こんな能力、欲しいと思った事は一度もなかった。
 あっても邪魔なだけだった。
 僕がこの能力を得た意味なんて、ないってずっと思っていた。



 カンペキに道に迷ったね。これは。
 周囲を囲むのは壁・壁・壁。住宅街のど真ん中で、僕は行きたい家がどれなのか全くわからなかった。
 これは困った状態だね。約束の時間まではまだ少しあるけど、どうしようもない。こんな事なら、携帯を充電しておけばよかった。肝心な時に、電池切れするとはね。しかも、通りを歩く人はなしときた。
「あれ?」
 ふと顔を上げると、少し先に女の子が立っていた。真夏に夜空みたいな色のワンピースを着た、色白の女の子。
「ねー、君。ちょっと道を聞きたいんだけど」
 僕が声をかけたら、女の子は物凄く驚いたように目を見開いて僕を見た。
「貴方……私が見えるの?」
「ふぇ?」
 ああ、この子……お化けか。
「ああ、見えるよ。昔っからさ、お化けとか見えるし話せるし触れるし。普通の人と区別がつかないんだよね」
 そう。僕はいわゆる霊感少年ってのだ。昔は他の人から見たら何もないとこに話しかけたりしてたから、変な人って思われていた。
 最近は結構、お化けと人間の区別もつくようになったんだけどね。お化けってさ、存在感が薄いって言うか……ちょっと感じが違うんだよ。この子は存在感あるし、人間だと思ったんだけどなあ?
「……霊的能力者。久しぶりに会ったわね」
「へえ? って事はお化けになって長いの?」
「私は、霊ではないわ」
 チリン――
 女の子がくるりと回った。その手にはいつの間にか剣が握られている。
「変わった事が出来るんだね?」
「だから! 私はお化けではないの。私は死導者。死を導く者。名は、アンジェラ」
「死導者?」
 聞いた事ないな……。お化けにも種類があるのかな?
「貴方、理解していないでしょう」
「うん……その死導者ってのはお化けと違うの?」
 アンジェラって名乗った女の子は深くため息をついた。
「死導者は生を喰らい、死を導く。霊は生に守られた魂の事。存在そのものが違うの」
「ふーん……」
 ま、僕には関係ない話って事だね。要するに。
「でさ、田崎って家、知らない? この辺りの筈なんだけど」
「……知らないわ。私はいつもここにいるわけではないのだから」
「そっか。ありがと、自分で探してみるよ」
 知らないのでは仕方ない。
 立ち去ろうとした時、誰かが僕の服を引っ張った。誰かってひとりしかいないけど。
「……何?」
「貴方、いつ頃から霊魂が見えるようになったの?」
「……とりあえず、歩きながら話していいかな?」
 アンジェラが頷くのを見てから、僕は歩き出した。アンジェラは僕の横をちょこちょこと付いて来る。
「僕がお化けを見えるようになったのは……11年前かな。僕が9歳の時だよ。交通事故に遭ってさ、幸い軽症だったらしいんだけど。その時からだよ。僕がお化けを見えるようになったのは」
 あの頃は大変だったな。だってさ、大人は誰も僕の言う話を聞いてくれないんだもの。
 病院の中はお化けばっかだったからさ。あっちにいるだの、こっちにいるだの、言っても誰も信じない。だんだんと僕もそれが人間じゃないってわかってきた。
 お化けの話を聞いてそれが死んだ人って知って。それからはお化けを見ても、出来る限り他の人と同じような行動をするようにした。
「……私はこれまで、何人かの霊能力者を名乗る人間と出会った。その中でも私を見る事が出来たのはたったの3人。私と話が出来るのは1人しかいなかった。貴方ほどの高い能力は自然と得られるものではないの。何かしら、魂に影響を受けない限りは。心当たりはない?」
「だから、たぶん事故のせいなんだろうけど……」
「どういう事故だったの?」
 はっきり言うと、あんまし覚えていないんだよね。何だか事故の前後がクラクラしててさ。
「追突事故だよ。父さんの運転する車に乗っててさ、トラックに後ろから追突されて。ちょうど前にもトラックがいて、押し潰される感じだね。ま、あんまり記憶にないけど、ひとつだけ覚えている事がある」
 とっても不思議な体験。今から思い出しても、夢だったのか、現実だったのかわからない。
「白い、影が見えたんだよ」
「影……?」
「そう。身長はちょうど君くらいの、女の子の白い影」
「え……!?」
 アンジェラが目を見開いた。……何か変な事、言ったかな?いや、確かに何もかもが変な話なわけなんだけどさ。
「貴方、まさか聖なる母に会ったの……?」
「せいなるはは。よく知らないけど、そういうのかもしれないな」
「まさか……。いや、確かに母に会ったのなら頷ける。それほどの力を持っていて当然……いえ、更なる力を持っていてもおかしくない」
「あの、さ。あの白い影ってのがそんなに問題なの?」
「……ええ。聖なる母はあらゆる死導者の祖。七祖や私も、母には絶対に敵わない」
 あの影ってそんなにすげーもんなのかな? いや、よく覚えていないんだけどね。
「……なるほど。わかったわ。ありがとう、もういい」
 アンジェラが軽く地面を蹴る。フワリと体が浮いていく。
「さようなら、聖なる母に愛されし者」
 チリン――
 いつの間にか、アンジェラの姿はなかった。
「……何だったんだろな?」
 変な子だ。
「あれ? 今、何時だ?」
 えーと……。
 げ。
「やばい! 時間がない!?」
 僕は超ダッシュで、家を探し出した。

