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今まで通りがずっと続くと思ってた。 それが途切れるなんて考えた事なかった。 しかも、それが突然に来るなんて……。 「貴女は、この世界の真実を知る勇気がある?」 アタシの目の前の女の子は、そう言った。 その日、アタシは友達と映画を見る約束をしてた。いつもの癖で早めに家を出て、のんびりと駅までの道を歩いてたの。 そしたらいきなりすごい物音がしてアタシは振り向いた。その時には目の前にトラックがいて、アタシの意識はそこで途切れた。 気付いたらアタシは宙に浮いていて、でもって下にはグシャグシャに潰れたトラックとかお店があったの。野次馬だとか白衣のお兄さんだとか警察っぽい人とか、色んな人がいた。 訳がわかんなくてじっと見てたら、白衣のお兄さんが潰れたトラックだったものの下から何かを引っ張り出した。クチャクチャに潰れたそれは何なのか分からなかったけど、よーく見てたら……気付いちゃった。 それが着てる服。アタシのお気に入りだ。白くて可愛いワンピース。 それが握ってるバッグ。アタシのお気に入りだ。スヌーピーのストラップをつけたピンクのバッグ。 それは、アタシだった。 誰が見てもそれは死んでた。もうただの肉片。ゴミと同じだった。 意味が分からなくて、怖くて、震えてた。そんなアタシの耳に、鈴の音色が届いたんだ。 チリン―― どんな音よりも澄んでいて、騒がしい中でもその音だけはキチンと響いていた。 で、女の子がいたの。アタシの前に。 夜空色のワンピース。鈴のついた腕輪。黒い長い髪で、肌だけがやたらと白い。 「貴女は、この世界の真実を知る勇気がある?」 女の子はまた繰り返した。アタシが何も言えないでいると、女の子はため息をついた。 「貴女はすでに肉体が死している。魂は生にしがみついているけれど、それもじきに消える。そうすれば転生する事になるわ。これ以上の話を知りたい?」 「何……? 何なの? 死んだ? 誰が? ……アタシが?」 嘘……。嘘よ……。 だって、だって今日は映画を見て、マックでお喋りしながらお昼食べて、それに見たいテレビだってあるし、明日は漫画の発売日だし、再来週には試験だし……。 「嘘よッ!」 「……真実を知る事は事実を知る事よりなお辛いかもしれない。少しだけ時間をあげる。私の話を聞けるなら、私を呼んで」 そう言って、女の子はアタシに背中を見せた。アタシは独りになるのが怖くて、その服を引っ張っていた。 「……待って。独りにしないで」 「私も暇じゃない。たかだか肉体が死しただけの人間に構って、時を虚ろに過ごすわけにはいかないの。聞く? 聞かない? どっちなの?」 「……じゃあ、話して。何でもいい。話してッ!」 怖かったの。静寂が。死んじゃったって認めたくなくて、生きているって感じていたかった。話を聞いていれば、死んでいないって感じられると思ったの。 「そう。じゃあ、話してあげる。この世界の真実を」 そう言って、女の子は話し出したの。 「人間に限らず、全てのモノには生がある。生を帯びた魂が今の貴女。それが肉体を持つ事で生物になる。もしも生がそのまま何かに帯びれば、それが物となるわ。普通は生が尽きた時に肉体が滅び、魂だけとなる。魂は生と肉体の塊、貴女達の言葉で言えば胎児に宿る事になるわ。それが“転生”」 正直、アタシには女の子の話してる事が半分も理解できなかった。でも、止めなかった。止めたらアタシの中の何かが壊れちゃいそうで。それが、怖くて。ただ、怖くて。 「でも、時に貴女のように生を帯びたままの魂が肉体から離れる事がある。戻る肉体があるなら問題はないけれど、戻れない時は生が無駄に流出して……やがて純然たる魂になり、転生するわ」 アタシにも少しだけわかる事があった。それは、この女の子がアタシと違うって事。この女の子はアタシと違って、すごく存在感があった。アタシは吹けば飛ぶような頼りなさなのに、この女の子はすごく強くて、輝いていた。まるで台風でも飛ばない大木みたいに。 「私は死導者。死導者は生を喰らい、死を導く。死導者は姿形が個々に全く異なるけれど、共通する事は不死である事。本来なら食事は必要ではないわ。でも、生を喰らう。