だけど、あの程度の爆発力じゃ話にならない。眷属は、その程度じゃ傷がつかない。 陽平が弱いんじゃない。人間のままであれだけできれば十分。ただ、相手が悪い。 逃げろと言いたくても、口は動かなかった。 「さて。死ぬか?」 「誰が、だ!」 陽平は走り、両手を閃かせた。同時にキザ男も走る。 陽平はなんとかしてキザ男を捕まえようと攻撃を続けるけど、キザ男はかわせる攻撃はかわし、かわせない攻撃はバラの壁で防いだ。 「くそッ!」 「はは、格の違いが理解できないのか?」 糸はうねるように踊り、キザ男はそれをかわして道路の真ん中へと動いている。 ――違う。動かされているんだ。 キザ男はそれに気付いていない。道路の真ん中に立ったところで、陽平は笑った。 「これはどうだ?」 瞬間、あたしの視界は炎に包まれた。耳をつんざく轟音。さっきまでとは比べ物にならない、大きな爆発だった。 コンクリートがひび割れ、砕ける。破片はあたしのところまで飛んできた。 煙で、通りはよく見えない。もともと暗かったのに、街灯までぶっ壊すほどの一撃だったんだから、当たり前だけど。 「今のは少し、危なかったな」 その煙の中から、声がした。ある程度は予想していたけれど、本当に……。 煙をかき消すようにバラが舞った。その中心で、バラに囲まれた男が立っていた。 陽平はあからさまに驚きの表情を見せた。戦いの最中にする顔じゃないでしょうに。 「あれが最強の一撃、だろうね。これで勝機はないとわかったかな?」 男の腕が動く。反射的に陽平は跳んだけれど、避けきれなかった。 一輪のバラが陽平の腕を貫通している。陽平は苦しげに顔を歪めた。そして、膝をつく。 「そのバラは四肢の動きを制限する。もう、逃げられない」 喜悦に顔を歪め、男は陽平に近付く。こんな時に、何もできないなんて! そりゃ、陽平は嫌なヤツだけど、眷属の好きにさせる方がもっとムカつく。でも、あたしは動けない。何もできない。 チリン―― 清らかな鈴の音色が聞こえる。聞き慣れた、心から安心するような音色。そして、声がした。 「大丈夫?」 まるで、計ったかのようなタイミング。あたしの隣に、アンジェラが立っていた。 「だい、じょぶ……」 上手く舌が回らない。それでも、身体が動く。 あたしはゆっくりと立ち上がり、懐に手を入れた。 「無茶はしなくていいわ。あれは間もなく、倒れるから」 「れも……」 「本当に大丈夫よ。それより、よく見ているといいわ。彼は貴女よりも上手く生を練るから」 かれ? 彼って、誰? 「いよう、好き勝手にやってるじゃねーか」 通りの反対側。デジャブのような光景。街灯の下に現れたのは、公平だった。なんだかこの光景、もう何度も見た気がする。 「オレの弟に手ぇ出すとはいい度胸だな。戦うのは好きじゃねーが、あんたはただじゃ済まないぜ」 ジャンパーのポケットに手を突っ込みながら、公平は悠然と歩いてくる。あの自信はどっから来るんだろう? 「解除時間百ニ十秒、解除記号『氷の王国』。限定解除!」 公平が口元に手を当て、ぶつぶつと呟く。空気が、段々と冷えてきた気がした。 「れも、こーへーじゃ……」 「大丈夫」 アンジェラは重ねて言った。でも、当主が勝てない相手にできそこないが勝てるわけないと思うんだけど? 「さあ、て。遠慮はしねえ、行くぜ!」 公平が地面を蹴る。同時に男は、バラの花びらをまるで洪水のように公平に向かって流した。 「真正面からぶつかるとは、馬鹿か!」 男の嘲りの声。それはすぐに、驚嘆へと変わった。 「なッ!?」 バラの花びらは、凍っていた。 