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俺は軽薄だった。何事にも、本当に軽薄だった。 今ならわかる。それが、どれほどのものだったのか。 もう、手遅れかもしれないけど。 「だからー、そうじゃなくって。お前って本当にバカだなー」 深夜の町は、静かだ。俺の声がよく響く。 コンビニの帰り道、俺は携帯電話を片手に歩いていた。 「ああ? どんだけ説明させるんだよ。ったく、課題くらいさ、ひとりでやれよなー」 言いつつも、俺だって協力してもらう事もあるけどな、なんて思う。そのあたりは、おあいこだ。 「あ……」 電話に夢中になっていて、ふと顔を上げると、信号が赤になっていた。けれど、まあいいか、と思い直して歩き出す。どうせ、こんな夜中に走っている車なんてない。 「何度も言ってるけどー、実験のデータを二十倍してだな、」 振り向いたのは、なんとなくだった。あるいは、耳の捉えた異音が、俺を振り向かせたのかもしれない。 目の前に、迫るトラック。運転手と視線が合う。 運転手は慌ててハンドルを切り、トラックは、俺の鼻先をかすめて曲がった。ギギイ、と嫌な音を立てるトラック。俺をギリギリでかわしたそれは、途中で横転し、道路に火花を散らした。 『おい、どうしたんだよ、今のスゲー音って何?』 電話の声が、遠くに聞こえる。俺には、目の前の光景が信じられなかった。 トラックの運転手は降りてこない。普通なら俺に文句のひとつも言ってきたくなるだろうに、それすらもない。何もない。 「あ、ちょ、え?」 体が震えた。それが手に移り、足も震える。 それでも、ゆっくりと歩み寄った。運転席を、覗き込む。 運転手は血にまみれていた。薄っすらと開いた目、ボロボロの体。その口が、ゆっくりと動く。 カチカチカチ。 歯の根が、かみ合わない。全身の震えが止まらない。 違う、俺が、俺が悪いんじゃないんだ! 『おーい、聞こえてるかー? もしもーし?』 能天気な声が俺を呼ぶ。けれど、それに答える事はできない。反応ができない。 「ち、がう、んだ」 のどが渇く。血が沸き立っているような感覚がある。 「違うんだよ!」 その場に立っているのも嫌になった俺は、逃げ出すように走り出した。後ろは振り返らない、振り返れない。 チリン―― 誰かの声が聞こえたような、そんな気がした。 朝一で新聞を読みふけり、それでも足りなくて、俺は駅で新聞を買って、それを喫茶店で読んだ。 いくつかの新聞を読んだけど、昨日の事故に関して大きな扱いをしているところはなかった。警察は、完全な自損事故として調査しているらしい。 ひとつだけ、気になった事と言えば。 「死亡……?」 運転手は、死んだという事。運転手は三十手前で、今までに事故を起こした事はないという。それでも自損として調査されているのは、猫か何かのせいとでも思われているのかもしれない。 まず、よかった、と思った。誰かの責任となれば、俺にも調査の手が及ぶ。そうしたら、まるで俺が殺したようなものだ。そうなったら、寝覚めが悪い。 友達には、昨日の間に何もなかったと言っておいた。たまたま暴走族が走り抜けた、とも言ってある。完全に信じたかどうかまでは知らないけど、疑っているようには見えなかった。 俺は助かった、けど、死んだというのは、さすがに良心が痛んだ。 「――仕方ないよな。俺が悪いわけじゃない、よな」 自分に言い聞かせるように呟く。そうだ、俺が悪いわけじゃないんだ。 「本当に?」 ドキリと心臓が跳ねた。顔を上げると、俺のテーブルのところに、夜空色のワンピースを着た小学生がたたずんでいた。その後ろには、高校生くらいの、着物を着た女の子も立っている。 「席、いいかしら?」 返事を待たず、女の子たちは俺の前に座った。そして、俺を見る。 「貴方は、自分が悪くないと、本当にそう思っているの?」 