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真実を知っている。 それは一部の人だけに許された権利で、権利を持つ人は義務も持っている。 じゃあ、僕が負っているという義務は、何だ? クラスメイトが自殺した。自宅マンションからの飛び下り。コンクリの道に落下した体はぐちゃぐちゃになって、見るも無残だったと聞いた。 学校が説明した理由は、受験ノイローゼ。 彼は、国立の一流大学を目指していた。正確には目指す事を強要されていた。そして、正直に言って彼には無理だった。 確かにウチの学校では、あいつが誰よりも頭が良かった。入学試験以来、ずっとトップだったとも聞いている。しかして、それは当然だ。 ウチは県内でも有数の馬鹿ばかりが集まる、言ってしまえば不良の溜まり場みたいな学校だ。僕だって全国偏差値では平均を少し下回るくらいだけど、トップクラスで通っている。カスの中では普通だった。それだけに過ぎない。 学校は、彼に過剰な期待を寄せていた。馬鹿校のイメージを払拭するチャンスとでも考えていたんだろう。彼の能力を超えた要求が、彼を追い詰めていた事は疑いようのない事実だ。 だけど、自殺の理由はそれじゃない。その事実を、僕は知っている。 本当の理由。それは、いじめだ。 学校も親もマスコミも、自殺の理由は受験ノイローゼという事で納得してしまっている。けど、それは違うんだ。いじめていた僕が言うんだから間違いはない。 巧妙に適格に。時に大胆に、時に慎重に動く事によって隠し通された、真実。 それを知る僕は――どうしなければいけないんだろう。 仲間とゲーセンに寄ったりしてから帰宅すると、時刻は零時を回っていた。 両親はすでに寝ている。僕がどんな生活をしていようとも、あのふたりは何も言ってこない。普通に考えれば問題だろうけど、こんなのは僕の周囲には溢れている。 自室に入る。部屋の明かりをつけると、僕はベッドに寝転がった。天井を見て思い浮かべるのは、今は亡き級友の姿。いや、友達とは呼べないか。 「不思議な話だな」 あいつより僕らの方がよほど死ぬべきだってのに、死んだのは僕らじゃなくてあいつ。生きるべき人間は死に、死ぬべき人間は生きているんだ。 チリン―― 聞き慣れない音を耳にし、僕は顔を上げた。 「……ふぁ?」 僕の視線の先。部屋の隅に、女の子が立っている。間違いなく小学生だろう。当然、見知らぬ相手だ。 「え? は、どッ!?」 叫びかけて、口を塞がれた。 「はいはい、静かにしようね。おとなしく話を聞くなら放してあげる。聞かないならあたしたちは帰る。ただし、そうなったらあの兄ちゃんの話は永遠に聞けない。さ、どうする?」 どうするって、どういう事? あの兄ちゃんて、まさかあいつの事か? じゃあ、こいつらはあいつの知り合い? まさか、僕がいじめに荷担していた事を知って――!? 「手荒な真似をしてごめんなさい。私たちは高久龍二に会ったわ。そして、貴方に会うべきと考えて、ここに来たの」 こいつ、やっぱりあいつの知り合いか! なら、目的はなんだ。いや、考えなくてもわかる。高久が死んで、その原因である僕に、復讐をしに来たんだ! 「あんた……、何かものすっごい勘違いをしてない?」 ふわりと、柔らかな感触。そして、甘い匂いが僕を包んだ。 視線だけを横に向けると、同年代くらいの女の子がじっと僕を見ていた。 「言っておくけど、あたしたちは別にあんたには恨みがないわよ。そりゃ自殺に追い込むような事をしたのは許しがたいけど、だからって復讐はしない。あんなの不毛なだけだし、第一、あたしの趣味じゃないもん」 復讐じゃない? じゃあ、どういう事だ? 「少しは、話を聞く気になったかしら」 少し考え、僕は頷いた。すると、口許を覆っていた手がなくなる。 「んじゃ、改めまして。あたしはケイ、志野ケイよ」 「私はアンジェラ・ウェーバー。すでに理解しているとは思うけれど、人間ではないわ」 普通の人間は他人の部屋に上がり込んだり、あまつさえ僕に気付かれないように背後に回って口を覆うなんてできるわきゃない。ベッドは壁際にあるんだし。 