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生き物を殺すのは犯罪だ。何より重い、大きな罪だ。 人だって植物だって、生き物だ。 なら。植物を殺すヤツは、殺人犯と同じって事だ。 「またやられた、な」 「……そうね」 オレの目の前にはプランターがある。そこには、チューリップが植えられていた。過去形なのは、すでにないからだ。 チューリップの花は、力任せに引きちぎられた跡がある。自然に花が落ちたわけじゃない。人為的に花を散らした痕跡だった。 これで、三度目だった。 「どうすんだ? まだ、やるのか?」 「やる。こんな、こんな事をできるヤツになんか負けたくないもん」 篠崎がそう言うなら、オレに依存はない。 「木田。ぜっっったいに捕まえるわよ」 「はいはい、わかってるよ」 オレは、ため息混じりに頷いた。 「んじゃあ、まずは花の片付けだな」 「……うん」 「と、そっちはオレがやっておく。篠崎は他の花に水をやってくれ」 「ううん。あたしも、やる」 強情、だな。 篠崎は言い出したら他の意見は絶対に聞かない。だから、オレも強要しない。 篠崎と一緒に、花を片付ける。そこらに散らばった花を集め、プランターから死んだ花々を引っこ抜き。正直、辛い作業だ。 潰れかけの園芸部を幽霊部員まで合わせてようやく復興させたのに、それが、こんな事になるなんて。 花だって生きている。喋らないし、動かないし、何をするわけでもないけど、それでも生きているんだ。それを、簡単に殺せるような人間を許すわけには行かない。 昨日は日付が変わるくらいまで粘ったのに、犯人は現われなかった。そして、今はまだ六時前。早朝と呼べる時間だ。なのに、すでにチューリップは殺されていた。 となると、犯人は昨日の深夜零時から、今朝の五時半くらいまでの間には犯行を行ったって事になる。 この花殺しってのは日本中で起きているらしく、警察も捜査はしてくれているようだけど、良い結果は出ない。それも当たり前だ。そんだけ深夜なら、目撃者なんかいるはずがない。 花を殺すのは簡単だ。ものの数十秒で、これだけの花は殺せる。それは、誰にでも。 ――くそッ! 横目で篠崎の様子を窺う。篠崎はぎゅっとくちびるを噛み締めていた。下手をすれば、血がにじみそうなくらいに。 でも、オレにはそれを止められなかった。 ここの花は、オレたちにとって特別なものだから。 花に興味がなかったオレに懸命に花の良さを説明していたバカの顔が浮かぶ。あいつは、死ぬまでこいつらの心配をしていた。病気のくせに無理して花の世話をして、そんで、あいつは花よりも簡単に死んでしまった。 こいつらは、あいつの遺したもんだ。誰にも、誰にも殺させるわけにはいかない。 花の片付けが終わると、オレたちは残りの花に水をやった。残っている花は二十本弱。これらは、絶対に死守しなきゃいけない。 「木田。今日は帰らないから」 「偶然だな。オレもそのつもりだった」 オレはそう言って、笑いかけた。けれど、篠崎は笑ってくれなかった。 学校に残るのは構わないけど、先生に見つかるのはまずい。そこで、オレたちはプランターが見える資料室にこっそりと忍び込む事にした。教室の中なら、隠れる場所はいくらでもある。 長丁場になるのは目に見えている。オレはとりあえず見張りを篠崎に任せ、買出しに出かけた。 夕方の町。学校帰りらしい学生と、何度かすれ違う。 何も考えていなさそうな連中とすれ違うと、なんとなくむかつく。 一方ではやりたい事もやれないヤツがいて、一方では能天気に暮らしているヤツがいるんだから。 ふと思い、そして。 「……馬鹿か、オレは」 頭を抱えてしまった。いかん。思考がブラックになりつつある。 「さっさと戻る、か」 早足で近所のコンビニに向かう。 コンビニの中には、客はあまりいなかった。 オレは弁当と飲み物を選び、傘を買うおっさんの後ろに並んだ。 