「な、何の話だ?」 「事故に決まってるでしょーが。それとも何? あんた、普段からそんなに悪い事ばっかしてるの?」 心臓が、ますます早く動く。すでに、痛いくらいに跳ね回っていた。 「あんたが信号無視をしなきゃ、あの兄ちゃんは助かったの。そこんとこ、理解してるの?」 「俺、は、何もしてない。何の事だ? ぜんっぜん、理解できないな」 そうだ。警察だって動いていないのに、こんな女の子を怖がる必要なんてない。 警察だって? 急に、頭が回りだす。止まっていた脳みそが、フルスピードで回転を始めた。 「まさか、俺を警察に売るつもりか!?」 俺の言葉に、高校生は鼻を鳴らした。 「あんた、語るに落ちてるわよ。ま、どっちでもいいんだけど」 ずい、と身を乗り出す。その視線は鋭く、それだけで殺されそうな気さえした。 「あたしらはね、警察とか、そんなのはどうでもいいのよ。あんたが謝罪するつもりがあるか。あんたが本当に後悔しているかどうか。それだけが問題なの。本当に罪を償うつもりがあるんなら、何をすればいいかなんて、自分でわかるでしょ?」 なんだ? こいつらは、俺を警察に売るつもりはない? なら、なんで俺に話しかけてきたんだ。 「あたしが聞きたいのは、あんたが反省しているかどうか。悪かったと思っているかどうか。口先じゃないわよ、本音が聞きたいの」 ごまかしは通じない、とばかりに、女の子は俺を見つめる。動きも取れなくなった俺を動かしたのは、小学生だった。 「ケイ。自分で言ったのだから理解していると思うけれど、私たちは話をしに来たのよ? 脅しに来たわけではないわ」 小学生が言うと、高校生は後ろに下がった。 「そういえば、まだ名乗ってもいなかったわね。私の名前はアンジェラ・ウェーバー。彼女は志野ケイ。死を導く者、死導者よ」 「死導者って言っても理解できないでしょ? 要するに死神みたいなもんよ。だから、あの運転手の兄ちゃんとも面識がある。おっけー?」 一気にまくし立てられる。それだけじゃ、説明の半分も理解できない。理解できたのは、このふたりの名前、そして。 このふたりが、普通の人間ではないという事。 そうだ、人間であるはずがない。昨日の晩、あの事故現場に人はいなかった。人の姿がなかった事は、完全に記憶している。 けれど。声が、聞こえた気がした。そして、この子たちは、俺があの場所にいた事を知っている。これは、何よりこの二人組が普通ではない証拠じゃないのか? 「少しは信用しているようね。それで、貴方の答えは決まったかしら?」 軽く首を傾げ、アンジェラは問う。すごく自然で、なんでもない事を聞いているような仕草。けど、その中身は、俺の人生に関わる大事な事だ。 「――知らない、な」 答えると、アンジェラは悲しげに顔を伏せた。 「そう。残念だわ」 ぽつりと、こぼす。そこには本当に悲哀が混じっていて、自分が悪い事をしたような気になってくる。 でも、認めるわけにはいかない。ここで認めちまったら、俺の人生は狂ってしまう。 「ねえ。あんたに質問」 黙りこんだアンジェラの代わりに、ケイが口を開く。 「あんた、他人の命ってどんなものだと思ってる?」 「どんな?」 俺は少しばかり考え、意図が読めなくて、適当に答えた。 「そりゃ、大事なものって知ってるよ」 「本当に?」 「本当だよ」 しつこいな、などと内心で思っていると、ケイは深くため息をついた。 「なら、どうしてそんな事が言えちゃうのよ。あんたのせいで、人生が終わっちゃった人がいるのよ? あんたにそんな気はなかった、それはあたしも認める。でも、あんたの不注意が、あの運転手の兄ちゃんを終わらせたの」 終わった。その言葉を口にするケイは、なんとなく気分が悪そうに見えた。 「死んだら、普通は何もできなくなる。誰かと話をする事も、食事を楽しむ事も、働いたり遊んだり、ケンカしたり仲直りしたり、そういう人間らしい事、ひとつもできなくなるの。