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会えば会っただけ、ケンカをする。 それでも一緒にいられる、その理由。 オレは考えた事もなかったけど、それは、きっと――。 「あー、オレ、バカだよな……」 空を見ながら後悔したところで、意味なんてない。手遅れなんだし。 「あー、くそ。どうしてあんな事を言っちまったのかな。しかも、よりによってこのタイミングで」 下を見る。このクソ寒い中、青い制服の警察官は忙しげに歩き回っていた。よくやる、と思う。 今のオレは、空に浮かんでいた。 オレは、年の瀬という忙しい時期に死んでしまった。事故なんていつでも起きるものだろうけど、こういうタイミングで起きなくたっていいじゃないか、と思う。 それでも、死んでしまったものは仕方ない。やりたい事とか色々とあったような気もするけど、今となってはどうでもいい。そもそも、どうにもならない。 それよりも。気になる事が、ある。 チリン―― 見るともなしに地上を見ていると、 「こんちは」 声をかけられた。 ビクリ、と全身を震わせつつ、オレは振り返る。そこに、奇妙な二人組がいた。 ひとりは、小学生くらいの女の子。夜空色のワンピースに黒髪ロング。瞳の色は吸い込まれそうな深紅だ。頭の上には、黒い動物が乗っている。 もうひとりは、オレと同じくらいの年頃な女の子。桜色の着物に白いミニスカートなんていうチグハグな格好だ。こっちも同じように黒髪を伸ばしていたけど、ちょっと外ハネしている。 「えっと、誰?」 間抜けな質問だと思いながらも、とりあえず聞いてみた。 「あたしはケイ。こっちはアンジェラ。その頭に乗ってるのがエルね」 「死導者、死を導く者よ」 高校生と小学生が、それぞれに答えた。ケイとアンジェラっていうのか。 「えーと、そんで、死導者って……?」 「死を導く者。死神、でも構わないわ」 あー、そうか。死神か。そんなもん、本当にいるのか。 「あんまし驚かないのね?」 ケイに聞かれ、オレは肩をすくめた。 「そりゃ、自分が幽霊なんていう非常識な体になっていれば、そんくらいの覚悟はできるよ」 それもそうか、という顔つきになったケイは、続けて言った。 「で、何を悩んでいるの?」 「――死神ってそんな事までわかるのか?」 「死導者じゃなくたってわかるわよ。顔に書いてあるじゃない」 オレは小さくため息をつき、答える事にした。どうせ、もう叶わない事だけど。話すだけなら。 「オレ、ケンカしちまったんだ。友達と」 「ふんふん。で、仲直りはできなかった、と」 ケイの言葉に、オレは頷いた。 「つまらない事だったんだけどさ。謝りたくても、もう謝れないんだよな」 オレは、死んでしまったから。 生きている人に、死んだオレの言葉は届かないから。 言葉が届かなければ、想いも届けられないから、 「不可能でもないわ」 そんなオレに希望の光を投げかけるように、アンジェラの声が聞こえた。 「貴方は最後の最後で運が良かったと言えるわ。貴方は、私たちに出会った」 「……?」 意味がわからず、答えられないでいると、アンジェラはくすりと笑った。 「私たちはこうして貴方の声を聞けるし、生者に言葉を伝える事もできるわ。あるいは、貴方も、その友人も望むのであれば、貴方たちを会わせる事もできる。それだけの力が、私にはある」 言って、アンジェラは小さく首を傾けた。 「貴方は、どうしたい?」 死神って、そんな事もできるんだ。 オレが、会える。オレの言葉を伝えられる。あいつに。 それは、奇跡的なほどに、魅力的に思えた。 奇跡に対する答えなんて、一通りしかない。 「オレを、あいつに会わせてくれないか?」 聞くと、アンジェラは小さく頷いた。その頭上で、エルが小さく鳴いた。 あいつの家は、オレが事故に遭った場所からそれほど離れていない。 家に行ったけれど、あいつは家にいなかった。仕方なく、アンジェラたちから色々な話を聞きながら待ち続ける。 夜になってようやく、あいつは家に帰ってきた。 「ただいま」 自室に入ったあいつは、疲れ果てた顔をしていた。 「あれが、あんたの友達?」 「ああ」 部屋の隅に座っていたオレは、同じように座るケイに答えた。 あいつは制服のまま、ベッドに倒れこむ。そのまま、いきなり静かな寝息を立て始めた。 「疲れてるのね」 「部活だと思う。あいつ、部活だけはマジメにやるタイプだから」 学校に何をしに来ていると先生に聞かれ、堂々と『部活のためです』と答えられるのは、あいつくらいなもんだと思う。 「で、どーするの、アンジェラ? あいつ、寝ちゃってるわよ」 「そうね、少し待っていてくれる?」 アンジェラはあいつに近づくと、その頭に手をかざした。 チリン―― 小さな鈴の音色。同時、あいつの体がピクリと動いた。 アンジェラはしばらくの間、黙って手をかざし続けていた。