私の前にはレールがある。
 私はそれを、ただ真っ直ぐに進めばいい。
 考える事も、悩む事も、何もない。


 その子と出逢ったのは実家でもある、神社の境内だった。
 私は学校から帰ると、巫女装束に着替えて境内の掃除をする。
 別に、コスプレが趣味なわけじゃない。退魔師としての修行にはこの服装という決まりなのだから、仕方ない。
 この世に存在する魂だけの存在、霊。その中でも人に害なす者を、悪霊と呼ぶ。それを退治できるのは、私たち退魔師だけ。だから、これはとても大事な修行だ。
 私が境内を掃いていると、いつの間にか、その子供が拝殿を見上げていた。
 私はなんとなく、その子供の事が気になった。
 まとう雰囲気が、普通の人と違う気がした。
 私は他は駄目だけれど、勘だけは自信がある。あるいは私にはわからないだけで、彼もまた“異常”な存在なのかもしれない。
「何を、しているの?」
 もし彼が悪霊の類だったなら、私では除霊できないのだから、不用意に声をかけるべきではないかもしれない。それでも声をかけたくなったのは、彼がまとう雰囲気が、私の感じたどの気配とも違ったからかもしれない。
 男の子は振り返り、にこりと笑った。
「お姉さん、ここの人?」
 私が頷くと、男の子は拝殿を指差した。
「ここは何をするところなんだ?」
「ここは拝殿と言って、神様にお参りするための場所なの」
「ふーん……」
 拝殿を見上げながら、男の子は言った。
 彼が悪霊の類なら、そもそもこの境内に入れるはずがない。仮に入れたとしたら、それはとても強い悪霊という事になる。
 無防備な今の間に逃げるか、あるいは浄霊すべきなのかもしれない。けれど、どうにもそんな気が起きない。
「神社に来た事はないの?」
「ああ、ないよ。興味がなかったから。でも、今は興味があるんだ」
 男の子は私の方に向き直ると、言った。
「なあ、鏡ってのはどこにあるんだ?」
「鏡?」
 あまりに突然の話題に、私は面食らった。男の子は気にせず、平然と続けた。
「そ。鏡。霊体も映すっつー、特別なヤツ」
「……それを、どこで知ったの?」
 我が家に代々、伝わり続ける社宝。八咫鏡という名前だけれど、別に本物ではないと思う。
 やたのかがみ。本来は天照大神から授かった三種の神器のひとつだけれど、おそらく我が家にあるのは、その名前を借りただけの鏡に過ぎない。
 けれど、もちろんただの鏡ではない。本来は一般人には見えない霊体を映し、どんな人にも見えるようにするという能力がある。
 しかし、その能力は大きすぎる。八咫鏡を覗き込んだ人は生を吸い取られると言われていて、いつもは本殿の奥深くに大事にしまわれている。当たり前だけど、そんな話は誰にもしない。
 だから、それを知っているのは、鯉田家か火野家の者だけのはずなのに。
「聞いたって言やあ、風、かな」
 男の子は空の匂いを嗅ぐように鼻を動かした。
 ……、風?