 気持ち悪い……。やっぱし飲みすぎた……。
 田崎先輩、酒好きだからなあ……。覚悟はしてたけど、ここまでとは……。
 田崎先輩は僕の先輩であり、姉であり、妹だ。事故で両親を亡くした僕は親戚の家で育った。ただ、あんまり裕福な家じゃなかった。子供がいないから僕を可愛がってくれたけど、お金の事は心苦しかった。だから、高校に入ってすぐにバイトを始めた。
 そのバイト先にいたのが田崎先輩。僕よりも3つ上で、だけどすごく純粋で子供みたいな人。先輩は僕に仕事を教えてくれた。それ以外の色んな事も教えてくれた。だけどどこか危なっかしくて、僕が世話した事も何度かある。そんな関係。
 うーん……。考え事をしても気持ち悪いのは変わらないなあ……。電車の揺れも気持ち悪い。でも、幸いにして僕が降りる駅は次だ。降りたらホームで少し休もう……。
「ん……?」
 隣の車両から紅いワンピースの女の人が入ってきた。
 感じからして、こりゃお化けだな。顔もやけに白いし、生気が宿ってない。
 ちょうど電車は空いていて近くに人はいないし、これなら独り言を言っても大丈夫かな。
「君さ、うろうろしていても仕方ないからさっさと天国に行きなよ」
「え……?」
 女の人がこっちを見た。目が怖いっての。
「見え、るの?」
「そ。現役バリバリの霊感少年。この世に未練があるのかないのか知らないけど、こんなとこにいても楽しくないでしょ? 早く天国に行った方がいいよ」
 女の人はしばらくボーっとしてた。信じられないのかな。
 電車がホームに滑り込む。ああ、降りなきゃな。
「じゃあ僕はここで降りるから。早く逝きなよ。お化けはこの世にいても、何もできないんだから……」
 電車から降りる。ホームの人もまばらだ。
 ふと、振り返ってみる。僕の後ろには紅いワンピースの女の人がいた。
「……なんだ。降りたの?」
「あなたと少しお話したくてね」
 仕方ない、か。
 僕はベンチに座った。女の人も隣に座る。
「……あたしね。これでも生きてる頃は男の人に人気があったんだ」
「へえ?」
 そういやよく見ると美人かも。さっきより顔に生気が戻って、人っぽい顔になったしね。
「で、あんまり人気すぎて。ちょっと他人の彼氏にちょっかい出したら、殺されちゃった」
「そりゃ君が悪い」
「うん……、それは知ってるの。でも、殺された頃はそれが憎くて。それで、あたしはまた過ちを繰り返した」
「……何をしたの?」
 女の人は言いにくそうにしていた。けれど、やはり話す事にしたみたい。ゆっくりと口を開いた。
「あたしね、気付いたの。こんな身体でも、死期を早めれば人を殺せるって事。それで、あたしを殺した人を憎み続けた。その人はもうすぐ死ぬと思う。死に際まで目に見えそう……」
 女の人は目を閉じて上を向いた。
「ちょうどその人は恋人とお酒を飲んで寝ている。部屋には趣味のキャンドルがあるの。それがあたしのせいで倒れる。それで家が火事になって、その人は死ぬの。もう、手遅れだと思う」
「……どうしてそう思うんだ?」
「え?」
「まだ死んでいないんだろ? だったらまだ間に合う! 行こう。その人を助けなきゃ」
 何故かわからない。ただ、身体が言うんだ。動かなきゃいけないって。
「うん、わかった」
 女の人も立ち上がる。ちょうどホームの反対側に電車が来た。僕と女の人はそれに飛び乗った。

