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嫌悪した。外に追い出したくなった。 拒絶した。外の者を中に入れなくなった。 そうして、僕の中には何もなくなった。 学校の屋上から眺める景色は綺麗だった。 本来、ここは立ち入り禁止の場所だ。生徒はおろか、先生すら入る事はない。だからこそ、一度は入ってみたかった。そこで、ちょうど去る前に、ちょっと強引に鍵を壊して入ってみた。 誰も来ない屋上は、あまり綺麗とは言いがたかった。けれど、屋上から見える周囲の世界だけは、やたらと綺麗だ。 この学校は、何を考えて作ったのは不明だけど、山の上にある。そのおかげで、景色も極端に良い。 そこから遠くの景色を目に焼き付ける。 「どうせ、もう見られないんだからね」 小さな呟き声は、すぐさま風に流れて消えた。 僕は自分が嫌いだ。 優れているところはないくせに劣っているところはいくらでもある自分。 すぐに落ち込み、思考はネガティブ、おまけに他人を信じるという事をしない。 そんな人間、普通に付き合おうとしてもなかなか好きにはなれないタイプだろう。せめて顔でも良ければ別だろうが、残念ながら顔もよろしくない。 というわけで、僕が他人に好かれる要素がないのと同様、僕自身を好きになる要素もないわけだ。 自分が嫌いなら、どうすべきか。 前向きな解決策としては、自分を変えていく事だろう。せめてひとつくらいは、自分の中に好きになれる部分を見出す。見えないなら、強引にでも作り出す。未来志向の、なかなか前向きな考え方だ。 一方、後ろ向きな考え方というものもある。そして、僕の考え方は、言うまでもなく後ろ向きだった。 つまり、取るべき選択肢は、ひとつしかなかった。 そして、そのために、僕はここにいる。 チリン―― 遠くをボーッと見ていると、後ろで音がした。 「え?」 ありえない。ここは、誰も来ない場所、誰も入れない場所のはずだ。誰かがいるはずがない。 頭ではそう思うのに、気配は感じていた。振り向くのが、怖かった。 おそるおそる、後ろに視線を送る。そこに、女の子が立っていた。 夜空色のワンピースを着た、小学生くらいの女の子だ。僕の事を、どこか咎めるような目で見ている。 「だ、誰……?」 やっと搾り出した言葉。女の子は視線も表情もそのまま、口だけを動かす。 「アンジェラ・ウェーバー。死導者よ」 説明になっていなかった。あるいは、説明するつもりなんて最初からないのかもしれない。 よくよく考えれば、別に女の子がいたって不思議はない。鍵は僕が壊したんだし、入ろうと思えば誰でも入れる。 けど、それは可能か不可能か、という意味でしかない。 どうして学校に明らかな部外者がいるのか。 どうしてこの子は屋上なんかに来たのか。 どうして僕はこんなにも痛い視線を受けているのか。 考えたところで、答えはひとつも出なかった。 「ねえ。貴方は今、何をしようとしているの」 アンジェラからの質問。それに、僕は答える事ができなかった。これからする事の内容を考えれば当然だ。 「貴方はそれの大切さを知っている? 失って、それでも欲して、もがき苦しむ人もいる。手放したくなくて、必死にあらゆる手を尽くして、それでも叶わなかった者も無数にいる。それは、軽々しく捨てて良いものではないのよ?」 そんな事は、言われずともわかっていた。今までのそれほど長くはない人生の中でも、呆れるほどに聞いてきた。 けれど、それは知らない人間が言える事だ。自分を愛せる人が言う台詞だ。 自分さえも愛せない人間に、何ができるっていうんだ。 「真の意味で重みを知っているならば、それは絶対に捨てられない。それは、貴方にとって、何よりも大切なものなのだから」 「それは、君の意見だ」 「ええ、その通りよ。傲慢とさえ言える、私にしか通じない理論。