砕けた花びらが街灯の明かりを反射して、きらきら輝く。その中を、公平は駆け抜けた。 「『氷槍兵』!」 公平が何もない空間を握る。その手にはいつの間にか、輝く槍が握られていた。氷でできた、美しい槍。 男は現状を理解できないながらも、公平の一撃をかわそうと身をひねる。けれど時すでに遅く、公平の一撃が白いスーツの脇腹を裂いた。 眷属は血を流さない。溢れるのは、黒い煙のようなものだけだった。 「貴様!」 男はバラを投げた。弾丸のように進むバラは、けれど公平の前に現れた氷の壁に阻まれる。 「おい、上を見てみろ」 公平の声。反射的に、あたしも男も空を見た。 そこには、氷の短剣が無数に浮かんでいた。 「あばよ」 男が驚きの声を上げる間もなく、短剣が男に向かって降り注いだ。 何本もの短剣に貫かれた男は、そのまま黒い煙となって消え果てた。 チリン―― 街灯は砕かれ、道路は砕け、無残な戦いの爪痕に、鈴の音色が響き渡る。 すると、街灯は何事もなかったかのように光を放ち、道路は舗装したてのように綺麗な状態へと戻った。 「ワリィな、アンジェラ。手間ぁかけさせて」 「陽平にケイが世話になったようだし、その礼よ」 「陽平の怪我まで治してもらったんだ。いつか、こっちこそ礼をしなきゃいけねーな」 明るく笑う青年に、黒い少女は笑顔も見せず答えた。 黒い少女の隣で、桜色の少女は不機嫌さを全身から表している。 「何よ。結局、兄貴の方がずっと強いんじゃない。あたしを騙したわけ?」 「オレらは嘘は言ってないはずだぜ。オレは確かに火野家じゃできそこないだよ。炎が使えないからな」 「どーゆー事よ?」 明るい青年はわざとらしく咳払いをすると、流暢に答え始めた。 「火野ってのはな、昔から炎を操る退魔一家なんだ。だけどオレは、ガキの頃から炎が出せなかった。代わりに操るのは氷ばっか。つまり、忌み児ってヤツだ」 「いみごぉ? だったらなんで本家に出入りしてるのよ」 「陽平が許可したからな」 桜色の少女は明るい青年の隣で、やはり不満げな様子の青年に視線を移した。 「なに、あんた。ブラコン?」 「失敬な。私は兄さんを阻む理由がないと思ったから、私が当主になった時に戻るよう兄さんに言っただけだ」 「……その口調、似合ってないわよ」 「何?」 桜色の少女は侮蔑の笑いを浮かべ、言った。 「無理してんのが丸見えだって言ってるのよ。背伸びしたってカッコ悪いだけよ?」 「大きなお世話だ」 弟はやはり不満げに、そっぽを向いた。 「それでは、私たちはそろそろ行くわ」 黒い少女は青年たちを見上げ、言った。 「おう。そうだ、アンジェラ。今のオレはあの家に定住してるからよ、何かあったら来いよ」 「兄さん!」 迷惑そうに弟はたしなめるが、兄はその言葉を軽く聞き流した。 黒い少女はくすくすと笑い、そして軽く浮き上がった。 「ケイ」 声をかけられて、桜色の少女はもう一度、ふたりを睨んだ。 「陽平」 少女の声に、弟はちらを顔を上げた。 「……ありがと。一応、お礼は言っておくわ」 「私は退魔師だ。非力な霊を守るのも勤めだ」 「ガチでやったら、まだあたしの方が強いわよ」 そして、桜色の少女はそっと笑みを浮かべた。嘲りも侮蔑も含まない、本当の笑みを。 「じゃね。また縁があったら会いましょう」 「……ふん」 チリン―― ふたりの少女は闇夜に消えた。 東の空は、すでに白んでいる。ふたりの青年はそれを細めた目で見つめた。 「――帰るか」 「ああ」 兄の言葉に、弟は頷く。 そしてふたりは、帰路についた。その背に、感謝するような鈴の音色が響いた。 チリン―― |