「傘、か……」 そういや夕方から夜にかけて雨が降るって天気予報だったような。傘なんか持ってないな。 ま、いっか。どうせ今日は帰らないんだから。 コンビニを出る頃には、空は暗くなっていた。 「帰るとかなんとかの前に、今すぐに必要になりそうだな、おい」 空を見上げて独り言。やっぱ、買っておけばよかったかな? ――ちッ。走って戻るか。 「おかえり。雨、大丈夫じゃなさそうだね」 「見ればわかるだろ」 雨に濡れた髪をかきあげ、オレは言った。 「着替えてきなよ。ジャージくらいなら教室にあるでしょ?」 「おう。そうさせてもらうわ」 雨は、割と激しく降っていた。 オレは弁当を机の上に置くと、教室に向かった。 窓のを叩く雨音。蛍光灯の明かりに照らされる廊下が、寂しく感じた。 物音もしない。部活の連中も、もう帰っちまったのだろうか。人の気配がない廊下は、それだけでちっとばかし怖い。 チリン―― 「うひょお!?」 「そんなに驚かなくてもいいと思うのだけれど」 急な物音に驚きつつ、オレは振り向いた。 「な、なんだ……。子供、か」 脅かしてくれるよ、まったく。 見た目は小学生くらいだろうか。夜の空みたいなワンピースを着て、頭の上には黒い小動物を乗せている。 あん? で、何で学校に小学生がいるんだ? 「えっとさ、早くお家に帰りなよ。そもそも、ここは入っちゃいけないところだし」 「ちょっと、興味があったものだから」 不思議な子、だな。 口調も雰囲気も、何もかもが子供らしくない。なのに、それが似合っていた。 まるで、ずっと昔から生きているみたいだ。 「私はアンジェラ。貴方の名前は?」 「オレ? オレは、木田だけど」 アンジェラは頷き、窓の外に目を向けた。つられて、オレも目を向けてしまう。 「木田。貴方は、大切な事を知っているのね」 「あ? 大切な事って?」 「正義の心は大切。弱者を守ろうとする志も素晴らしい。でも、それだけでは意味がない。そして、貴方はそれを知っている。だから、ちょっとだけ貴方に協力してあげるわ」 なんだ、それ。何を言いたいんだ? チリン―― アンジェラはいきなり、廊下を駆け出した。 「あ!? お、おい!」 つい、オレも追ってしまう。案外と早い、廊下を曲がって――。 「あれ?」 そこにはすでに、アンジェラの姿はなかった。 逃げられた、かな? ……、考えても仕方ないか。 「それよか、さっさと着替えないとな」 釈然としないながらも、オレは教室に足を向けた。 ジャージに着替え、夕飯も済ませ。 現在時刻は午後の十時。おそらく、犯人はまだ来ないだろう。 雨はもう止んでおり、雲の切れ間から月が顔を覗かせている。 「篠崎、今の間に寝ておけよ。見張りならオレがしといてやるから」 オレが声をかけると、篠崎は首を横に振った。 「ううん、いい」 篠崎は一心不乱にチューリップを見つめていた。他の何も目に入らないようにも見える。 「なあ、篠崎」 「うーん?」 篠崎は窓の向こうに目を向けたまま、返事をした。けれどオレは、じっと篠崎を見ていた。 「お前さ、何でそんなにマジになってんの?」 「何でって?」 「だからさ。何でそこまでして、あのチューリップを守ろうとしているわけ?」 篠崎は窓から目を離すと、オレに目を向けた。 「荒川が守っていたから。そんだけ」 「お前とあいつって付き合ってたのか?」 篠崎は首を横に振った。そして、また窓の向こうに目を向ける。 「違うよ。ただ、あたしが勝手に憧れていただけ。何も言わなかったし、たぶん荒川も気付いていなかったと思う」 憧れていただけ、か。 オレと、同じだな。 「荒川ってさ、馬鹿がつくほどに人がよかったでしょ? 損な仕事ばっかりやらされてさ」 「ああ、そうだったな。テメエの体が弱いくせに、力仕事なんてやりやがって」 荒川は、そういうヤツだった。自分が何かをする事で誰かが喜んでくれるなら、それで満足できるような馬鹿だった。 「あたしはあんな風になれないけどさ。