俺とあいつらの関係は、世間で言うところの友達だ。
 けれど、俺はその言葉に違和感がある。
 そうだな、強いて言うなら――同類、だ。

 俺の手には、ハートのエースとクローバーの五、そしてダイヤの八がある。
 順番は俺の隣の小関。小関が出さなければいけないのはキングだから、今はまだ安全圏だ。
「じゅーさんッ!」
 裏返しのカードを二枚、小関が出した。俺は続けて、エースを裏返しにして出す。
「……いち」
 誰も攻めてこない。まあ、当然だ。なにせ、俺の次は……。
「にーさんが転んだッ!」
 叫びながら、畑がカードを出す。途端、連続的に声が出た。
「ダウトッ!」「ダウトだ!」「ダウトだろ!?」
 瞬間、畑の動きが止まる。きょろきょろと見回し、何事もなかったかのようにカードを出そうとして。
「諦めろ」
 俺がそのカードを表に返した。現れたのは、ダイヤのクイーン。
「ぬおおおおおお!」
 仕方なく、畑は場に溜まっていたカードを全て持っていく。いやあ、誰もダウトしなかったから、素晴らしい量だ。みんなで畑をいぢめる気だったからな。
 結局、戦局はそのまま動かず、敗者ははっちと、次に勝手に自爆した光本のふたりとなった。
「お前、本当に自爆が好きだな」
「うっせーやい」
 泣きまねをしながら、光本は言う。俺はカードを集め、適当に切り出した。カードを混ぜるのはいつも俺だから、すでに手馴れている。
「俺、そろそろ帰るわ」
 石山が言い出した。それを頃合に、それぞれ勝手に立ち上がる。
 俺もポケットから輪ゴムを出してトランプをまとめると、それを鞄に放り込んで立ち上がった。

 学校の裏門から出て、駅までのほぼ真っ直ぐな道を騒ぎながら歩く。俺たちの、日常だ。
 俺、小関、光本、畑、石山、吉田。いつもはもう少し多かったりするんだが、今日はこれだけしかいない。
 俺たちは、変わっている。それは当人たちも認めている。俺たちは通称、廃人。
 別にクスリをやっているわけでも、誰かをいじめているわけでも、恐喝だのなんだのをやっているわけでもない。
 毎日、真面目に学校に通い。毎日、真面目に授業を受け。そして毎日、こうして集まる。それだけのメンバーだ。
 他の連中と違う点があるとすれば、それは特に試験期間中はほぼ間違いなくゲーセン通いする事と、余裕がない時を除いて確実に放課後は食堂にいる事。そして、たまに休日に集まった時には、一日中と言えるレベルでゲーセンに居続けるという、それだけだ。
 俺たちは普通の人と、ちょっと違う。それも良い方向じゃない。悪い方向に、だ。
 俺たちは、人間関係がちょっとばかし下手な人間だ。
 俺は女子が嫌いで、会話はおろか、すれ違うのすら嫌だ。
 小関は他人を見下していて、その癖が直らない。俺に最も近いヤツだ。
 光本も、俺ほどではないにしろ女子は苦手だし、吉田は俺たち以外の人間と話しているところを見た事がない。
 石山や畑はマシな方だ。それでも、どうやら他の連中と一緒にいるよりは、俺たちと一緒の方が落ち着くらしい。
 要するに、コミュニケーション能力のどっかに異常がある連中というわけだ。
 俺はこいつらには心を開く。逆に言えば、それ以外には誰にも心を開かない。クラスでも、俺はどこか沈んだ存在だ。たぶん、俺が教室にいなくても、誰も気付きはしないだろう。
 その点、こいつらはいい。話していて、気楽だ。
 何よりも楽で、何よりも楽しい。たぶん、俺はこいつらを失えば、人間的には破綻するだろう。それほど、大事な関係だ。
 薄く細く儚く、けれど、強く濃く輝く、絶対に切れない糸がある。俺は、そう信じている。
 こいつらがいなければ、俺はもっと駄目になっていた。もしかしたら、登校拒否でもしたかもしれない。それくらい、退屈だ。
 こいつらがいるから俺がいる。それは、間違いない。
 途中で地下鉄に乗る連中と別れ、俺たちは私鉄の駅に向かった。改札を通り、ホームに立つ。
 電車が来るまでバカ話。内容に意味はない、本当にただ時間を潰すだけの会話だ。
 それでも、楽しい。そんなものでも、楽しい。いや、そんなものだからこそ、楽しいのかもしれない。
 電車が来る。俺はここで別れるメンバーにいつもの挨拶を告げて、電車に乗った。

