|
使えるものは、使わなきゃ。 使えるものを使わないなんて、損だし、馬鹿げている。 私はそこまで、馬鹿じゃない。 「ねえ、あれが欲しい」 「ん? どれだ?」 金星君は、私の指差す方向を見た。端正な顔立ちは、横から見ても素敵だと思う。 ショーウィンドウに飾られているのは、ブランド物のバッグ。私の好きなブランドの品で、五十万まであと少しで手が届くというほどの高級品。 金星君はそのバッグを見つめ、次に値札に視線を移し、最後に私と目を合わせた。 「これの事か?」 「そう。ねえ、お願い、か・ね・ぼ・し・君?」 上目遣いで見つめると、金星君は首を縦に振ってくれた。 「いいぜ。まみが欲しいんなら、何だって買ってやるさ」 「ホント? 嬉しい、ありがとー!」 私は思い切り抱きついた。がっちりした体は、抱き締めると硬い感触が返ってくる。それを、ますます強く抱き締めた。 「まみ、みんなが見てるぜ」 「いいの。これが私なりの、愛情表現なのだ」 そう、これは愛情表現。 ただし、お金に対する、だけどね。 私はハンドバッグを、金星君はバッグの入った紙袋を片手に、道を歩く。もちろん、腕を組んで。 金星君は優しい。私の頼みはどんなものであろうと断った事がないし、ねだれば何でも買ってくれる。羽振りの良さは、一流企業の重役レベル。これだけの相手を捕まえた私は、本当に運がいいと思う。 つらつらと考えながら歩いていると、ふと、おなかが減っていると気がついた。 「ねえ、そろそろお昼にしない?」 「ん、そうだな、もうそんな時間か。じゃあ、どっか適当な店に入るか。何が食べたい?」 普通に好きな相手なら、あなたが食べたいのーとか言うところ。けど、金星君が相手だったら、そんなためすような真似は必要ない。 「そうねー」 通りを見渡す。と、ちょうどいい店が視界に入った。 雑誌でも紹介されていた、ちょっとばかり有名なパスタのお店。味はいいけど値段も高く、行列なんかはできない、高級店だった。 「ね、あそこにしよ」 「あれか。有名なのか?」 「ん、前に雑誌で紹介されていたの」 「へえ。じゃあ、そこにするか」 何のためらいもなく、金星君は歩いていく。その様は、カッコいいと思う。 お店に入ると、落ち着いた雰囲気の店内は、それなりに混雑していた。けれど、さすがの高級店と言うべきか、待つ必要はなさそうだった。 「いらっしゃいませ。お客様は、二名様ですか?」 すぐさま店員がやって来る。それに、金星君が応じた。 「おう、そうだ」 「では、こちらにどうぞ」 店員に案内され、私たちは店の奥、窓際の席に座った。 ちらりと周囲を見てみる。どの席にも、金持ちそうな、悪趣味な連中ばかりが座っている。金を持っている人間は悪趣味な人が多いように思うのは、私だけなのかしら? その点で、金星君は違う。お金があるだけでなく、センスもいいし、何より顔がカッコいい。はっきり言って、ファッションモデルなんかと比べても、そん色がないくらい。 頭もいいし、まさに何でもできる超人って感じがした。 「さて、何にするかな?」 金星君を真似するように、私もメニューを手に取った。 少しだけ時間を使って選び、店員を呼んで注文する。それだけの動作を終えると、私はコップの水を少しだけ飲んだ。 「ふう。少しだけ疲れちゃった」 「大丈夫か? 無理すんなよ」 「だーいじょうぶよ。心配しないで」 言って、私はふと思った事を口にした。 「そういえば、私が金星君に出会って、まだ二ヶ月しか経ってないんだよね……」 「そうだっけか? そうか、まだ二ヶ月か」 そう。私ですら、そう思う。まるで、もう何年も一緒にいるみたいだと。 あるいは、何年も前に出会いたかったと思うから、そう感じるのかもしれない。 私は今まで、色々な男と付き合ってきた。どれも金だけはそれなりにあったけれど、品性がなかったり、頭が悪かったり、暴力的だったり。中には変態的な趣味をもっているヤツまでいた。 でも、金星君は、違った。ここまで完璧な、私に相応しい人は初めてだった。 「ねえ、金星君。金星君は私の事、どう思ってる?」 コップに口をつけていた金星君は、それを置き、私をまっすぐに見つめた。 「好きだよ。それがどうかしたか?」 「好き、って、どのくらい?」 「どのくらい、って言われても比べようがないな。俺が今まで好きになった人は、まみだけだからさ」 金星君は、テーブル越しにそっと私の髪に触れた。 「優しい顔立ち。暖かな心。この綺麗な髪も含めて、俺はまみの全てが好きだからさ。