私は、ひとりでは何もできない。
 それでも、何かをしようとはする。
 諦めたら、そこで終わりなんでしょ?


 彼は不思議な影を持っていた。
 まるで今にも壊れそうなほどに儚げで、弱々しい感じがした。そのくせ、誰よりも強く輝いているようにも見えた。
 要するに、私は惚れたわけだ。彼という人間に。
 好きになれば相手の全てが愛しくなるもので、あらゆる面がポジティブに見えたりする。だから、実際の彼は、私が思うほど魅力的な人間ではないのかもしれない。事実、私は彼の周囲で浮いた話をひとつも聞いた事がなかった。
「や。待たせましたね」
 つらつらと考えていると、彼の声がした。顔を上げると、彼がいつもの笑顔で立っていた。共通の友人いわく、薄っぺらい笑顔。私はそうは思わないけど。
「相変わらずお忙しい事で」
「霧島さんと比べたら大抵の人は忙しいですよ」
「言ったわねぇ。決めた、許したげようと思っていたけど、今日はユージのおごりね」
「えー?」
「おっさんが『えー?』とか言わない」
「あの、俺はまだ二十歳なんですけど」
「小学生から見れば十分におっさんでしょ。成人してればおっさんよ」
 彼は不満そうに口を尖らせたけど、舌戦では私相手に勝ち目がない事を悟っているせいか、それ以上の反論はしてこなかった。
 ユージはきょろきょろと見渡し、
「他の人たちは?」
「まだ」
「……なら、なんで俺だけ文句を言われるんですか」
「ユージだから」
「理不尽だ……」
 私からすれば理にかなっている。ユージに甘えたい、それだけだ。好きな人に許してもらえる。これ以上の幸せはなかなかない。
 もっとも、ユージはまだその事を、知らない。

 サークルの面々で飲み会。私の分はきっちりユージに払わせ、それぞれが帰路についた。
 飲み会の最中、何を話していたのか、すでにあまり記憶していない。酔っているわけじゃなく、ただ単にユージしか見ていなかっただけだ。
 今、私はユージとふたりで歩いていた。私の家は駅から近いところにあり、駅に向かうユージが送ってくれる事になったからであって、他意はない。
 ――嘘。他意あり。
「にしても、遅くなっちゃったわねぇ」
 私は携帯の時計を見た。時刻はすでに日付が変わる直前まで迫っている。
「終電に間に合う?」
「まだ大丈夫です。電車、半ですから」
「なら、あと三十分くらい遅かったら、帰れなかったわけだ」
 それはミスだった。どうせなら終電が出てからにしてやればよかった。
 そのまま、しばらく無言で歩く。夜半の町は静かだ。そろそろ飲み屋さえ閉店する時間で、他に道を歩く人は見当たらない。まるで世の中には私たちしか存在しないような、そんな気になってくる。
「ねえ」
 酔っているせいだろうか。口が勝手に動く。
「ユージ、彼女っていないよね」
「なんですか、いきなり」
「いやあ。こんなとこを彼女に見られちったら、あんたも大変な事になるでしょ」
「――余計な心配です」
 ユージは恥ずかしいのか、私に顔を見られないように少し前に進んだ。私はその後を歩く。
「ユージってさ、なんで彼女とか作らないの?」
 ユージは答えなかった。沈黙し、ただちらりと私を見ただけだ。
「なんで、そんな事を聞くんですか」
「んー? やーだ、女の子に言わせる気ィ? 意外とサドなの?」
 足を止めたユージ。真似るように私も足を止めた。遠く、電車の走る音が聞こえる。
「私は君が好きだよ、ユージ?」
 一瞬、息を飲んだ気配がした。そのまま、ユージはみじろぎさえしない。
「気付かなかったわけじゃないよね。あんだけあからさまだったんだから」
 余程の変人かギャルゲの主人公でもない限り、絶対に気がついたはずだ。私は、そのくらいアプローチしていた。周囲が冷やかすくらいに。
「ユージは私の事、どう思ってる?」
 ユージは私に背中を向けたままだった。じっとどこか遠くを見つめながら、黙している。
 長い長い時間の後。ユージは、静寂の中に消えてしまいそうな声で、呟いた。
「…………あー、なんでかなぁ」
 嘆くような口調。けど、声音には何の色もなかった。まるで感情だけがすとんと抜け落ちたような、人形のような声だった。いつものユージの声じゃ、なかった。
 振り向いたユージは、決して私と視線を合わせようとはしなかった。
「ごめんなさい、霧島さん」
 それだけ。たったそれだけを短く告げると、彼は走り出した。
 私は、遠ざかって行く彼の後ろ姿を見送る事しかできなかった。