それでも、私はこれを悪いなどとは考えていないわ。 私は貴方のように簡単に捨て去り、後悔した人間を山のように見てきたわ。そして、常に肌で感じてきた。痛み、苦しみ、嘆き、悲しみ。もう、たくさんよ」 チリン―― アンジェラの瞳に、真剣な色が増していく。表情の変化は乏しいけれど、まるで怒っているように見えた。 「己を否定する事は世界の否定。貴方が貴方を拒絶すれば、貴方には何も残らない。当然ね、曇ったガラス窓では何も見えやしないわ」 つまり、僕は汚いガラスのこちら側から世界を見ているようなもの、と言いたいわけか。なかなか面白い事を言う。 「貴方が思うほど、世界は貴方を否定していない。貴方はもっと誇っていい。自分という人間、そのひとりの力は決して大きくないけれど、時にそれは死導者さえもはるかに凌駕してみせる」 「さっきから、その『死導者』って何さ」 「……そうね。正確には違うのだけれど、簡単に言ってしまえば『死神』よ」 「――死神!?」 信じるには、あまりに非現実的な言葉。僕でなくても、絶対に信じないだろう。 けれど、この子の場合、なんとなくそれが真実のような気がしてくる。まとう不思議な雰囲気、いきなり屋上に現われた事、学校という場所に不釣合いなその存在。 それら全てが、常識を超えた存在であるというひとつの理由だけで、説明できてしまう。屋上には空から来ればいいし、そもそも死神が場所を選んだりしないだろう。この、小学生どころか人間には絶対に出せない空気も、死神だから、の一言であっさりと納得できてしまう。 「でも」 何もかもが説明できるからこそ、逆に、疑わしいと思える。 あるいは僕の考えを知った誰かが、僕を説得するために小学生の妹を連れて来たのかもしれない。小学生みたいな女の子に、こうも平然と説教されたら、誰だって混乱する。それに乗じて、僕を止める気なんじゃ? 「はは……」 そう思えたら、別に怖くもなんともなくなった。同時に、勇気も沸いてきた。 「そんな言葉には、ごまかされない」 言い残し、僕はフェンスに手をかけた。アンジェラはぴくりと動きかけて、止まった。意志の力で反射的に動こうとしたのを無理矢理に止めたようにも見える。 「止めたいなら、止めてみせたらどうだい。いや、むしろ、そうしろって言っているのかな。なにせ、死神様なんだろ?」 「私は、生者に道を示し、死者に終焉を導く者。生きる人の死を願った事など、ただの一度もないわ」 「どうかな」 どちらでもいい。これがあの死神の思惑通りだとしても。 僕は、こんな世界は、大嫌いだ。 「グッバイ」 キザったらしく笑い、僕は空に身を投げた。 ――まぶしい。 ここ、どこ? あれ? ぼく、ねてる? なんで? 「目が覚めた?」 こえ。どこかできいた。そう、このこえは、しにがみの……。 「アンジェラ?」 「よく覚えていたわね。もう忘れたかと思っていたわ」 徐々に、頭に血が回ってきた。それと同時に、思考も蘇ってくる。 顔だけ上げると、そこはベッドの上だった。周囲を見渡す。カーテンによる仕切りがあって、その向こうは見えない。反対側には窓があり、どんよりとした曇り空が覗いていた。 「ここ、どこ」 「病院よ」 病院? どうして自分がここにいるのか考えて、ああ、と思い至る。 「失敗したんだ」 結局。僕は、死ぬ事さえできないのか。 僕は首を横に向け、アンジェラを見た。 「君が助けたのか」 「いいえ。私は生きる者には手を出さないわ。仮に死のうとしている人間が相手でもね。貴方が生き残ったのは、単なる偶然よ。樹木に引っかかって、回転しながら落ちたの。そのせいで、衝撃が減ったらしいわ」 「なるほどね」 そういえば、あそこの真下には木が植えてあったんだっけ。不覚だ。 「それで? 命を拾った気分はどうかしら」 「最悪だよ」 どうして、僕はまだ生きているんだ。こんな僕が。 「貴方は、まだ早すぎるわ。