 俺は、飛んでいた。眼下には俺の通う学校がある。夜の学校は、暗くて不気味だ。
 中高一貫であるため、学校の敷地はそこそこ広い。丘を開拓して作られているため、階段だらけだが。
 ……つーか、どうしてここにいる? ああ、夢か。そりゃそうか。そりゃそうだ。
 夢を見るって事は眠りが浅いって事だよな。困るな、学校で眠くなるじゃんか。いや、授業中に寝るのは構わないような気もするんだが、いちおーは起きていたいんだよ。まだ真面目な学生さんなんだよ。
 って、自問自答しても仕方ないよな。とりあえず、どうするかな。どうすりゃ夢って終わるんだ?
 チリン――
「こんばんは」
「は?」
 誰かに声をかけられるなんて思っていなかった。しかも、こんなにはっきりと。
 振り向くと、女の子が立っていた。見知らぬ子。夜空に埋もれそうなワンピースを着ている、変わった子供。
 何故だ。何故、俺の夢にまで女が出てくる。俺はそんなに飢えているのか? しかも、ロリコン趣味か? 勘弁してくれ。そんなのは小関だけで十分だ。
「貴方は、どうしてここにいるの?」
「……さあ。どうしてですかねぇ?」
 俺の癖。機嫌が悪い時、それと女に話しかける時は、まず間違いなく口調が丁寧語になる。あんたを拒絶しますっていう意思表示だ。
「早く帰りなさい。今の貴方は、とても危険だから」
「帰れるものならとっくに帰っているとか思わないんですかね?」
 ついでに、口調が嫌味っぽいのも癖だ。
 それにしてもこのガキ、俺に命令口調とは。やってくれるじゃんか。
「帰り道は、こっち」
 チリン――
 女の子がくるりと回る。途端、俺の意識は途切れた。

「……ん」
 目を覚ました。ベッドのところにあるケータイで時間を確認。
 ――目覚ましが鳴る二分前か。
 なんとなく眠気も感じられず、俺は仕方なく起き上がった。
 にしても、リアルな夢だった。
 ふわふわした感覚。女の子の声。何もかもが、まるで現実に起きた出来事のように感じられる。
 もし現実なら、俺は浮遊能力があるってわけだ。そいつは便利だな。学校に行くのに、いちいち階段を上らずに済む。
「とまあ、んな阿呆な思考をしている暇はないな」
 起き上がり、俺は支度を始めた。
 制服に着替え、顔を洗う。朝食なんてものは軽くスルー。朝からメシが食えるかバカ。代わりに、すでに鞄にはパンが入っている。
 そして俺は、家を出た。駅まで歩いて十五分。そこから電車で二十分。ついでに学校まで十分ちょっと。それで、俺は目的地でもある高校の門に辿り着く。
 学校は丘の上にあるため、朝っぱらから階段を上らにゃならん。それが、俺には苦痛だ。体力に自信がある方じゃないからな。かと言って勉強に自信があるわけでもないけどな。
 学校に到着すると、真っ先に食堂に向かう。食堂は中学校舎の地下部分。半分しか明かりが点いていない空間の、わざわざ暗い方にあいつらはいた。いつも通りに。
「おう、それ捨ててくれ」
 座っていたバカがひとり、ゴミ箱のそばを指した。何やら、ビニールの袋らしきものが落ちている。どうやら座ったまま捨てようとして、失敗したらしい。
 俺はゴミを捨ててやると、そのまま鞄をテーブルの上に置いて椅子に座った。
 鞄からパンを取り出し、食べ始める。俺の前では、光本が何やらもそもそした動作で、同じようにパンを食べている。
 テンションが高い時はやたらと高いから、おそらくは寝不足なのだろう。どうせ、夜も遅くまでゲームしていたとか、そんな理由に違いない。
 俺の隣では、吉田が何やら書き物をしていた。覗くと、どうやら宿題らしい。学校のものではないから、塾か何かだろう。
 これが、俺たちの日常。それぞれが勝手に集まり、勝手にやりたい事をやる。ただ一緒にいるという、それだけが俺たちには何よりも大事だった。
「なあ」
 光本が何かを言った。俺は光本に目を向ける。
「俺たちって、いつから一緒にいたっけ」
「……さあ?」
 それは俺も同感だった。まるで、思い出せない。
 世間の友人関係というのは、出会いのシーンも覚えているものだろう。だが、俺たちはまるで覚えていない。
 そもそも、俺たちには共通点がなかった。クラスも違う。部活も入っていない。俺たちに接点などなかった。
 けれど、いつの間にか俺たちは一緒にいた。まるで、最初からそうすべきだったかのように、一緒にいた。
 記憶にあるのは中二から。中高一貫の学校だから、中一の頃から顔は合わせていたはずだ。けれど、まるで記憶になかった。
 でもま、俺たちに、出会いなんか関係ない。俺たちには過去など関係ない。大事なものは、ただ一緒にいる“今”だけだから。
「それよか、何か面白い話はないん?」
 吉田が宿題を終えたらしく、顔を上げて聞いた。
「ないな」
 俺は即答する。実際、昨日の夜から今朝までなんて短い時間で何かがあるほど、変化に富んだ生活は送っていない。
「じゃあさ、どんな夢を見た?」
「夢を見たってのが前提の話なのな」
 そう、いえば。
「学校の上を飛んでいる夢を見たな」
「安東、飛べるのか!」
「飛べるかバカ。夢だっつってんだろ」
 光本に返しつつ、俺は吉田に続けた。
「それで……そう。女の子に会ったんだ。なんか、クソ生意気なガキ」
「女の子? 安東、ロリコン趣味?」
「違うわ! 小関と一緒にすんな!」
 そこだけは強く否定する。俺はそこまで駄目人間ではない。
 そこで、俺は時計を見た。
 ――タイムアップ。
「そろそろ行くぞ」
 もう間もなく、予鈴の鳴る時間だった。

