犯罪者。つまりは、罪を犯した者。
 犯した罪は償わなきゃいけない。それは、当たり前だ。
 だけど。時に人は、犯していない罪まで、償いを求められる。


「主文。被告人を、懲役三年、執行猶予五年に処す」
 その言葉を聞いた途端、俺は目の前が真っ暗になった気がした。その後も判決の理由を続けていたが、俺の耳には入ってこなかった。
 これで、俺はもう、前科持ちだ。自分で望んだわけでも、願ったわけでも、俺自身が悪かったわけでもないのに、俺にはもう、未来がない。
「っくしょう……!」
 自然と、涙がこぼれた。何に対して泣いているのかわからないけど、とにかく涙があふれた。
 世の中の不条理に対して怒っているのか? それとも、自分自身に対して? あるいは、俺をこんな事件に巻き込んでおいて勝手に死にやがった男に対して?
 全ては、どうでもいい。どうせ、俺の未来は終わりなんだ。そう思うと、涙はますますあふれ出た。
「ちっくしょう!」
「被告人。静かにしなさい」
 裁判官に言われるまでもない。俺の感情は、それ以上は言葉にもなからなかった。声にならない涙を流し続ける俺に、できる事なんて何もなかった。

 罪状は業務上過失致死。トラックを運転していて、人を殺してしまった。それが俺の罪だ。
 だが、俺はその罪に納得がいかなかった。俺自身に非があったとも思えない。
 俺は普通に運転をしていた、それだけなんだ。そりゃ、寝不足ではあった。だが、この現代社会に寝不足でない人間なんて、いるのか?
 それが、隣を走っていた車が、いきなり俺の前によろめいてきやがった。後で聞いたところ、そいつは酒を飲んでいたらしい。俺はそいつを避けて反対車線に飛び出し、そこで、乗用車を潰してしまった。
 乗用車に乗っていた家族は即死。三人を殺した俺は、罪に問われる事になってしまった。
 俺が普通に運転していれば、俺は誰も殺す事はなかった。あいつが俺の前に飛び出してこなければ、俺は誰も殺す事はなかった。
 なのに、俺は罪に問われている。悪人とされている。俺が、俺が何をしたって言うんだ? どうして俺は、人生を壊されなければいけない?
 俺の何が、悪かったって言うんだ。車を避けずに踏み潰せとでも言うのか? それとも、車も避けて誰にも当たらず回避しろって? そんなの、誰ができる。誰が、殺さずに、済ませられたんだよ!