己に絶望するにも、人生に絶望するにも」 「聞き飽きた。そんな言葉は」 生きるか、死ぬか。それを決めるのは、生きている人間だ。 事故で死んだり、病気で死んだりする人もいる。本人にその意志はなくても、殺されて生涯を終える人だっている。それも、何の恨みもなく。 それでも、基本的に人間はいつだって自分という人間を殺し、人生を終える権限を持っている。使うかどうかは別にして。 大抵の人は使わない。生きる事に必死だったり、生きて成し遂げたい事があったり、あるいはただ単純に死ぬ事が怖かったり。どんな理由にせよ、大半の人間は自殺なんてしない。いかにその権利と力があろうとも。 けれど、僕はそんな大多数の人間とは違った。 自分という存在に、耐えられなかった。こんな存在を、早く消してしまいたかった。 そのための最も単純で効率的な方法として、僕は自殺を選んだ。それだけだった。 「退院したら、僕はまた自殺するよ。あるいは入院中にするかもね」 アンジェラの眉が不快そうにゆがむ。構わず、僕は続けた。 「君にそれを止められるかい? 実力行使は何一つとしてできない君が。 いや、誰にも止められるものか。僕を拘束する事は、誰にもできない。死のうと本気で思った人間を止められる人なんて、世の中にいるものか」 「自分を殺し、己という世界を終わらせて。それが、何になるの?」 「何にも。僕はただ、僕という人間が許せないだけだ。こんな人間が生きているという事実そのものが」 「――生きる事は、誰かに許される事ではないわ」 チリン―― 風もないのに、鈴が揺れた。 「あらゆる生物は、誰に許可されずとも生きている。生きていける。何故だと思う? それが、生物だからよ」 生きる物。だから生物。まあ、正しい。 「生きるために理由も許可もいらない。生きているから生きる。それで十分よ」 「死ぬ理由があるなら、生きる理由なんて関係ない」 「貴方の考えるそれは、死ぬ理由ではないわ。貴方が貴方をごまかすための理由よ」 ごまかす? 怪訝そうにしている僕の視線に気づいたのか、アンジェラはさらに続ける。 「貴方の生きるコミュニティは決して広くはないけれど、その中でも頂点になろうと思ったら大変な事よ。努力を重ね、時の運に身を任せ、才能を自ら引きずり出さなければいけないわ。そして、それだけの事をしても、本当に頂点になれる人間はほんの一握り。つまり、大多数の人間は、頂点にはなれない」 けれど。アンジェラの深紅の瞳が、力を増す。 「貴方は頂点になれなかったからといって、だから己は駄目だと断じている。頂点はそれほど楽なものでもないし、誰もがなれるものでもないわ。それができないからといって、恥じる理由にはなりえない。まして、死ぬ理由になど」 「それもまた、君の価値観じゃないか。僕の価値観とは違う」 「貴方のそれを価値観と呼ぶのであれば、人間は生きられないわ」 「だろうね。だから僕は死を選ぶ。それに平気な人間だけが生きていけばいいんだ。僕のような脱落者を置いて、ね」 しばし、アンジェラと僕の視線が交錯した。アンジェラに引き下がるつもりはないだろう。けれど、それは僕も同じだ。 僕は、自分を嫌ったままで生きていられるほど強くはない。そして、自分を好きになるためには、僕の目標はあまりに高すぎた。 好きになる事も嫌いなままに生き続ける事もできない僕には、もう自ら死ぬくらいの選択肢しか存在しないんだ。 僕を見ていたアンジェラの視線は、ふと外れた。足元に落とし、何かを堪えるように、小さく震えている。 「……生きる事は、必ずしも幸福とは言えない」 ぽつりともらすアンジェラの声は、小さなものなのに、はっきりと聞こえる。まるでそのまま、心臓に突き刺さるかのように。 「それでも。私は、生きて欲しい」 顔を上げたアンジェラの瞳は濡れていた。今にも涙がこぼれ落ちそうなのを、必死に堪えている。 