だから、どのくらい、とか、どこが、とか、そういう質問には答えられねえ」 これが、金星君の唯一の欠点。見る目がない。 けど、だからこそ私は金星君と一緒にいられるわけで、私にとってそれは、最高に幸せな事。 だから、そのくらいの方が、丁度いい。 夕方になると、私は金星君と別れた。 本当は夕食もおごってくれた方がよかったんだけど、何か用事があるとか。なら、無理強いはできない。 せっかくの上玉。下手に扱って、逃すなんてバカみたいな真似はしない。 夕方の電車は、立っている人はいないくらいの、程よい混み具合だった。三人がけの座席に座り、電車に揺られながら、私の気分は最高に良かった。 「ねえ」 私の隣に座る女の子が口を開く。私は、その言葉を聞くともなしに聞いていた。 「私は、彼と付き合わない方が良いと思うわ」 「あー、あたしも」 隣を見ると、私の隣に座っている夜空色のワンピースを着た女の子と、桜色の着物を着た女の子、ふたりともが私を見ていた。 「何? もしかして、私に言ったの?」 「そーよー。他に誰がいるのよ」 桜色の方が答えた。 私は、その顔をじっと見つめる。見た目には高校生くらい。よくよく見れば、着物にスカートなんていう、変な格好だった。けれど、私の知り合いでは、なかった。 次に、夜空色の女の子を見る、見た目には小学生くらいだけど、どこか大人びたような、落ち着いた雰囲気があった。もちろん、こっちも知り合いじゃない。 「誰、あなたたち? 金星君の知り合い?」 「カネボシ? ああ、そう名乗ってるんだ」 「何よ、金星君の知り合いでもないの?」 私が聞くと、代わりに夜空色が答えた。 「知り合いよ。長い付き合いだわ」 「彼女……じゃ、ないわね」 さすがに、小学生と付き合う人はいないだろうから。 「私は、彼という人物を知っている。彼は、決して人と交わるような性格ではない。その彼が貴女と一緒にいるのは、本当に変な事なの。何か、裏があるはずよ。今ならまだ間に合うかもしれない、早々に、降りるべきだわ」 「なんでそんな事を、見ず知らずの人に言われなきゃならないのよ」 言って、私はふとした思いつきを口にした。 「もしかして、あんたたちも金星君を狙っているの? ダメよ、彼は絶対に私のモノなんだから」 そう、誰にも渡さない。あんなに便利で尽くしてくれる男なんて、そうそういないんだから。 「あいつを狙う? あたしらが?」 桜色は笑いをこらえたような顔で言った。そして、顔の前で手を振る。 「ないない、それはない。絶対に。あんな傲慢、あたしのタイプじゃないって」 「傲慢? 彼が?」 こいつらの目は節穴ね。これじゃ、彼氏もできなさそうだわ。 「ま、忠告はしてあげたからね」 桜色が立ち上がると、夜空色も私をチラ見して、席を立った。 「真実は、見つけがたいものだわ」 ちょうど、電車が駅で止まった。桜色と夜空色は、振り返らずに降りていった。 「もう、何なのよ」 せっかくの最高気分は、台無しだった。 夜風が、私の髪を優しく揺らす。夜ともなると、最近は少し肌寒いくらい。けれど、金星君と触れ合っていると、寒くはなかった。 公園の芝生に座り、私と金星君は夜景を眺めていた。これだけは、お金で買うものじゃないって思う。 「ねえ、金星君」 声をかける。けれど、金星君は返事をしてくれなかった。 顔を上げると、金星君は、眠そうな目で夜景を眺めていた。 「どうしたの、金星君? 疲れているの?」 「ん? ああ、そうだな」 金星君は夜景に目をやったまま、答えた。 「そろそろ飽きたな、こいつ。そう思っただけだ」 「飽きた……?」 金星君が、私に視線を移す。 瞬間、体がぞくりと震えた。 今までの金星君とは違う。そう、一瞬で感じた。 私の知る金星君は、優しくて暖かくて、そして、おひとよしでもあった。 なのに、この目は違う。冷たくて怖くて、まるで、私を人として見ていないような、そんな眼差し。 「ど、どうしたの、金星君?」 声が震える。それが、止められない。 「別にどうもしねえ。単純に、そろそろ飽きたなって思っただけだよ。何度も言わせるな」 「な、何に?」 「決まってるだろ。テメエだ」 金星君は立ち上がった。私は力なく、芝生の上に尻餅をついたまま、見上げる事しかできなかった。 「テメエは、人間としてはクズの部類だ。男を使い捨て、ただ自分のためだけに生きる。どこまでも傲慢で、バカだ。ま、そういう女にほれ込んだ男もバカって言えるけどな」 ポケットに手を突っ込み、頭をかく金星君の声は、何の動揺もなかった。心の底から思っている事を、ただ口にしている。