 ワンルームの狭苦しい部屋に寝転がり、俺はただ天井を見つめていた。何をする気力も起きない。夕食を作るどころか、食べる気すらも起きない。本当に、何もしたくなかった。
 嫁も子供もいない。それは、不幸中の幸いと言うのだろうか?
 交通事故を起こし、有罪判決まで受けた俺を雇うヤツなんているわけがない。かと言って、運転ができる以外には何の能力も持たない俺は、他の仕事を探す事もできない。
 俺は、もう終わりなんだ。
「何のための、法律だってんだ……」
 それを守る事で人々を幸せにするのが法律じゃなかったのかよ。それを守って、それで不幸になる人を生み出して、何が法律だ!
「もう、いっそ殺してくれよ。死刑にでもなりゃ、それこそ事故ん時に死んでれば、諦めもついていたのによ」
 生きている。だからこそ辛いんだ。未来があるから辛いんだ。
 死ぬって決まっていれば、未来がなければ、こんな苦しみは、ない。
「っくしょう! なんで生きてるんだよ、俺は!」
「まあ、ヤケになりたくもなるわね」
 ガバリと身を起こす。いつの間にか、部屋の隅に知らない女の子が座っていた。
「だ、誰だ? どっから入った?」
「んー、死神。そこから入った」
 女の子は、自分の後ろの壁を指した。
 見た目には高校生くらいにしか見えない。ただ、服装は半端な着物と白いミニスカートで、どうにも普通の子供には見えなかった。
 だが、そんな事はどうでもよかった。俺には、女の子の言った事の方が、気になった。
「し、死神?」
「そう、死神。正確には死導者なんだけど、まあ、どっちでも一緒ね。ただし、あたしは本物じゃなくて、部下って言うか、見習い? そんなのだけど」
「……はぁ?」
 言っている意味は、わからない。だが、とにかく普通の女の子ではない事だけはわかった。
 女の子は立ち上がり、俺の前まで歩いてきた。屈み、俺と視線を合わせる。
「まだ名乗っていなかったわね。あたし、ケイ。八番目の眷属で、称号は死徒。自称だけどね」
 真面目くさった顔つきで言う女の子を見つめ返し、俺は言った。
「……すまん、言っている意味がさっぱりわからん」
「でしょうね」
 女の子は腰を伸ばし、俺を見下ろした。
「あんたがわかるべき事柄は、あたしの名前がケイであるという事。そんだけ。オーケー?」
「お、おっけー」
 俺が頷くと、ケイは満足そうに頷いた。
「じゃ、本題。あんた、死にたいんだったわよね?」
「どうしてそれを、って、聞くまでもないよな。さっき、俺が言ったんだし」
「正解」
 歌うように言う。その調子に、俺はつい、笑ってしまった。
「つまりなんだ。あんたは死神で、死にたいと思っている俺の魂を貰いに来たとか、そんなのか?」
「不正解。あたしの趣味は魂の収集じゃないからねー。ただ、ちょっと聞きに来ただけなのよ。本当に死にたいのか。死ぬしか道はないのか。それとも、まだ可能性は残っているのか」
「回りくどいな。要するに、俺に生きろって言いに来たのか?」
「質問ばっかね。ま、半分くらいは正解ってところかな」
 なんだ、死神のくせに人に生きろって言いに来たのか? 変人だ。
「だったら帰れ。俺には生きてどうにかなるような、そういう可能性なんてもうないんだよ」
「んー。あたしは大人になる前に死んだから知らないけどさ、あんたって執行猶予、つまり牢屋に入らなくていいんでしょ? なのに、可能性なんてないの?」
 本当に、ガキなんだな。見た目のままに。
「いいか、ケイ。牢屋に入らなくたって関係ない。むしろ入った方が楽だな。外にいたって、前科者に仕事なんかない。仕事がなければ飯は食えない。飯が食えなきゃ生きていけない。つまり、有罪になった時点で、俺は死んだも同然なんだよ」
 ケイは何も言わず、じっと俺の目を見つめた。それがなんとなくムカついて、俺も見返してやった。
「……そーね。あんたじゃ、死ぬしかないかも」
 俺から視線を外したケイは、浅くため息をついた。
「あんたは生きるって事を理解しているように見えない。子供の方がよっぽど生きているわよ? できない事は、そりゃできないわよ。でも、できる事まで不可能って決めつけるような人は、生きる資格なんてない」
「俺のどこが決めつけてるってんだ? あんたみたいな、人間ですらないガキにゃーわからん、厳しい状況なんだよ。今の日本ってところは」
「そうなの」
 ケイは興味なさそうに言うと、俺に背中を向けた。
「どこに行くんだ?」
「帰る。あんたと話しても、無駄みたいだから」
 勝手に来ておいて、無茶苦茶な事を言いやがる。
 俺が何も言わずにいると、ケイの姿が消えた。俺はイライラした気持ちのまま、寝転んだ。
「俺のどこが悪いってんだ」
 汚い天井は、何も返してこない。