だから、一個しかない命を、大事にするのよ」 「でも、働きたくない奴だっているし、遊びたくないって思う奴もいるだろ? 人間関係に疲れた奴とか、何も楽しくない奴とか」 「いるわよ。それに、あたしは生きていれば必ず良い事がある、なんて言うつもりもない。でも、そういう人は、自分で死を選ばなきゃいけないの。終わらせるのは選択肢のひとつだけど、それを選んでいいのは、本人だけ。それが人間なのよ」 ケイは、笑みを浮かべた。儚く、ロウソクの火のような、吹けば飛んでしまうような笑みを。 「あんたは、あたしと違うんだから。普通の人間なんだもの。それ、知っていて欲しいわね」 ケイが隣を見ると、アンジェラも顔を上げた。そして、小さく頷く。 「じゃね。あたしらは、もう行くわ」 「もう、いいのか?」 「言うべき事は言ったわ。私たちにできる事は導く事だけ。どのような道を選択するかは、生きる者だけが決める権利を持っているわ」 席を立つふたりを、俺は見送った。 すっかり冷めちまったコーヒーを流し込む。スティックシュガーは入れたはずなのに、ちっとも甘くなかった。 俺のせいで、人の命が奪われた。それは、俺が殺したようなもんだ。 あの運転手の顔が、俺の目に焼きついて離れない。驚き、必死に俺をかわした運転手。あの人が何もしなければ、俺は死んでいた。トラックに激突されて生きていられるほど、俺は人間離れしちゃいない。 あの人は俺の不注意のせいで、死んだ。俺の、代わりに。 そう思うと、胸が苦しくなる。頭が痛くなる。何も考えたくなくなる。 「――ッ!」 感情を抑えておけない。足が、勝手に動く。 気づけば、俺は事故現場にいた。昼間の事故現場は、夜と違って車もそこそこ走っている。人通りもあり、夜中の道とは打って変わった様子だ。 「あん……?」 現場は、交差点だ。十字状の道路、その四つの角のひとつに、花が飾ってあった。小さな菊の花だ。 俺はその前に立ち、花を見下ろした。あの運転手の関係者が置いたのだろうか。風に揺れる花を見ていると、罪悪感が沸いてくる。 しばらく、呆けたように花を見続けていた。後ろを、前を、人や車が通り過ぎていく。当たり前の日常を、当たり前のように生きている。あの人とは、違って。 「あの」 声に、俺は振り向いた。眼鏡をかけた、俺と同じくらいの年齢の人が、俺を見上げていた。 「あ、はい」 改めて見ると、花束を持っている事に気がついた。黄色い、菊の花束だ。 「……もしかして、事故の関係者の?」 俺が聞くと、その人は頷いた。 「ここの事故で死んだ者の、妹です」 名乗り、妹さんは花束を信号機の下に置いた。そして、手を合わせ、祈る。 俺は、その様子を黙って見つめていた。しばらく見ていると、妹さんは目を開き、立ち上がった。 「あの、あなたは、兄のお知り合いですか?」 「え? ああ、まあ、そんなものです」 まさか、正直な事を言うわけにもいかない。俺は、適当に誤魔化した。 それで納得したのか、妹さんは緊張していたような顔を和らげる。 妹さんは視線を、花束に向けた。 「本当に、ドジですよね。兄は」 俺は、それに答える事ができない。俺はあの人について何も知らないし、知っていたとしても、答えられる立場じゃない。 返事は期待していないのか、妹さんは構わず話し出した。 「兄は、知っていると思いますけど、すごく慎重な運転をする人でした。今までも事故なんて起こさなかったのに、初めて起こしたと思ったら……それで、逝っちゃうなんて」 「きっと、何かあったんですよ。あの人でも事故を起こしてしまうような事が」 白々しい。何かって、俺じゃないか。 そんな事は知らない妹さんは、小さく頷いた。 「警察の人は、猫か何かを避けようとしたんじゃないかって言っていました。他の車の跡もないし、完全な自損事故だって。