 俺はまた、飛んでいた。眼下には校庭。中学生が体育の授業中だった。
「また、来たのね」
「またあんたか」
 俺はうんざりしながら女の子を見つめた。
 昨日は暗くて分かりにくかったが、今日は日光の下。女の子の姿はばっちり見える。
「よくない癖、ね。このままでは、貴方が危険だわ」
 女の子は本当に心配そうに言った。心配するのは勝手だけど、何を心配しているのだろうか。
 ああ、そういや今はもしかして授業中? 俺がここを飛んでいるという事は、つまり寝ているというわけで。
 なるほど。確かによくないわな。授業中にお休みタイムってわけだから。
 ええと、今は確か物理か。ああ、あの人なら注意しないし、たいした内容の授業じゃないから、まあいいか。
「けれどこれは……。私ひとりでは、どうにもならない、わ」
 何が言いたいんだか。物事をはっきり言わないやつは嫌いだ。俺みたいだから。
「ねえ。貴方の知り合いは、貴方のために命を使ってくれる?」
 女の子は、面と向かってそんな事を言ってきた。
 ……どう、だろう。
 俺は、少しばかりの寿命なら捨てても構わない。それで、あいつらが幸せになれるなら、それも悪くないと思う。あいつらがいなければ、今の俺はないから。
 けれど、あいつらはどうだろう。別に俺がいなければならない理由はないようにも思う。少し薄情かもしれないが、あいつらなら余裕で俺を見捨てそうでもある。
「どうですかね。分かりかねます」
 俺がそう言うと、女の子は悲しげに首を振った。
 何だ? まるで俺が悪い事を言ったみたいに見えるじゃんか。
「でも、貴方が生きるためには必要不可欠。私では駄目なの、生ける人の力でなければ。人の強い想いだけが人をこの世に留まらせる。死導者たる私には、生は導けない」
「何が言いたいのか知りませんけどね、もう少し分かりやすく言っていただけると助かるのですが」
 俺が言うと、女の子はやはり首を振った。それしか、しなかった。
 チリン――
 女の子がくるりと回った。