「なんで、泣いてるわけ」 悔しいから? 悲しいから? どんな理由かは、わからない。そもそも、どうして泣くのか、僕には理解できなかった。 アンジェラはそっと目元を拭い、言った。 「私にも、己を恥じ、嫌っていた時があったわ」 「え?」 この、アンジェラが? 自分を恥じる? 「私とて、万能なわけではないわ。できない事はできないし、敵わない相手には敵わない。私はそれが、貴方よりも少ないだけ。ゼロではないし、存在する限り、そこには絶望もあるわ」 「なら、どうして死ななかったんだ。いや、死神だから死ねないのか?」 「そうね。私には、死という選択さえも与えられていなかったわ」 それは、どれほど苦しい事だろうか。 僕にはまだ、自分を殺すという選択肢がある。けれど、アンジェラはどれほど願おうとも死ぬ事さえ許されない。 己を嫌ったままに永遠の時を生きる。それは、どれだけ辛い事なんだろう。 「己の無力さを恥じ、どうして以前にやらなかったのかと後悔した。自分という存在を否定していた。 私に、違う道を教えてくれたのは、人だったわ」 「人間が……?」 アンジェラは頷いた。 「彼女は、明らかに敵わない相手にも必死に立ち向かってくれた。ただ、私を守るためだけに。そして、私に道を示してくれた。壁から逃げ、己を嫌悪するのではなく、壁に立ち向かい、綺麗な己も汚い己も全てを包括するという事を」 「そして、今に至ると」 再び首肯し、アンジェラは続けた。 「もしかすると、貴方は絶望的に嫌な人間かもしれないわ。貴方を深く知らない私にはなんとも言いがたいけれど、あるいは、貴方には好むべき点など何も存在しないかもしれない。 それでも、生きている限りは未来があるのよ。生きているという事は、何にも勝る利点。いずれは、己を愛する日が来るかもしれない。もちろん、来ないかもしれない。それを決めるのは、貴方自身だから」 「だから、生きろってのか」 三度、首を縦に振る。 僕はそれほど安っぽくはない。こんな話を聞いたくらいで自分を好きにはならないし、未来に希望を持ったりもしない。 あくまで世の中の大半は絶望で作られていると思っているし、僕自身が招き寄せるものも、ただの絶望か、あるいは希望の皮をかぶった絶望なんだと思う。 そんな僕でも、死に損ねた。まだ、生きていた。 「アンジェラ。君は、僕が好き?」 聞くと、一瞬だけアンジェラは目を丸くした。次の瞬間には柔らかにほほ笑み、 「私は常に生きようとする者の味方よ」 答えた。 生きようとする者の味方、か。 それはつまり、今の僕の味方ではないという事。生きる事を放棄した僕の。 「……帰ってくれ」 僕は布団を引き上げ、強く目を閉じた。 チリン―― 暗闇の向こうでため息をつく気配がした次の瞬間、人の気配が消えたいた。 そろそろと布団の外を眺める。アンジェラの姿は、消えていた。 「よかった」 あんなのが目の前にいたんじゃ、落ち着けない。 「生きる、か」 それは、とても難しい事だと思う。 曖昧な言葉で、本当の意味なんてわからない。広義には今の僕も生きているという事になるし、狭義には今の僕では生きていると言う事はできない。 それでも、もしもひとつだけ、言うとするならば。 「……死なない、か」 僕は僕が嫌いだ。大嫌いだ。 しかし、そんな僕でも、生きようとする限りは認めてくれる人も現われるだろう。アンジェラのような。 人は、自分で自分を愛さなくても、誰かに愛してもらう事で生きていける。 それは、当たり前の事だった。当たり前すぎて、気づくのが遅れた。下手をすれば、死んでから気づくとこだった。 「僕は、僕が嫌いだ」 嫌いだけれど。 「仕方ない、か」 アンジェラの顔を思い浮かべる。泣きそうな顔、怒った顔、真剣な顔。表情そのものの変化は乏しいくせに、伝えたいものはきちんと伝わる。そんな顔だった。 