 僕と先輩が付き合いだしたのはちょうど半年前。その数週間くらい前に、先輩は前の彼氏に振られたとかですごく落ち込んでいた。
 先輩はすごく良い人で、すごく純粋で、だから僕も一生懸命になって励まそうとした。そして、いつの間にか付き合っていた。
 電車が駅に到着する。さっき僕が乗ったばかりの駅。
 駅員と揉めつつも改札を出て、外に飛び出る。女の人が先導するままに僕も走った。
 右、まっすぐ、次を左。
 ついさっき通ったばかりの道。嫌な予感だけが募る。先輩、無事でいて下さい!
「あの家だよ!」
 僕は、先輩の家の前にいた。すでに火が回り、野次馬がバケツリレーをしている。消防車はまだいない。
「すみません! この家の人は無事でしたか!」
「見ていない! けれど、火が回ってそれどころじゃないんだ!」
 バケツを渡しながら男の人が言う。それじゃあ、先輩はまだ中に――!?
 気付いたら僕は男の人のバケツをひったくって、水をかぶっていた。
「お、おい! まさか中に!? 危ないから止めるんだ!」
 誰かが叫ぶ。そんな事、僕にはどうでもいい!
 僕は燃える家の中に飛び込んだ。先輩がいるのは……どこ!?
「たぶん、2階の自分の部屋よ!」
 お化けの言葉に従って僕は階段を駆け上がる。先輩の部屋は、階段を上がった正面だ!
 扉を開けるのももどかしくて、蹴破って中に入った。先輩が、倒れている。
「先輩! 僕です、大丈夫ですか!?」
 先輩を抱き起こす。意識がないみたいだけど、息はしている。目に見える怪我もない。よかった……。
「きゃあ!?」
 女の人のお化けの声がした。僕が振り向くと、部屋の入り口まで火が迫っていた。
「くそッ!」
 これじゃあここから出られない、か……?
 チリン――
 燃え盛る炎。混乱する頭。だけど、その鈴の音は静かに、綺麗に、僕の耳に届いた。
「君、は……アンジェラ?」
「私が力を貸すわ。窓から飛び降りる。私の手を握って!」
 僕は先輩を背負い、黙ってアンジェラの手を握った。アンジェラが床を蹴りぬく。途端、僕は夜空を舞っていた。
「うわッ!?」
 気付いた時には、僕は先輩を抱いたままコンクリートの道路に座っていた。


 あの後、すぐに消防車と救急車が来てくれた。僕は先輩と一緒に救急車で運ばれた。僕も先輩も軽症で済んだらしい。ちなみに、後で無茶をするなって消防署の人に怒られちゃったよ。
 原因はキャンドルだって。女の人が言った通りだった。
 病院のベッドの上で、先輩はいつも通りの無邪気な笑顔を僕に見せた。精密検査が必要らしく、今晩は僕も先輩も病院泊まりだ。
「助けてくれてありがとう」
「……偶然ですよ」
 田崎先輩は元気そうだった。本当に、よかった。
「ねえ、どうして戻ってきてくれたの?」
「ん、それは……」
 あの女の人の言葉が正しいなら、あの人は先輩が殺したんだ。
 警察の影もないから、もしかしたら先輩はあの女の人の死体をどっかに埋めて、まだバレていないのかもしれない。
 普段の先輩からすれば殺しなんて考えられない。先輩の中にもそんな黒い感情があるなんて。
 それを知って、僕はどうすべきなんだろう。そんなの、決まっている。
「……偶然です」
 そう言って僕は微笑んだ。
 先輩が言わないなら、僕はまだまだって事だ。先輩が自分から言い出すまで、僕は黙っていればいい。どうせお化けに聞いたって言っても、誰も信じないだろうしね。
 これは、僕と先輩だけの秘密――。


 夜空高く、少女と女性が浮いている。
 チリン――
「間に合ったみたいね」
「そうね。ありがとう、あなたが来てくれなかったら、あたしはふたりを殺すところだったわ」
「そうね。貴女は最期に運が良かった」
 チリン――
 少女の手に剣が握られる。あらゆるものを断ち切る力。
「さあ、貴女に選択肢をあげましょう。生尽きて新たな生を得るか。なお現状にしがみつくか」
「決まってるわ。あたしを殺して。次の生は、もう少し人に恨まれない生き方をするつもり」
「……それが良いかもしれないわね」
 少女が剣を振り上げる。どうせ全ては、いつか終わってしまう。
 チリン――



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