「そかそか、フラれたかぁ」
 そのまま快活に笑った岩井を、私は全力で殴り飛ばした。
「貴様、フラれた女の前で笑うとはいい度胸だな。覚悟はできてるか?」
「ちょ、悪かった、デリカシーが欠けていた俺が悪かった! だからその魔王みたいな怒気は引っ込めてくれ!」
 私はため息をつくと、再び座り込んだ。生暖かいフローリングは、あまり座り心地が良くない。
「んでも、仕方ねえって。平子は最初から付き合わないだろうって、ちゃんと言っただろ?」
「そーだけどさー……」
 実際にフラれたとなると、やっぱりヘコみ具合が違う。
 岩井は私とユージの所属するサークルのメンバーで、ユージとは中学の頃からの付き合いらしい。ムカつく事に、私よりもユージに詳しいので、色々と相談に乗ってもらっている。
 今朝、起きて私がした事は、岩井にフラれた事を報告する事だった。すると岩井は、私に家に来るように言ってきたのだ。
 会いに行ってみれば、出迎えた岩井は私に残念会を開くと言った。デリカシーは欠けているけど、優しさはある奴だ。
「そういや岩井ぃ、どうして私じゃ駄目なわけぇ? 好みじゃないとか?」
「そんな理由じゃねえよ」
 言って、岩井はチューハイの缶を傾けた。
「あいつはさ、昔の女に義理立てしてんのさ」
「昔の女ぁ? 何よそれ、初耳なんだけど」
「そりゃ言ってないからな」
 私がにらむと、岩井はまあまあと手で制した。
「話してやるよ。そうすりゃお前も納得するだろうからな。ただし、俺が教えたなんて言うなよぉ。あいつ、この話だけはあんまり話したがらないから」
「そんなにヘビーな話なの?」
「最大級にな。
 ありゃ、あいつが中学ん時だ。あいつ、その頃、人見知りが激しかったんだよ。特に女の子が駄目でなぁ、話しかけられるとめちゃめちゃどもった上、俺に後を任せるって具合だったんだよ」
 今の彼にその頃の面影はない。誰とでも接するし、私のように、女の子とも普通に話ができる。
 けど、岩井が嘘を言うとも思えない。という事は、彼なりに努力したんだろう。
「それがさあ、何の因果か、あいつに惚れた奴がいたんだ。クラスメイトの女子でさ、めっちゃ可愛い子だったよ」
「――んで、コクったわけ?」
「まあな」
 酒で口を湿らす岩井。私も、少しだけ口に含んだ。
「けど、あいつは女の子はまるで駄目。コクった子に何の返事もできないまま、逃げ出しちまったんだ」
「残された女の子はどうしたわけ? クラスメイトなら翌日だって嫌でも顔を合わせるでしょ」
「……いや」
 岩井はゆっくりと首を横に振った。
「金曜にコクって、翌週の月曜、その子は学校に来なかった。心配したクラスの女子が昼休みに電話したら、その子、泣いていたそうだ」
 土日を挟み、月曜になっても、まだ泣き続けるほどのショック。それは、どのくらいのショックだったんだろう。私とは、どちらの方が?
「それを知ってさらにショックを受けたのが平子だな。自分がはっきりしないせいで傷つけたって、めちゃめちゃ動転してた。
 結局、女の子はその次の日から学校に来るようになったんだけどさ、平子の方はボロボロで。それから卒業するまで、あいつ、学校じゃほとんど口を開かなかったよ」
「そんなに……」
 それが、彼の、トラウマなんだ。
「今じゃ一応は人と付き合えるようになったけどな。
 それでも、あいつはまだ義理立てしてるんだな。あの女の子に」
「義理立て?」
「その子に返事ができなかった自分が、他の誰かと付き合う事はできねえんだと。バカだよなあ」
 最後は独り言のように言って、岩井はぐっと残りのチューハイを飲み干した。
「……それ、どうにかならないかな」
「まだ諦めてねえの?」
「そういう問題じゃないの。ユージが苦しんでいるから……、だから、助けたい。それだけよ」
「つってもなあ」
 岩井は頭をガシガシとかき、
「悪いけど、その件に関しちゃ俺は手助けできないぜ。高校三年を通したって改善はしなかったんだ。俺の力じゃ、どうにもならねえよ」
「うん、いいよ。教えてくれてありがと」
 立ち上がった私を見上げ、岩井は言った。
「何かあったら連絡しろよ。できる事くらいはしてやっから」
「親切ね。惚れてんの?」
「バカ。さっさと行け」
「……、本当に、ありがと」
 岩井には、感謝しきれない。
 心の底から、そう思った。