死導者は生を喰らう事で力を得、行使できるようになるの」 だからアタシはこの女の子と一緒にいた。雨風を大木にしがみついて避けるように。 「私は死喰い。名前はない。七祖を狩るのが私の役目。死導者は大きく七祖に分けられるの。七祖はそれぞれ八体の眷属を作り出した。それぞれの眷属が生を集め、父たる祖に生を届けるの。私がすでに二体の祖を狩り殺したから、残る祖は五体ね」 女の子は子供っぽい声なのに、すごく大人びていた。まるで何千年も生きてきたみたいに。ううん、今から考えればきっとあの女の子は本当に何千年も生きてるんだと思う。 「祖にとって人間は効率よく生を集められる餌に過ぎない。そして、生を集める事のみが死導者の娯楽。私はそれを阻止するために祖を狩っているの」 わかった? という風な顔で女の子はアタシを見た。アタシはポカンとしてて、何も言えなかった。 「……明日の夜、ここでまた会いましょう。今の貴女に必要なのは静かな刻。少し、自分で考えてみなさい」 チリン―― 気付いた時、もう女の子の姿はなかった。 で、今に至るわけで。流石にアタシももう落ち着いていた。現実はまだ受け入れがたいけど、確かにアタシは死んだ。もう、死んじゃった。 親が泣いてた。友達も泣いてくれた。クラスメートも泣いてくれた人がいた。嬉しかった。アタシはまだ、みんなの中で生きている。 でも、それもやがて風化しちゃう。アタシはみんなに忘れられてしまう。それは、怖い。でも、もう遅い。 チリン―― 「どう?決心はできた?」 女の子の声がして、アタシは振り向いた。下は光の海。その上で、アタシはまるで天使みたいだなって思った。 「今、この場で転生するか。僅かな生にしがみつき、今しばらくその身で過ごすか。どちらを選ぶ?」 アタシの答えは決まっていた。もう、お別れだ。 「ねえ、最期に聞きたい事があるの」 「……何?」 「あなたは孤独で、たった独りで、どうしてシドウシャなんてのを続けるの?」 女の子は困ったように首を傾げた。 「それは、貴女には答えられない。貴女には理解できないから。人間の身では私の存在理由なんて、とても理解できるものではないから」 「……誰にも理解されないで、誰にも気付かれないで、みんなに嫌われて。それでもあなたはそんな生活を続けるの?」 「……ええ。それが私の存在理由。この戯れを止めてしまえば、私は私でなくなってしまう」 女の子は微笑んでいた。なのに、とても悲しそうで。アタシが今まで見た事のないくらい、心を引き裂かれそうな微笑だった。 「じゃあさ、アタシからあなたにお礼。あなたに名前をあげる」 「え……?」 急な申し出に、女の子はさらに困ったみたいだった。 でも、アタシはこの子に貰ってばっかり。色んな知識、一時の暖かさ、そして、死の先。 だからアタシからもこの子に何かをあげたかった。すぐに消えてしまうアタシだから、少しでも永遠に無くならない何かを欲しかった。 「『アンジェラ』。天使の名前をもじった名前よ」 「……天、使。この、私が?」 「そう。アタシにとっては、アタシを天国に導いてくれる天使様だからね」 これでいい。アタシは天国に逝く。この世に未練はあるけれど。だけど、もう戻れないって知ってしまったから。だからアタシは……旅に出る。帰れない道だけど、逝かなきゃいけない。 「……ありがとう」 女の子は初めて、温かい人間的な微笑みを見せてくれた。釣られてアタシも笑っちゃった。 ひとしきり笑ったところで、アンジェラは真剣な顔になった。 「それじゃあ、聞くわよ。貴女はどんな道を選ぶ?」 アタシは息を大きく吸った。もう、迷わない。 「……お願い。アタシの生っての、あなたの一部にして。そうすれば、アタシは消えないから。あなたと一緒に、永遠になれる」 女の子は、ふっと笑った。 「……それは少し違うけれどね。人間の概念ならそう言えなくもないかもしれないかな。じゃあ、逝くよ」 女の子はアタシと唇を重ねた。ファーストキス。とっても、温かかった――。 チリン―― 生を失った魂が天を目指す。やがて舞い降り、それは生物となって蘇るだろう。 「……これが現実。現実はあまりにも辛く悲しく、なのに変えようがない存在。どうしてこうなってしまったのかな。どうして、こんな――!」 小さな涙の粒が、光の海に溶け込んでいく。 チリン―― |