でも、あれだけ他人のために生きたヤツが、ひとつだけ自分のために何かをしたいって思ったんだよ? それを見てたら、黙ってなんていられないじゃない」 オレは薄ら笑いを浮かべ、言った。 「お前もいいかげん、おひとよしだな」 「あんたもね」 その、通り。 「いいんじゃないの? オレらは荒川になれねーけど、ふたり合わせりゃ、荒川の分くらいはカバーできるっしょ」 「あたしはひとりでも頑張るけどね」 「オレもだ」 どちらからともなく、オレたちは笑い出した。 笑えるような状況じゃないのに、なんだか笑えた。 「そういや、さ」 ひとしきり笑って、オレは言った。 「篠崎が笑ったの、久しぶりだな。荒川が死んで以来じゃねーの?」 「そうだっけ?」 笑い涙を拭いて、篠崎は言った。 「うん、そうかもしれない。色々と背負いすぎてたのかな」 「そりゃそうだろ。独りで園芸部を存続させようとしたり、花の見張り番をしようとしたり。おかげでオレも迷惑を受けたし」 「何よ。あれはあんたが悪いんでしょ? あれじゃあ犯人に見えても仕方ないじゃないの」 「んだよ。花の様子を確かめただけじゃねーか。だいたい、お前がオレに何の相談もしないからいけないんだろ?」 「だって、あんたがそんなのやってくれるなんて、思わなかったし……」 篠崎はすねるようにそっぽを向いた。無理もない。オレの外見は、どう見ても花いじりが似合うようなもんじゃない。 でも、なあ? 「そんなの言ったら、お前だってそうだろ。髪を染めて化粧してるイマドキの女子高生が園芸部なんて、笑わせるよ」 「あ。言ったなぁ!? そんなの言ったら、あんたなんかチンピラじゃないの!」 「はッ! 大きなお世話だよ」 やっぱりそうだ。こいつ、すっげー良いヤツだ。 だから、荒川を放っておけなかったんだろうな。 「そんじゃあ、今日は完徹覚悟でいきますか」 「とーぜん」 そうしてオレたちは、ただ花を見つめるという地味作業に戻るのであった。 それは、日付も変わって一時半ぐらいにやって来た。 黒い人影。背格好からすると、中年男性くらいだろう。どこかで見たような気もする。学校に侵入している時点で、すでに犯罪者だ。 中年なのは意外だった。てっきり、近所のチンピラ連中か何かが犯人だろうと思っていたのに。 中年の男は手にビニール傘らしきものを持っている。そいつはプランターに近付いていく。そして、傘を振り上げた。 「待てやこらあ!」 そこまで待って、オレは窓から飛び出した。中年男は慌ててオレに背を向け、走り出す。 「逃がすかよッ!」 全力で走る。けれど、中年も案外に早い。このままじゃ追いつけそうにない、な。 「篠崎ぃ! そいつ早いぞ!」 だからオレは、前に向かって叫んだ。 「任せといて!」 前から返事が飛ぶ。それは、中年男の進行方向で待ち構える、篠崎の声だった。 中年男は舌打ちし、立ち止まった。前には篠崎、後ろにはオレ。左右は校舎で、鍵は開いていないから逃げ込めない。完全に、袋のネズミだ。 「おっさん、いい年こいて花遊びか? 覚悟はできてるんだろーな」 おっさんは黙ってオレを見て、次に篠崎に視線を向けた。 そして、駆け出す。 「篠崎ッ!」 名を呼びながら、オレも走った。 おっさんは真っ直ぐに篠崎に向かって走り、 「きゃッ!?」 「なッ――!」 そのまま篠崎を、殴りやがった。 「てっめえ!」 女を、殴りやがったな! 「篠崎! そこにいろ!」 叫び、オレは全力で走った。 花を、殺す。女を、殴る。こいつは、こいつは許しちゃおけねえ! もう校門が見えている。あそこを抜かれたら、見失うかもしれねえ。それは、絶対に嫌だ! 「待ちやがれテメエ!」 叫ぶオレの耳に、 チリン―― 鈴の音色が届いた。 それは、デジャビュのようだった。おっさんの進行方向には、夜の闇に溶け込んでしまいそうな女の子。 アンジェラ、だった。 「生をいたずらに摘む存在には、容赦しないわ」 くすりと笑う。 おっさんはそんなのを無視して走り続ける。アンジェラは軽く前に跳び、そして。 おっさんを、押し飛ばした。 