猫を助けて自分が死んでしまうなんて……。兄らしいと言えば、そうかもしれませんけど」 聞くほど、あの人が善人だったように思える。少なくても、死ぬほど悪い事をした人には、思えない。 「もし」 声が、震えた。なんだ、俺は何を聞こうとしている? やめておけ、そんな事、聞いてどうするんだ。 意思に反して、体が動く。 「もし、お兄さんが亡くなったのが、ただの事故じゃなかったら、どうしますか」 ただの事故じゃなかったら。その言葉に反応し、妹さんは顔を上げて俺を見た。 「と、言いますと?」 「だから、誰かのせいで事故が起きたとか、そんなのだったら。それだったら、どうしますか?」 聞いて、どうするんだ。俺の罪を認めるのか? この人に、俺が悪かったんですと、頭を下げるつもりか? そんな事。俺に、できるのか? 妹さんは俺の葛藤を知ってか知らずか、じっと考え込んでいた。やがて、結論が出たらしく、再び顔を上げる。 「本当にそんな人がいるんだったら、その人に聞いてみたい事があります」 「聞いてみたい事?」 予想外の言葉に、俺は首を傾げた。一方の妹さんは、特に気にもせず、平然と言う。 「はい。兄は、最後まで人に優しくするような人だったか、と」 衝撃的、だった。 自分の兄貴を殺した相手に、恨みや憎しみの言葉を叩きつけるのではなく。ただ、兄の死に様だけを知りたい。この人は、そう言った。 「兄は、私にも周りにも優しい人でした。そんな人でしたから、死ぬ時もきっと、そうだったと思います。だから私は、死ぬ瞬間まで兄は兄であったかと、そう聞いてみたいです」 ああ。あんたの兄貴は、確かに立派だったよ。 今なら、思い出せる。あの人の動いた口、それが、何を伝えようとしていたのか。 『だ・い・じょ・う・ぶ・か』 そうだ。あの人は事故を起こして、死にそうになって、そんな状態でも俺の心配をしていたんだ! 体が震えた。怖いんじゃない。寒いわけでもない。あの人の生き様、死に様に、芯から震えた。 「あんたの兄さんは、立派な人だったよ」 「――え?」 俺は、妹さんに背中を向け、黙って歩き出した。呼び止める声は、なかった。 その足で所轄の警察署に行く。交通課に連絡するよう頼むと、しばらくして警官がひとり、やって来た。 「すみませんね。年末が近づくと、どうしたって事故が増えるもんですから」 どことなく慌しい警察署の隅にある応接スペースに迎えられ、俺は警官と正面から対峙した。 「それで、ご用件は?」 「はい。昨日の、トラックの横転事故の事なんですが」 「ああ、三丁目の。それがどうしました?」 「実は……」 俺は、正直に話した。あの事故に、俺がどう関わっていたのか。 警官はマジメにふんふんと話を聞いてくれた。俺が話し終えたところで、警官は頷いた。 「なるほど、お話はよーくわかりました」 「それで、あの、俺はこれからどうなるんですか?」 聞くと、警官はごく自然な調子で言った。 「別に、何もありませんよ」 「何も?」 はい、と警官は頷く。 「元々、法律じゃ歩行者の安全が守られていましてね。罪にはならんのです。まして」 警官は他の誰も話を聞いていない事を確認し、こっそりと言った。 「あの案件、ほとんど事故で片がついてしまってるんですよ。今から誰かが関わったって事になると話が大きくなりますし、この件は私とあなたの胸の中にしまっておく、という事で」 なんだよそれ、と思った。俺は必死の勇気でここまで来たのに、無罪放免どころか、なかった事にされるのか? 「あー、もしかして、怒ってらっしゃいます?」 当たり前だ、と叫びたかった。それでも叫ばずに済んだのは、俺の理性が残っていたからかもしれない。 「それじゃ、俺がこうして来たのは、無駄って事になるんですか」 静かに。できる限り静かに、聞いた。 警官は小さくうなり、首を横に振った。 「無駄にはなっていませんよ。