「俺っちの鼻は特別性なんだよ。興味を持ちそうなもんがあるとこに俺っちを導く。そうして流れ着いた場所がここ、ってわけだ」
「……あなた、何者?」
 私の声は、どこか震えていた気がした。
 男の子はニヤリと笑い、答えた。
「ああ、そーいや名乗っていなかったな。五番目の死導者、マモン。『強欲』のマモンってんだ」
 ばさり、と。黒い羽が舞う。
 男の子の背中には、漆黒の翼が広がっていた。
「お姉ちゃん、名前は?」
 綺麗だ、と思った。
 彼の翼を見た途端、恐怖感らしきものはどこかに消えてしまった。この子は、とても純粋だ。なんとなく、そう思った。
 私にとって『なんとなく』はとても大事。私が誇れる霊的能力は、それだけなのだから。
「まみ。鯉田、まみ」
 だから私は、男の子にそう答えられた。
「へえ。そんじゃあ、まみ姉ちゃん。俺っちにその鏡ってのを見せてくれないか?」
「駄目よ。あれは、とても大事なものだから」
「えー?」
 マモンは、子供のように声をあげた。
「いいじゃんか、見せてくれよ。見てみたいだけなんだ。盗ろうってわけじゃない。つーか、盗るならとっくの昔にここをぶっ壊してるよ。見るだけなら別に減るもんじゃなし、いいだろ?」
「駄目って言ったら駄目。あれはそうそう簡単に見せていいものじゃないの」
「ええと、そんじゃあさ、俺っちが何かまみ姉ちゃんの手助けするよ。その報酬として見せてくれ。それならいいだろ?」
 意外、だった。
 昔、親戚のお兄さんに聞いた事がある。死導者というのは、死を導く者。人を殺して遊ぶような、残酷な連中だと。
 けれど、私の目の前にいる死導者は、見た目通りの子供だった。目的のために努力を惜しまない、ある意味で人間よりも立派な子供だった。
「でも、私は困っている事なんかないの」
「なんかないのか? ほら、恋愛とかお金とか、人間って色々とあるんだろ?」
「そうは言っても……」
 あ、と。私は声を漏らしていた。
 マモンは目を輝かせ、なになに、と聞いてくる。
「もしかしたら、あなたならわかるかしら」
「何の事だよ?」
 私は言うか言わないか迷った挙句、答える事にした。
「私の、欠けた記憶について」

 翌日。私は、佐倉君と帰り道を歩いていた。
 佐倉君は同じ学校に通うというだけで、私と接点は特にない。クラスも違うし、私は部活に入っていない。
 私は、いつ、どこで、どうして佐倉君と出逢ったのか、思い出せなかった。それは佐倉君も同じらしく、いつの間に仲良くなったんやったっけ、と言っていた。
「せやけど、まみちゃんがオレに用事なんて珍しいなあ。どないしたん?」
「うん? ちょっと、ね」
 私はそう言って、お茶を濁した。
 高校から電車で二駅。そこが、私の実家でもある、神社のある場所。ちょうど、佐倉君が同じ方向でよかった。そうでないと、わざわざ電車賃を払ってまで家に来てもらう理由がないから。
「おー、帰ってきたな」
 階段を上り、境内に入った途端、男の子の声がした。私がきょろきょろと周囲を見渡すと、隣に立つ佐倉君が驚いたような声を出した。
「うおわッ!?」
「なんだよ、そんなに驚く事か?」
 私は上を見上げた。そこに、黒い翼を持ったマモンが立っていた。
「マモン。そんなところにいたら、普通の人は驚くと思うの」
「な、何や。この子、まみちゃんの知り合いかいな?」
 目の前に降り立った翼を持つ少年から逃れるように、佐倉君は私の背中に隠れた。
「兄ちゃん、女の背中に隠れるってひたすらにカッコワルイぞ」
「う、言うやないか少年。オレを舐めたら目から月が出るでぇ?」
「星じゃないんだ」
 マモンは楽しそうに笑った。
 そして、視線を私の後ろから、私自身へと向ける。
「確かに、まみ姉ちゃんたちの生は乱れてるな。たぶん、変魂のせいだろ。ちょっとふたりで手を繋いでみてくれるか?」
 私は後ろの佐倉君に視線を送った。佐倉君は、目を白黒させている。
「佐倉君、いい?」
 私は佐倉君に向かって手を出した。佐倉君は、よくわからないながらも、私の手を取った。
「もう片方も」
 言われた通り、私は佐倉君と両手を繋いだ。私と佐倉君の腕で、円が出来上がる。
「はいはい、んじゃあちょいと失礼」
 マモンはその円に、無造作に手を突っ込んだ。
「うひゃあ!?」
 私がしっかりと握っていなかったら、佐倉君は手を離したと思う。なにせ、突っ込んだマモンの手が消えたのだから。
 異常を見慣れてきた私でさえ、驚きがある。素人の佐倉君に驚きがないわけがないと思う。