 目覚めてみれば、授業中。先生が何やら喋っている。黒板を見ると、先ほどからあまり進んでいるようには見えない。何かの説明でもしていたのだろうか。
 ――命を使ってくれる?
 女の子の言葉が耳に残っていた。まるで、誰かが寿命でも減らさなきゃ、俺が死ぬような言い草。まったく、嫌な夢だ。
 俺は死にたかないが、あいつらを殺してまで生きるつもりもない。だいたい、夢の話だ。実際問題として、俺が死ぬ理由はない。いや、事故に遭う可能性くらいなら、いつでもあるんだが。
 とりあえず授業の残りは真面目に受けた。そんでもって授業が終わればHR、それも終われば放課後だ。
 俺は特に慌てるでもなく、食堂に足を向けた。高校校舎を出て中学校舎に移動し、地下に降りる。いつもの動作だ。
 食堂に行くと、珍しくまだ誰も到着していなかった。俺が一番、か。
 俺は自販機でジュースを買うと、いつもの席である最奥の場所に鞄を置いて陣取った。ここで待っていれば、連中は放っておいても集まる。
 五分ほど小説を読んで待っていると、光本と小関がやって来た。なんとなく、表情が浮かない。何かあったんだろうか。
「遅かったな」
 俺は特に気付かない風を装い、そう言った。言いたければ勝手に言えばいい。言いたくなければ言わなければいい。俺たちの暗黙のルールだ。
「なあ、安東。明日、遊べるか?」
「明日?」
 光本は表面的には明るく装い、その実、どこか暗さを含んだ表情のままで言った。
 明日は土曜日。土日が休みの学校だから、明日という日にちそのものに問題はない。
「空いているが」
 俺がそう答えると、じゃあいつものとこに、と言った。
 そのうち、他の連中も集まってきた。それぞれにどこか違和感を覚える。なんだか、みんなして無理をしているようだ。
 こりゃ、明日の約束ってのも俺をはめる何かかもしれないな。
 その可能性はゼロじゃない。いつもはめられるのは畑の役どころだが、それが俺に回らない可能性はないとは断言できない。
 ――もしそうだったら、次の機会に殴ってやればいいか。
 けれどもすぐにそう思い直し、俺はいつも通りにトランプを鞄から取り出した。