やがて答えが出たのか、もう一度、鈴を鳴らす。 チリン―― 落ち着くような、鈴の音色が消えた時、あいつが体を起こした。 ベッドの上に、あいつは寝ている。けれど、あいつの体はベッドの上に座っていた。 見ていると頭が痛くなりそうな、矛盾した光景だ。まるで双子がいるかのような気になってくる。 あいつはキョロキョロと自分の部屋を眺め、オレと目が合った。 「三坂?」 「よう、久しぶり」 あいつは信じられないものでも見るようにオレを見つめ、ふん、と鼻を鳴らした。 「なんだ、人様の夢にまで出てきやがって。しかも女連れか? いいご身分だな」 「ああん?」 オレはちらりとアンジェラに目をやった。その目が、夢と思い込んでいるらしい、と語っていた。 オレは視線を戻し、 「起きた早々に寝言とは、お前こそ脳みそが湯だってんじゃないのか? ああ、それとも脳みそまで筋肉になっちまったとか?」 バチリ、とオレたちの間で火花が散った。 「三坂ぁ、その口の悪さは死んでも直らないらしいな」 「お前こそ。オレは仏様だぜ? もうちょっと敬意を払えないのかよ?」 「冗談だろ。お前なんかに払う敬意なんて欠片もないね」 にらみ合うオレたち。その様子に呆れたように、視界の端でケイがため息をつくのが見えた。 「あんたさ、何をしに来たわけ? そっちのあんたも。死んだ人を前にしてそういう口の利き方はないでしょ、フツー?」 と、そうだった。謝罪に来たのにケンカを売ってたら、元も子もない。 オレが口を開く前に、あいつが口を開いた。 「おい、三坂。その人は?」 あいつは、ようやくその存在に気がついたように、少し戸惑った表情で聞いてきた。けど、答えたのはオレではなく、アンジェラ。 「志野ケイ。私の部下のようなものよ」 その説明で納得したのかしないのか、とにかくあいつはアンジェラに目を向け、オレに視線を戻した。 「って事は、死神みたいなもの? そうか、お前も死神に好かれたか」 「誰が死神に好かれているか」 「お前だよ」 あいつは微妙に馬鹿にしたような笑みを浮かべ、 「死神なんかに好かれたから死んだんじゃないのか? でなきゃ、超がつくほどバカなお前が死ぬはずがないもんな」 「んだと?」 ああ、オレはバカだ。勉強なんて駄目だし、人の考えを読んだりとかもできない。だから、それは否定できない。 でも。死神を、アンジェラやケイをバカにするのは、許せない。 こいつらは、死んだオレの願いを叶えるために、こうして色々とやってくれている。こいつらには何の得もないのに、こうしてオレに付き合ってくれている。底なしの善人って奴だ。 それをバカにするのは、許しちゃおけない。 「おい、訂正しろ。だいたい、バカはオレだけじゃなくて、お前もだ。それに、こいつらはそんなに悪い奴らじゃねえ」 「どうだか。お前、自分が死んでおいて、まだ庇えるってのか?」 「だから! オレが死んだのはこいつらのせいじゃないんだって言ってるんだよ!」 「おいおい。お前こそ、死神を好きになったのか?」 「なッ――!」 手が、もう止まらなかった。 「ッざけるなよ! バカヤロウ!」 ぐっと握った拳が、あいつの顔面を張り倒した。痛みがないのは、オレが死んでいるせいだろうか? 殴られたあいつは、呆けたようにオレを見つめていた。その顔を見ているのが辛くて、オレはあいつに背中を向けた。 「くそッ!」 「あ、ちょっと!?」 ケイが呼び止める声も、オレを引き止められず。 そのまま、オレはあいつの部屋を飛び出していた。 「バカだ、オレ……」 なんで、あんな事になっちまうかなぁ? 本当にオレってバカだ。言われるまでもなく、バカだ。 チリン―― 鈴の音色に顔を上げると、困惑したような表情のアンジェラと、呆れたような表情のケイがオレを見下ろしていた。 「あんたさ、本当にバカでしょ。ケンカさせるためにわざわざ霊体を引っ張り出したんじゃないわよ?」 「わかってるよ」 そう、そんな事はわかっているんだ。わかっているのに、こう、口が勝手に動いたと言うか。あいつの顔を見ると、ついつい、口走ってしまう。 「なあ、アンジェラ。オレ、どうしたらいいと思う?」 自分ではこの癖みたいなもんに解決策が思いつかなくて、オレはこの小さな死神に聞いてみた。 「いつも、こうなの?」 「ああ。会えば会うだけ、ケンカばっかしていた気がする」 「何よ、それ。それでよくまあ、友達でいられるわね?」 ケイの言う通りだとも思うが、実際にそうなのだから仕方ない。 「という事は、今までも何度かケンカをしたのね。その時は、どうやって仲直りしたのかしら?」 今まで? 今まで、は。 「……さあ?」 「さあ?」 ケイは眉を跳ね上げ、 「さあってどういう事よ。仲直りしたから友達なんじゃないの?」 「だって、覚えてないんだよ。こう、いつの間にか元通りになっていたって言うのかな?」 