しかし……、普通じゃない事はなんとなくわかるけど、それをすぐに認めるのも抵抗がある。 「納得はできないけど理解はしてるって感じ? 十分よ、それで。あたしらの存在を意地でも納得しないって人もいるし」 「それに、本題には関係がないわ」 言われて、そういえば、と思い出す。 「高久の知り合い、なんだよな」 「知り合いと言えば、間違いではないわね。知り合ったのは、ほんの数時間前の事だけれど」 「――あいつは、なんて言っていた」 「彼をいじめていた生徒たちはまだ生きている。その連中に自分がどれほどの悪事を行っていたか、知らしめて欲しい」 ……そうだろうな。 僕は、どこかで期待していた。高久は僕らを恨んでいない、僕らを許してくれるという事を。あいつのために何もしてない僕らに、そんな事を願う権利はないのに。 「ま、あんたたちが許してもらえないのは当然よね。 あたしたちが許すって言っても、あの男の子が許さなきゃ意味ないもん。んで、その相手はもういない。手詰まりよ」 「その事実を、貴方はきちんとわかっている。そして、貴方は、彼ではなく自分たちが死ぬべきだったと考えている」 そこまで言ったアンジェラは、ふるふると首を横に振った。 「私は、貴方が死ぬべきであったとは思わない。貴方が死んだところで結末は変わらなかった。彼は自ら死を選んだでしょうし、貴方の仲間は死を契機に更生するような人間であるとも思えない」 「……じゃあ、高久が死んで僕らがのうのうと生きているこの現状が正しいって言うつもりか?」 「そんな事を言うつもりもないわ。ただ、貴方が死んだとしても意味はないと思うだけよ」 高久の顔を思い出す。 いつも、何かにおびえているような表情だった。それが僕らに目をつけられた原因だろう。 確かに、あいつが死ぬ前に僕が死んでも、あいつはやっぱり自殺しただろう。むしろ僕の死の責任なんていう言い掛かりをつけられて、ますますいじめが激化したんじゃなかろうか。その姿が容易に想像できる。 でも、それじゃあ、僕はどうすべきだったんだ? 今、何をするべきなんだ。 あいつが死んだのは僕らに責任がある。その罪をつぐなう方法なんて、僕には死ぬくらいしか思いつかない。 「死ぬのが最大のつぐないって思ってるなら、そりゃ間違いよ。生きている方が辛い事なんて山ほどあるんだからね。希望も幸福もない人生って、死ぬより辛いわよ」 「彼が死んだ、だから貴方たちも死ねばいい、などという単純な問題ではないわ」 「けど、僕は頭がいいわけじゃない。生きたままで何かしろって言われても、何もできない」 「本当に、そうなのかしら」 小首を傾げたアンジェラは、僕を試しているように見えた。いや、実際に試しているんだ。僕の出す、答えを。 「貴方は何をするべきなのか。何をしなければいけないのか。正解はない問題ね。 ひとつだけ言えるとすれば、貴方がここで死んだところで、何かを変えられるわけではないという事。死者は死という事実以外の何をも与える事はできないわ」 「……僕に、変えろって言うのか。あいつらを」 「さあ? 何の事かしら」 アンジェラは、答えるつもりはないだろう。正解のない問題だからこそ、僕自身に答えを出させるつもりだ。しかも、答え合わせなんていう気の利いた事もしない。できない。 「貴方なりの答えが出たなら、その善し悪しは私が決める事ではないわね」 くすっと笑い、アンジェラは僕に背中を向けた。言うべき事は言った、という感じだった。それに、ケイもついて行く。 その背中に、僕は声をかけた。 「アンジェラ。ひとつだけ聞かせてくれ」 首だけを後ろに向けたアンジェラに、僕は聞く。 「高久は、成仏できたのか」 「まだ、よ」 「――そっか」 あれだけの死に様だ。それも当然かもしれない。どうやら、まだ僕の中には甘えがあるらしい。 「ごめん、とだけ、伝えておいてくれ」 「確かに」 チリン―― 現れた時と同じ小さな鈴の音色を残し、アンジェラたちは扉の向こうに消えた。 残された僕は再びベッドに寝転がり、天井を見つめていた。 学校の授業なんてのは、ウチにおいては全く機能していない。