 何をする気力も沸かないまま、三日が過ぎた。飯もろくに食っていない。
 それでも動きたいと思わず、俺はごろごろと転がっていた。と、そんな俺に、聞き覚えのある声が降ってきた。
「あんた、マジで死ぬつもり?」
「ケイ、か」
 死神少女は、しゃがんで俺を見下ろしていた。
「人間ね。生きようと思えば生きられるわよ? なのに、どうして生きようとしないわけ? それとも本気で死にたいと思ってるの?」
 俺は答えなかった。答えるのも面倒になっていた。
「――殺してあげようか?」
 ぽつり、と。ケイは言った。
 俺が顔を上げると、ケイは、笑っていた。
「あたしが殺せば一瞬。苦しみなんてないわよ? なにせ、あたしは破壊のプロだからね。人の命なんて、刹那で飛ばせるわ」
 ケイは懐に手を入れた。取り出したのは、見た目にはただの木片。ちょうど、握りやすい形になっている。
「選択肢をあげるわ。生きるか、死ぬか。今みたいな、死んだような生なんてのは認めない。どっちかよ」
「何の冗談だよ、今さら」
「冗談じゃないわよ」
 ひゅっと空気を切る音。ケイが手を動かすと、テレビがまっぷたつになった。
「って、え?」
「言ったでしょ、冗談じゃないの。死ぬか生きるか。イエスかノーか。どっちがいいかって聞いているのよー?」
「な、そ、そんな無茶な!」
「人生の選択肢って、けっこー無茶ばっかでしょ。家族を殺すか、酔っ払いを殺すか、みたいにね?」
 じゃあ、なんだ、俺は、死にたくなければ真面目に生きるしかないって言うのか?
 だが、いや、待て。俺には真面目に生きようにも、生きるだけの資格がない。力がないんだ。
 罪を犯した事になっている俺は、俺には、何もできないんだ。どうすりゃいいって言うんだよ!
「そう。生きようとしてもダメ。でも、そうしないと死ぬ。どっちにしたって死ぬのよ、あんたは」
 でも、とケイは続けた。
「その前に、自分で決めていいって言ってあげたの。今すぐ? それとも後で? どっちでもいいわよ、どっちにしろ、人間なんて死んじゃうもんなんだからさ」
 俺は、答えられない。答えられるわけがない。
 迷う俺にイラついたように、ケイは眉をひそめて言った。
「面倒だから、死んじゃう?」
 チリン――
 ケイの手が、動いた。

 目を開くと、視界に入ったのは汚い天井。
「……あれ?」
 体を触る。そこには間違いなく体があった。
 俺は、じゃあ、生きている?
「よかったわね」
 振り向くと、ケイがにこやかに笑って立っていた。
「まだ生きている。なら、生きられるわね?」
「は? あ、いや、なんで俺は――?」
「あんたが生きようとした。だから、あたしの剣じゃあんたを殺せなかった。それだけよ」
 くすりと笑い、ケイは付け加えた。
「死神の鎌はね、生きようとする人には通じないのよ?」
 じゃね、と軽く手を挙げ、ケイは姿を消した。俺は、ただ呆然とケイの立っていた場所を見つめていた。
「生きようとする人には、通じない」
 はは、どこまでもオカルティックだ。常識から外れすぎている。
 けど、なんだか、それが真実であるように思えた。
「じゃあ、心の底では、俺はまだ生きようとしているって事か」
 自分の手を見つめた。無骨な手を握る。
 まだ、なんでもできるような気がした。
 現金なもんだ。何が俺をここまで変えられるんだ? まるで、魔法みたいだ。
「あー、くそ、腹ぁ減ったな」
 体を思い切り起こす。とりあえず、飯でも食いに行こう。
 明日からは、就職活動だ。


 男が小さなアパートから出て行く。その後姿を、桜色の少女は見つめていた。
「上手くいったようね。なんとか、生きる力が沸いてきたみたいよ」
 その隣。黒色の死導者は、桜色の少女を見上げていた。
「ちょっと強引だったからどうなるか自信がなかったんだけどね、上手くいってよかったわ。でも――」
 桜色の眷属は主を見つめ、ため息をついた。
「できれば、アンジェラの力は借りたくなかったなー。アンジェラ、ちょっとだけあの人の心に割り込んだんでしょ?」
「何の事かしら」
「……まあ、いいけど」
 眷属は小さくなった男の背を見た。
「最終的には、あの人が生きられればいいんだから」
「それは、まだわからないわ。彼が懸念していたように、世界は彼を拒否するかもしれない」
「大丈夫よ。生きようと思ったら、どんな状態だって人は生きられる。死導者やってると、そう思うわよ。だいたいそんなの、アンジェラのが詳しいでしょ?」
 くすりと笑い、死導者は男に背を向けて歩き出した。
 眷属も、そっとその後を追う。
「生き難い。けれどそれは、絶対ではない」
「絶対なんて、そうそうありゃしないわよ」
「そうかも、しれないわね」
 ふたりの少女は、日も暮れかけた町並みに溶け込んでいった。
 チリン――



戻る