「貸しだぞ」 呟き声は、おそらく届いていないだろう。それでいい。 僕には、自分を嫌ったままに生きるほどの強さはない。 けれど、人間ってのは、足りない力を他からもらう事で補う事ができる。それが、支えるという事か。 自分の中に、僕は存在価値というものを認めていない。いなくなればいいと、今でも思う。 しかし、そんな僕を、初対面のくせに真剣に欲するバカがいる。冷静に考えればおかしな事だろう。初対面で生きてくれ、なんて言われても、何を言ってるんだ、という話になる。 そこに説得力なんてあろうはずがない。なのに、僕はなぜか、あの女の子にまで嫌われたいとは思えなかった。 ……これは、そういう事なんだろうか? いやいや。 死に損ねた僕の体はボロボロだ。ひとりで立つ事はできない。僕は、そういう人間なんだろう。 だから。 「支えてくれよ、しっかりと」 その間は――まだ、生きておいてやる。 少女はまだそこにいた。普通の人間には姿が見えないようにしただけで、部屋から出てはいなかった。 だから、少年の呟きと、その内にある想いまでも、感じ取っていた。 「支え、ね」 少年の言葉を繰り返し、少女はゆらゆらと首を振った。 「これだけ多くの人々に支えられている私もまた、誰かの支えになる。支えて、支えられて。人はひとりでは生きられない。そしてそれは、死導者も同じ」 少女は独り言を呟き、少年に目を向けた。少年の瞳には、虹色が浮かんでいた。 夜空色の少女が、そっと笑んだ。と、その時。 「アンジェラ見っけ。ここにいたのね」 壁をすり抜け、桜色の少女が現われた。その肩に、漆黒の獣が乗っている。 「ケイ、エル」 夜空色の少女が名前を呼ぶと、獣はひょいと跳んで少女の頭に乗った。 一方、桜色の眷属はベッドの上に寝転がる少年に視線を移し、 「この子がどうかしたの? んー……? 泣いてる?」 「彼は、私を欲してくれたの。私が彼を欲したようにね」 桜色の眷属は言葉の意味を数秒かけて考え、唐突に理解した。 「え!? ちょ、まさかアンジェラに惚れたの!? こいつ!?」 「そうらしいわね」 「らしいって、ちょっと! そんなの許さないわよ!」 「――? どうして?」 「だって、こう、とにかくダメッ!」 「落ち着きなさい、ケイ。別に恋愛をしようというわけではないわ」 「……はい?」 チリン―― 死導者は少年に近づいた。そして、その顔を覗きこむ。 少年の瞳に、彼女の姿は映っていなかった。蛍光灯の光を反射し、きらきらと光り輝く雫だけが、そこに揺れている。 「嫌い、嫌い、嫌い。何もかもを嫌って、そこに残るものはない。嫌悪は拒絶、拒絶は廃絶。人は嫌うものを自らの中から追い出してしまう。自分自身さえも嫌ってしまえば、己の中に残るものは何?」 「えー、そりゃ、他人?」 顔を上げた死導者は、頷いた。 「今、彼が生きている根拠は、他人が内にあるというものだけ。それすらもなくなった時、彼は再び、死のうとする。おそらくだけれど、その時はもう止められないわ」 「じゃあ、どうするの?」 「願うだけよ。彼が、他人を消し去らないように。彼が人に絶望しないように」 彼女は、そんな経験を何度もしてきた。 説得し、説教し、何人もの人間に生を与えてきた一方で、失敗し、何人もの人間が自ら命を立つ瞬間に立ち会ってきた。 彼女は、生きる誰よりも、多くの死に触れてきた。 「彼には死神が憑いているようなものね。いつ、彼が自殺してもおかしくない。 その鎌が、永遠に掲げられたままであるといいのだけれど」 夜空色の少女は空を見上げる。重く苦しい曇天を。 嵐は過ぎ去ったのに、未だに晴れない空。どうすれば光を呼び込めるのか。 少女にも、わかっていない。 「……私たちは、無力ね」 「弱いだけよ。誰かを救う事はできる」 眷族を見上げ、夜空色の少女は小さく笑った。 「そうね」 同意は、静かに染み渡り、やがて消える。 チリン―― |