「うーんと、見つけた。これか」
 マモンが手を引き抜く。その手に、何かを握っていた。丸い光る球体のような、不思議な何かを。
「それは、何?」
「記憶の欠片だ。まみ姉ちゃんたちの生を練り合わせて作った、ふたりに共通するはずの記憶。その断片。ま、術式は人間の考えたもんだけどな。なかなか馬鹿にできないもんだぞ、人間の力も」
 言いながら、マモンはそれを陽にかざした。そして、目を細め中を覗く。
「ああ、やっぱ変魂だ。ふたりの記憶に変魂が介入している。そいつが倒されたもんだから、ふたりの記憶が因果律によって元に戻されたんだ」
「つまり、どういう事?」
「ああん、と。変魂ってのは何か知っている?」
 確認するように、マモンは私を見た。私は頷く。
「へんごん。世に言う、悪霊の類。死した人が死を受け入れられず、世界に抗したその結果」
「その通り。変魂の能力は様々だけど、だいたいはそいつの『死にたくなかった理由』を叶えるものになりやすい。こいつはどうやら、友達が欲しかったみたいだな」
 マモンはまた、光る玉に目をやった。
「特にそっちの兄ちゃん、翔って言うのか。翔兄ちゃんはそいつと友達だったって話になっているな」
 急に自分の名前が出たせいか、佐倉君は別の世界からこちらに戻ってきた。
「な、何の話なんや? さっきから何が起きてるんや!? これ、手品か何か?」
「まあ、ある種のマジックであるのは間違いないの」
 もっとも、手品トリックではなく魔法マジックの方だけど。
 私が説明しても、佐倉君は理解できないと思う。だから、私は何も言わないと決めた。一般人がこちらに踏み込むのは、危険すぎる。
「あん? まみ姉ちゃん、死喰いに会っている?」
「死喰い?」
「そう。って、それも覚えていないか。ま、いいけど」
 マモンは光球から目を離すと、それを両手で持ってパキンと割った。
「じゃ、ふたりの消えた記憶を戻すよ。もっとも、思い出したくないなら戻さないけど。どっちがいい?」
 マモンは首を傾げた。私は佐倉君を振り返る。
「佐倉君。この子が、私たちの出会いを知っているから、教えてくれるって言うの。聞きたい?」
「は? なんや、何で知ってるん? それも手品の一部なんか?」
「似たようなものなの」
 んー、と佐倉君は考え、頷いた。
「せやな。なんや忘れてるようで気持ち悪いし、教えてもらえるんなら知りたいわ」
「じゃ、決まりだね」
 無邪気に笑い、マモンは私たちの胸に光の欠片を押し付けた。
 瞬間、頭の中が光ったような気がした。一日分の欠けていた記憶が、私の中に蘇る。
 そうだ。どうして、忘れていたんだろう。
 西城君。不思議な雰囲気の男の子。ううん、ほぼ間違いなく、変魂だった男の子。
 私は西城君をどう思っていたのだろう。好き、ではない。たった一日で誰かを好きになったりしない。
 そう、私は彼の死を嘆いていた。死してなおこの世界にいた、そこまでしなければならなかった、西城君に同情していたんだ。
 それは失礼で、退魔師としては失格でもある。退魔師にとって変魂はただの敵。滅却すべき相手でしかない。なのに、私はその相手に同情した。彼は同情など欲していなかったのに、彼は彼のやりたい事をやろうとしただけなのに、私は彼に同情し、そして、どうにかする方法がないかと思って公平兄さんに相談しようとしたんだ。
 どうして、忘れていたのだろう。
「思い出したみたい、だな」
 にっこりとマモンは笑った。私は、頷いた。
 ふと、気付いた。私の頬に伝うもの。私はそれを指で拭き取り、舐めた。それは、しょっぱかった。
「せや……」
 私は隣を見る。佐倉君も、泣いていた。
「せや、どうして思い出せへんかったんや。西城、西城や。オレの親友、最高にバカな真似をできる仲間、西城や。どうして、どうして忘れていたんや。どうして、あいつがいないんや!」
「ああ、忘れるのは無理ないよ。それがこの世界のルールだから」
「世界の、ルール?」
 マモンは頷き、続ける。
「たぶん、その西城って人は最初からいたわけじゃないんだ。本来ならいるはずがないのに、人々の記憶に強引に割り込んだ。それがいなくなった、つまり元に戻った事で、異常がふたりの記憶から消えたんだ。別に、ふたりだけじゃない。その西城って人に関わった人はみんな忘れているよ。そんな男がいたっていう、事実すら」
 それは、なんて悲しいルールなんだろう。
 西城君はただ生きたかっただけなのに。友達が欲しかっただけなのに。
 なのに、みんなに忘れられてしまうなんて。