 いつものとこ、と言えば、俺たちの場合はゲーセンしかない。よく行くゲーセンで、学校からもさほど離れていない場所にある。
 時間の指定はない。いつも勝手に集まるメンバーだ。時間の指定をしても正確に来るやつは少ないから、そもそも指定は意味がない。
 俺がゲーセンに行くと、すでに三人ほどゲームに興じていた。俺はそのプレイ画面を、後ろから黙って見ている事にする。
 俺が到着して三十分くらいした後、ようやく全員が揃った。これでも早い方だ。いつもは、一時間は幅がある。
 今日のメンバーは俺を含めて六人。光本に吉田、小関に畑、そして石山。小関が来るのは珍しいが、それ以外は特におかしいメンバーではない。
「それじゃ、ちょっと移動するぞ」
 光本を先頭に歩き出す。ゲーセンから移動とは珍しい。そう思いつつも、俺は後を追った。
 光本は俺たちを公園へと連れて行った。土地の整備をする時にミスって生まれたような空間が、そのまま公園となった感じの場所。それだけに、大きさもどこか中途半端な感じを受ける。
「こんなとこに来て何をすんだー?」
 俺が聞くと、畑がサッカーボールを取り出した。
 サッカー、か。
 俺は運動が苦手だし、他の連中も畑と石山を除けば得意なわけではない。ただ、サッカーは好きなやつが多い。俺も、ただパスを繰り返すくらいなら問題はないし、こいつらと一緒にやるのなら文句もなかった。
 適当に六角形になろうとすると、光本が文句を言ってきた。
「安東は真ん中に入って」
「はあ? 鳥かごか」
「そんなとこだ」
 鳥かご。ひとりを残る全員で囲み、パスを繰り出し続けるゲームだ。真ん中の人にパスカットされたら交替という、いたってシンプルなルールだが、どうしてこのタイミングで俺を中心にするかな?
 なんとなく釈然としないながらも、俺はおよそ真ん中のあたりに立った。
 光本、小関、吉田、畑、石山の順に立つ。この中で俺より鈍いのは吉田だけ。だが、あいつからパスカットするのも可哀想にも思える。少しの間、遊んでやるか。
 まず、光本から畑にパス。そこそこのスピード、止められなくもないかもしれない。
 畑から小関にパス。流石に早い、こいつは無理だ。
 小関から石山にパス。更に石山は、それをダイレクトに吉田までパスした。
 一瞬、緊張らしきものが走った気がした。ふむ、まだ早いか。俺ももう少し走れるし、今回は見逃してやろう。
 吉田は光本に向かってパス。案の定、たいして早くもない。止めようと思えば止められたが、俺はそれを、ポケットに手を突っ込んで見逃した。
「これは俺が出る幕じゃないな」
 冗談を言いながら。
 ボールが、光本に渡る。
 ……ッ!?
 その光景を見ていたら、なんだか頭が痛くなってきた。足元がふらつく。どうにも、立つのが辛い。
 俺はその場にしゃがみ込んだ。何だ? 何かの病気、か?
「安東! 大丈夫か!?」
 慌てた調子で小関が寄って来た。
「大丈夫、だよ」
 言って、俺は頭を振った。もう、頭痛は治っていた。
 立ち上がる。なんともない。
「安東、本当に大丈夫なのか……?」
「はあ? 大丈夫つってんだろ?」
 途端、光本はほっとため息をついた。吉田はどこか泣きそうな雰囲気だし、なんかこう、微妙な空気が流れている。
「お、おい。何なんだよ? 何かあったのか?」
「……お前は、知らなくてもいいかな」
 光本は、そう答えた。そう言われると何故だかムカつく。
「おい、何だよ。隠し事かぁ?」
「たいした事じゃないって。ほら、続き行くぞ!」
 それぞれが散開する。まったく、わけのわからん連中だ。
 チリン――
「あん?」
 鈴の音色。綺麗な音色に、俺は顔を上げた。
『貴方は、良い友人を持ったわ』
「ん?」
 何か、聞こえたような。幻聴か? 俺もとうとう末期か?
 チリン――
 また、鈴の音色。それはそれっきり、消えてしまった。
「――ま、いいか」
 良い友人、か。
 俺は自然と笑っていた。
 何を、今さら。こいつらの良さなんざ、十分に理解しているよ。
 馬鹿やって、笑って、一緒にいて。そんな仲間をこれだけ得られた俺は、幸せかもしれんな。
 うんにゃ。幸せの定義を俺が決めるなら、俺は間違いなく、幸せだね。
「ほらほら、どーしたあ!?」
 石山のパスが俺の目の前を通過しようとする。俺は、脚を伸ばしてそれをカットした。


「幽体離脱って本当にあるのね」
 ボール遊びに興じる高校生を下に見ながら、桜色の少女は言った。
「人間はそう呼ぶわね。魂だけが抜け出す癖の事。けれど、それはとても危険。理由はわかる?」
 黒いオコジョを頭に乗せた、黒い少女はクイズのように聞いた。
「魂の生が抜ける、つまり、寿命が縮むから」
「その通り。この癖を直すには、身体に魂を縛らねばならない。けれど、この術式は私には行えない。生を持つ五人の人間が揃って、初めて可能な技術」
 五人を揃えるため、少女は彼の仲間に声をかけた。そして、返事に迷いはなかった。
「それにしても、よく生を使う術式なんかやってくれたわね」
 桜色の少女は感心したように言う。黒い少女も、頷いた。
「そうね。軽く説明しただけで了承するとは、私も思っていなかった。彼を救うという行為に、何の躊躇もなかった。それは、とても羨ましいほどの関係ね」
「あたしだってアンジェラがピンチなら助けるわよ」
 黒い少女の頭上で、小動物も、きゅーと鳴いた。
 黒い少女は、そっと笑った。
「彼らは日常に生きている。非日常に生きている私たちとは違うの。命の危険などない、平和な日常にあるのに、仲間を救うためなら命の危険は考慮しない。それほどの関係は、今ではとても稀有なものとなった」
「……それはそう、ね」
「仲間のために無茶をする。こんな人間がいるから、私は戯れをやめられない」
 少女は高校生たちに背を向けた。
「さあ、行きましょうか。彼は、救われたのだから」
「おっけー。じゃ、次に行こうかしらね」
 きゅー、と返事が続いた。
 そして少女たちは、陽光の中に姿を消した。
 チリン――



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