私が話を聞きました」 「でも! それだけじゃないですか!」 「それだけじゃ駄目なんですか?」 声が、体が、止まった。 警官は、重ねる。 「ひとりで抱えるの、けっこー辛かったでしょ? 誰かに話を聞いてもらうって、大切な事です」 「けど、人が死んでいるんですよ!?」 「そうですね、よくない事です。でも、警官の仕事って、これからのため、みたいなところがありましてね。事故の調査とかも、もう同じような事故が起きないようにってためのものなんです。あなたは、もう信号無視とかしないでしょう?」 俺は頷いた。もちろん、もう二度としない。できるはずがない。人が死んだのに、あの人が死んだのに、同じミスをするなんて事、できるはずが。 「なら、それでいいじゃないですか。未来の事故が減ったと考えましょう」 未来の事故が減った。本当に、それでいいんだろうか? 俺には、自信が持てない。 「慌てて答えを出す事はありませんよ。ゆっくりと考えて下さい。たぶん、これで良かったと思えるようになりますから」 警官は、優しく微笑んだ。それは、俺の中にある警察のイメージとかけ離れた、暖かいものだった。 「――そうかも、しれませんね」 それを見ていたら、なんとなく、これでいいんじゃないかと思えてきた。 正しいとは、とても思えない。でも、間違っているとも、思えない。 案外と、そういうもんなのかもしれない。正解とか間違いとか、簡単には出せない。 なんとなく、気分は晴れていた。 俺は立ち上がった。警官も、同じように立ち上がる。 「ありがとうございました、失礼します」 「念のためにお聞きしますが、この後、どうするおつもりですか?」 「帰りますよ。現場に、花を置いてから」 言って、俺は警官に背中を向ける。 ごめん、運転手さん。俺、本当に身勝手だ。自分が痛い目に遭いたくないだけかもしれない。自分が嫌な目に遭いたくないだけかもしれない。 これが正しいなんて思っていない。でも、俺、絶対に忘れないから。あんたが生かしてくれた、その分、俺が生きてみせるから。 ……そうだ。今度、妹さんに連絡を取ってみようか。兄貴が死んで、あの人も、苦しんでいるだろうし。 俺にできる事は、まだまだたくさんある。やらなければいけない事も。まずはそれをやる、そこから始めよう。 やっぱり。俺って、バカだよな。 チリン―― 警察署から出てきた青年を、少女たちは空中から眺めていた。 「あーあ、あのアホ。警官に言いくるめられちゃって。単に事故で処理したかっただけじゃないの、あの警官」 「そうね。彼の動機は、面倒を背負いたくなかったという、身勝手なものだったわ」 死導者は、青年の背中を見つめる。その背中には、確かに生命力が宿っていた。 「けれど、彼も変わった。過ちを犯してしまったけれど、彼はその事実を受け止め、なおも前に進む決心をした。それは、とても大切な事よ」 「うー。そうだけど、なーんか納得いかない」 唇を尖らせる眷属を見つめ、死導者はくすりと笑った。 「貴女は素直ね、ケイ」 「それって褒めてるの?」 「ええ、もちろんよ」 チリン―― 少女はくるりと回り、青年に背を向けた。 「人が人を裁く。それは、とても難しい事よ。絶対に公正など、できるものではないわ。彼は自分で自分を裁いた。そう考えてあげるべきね」 「むう。なーんか、変」 得心はいっていない様子で、それでも眷属は死導者に続く。 「何事も割り切れるとは限らないわ。特に、世の中はそういうものでしょう?」 「きゅーう?」 「……小動物。あんたはエラソーな顔をすんじゃないわよぉ? あんたとあたしじゃ立場は変わらないんだから」 「きゅ!」 「ふたりとも、喧嘩をしていないで、行くわよ」 夜空色の死導者は、桜色の眷属と漆黒の獣を引き連れ、夕陽に染まる空を行く。 夢幻のような現実を、彼女たちは歩んでいく。 チリン―― |