「そんなん、言い訳や。他の誰が忘れても、オレは忘れるべきじゃなかったんや! オレは、オレはあいつの親友だったはずや! いや、今も親友のはずや! なのに、そのオレが忘れてどないするんやッ!」
「……、翔兄ちゃん」
 佐倉君は浮かんだ涙を拭いもせず、マモンを見つめた。
「俺っちは翔兄ちゃんとは比べもんにならないほど生きてきたけどさ、兄ちゃんより辛い目に遭っている連中はいくらでも見てきた。俺っちにとってはどーでもいいんだけどさ。友達と別れて、それを思い出せない。うん、そんなんもあるだろうさ」
 そういう世界だから、とマモンは言う。
 だったら、そんな世界、変わればいいのに。
 そんな辛い世界、誰が喜ぶのだろう。
 そんな辛いルール、誰が望んだんだろう。
「俺っちが何を言っても兄ちゃんが折り目をつけなきゃしょうがない問題だからな。俺っちは何も言えない。けど、それでも言うなら」
 にこりと微笑み、マモンは言った。
「こっから先は覚えていてやったら? それが西城って兄ちゃんの願いなんだろ?」
 あ、と声を出したのは私だろうか。佐倉君だろうか。
 そう。西城君は、ただそれだけを願っていた。死んでも忘れて欲しくないと、誰の心にも残らずに死にたくないと、それだけを願った。
 だったら、覚えていればいい。何の解決にもならないけど、少なくても、それで西城君の願いは叶えられるのだから。
「……せやな」
 佐倉君は目の涙をぐいぐいと拭い、そしていつもの笑みを浮かべた。
「ガキンチョに教えられてもうたわ。もっとオレもしっかりせなあかんな」
 そして佐倉君は、私に目を向けた。
「ほな、オレはもう行くわ、まみちゃん。また明日、学校で」
「うん。また、明日」
 ばいばい、と手を振りながら、佐倉君は駆けていった。
 と、階段の前で振り返り、叫んだ。
「ガキンチョ! ありがとなッ!」
 大きく手を振り、佐倉君は鳥居の向こうに姿を消した。
 ふう、とマモンは大きくため息をついた。
「やっぱこういうのって向かないな。そんじゃあまみ姉ちゃん。約束のもん、頼むよ」
 私はマモンに向かって頷いた。
「うん。約束は、守らなきゃいけない」

 本殿に忍び込んだのは久しぶりだった。
 昔、公平兄さんに引っ張られて入って以来。あの時はお母さんに見つかって、物凄く叱られた。
 もし死導者を入れようとしている、なんてばれたらどうなるだろう。
 ……、考えないでおく。
 私にはマモンが悪い存在には見えない。ただ、子供のように純粋なだけ。興味のあるものを手に入れるためにがむしゃらに走る、ただの子供でしかない。
 本殿の中には六畳間くらいの部屋がある。ここが奥の間で、いわゆるお宝の類は全てここにある。
 私はその中で、最も高いところにある箱に手を伸ばした。
 埃を振り払い、古臭い木の箱を開く。
 そこには、鏡が入っていた。綺麗な、どこまでも映すような、不思議な鏡。
「どれどれ」
 隣で見ていたマモンは目を輝かせ、八咫鏡を覗き込んだ。
「へえ、こりゃすごい。これだけの霊具、今じゃ珍しいよ。どうしてこんなのが、こんな田舎町にあるんだ?」
「それはたぶん、ウチが火野家の一部だからだと思うの」
「火野家?」
 私は頷き、続ける。
「火野は日本でも有数の退魔一族って聞いた。ウチもその一族の一部。火野と鯉田は古くから縁があって、何度か血を交えている。だから、それだけ上級の霊具もあるんだと思う」
「なーるほどね。思い出したよ、火野っての。どこの流派にも属さない、独自の術式で変魂を狩る連中だ。ごく少数のくせに、戦闘能力はピカイチ。こと戦いにおいては、日本でも一、ニってとこじゃないかな?」
 しげしげと鏡を眺めながら、マモンは言った。
「これは、道教? 違うな、陰陽道……でもない。俺っちでも知らない術式で作られているな。これが神道か? 万物の生を集められるように作ってある、すごいな」
 しばらく裏返したり中を覗き込んだりしていたマモンは、やがて満足したのか、うんと頷いた。
「はい、これ返す」
 マモンは私の胸に鏡を押し付けると、立ち上がった。
「どこに行くの?」
「それに興味なくなったから次んとこ。どこかは、俺っちも知らないけど」
 すたすた歩いて出て行こうとするマモンの背中に、私は言った。
「ねえ。あなたは、死導者なんでしょう?」
「あん? いちおー、そうだけど?」
 振り返るマモン。その顔は、何の邪気も感じられない。
「死導者は人を殺すのを楽しんでいるって聞いた事があるの。でも、あなたは違うの?