教師は生徒なんて見ずに淡々と教科書を読み上げていく。板書さえしないから、これを本当に授業と呼んでいいかわからない。 そんな無意味な授業の最中。教室の片隅に、僕らは集まっていた。 「だからさ、あそこで超必やんないと勝てないって」 「それよかガードクラッシュした方がよくね?」 仲間たちは最近、格闘ゲームの話題に夢中だ。来月には大会があるとかで、そこで勝つ方法を飽きもせずに議論している。 「なあ」 そんな仲間たちに、僕は心の中で覚悟を決めつつ話しかけた。 「高久、自殺したよな」 その言葉に、仲間たちはシンと静まった。気のせいか、教室中が僕の言葉に耳を傾けている気がする。 「あー、そうだな。それがどうかしたかよ」 明らかに不機嫌な調子で聞き返して来る。やはり、話題にはしたくないんだろう。良心があるというよりは、面倒な事にしたくないってところだろうけど。 「あれ、僕らのせいだよな」 「なんでだよ」 「僕らがいじめたから」 一瞬、教室の空気が凍りついた。教師のお経さえも止まり、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。 「笑えない冗談はよせ」 「あれがいじめじゃないってんなら、相談センターなんてのはいらないんじゃないか」 ガタン、と椅子が転がる。立ち上がった仲間のひとりが、僕の制服をつかんだ。 「冗談はよせって言ってんだよッ! あいつは受験ノイローゼで死んだ! 警察だって親だってそれで納得したろうが!」 「なあ。お前らにゃ罪悪感ってないのかよ。良心ってのは? クラスメイトが死んだんだぜ。少しは心が痛んだりしねえのかッ!」 振り上げる手が視界に入った瞬間、僕もまた、握った拳を相手の顔に叩き込んでいた。 「高久は死んだんだぞ! 殺されたようなもんだ! なのに、なんでそんなに平然としてるんだ!」 「テメエッ!」 拳を握り、起き上がる仲間。他の連中も席を立つ。応戦しようと僕も握り締めた時、その声が聞こえた。 「はいはい、やめなさいって。ここは教室でしょうが」 突然だった。僕らの間に割って入るように、どこからともなくケイが姿を現していた。突然すぎて、仲間たちは呆気にとられている。 「あんたさ、馬鹿ってのは知ってたけど、手は出しちゃダメでしょ。それじゃあ説得にならないじゃない」 呆れた調子で言うケイは、視線を仲間たちに移した。 「あんたらも。この子が言ってる事が間違いじゃないって理解してるんでしょ。ちょっと落ち着きなさいよ」 「な、んだよッ! お前!?」 「んー、生きる人の味方」 「はあ!?」 馬鹿にしてるのか、何なのか。少なくても質問に答えているとは思えない回答だ。 「おい。テメエ、ケンカぁ売ってんのか」 「冗談でしょ。なんであたしがあんたらみたいなガキにケンカを売らなきゃいけないのよ」 我慢の限界。ケイに向かって殴りかかった仲間は、 そのままくるりと宙で回転した。 「――え?」 何が起きたのか、ずっと見ていた僕でもわからない。ともかく、殴ろうとしたら投げ飛ばされていた、としか表現できない。柔道か何かだろうか? 「あんたたちじゃあたしには触る事もできないわよ。これじゃあケンカじゃくて、ただのいじめね」 仲間を見下ろすケイの視線が、怖かった。冷めきった、温度がまるで感じられない瞳。その視線だけで殺されそうだった。 「これが、いじめ。反撃は許されず、一方的に虐げられる。どう? 気分は」 すっと音もなくしゃがんだケイは、あごを持ち上げ、強引に視線を合わせた。 「どうって聞いてるんだから答えなさいよ。それとも、あんたは日本語じゃ通じなかったっけ?」 他の誰も、助けようとしなかった。できなかった。一歩でも動けばその瞬間に殺されそうな、冗談ではない殺意が満ちていた。 その矛先は、僕以外の連中に向いている。だから耐えられる。こんなものを直接に向けられたら、耐えられる気がしない。 「よかったわね、あんたが子供で。考える時間も、教えてくれる人もいるんだから。 けど、先生がいたって生徒に勉強するつもりがないんじゃ無意味よね。勉強しないならしないでいいわよ。