「……え?」 そこにはまるで、重力も何もないかのようだった。ふわりとおっさんが浮いて、そしていつの間にか尻餅をついていた。そんな気にすらなった。 「な、何なんだ君は!」 おっさんがアンジェラを指差し、言う。アンジェラは子供には似合わない、妖艶な笑みを浮かべた。 「私は、死導者。死を導く者。人の概念では、死神や悪魔という言葉が最も近いわ」 死神? ……なるほど。なんか、納得だ。 それなら人間離れした能力も、口調も、雰囲気も、全てが納得できる。 って、何でオレは死神という言葉に違和感ないんだろうね? 「ししし、死神!?」 けれどオレとは反対に、やましい事のあるおっさんはその台詞に恐怖を覚えたらしい。声を震わせ、後ずさった。 アンジェラの頭上では、小動物が毛を逆立て、シャー、と威嚇している。 「植物にもまた、生はある。言葉を操る術を持たずとも、想い、生きている。彼らを殺すという事は、無粋に生を乱すも同じ行い。死を導く者として、それは許すわけにはいかない」 おっさんは完全に怯えていた。無理もない。オレだって、怖い。 目の前の女の子。どう見ても小学生。それが、こんなにも、怖い。 それこそ、アンジェラがその気になれば、オレたちの命など花を摘むように消せるだろう。そんな気がした。 「かか、勘弁してくれ! 馬鹿な上司と無能な部下に挟まれ、家に帰ったら邪魔者扱いで! す、ストレスが溜まっていたんだ! もう、もうこんな事はしないから! だだ、だから許してくれ!」 チリン―― アンジェラは黙ってゆっくりと回った。その手には、いつの間にやら剣が握られている。 普通の女の子には不釣合いなそれは、何故だかこの子にはよく似合っていた。 「……さようなら」 アンジェラが剣を振り上げる。そして、振り下ろす。 かつん、とコンクリートを叩く音が聞こえた。同時に、どさり、と重いものが倒れる音も。 アンジェラは剣で地面を叩き、おっさんは気絶していた。 「――殺さなかった、のか?」 オレが聞くと、アンジェラはにっこりと笑った。 「私は生を摘まない。どのような存在であろうとも、それは確かに、生きているのだから」 そう、か。 そうだよ、な。 オレは自然と、苦笑を浮かべていた。 「ありがとな。手伝ってくれて」 「構わない。貴方に頼まれたわけではないし、これは私が個人的にやりたかった事でもあるのだから」 じゃあ、と告げて。 チリン―― 女の子は姿を消した。 「木田ぁ!」 と、オレの後ろから篠崎の声が飛んできた。 「木田! 犯人は!?」 「そこで気絶しているよ」 オレがあごで指すと、篠崎は確かめに走り、そしてオレの方を向いた。 「木田がやったの?」 「まさか。オレは何もしてないよ」 「じゃあ、誰が?」 不審そうな篠崎。だからオレは、事実を告げた。 「ちっちゃな死神、だな」 案の定。篠崎は、ますますわからないという顔をした。 夜闇に彩られた空に、溶け込みそうな少女がひとり。そのかたわらには、学生服の少年が浮いている。 「ありがとうね。花、守ってくれて」 「まあ、このくらいなら」 少女はふふ、と楽しげに笑った。 「じゃあ、僕はもう行くよ。これ以上、ここにいても仕方ないし」 「そう、ね。貴方の次の生は、光に溢れますように」 「もう、光で一杯さ」 少年は微笑み、光となって夜空に消えた。 それを見つめていた少女は、ふと呟く。 「植物も、動物も、そして人間も。同じように生き、同じように死しているのに、どうして区別しなければいけないのかしらね」 返ってきた返事は、きゅー、という可愛らしいものだった。 けれど少女は、満足げに頷いた。 「さあ、行きましょうか、エル。ケイを探さないと」 チリン―― 小動物はきゅー、と鳴きながら少女の頭をぺしぺしと叩いた。 「迷子になったのは私じゃないわ。もっとも、帰る場所のない私たちは、常に迷子のようなものだけれど」 くすりと笑い、少女は夜風に流れた。 残るはいつも、鈴の音色のみ。 チリン―― |