具体的に何かをした記憶はない。謝った記憶さえ、ほとんどない。なのに、何故かオレたちはよく一緒にいた。いられた。その理由は、オレにさえもわからない。 アンジェラはオレの具体性が欠けた説明で理解できたのか、うんうん、と頷いた。 「それなら、問題ないわね」 「そうなのか?」 でも、オレはもう死んでしまっているのに。謝る事も、一緒にいる事も、何もできないってのに? けれどアンジェラは、特にたいした事でもない、とばかりに言った。 「貴方たちは、言葉を使わずとも想いが通じ合える。ならば、あえて形にせずとも、貴方の想いはきちんと伝わっているわ」 「うーん?」 聞いていると、まるで以心伝心って感じだ。でも、オレはあいつの考えている事なんてわからないし、理解もできない。 「心配かしら?」 「心配って言うか、実感が沸かない」 「なら、見に行ってみる?」 アンジェラは、いたずらっぽく笑い、首を傾げた。その様子が、なんとなく、年齢相応に見えた。 アンジェラは、オレを葬儀場に連れて行った。そこでは、オレの通夜をやっていた。 クラスメイトや親戚の顔も見える。泣いている人までいた。その姿を見ていると、いけない事をしたような、申し訳なさが漂ってくる。 「で、オレに何を見せたいんだ?」 「間もなく、よ」 アンジェラはそう言うだけで、具体的な何かは説明しなかった。ケイを見ると、アンジェラに任せなさい、とばかりに胸を張っている。 しばらくオレの通夜を見ていた。待ち人は、すぐに来た。 チン、とエレベーターが止まる音。目を向けると、開いた扉の向こうから、姿を現した。 「ああ、お友達君」 ケイの、納得したと言うような声が聞こえる。あいつは制服のまま、どこか沈痛な面持ちで仏前に立つ。 「行きましょう」 アンジェラに引っ張られるようにして、オレも仏前に立った。いや、オレが仏なんだから、仏前って言うのは変か? あいつは焼香をすると、手を合わせてじっと目を閉じた。小さく口が動いているのが見えて、耳を近づけてみる。 「バカだろ、お前」 「なッ!?」 こいつ、仏前に来てまでバカにしてやがるのか!? 「落ち着いて、よく聞いてあげて」 アンジェラの言葉がなければ、怒りが沸騰しているところだった。心を沈め、声を聞く事に努める。 「本当に、バカだよな。何のために夢にまで出てきたんだよ?」 ハッとした。あいつの顔をよく見ると、目元に涙がにじんでいた。 「人の夢に出てきてまで憎まれ口を叩くなんて、バカだよ、お前は。他に言うべき事とか、言いたい事とか、色々あっただろ? なのに、ケンカを吹っかけるだけなんだもんな。いや、俺も悪かったけどさ」 わかって、いたんだ。あいつも、オレも。似ていたんだ、オレたちは。 不器用で、言葉じゃわかり合えない仲。けど、きちんとわかっていたのかもしれない。少なくても、あいつはオレの事をわかってくれていた。 オレは。いい友達を持った。 「三坂。楽しかったよ」 ぽつりと、呟くように言う。それが寂しげで、心が痛んだ。 お前だけじゃない、オレもだ。オレも、楽しかったんだ。 けれど、オレはもう何もできない。何もしてやれない。だって、オレは死んでいるのだから。 「……ごめんな」 ふと、顔を上げた。その視線が、オレとぶつかる。 正確にはオレなんて見えていないんだろう。視線も、どこかずれているように見えた。けれど、オレを見ようとしている。その意志だけは伝わってきた。 「今さらだろ、バカ」 苦笑いを浮かべ、こぼす。ああ、今さらだな。 「心は通じ合える。でしょう?」 問いかけるアンジェラに、オレは答えた。笑顔が、自然に生まれていた。 「そうだな。言う通りだ」 アンジェラは、笑ってくれた。 チリン―― 死者を送り、死導者は夜道を歩む。月を背に、影はなく。 「ああいう関係って羨ましいよね」 眷属は呟き、死導者が応じる。 「そうね。彼は生に恵まれていなかったけれど、人間関係だけは恵まれていたようね」 それは良い事であり、悪い事。どちらも併せ持つ彼は幸運とも不運とも言える。 「きゅ!」 「ええ。私には貴女たちがいてくれるわね。私も、幸運だわ」 「アンジェラは自力で頑張ったんだから、当然って気もするけどね」 「いえ、幸運よ。努力をすれば報われると限られた世界は、この世には存在してくれないもの」 死導者は静かに言葉を紡ぐ。赤や青や緑や、家々の軒先に飾られた鮮やかな色合いが通りを照らしている。 「私は幸運だった。けれど、不運なままに生涯を終える人たちもいる。報われない人々に、少しでも幸運を感じてもらえたら、それはとても嬉しいわ」 「そのために、前に進み続けるってところね」 「きゅ」 パタパタと尻尾を振る獣を見上げ、後ろに手を組んで歩む眷属を見上げ。 そして死導者たる少女は、夜空を見上げる。 「美しいわね」 小さな声は、ささやかな夜風に流れて消えた。 チリン―― |