「殺し? そんなん、面白いヤツでなきゃ殺さない」
 マモンは平然と、そう言った。
「俺っちはさ、死導者の中でも変わっているんだよ。殺せっていう母の命令よか、自分の欲望を優先させちまう。兄弟ん中でいっちばん、称号らしいんだわな。俺っちが。別に殺さなきゃ何があるってわけでもないし、いいだろ。今はさ、人間の術式に興味があるから。そっち優先って事で」
 じゃ、と手を挙げ、マモンは姿を消した。近くには気配すらない。たぶん、本当にどこかに行ってしまったんだろう。
 私は鏡を箱に戻し、本殿の外に出た。
 空を見る。もう、空には星が輝き出していた。
「興味が優先、か」
 私とは大違いだ。
 生まれながらの、退魔師になるという決まりにだけ従ってきた私とは。
 彼は純粋で、ただ自分のためだけに生きている。やりたい事をやり、そのための努力は惜しまない。自分で道を決めた事などただの一度もない私とは、決定的に違う。
「私も、あんな風になれるかなあ……」
 無理、かもしれない。私は結局、両親には逆らえない。
 でも、退魔師になるという中で、私の目指す形にはなれるかもしれない。
 私は、西城君のような存在を救いたい。死んでも救われないような、そんな悲しい存在を認めたくない。
「決めた。私は、そうなる」
 彼と会えてよかった。そう、思えた。
 夜空を、流れ星が切り裂いた。


 チリン――
 夜空の中で、ふたりの子供が対峙していた。
 ひとりは夜空に溶け込みそうな黒い少女。ひとりは闇夜に溶け込む翼を持つ少年。
「何が目的なの、強欲」
「さあ? 何だろうね。俺っちにもわからないさ、死喰い」
 少女は宝剣を握る手に力を込めた。死を喰らう者を狩り殺すための剣、死喰いが死喰いたる、その象徴でもある剣。それが月光の下、輝いているように見えた。
「どうする? 俺っちを殺すかい?」
「……わからない、わ」
 少女は、正直に答えた。
「私は迷っている。本当に貴方たちを殺せば、それで済むのか。それとも、それ以外の道があるのか。怠惰と会ってからは、なおさら」
「ああ、怠惰に会ったんだ。あいつも腑抜けになったよなあ」
 くすくすと、少年は笑った。
「ま、俺っちはまだ死ぬわけにはいかない。追ってもいいけどさ、スピードなら、俺っちは死導者の誰にも負けないんだぜ?」
 笑い声を残し、少年は姿を消した。
 それと入れ違うように、桜色の少女が姿を現した。息が荒いのは、急いで来たからだろうか。
「あ、アンジェラ……。今の、死導者?」
「ええ。五番目、強欲のマモン。常に快楽を求め、自分の欲望に最も忠実な死導者」
「で、でも、誰かを喰った形跡がない、けど?」
「ええ。彼は、今回は誰も殺さなかった。おそらくは、その必要がなかったから」
 少女は目を細めた。
「彼は、いつもそう。彼にとって最も優先される事項は、欲しいものを得られるかどうか、という事。そのためには殺す事もあるし、助ける事もある。彼は倒すべきかどうか、いつも迷ってしまう」
「なーるほどね……」
 頷き、桜色の少女は続けた。
「殺さないって約束してくれればいいんだけどね」
「……ええ」
 夜風がふたりを包み込む。
 黒い少女は、少年の立っていた場所をいつまでも見つめていた。
 チリン――



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