それだけだった。 「実はよ、テメエが前に捨てた男、そいつに会ったんだ。泣き言を言いやがるもんだから、俺様が話を聞いてやったんだよ。暇だったからな。そしたら、テメエに貢ぎすぎて、金をなくしたから死ぬって言いやがった」 それがどの男なのか。私には、判断できなかった。 「死ぬのは構わねえ。人間が生きようが死のうが、俺様には関係ないからな。けどよ、テメエみたいな奴をからかうってのは、ちっとばかり興味が沸いてよ。ま、暇潰し程度にやってみたんだが……」 肩をすくめ、金星君は言った。 「やっぱし性に合わねえや。飽きたし、俺様は今までに戻るぜ」 「ひ、暇潰し?」 この私が。この私が、男に遊ばれていたって言うの? そう思ったら、段々と腹が立ってきた。私は何の損もしていない。けれど、バカにされているっていう事実が、最高にムカついた。 「な、何よ! ふん、あんたみたいな男、こっちから願い下げだわ! さっさとどこにでも行きなさいよ! もう私の目の前に現われないで!」 「おう、そのつもりだよ」 私に背中を向けた金星君は、ふと思い出したように、振り向いた。 「何よ! まだ何か用!?」 「いや、せっかくだから教えてやろうと思ってよ。実はな、俺様は人間の金は持ってねえ」 「――は!?」 さげすんだ眼差しで私を見やり、金星は言った。 「いや、だから、俺様が使った金は、ありゃ俺様が稼いだ金ってわけじゃねえ。消費者金融……だったか? 要するに借りた金って事だよ。テメエの名義で」 「私の、名義で?」 「そうだよ。三ヶ月で返すって契約だったはずだから、そろそろ金ぇ返せって話が来るんじゃねえか? ま、俺様にはどうでもいい事だけどよ」 そうだ、と呟き、金星はポケットから何かを取り出した。 その、紙状の何かを、私に投げてよこす。 それは、保険証だった。ここ何ヶ月かは風邪も引いてなくて、ずっと使わずにタンスに入れてあったはずの、カードだった。 「借り物だ、返すぜ」 言って、金星はニヤリと笑った。心の底から楽しそうに、笑った。 「う、そ……?」 私の名前でお金を借りた。 他人の保険証でお金を借りられる場所なんて、そうそうない。そんなの、闇金融に決まっている。それも、とびきりヤバイところ。 私が金星にねだって買ってもらったものって、全部でいくらになる? 「じゃあな」 言い残し、金星は夜闇の中に消え去った。 私の体から、力が抜けていく。徐々に、少しずつ、私の中に絶望が満ちてくる。 「嘘、でしょ?」 答えは、なかった。 景色の良い公園を、ひとりの男が歩く。と、その前に、ふたりの少女が立ちはだかった。 男は少女たちの顔を見つめ、嫌そうに顔を歪めた。 「テメエらか。何か言いてえのか?」 「言いたい事なら山ほどあるわよ」 応じたのは、桜色の眷属。男を親のかたきのような目で見つめた。 「あんたさ、どういうつもりなのよ。あれだけ人を不幸にして、楽しいの?」 「別に殺しちゃいない。契約には反していないだろうが。俺様は、あいつがやっていた事をちょっと真似てやっただけだぜ?」 腕を組み、男は言う。 「最初は暇潰しのつもりだったんだがな。やはり人間ってのは性に合わん、連中は一緒にいるだけでイラつくだけだ」 怒りに拳を震わせる眷属を手で制し、夜空色の死導者は前に出た。 「ルシフェル。私は、貴方の行いは認めがたい。彼女は決して善良なだけの人物ではなかった、けれど、貴方のやり方が正しいわけでもない。それでも、私には貴方の行いを否定する権限なんてない」 「当然だな。気に入らないから戦うってんじゃ、テメエの理念に反するからなぁ?」 いやらしい笑みを浮かべ、傲慢なる死導者は言った。 「俺様とテメエらは、考え方からして相容れない。もう俺様に会いに来ない方がお互いのためだぜ? 気に食わない奴と一緒にいても、ムカつくだけだろ」 「そうね、道理だわ」 夜空色の死導者は眷属を見上げると、傲慢なる死導者に背中を向けた。眷属もまた、死導者をにらみつけ、同じように背中を向ける。 その背中に向けて、男は叫ぶように言った。 「アンジェラ! ひとつだけ言っておくぜ」 ぴたりと、ふたりの動きが止まる。けれど、振り返る事はしなかった。 構わず、男は言う。 「生きていれば幸せが手に入るかもしれない、なんてのは幻だぜ。人間は、救われるようにはできてねえ」 「そんなもの、とうの昔に知っているわ」 チリン―― 少女たちの姿が消えると、残った男は頭をかいた。 「さてと。どっかで昼寝でもするか」 暇を持て余した男もまた、姿を消した。 チリン―― |