けど、あんまり生きる人をないがしろにしていると、あたしたちも黙ってられないのよね、性分として」 「あ、ああ……」 ケイは立ち上がると、取り囲む周囲の連中を一瞥し、僕に視線を合わせた。 「んじゃ、後は任せるわ」 「は?」 「あんたは馬鹿だけど、理解すべきところはきちんと理解してるみたいだし。どうすべきかって、今なら決まっているんでしょ?」 「え、あ、まあ」 僕が答えると、ケイは不満そうに鼻を鳴らした。その動作はまるっきり子供で、さっき殺意を振り撒いていた人物と同じとは、とても思えなかった。 「何よ、頼りない返事してぇ。ま、いっか。そんじゃー、お邪魔しましたぁ。授業の続きをどうぞ」 言って、ケイは当たり前のように教室の戸を開いて出て行った。その時になってようやく少しだけ余裕を取り戻した僕は、気がつく。 教室中の視線が、痛いほど僕に集中している。ケイの奴……、説明するのが面倒だから逃げたな!? 「あー、今の人は?」 教師に、仲間にどう説明すればいいのか。 考えると、頭が痛くなった。 自室の天井を見上げる。やはり思い浮かぶのは高久の顔だ。おそらくだけど、これは死ぬまで変わらない気がする。その顔を見つめながら、考える。 退学にはならなかった。学校にも責任があるとかないとか。そんな事は僕にはどうでもいい。 両親は烈火のように怒り狂っていた。あれは自分たちも気がつかなかった事に対するやつあたりも含まれていたんじゃないかと思う。 マスコミは今さらのように騒ぎ出し、何が問題だのどうすればよかっただのという、意味があるのかよくわからない議論を繰り返している。 仲間たちは、おとなしいものだった。結果的にはケイの脅迫まがいの説教が効いたんだろう。ぎゃんぎゃんとうるさい大型犬みたいだった連中が、今じゃチワワみたいになっている。 僕は生きたままの僕にできると思えた全てをやった。けど、ここまでやっても、やはり許されはしない。 「高久……」 もっと早く動かなければいけなかった。失われた命。その、重み。 ふと床に目をやると、転がっているハサミが目についた。僕は起き上がり、それを手に取る。 「悪いな、高久」 僕は、それをぎゅっと握り締め、そして――。 夜道を歩く闇の影。寄り添う片割れが、話しかける。 「仲良くするって、そんなに難しいのかな」 「誰とでも親しくなれるという方が異常でしょうね。貴女だって、ルシフェルやサタンとは息が合わないでしょう」 「でも、あたしは寄ってたかっていじめたりなんかしないわよ」 「貴女は、それだけ強いもの。弱ければ群れる。群体は、常に異分子を見つける事によって枠組みを保つわ。 彼らもそうなんじゃないかしら。高久龍二という共通の対象を持つ事で、群体を強化する。そうやって、グループを維持していた」 「……そんな方法を使わなきゃ維持できないなら、維持しなきゃいいのに」 「そういうわけにもいかないようね。人間は、孤独にはなれない」 ふと、夜空色の死導者は顔を上げた。その前に、獣を肩に乗せた死者が降り立つ。 「満足したかしら?」 「死んどいて満足も何もないよ」 「正論ね」 少女は頷き、続けて問う。 「なら、覚悟は決まったかしら?」 「……心残りがないって言えば嘘になるけど。けど、こっちに残る理由、なくなっちゃったし」 チリン―― 少女が回転すると、刃が生まれた。生を喰らい死を喰らう、魂喰らいの宝剣。 少年の肩から少女の頭に、獣が飛び移る。ちらと見上げ、少女は柔らかに少年を見つめた。 「さようなら、高久龍二」 「……自分で選んだっていっても、嫌なもんだね」 「喜んで死ぬような奴は生き物じゃないわよ」 桜色の眷属が放つ辛辣な言葉に、少年は苦笑を浮かべた。そして、夜空色の少女に、小さく頭を下げる。 「じゃ、お願い」 「――貴方の次なる生に、幸福があらん事を」 少女の剣が少年を貫く。痛みは与えない。少女の願いを込めた優しき刃は、傷つけるための道具ではない。 ふわりと、光球が浮かぶ様を眺めながら、ぽつりと言葉がこぼれた。 「生きている方がいいよね、やっぱり」 「永遠の孤独よりは、よほど」 闇夜に、鈴の音が響き渡る。 それは、少女が贈る鎮魂歌。 チリン―― |