 真っ先に私がした事は、なんとかその女の子の連絡先を知る事だった。
 岩井も挑戦した事はあるらしい。けど、アメリカに引っ越したらしく、連絡は取れない状態だとか。
 私もなんとか探そうとしたけど、駄目だった。中学の知り合いにも今は連絡がない以上、私が探すのも難しい。
 けど、諦めたくはなかった。彼に、ユージに、きちんと過去とケジメをつけて欲しかった。結果として私を見てくれなくても構わない。とにかく、前に進んで欲しかった。
 日々は空回りし、何の進展もないまま過ぎていく。
「どうしたものかしらね」
 ため息をつきながら、私は帰り道を重い足取りで進んでいた。
 今日も進展はなし。この調子だと、いつになったら成功するやら、まるで想像もつかなかった。
 チリン――
 沈んでいた顔を上げると、ふたりの女の子が道の真ん中に立っていた。片方はやけに大人びた様子の小学生、もう片方は独特な服装の高校生だ。
「尋ね人は見つかった?」
「――? なんで私が人探ししてるって知ってるの?」
「彼……、剛に聞いたからよ」
「剛?」
 繰り返して、ああ、と思い出した。そういえば、岩井の名前がそんな感じだった。
「へー。岩井に小学生の知り合いがいるなんて思わなかった」
「私は小学生ではないわ」
 淡々と、女の子は告げた。事実だけを口にするように。
「私の名前は、アンジェラ。死を導く者」
「あ、あたしはケイね」
 ついでのように言い、それきりふたりは黙ってしまった。
「えっと、死を導く? 死って、生死の死?」
「そうよ」
 チリン――
 女の子はくるりと回った。そして、何かを空に向ける。
「剣?」
 それは間違いなく剣だった。小学生の女の子が持つのに、これほど不釣り合いなものはない。
 そして、それはどこかに隠しておけるような代物ではなかった。
「これで私たちが普通の人間ではないと理解してもらえたと思うのだけど?」
「ま、ここまでは本論じゃないんだけどね。あたしたちが人間じゃないって知ってもらってからでないと、話がしにくいから」
 人間じゃない?
 ……そう信じるのが最も簡単にこの現象を説明する方法ではあるけど、そうそう信じていいものだろうか。もしかしたらただの手品かもしれないし。
 ――それはそれでいっか。私の相談に乗るのに、手品しか詐欺師か人外かなんてあまり関係ない。……たぶん。
「えっとぉ、なんだっけ? アンジェラ」
「彼女の願い、よ」
「ああ、そうだ」
 ぽんと手を打ち、ケイは私を見た。
「多少の話はあたしたちも聞いてる。けど、詳しい話は聞いてないのよ。少し、話してくれない?」
 その言葉に、私は逡巡した。話していいのかな。私の想い。彼のトラウマ。
 どうしようと迷い、結局、話す事にした。このふたりなら信頼してもいい。理屈ではなく、そう感じた。
「少し、長いわよ」
 前置きし、私は語り出した。口を開くと止まらなかった。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 彼のトラウマ。私の想い、そして、願い。
 全てを聞き終え、ケイは深々と息を吐いた。
「呆れるわねぇ、そこまでくると」
「でしょ? でも、ね。そこらへんは、惚れた弱味よ」
 一瞬だけケイが微妙な表情になった気がしたのは気のせいと信じたい。
「あたしたちは恋のキューピッドじゃないんだけどねえ。ま、生き悩む人なら、仕方ないか」
 ケイが言い、アンジェラが頷く。
「大丈夫、任せて。明日、あなたの家に行く。その時には解決するわ」
 本当だろうか。
 まあ、ダメ元でやってみるのも悪くない。
「なら、お願いね」
 ふたりは力強く頷いた。それが、なんとなく頼もしく見えた。

 私の部屋には気まずい空気が漂っていた。
 それほど広くない部屋に、今はふたりきり。私と、ユージだ。
 アンジェラたちは昨日、ユージを部屋に呼んでおくようにと言っていた。そこで、ユージの携帯にメールを送った。
 拒否されるかと思ったけど、ユージは意外と素直にやって来た。そうして軽く挨拶してから、一言も発していない。どうして呼んだのか、その理由さえ聞かなかった。
 私もなんと説明すべきか迷い、何も言い出せない。結局、部屋を支配するのは沈黙のみだった。
 そんな、強固な壁みたいな静寂を破ったのは、小さな小さな鈴の音。
 チリン――
「こんばんは」
 挨拶と共にどこからともなく現われたのは、アンジェラとケイだった。
「貴方が、平子雄二?」
 ユージは目をパチパチとさせ、頷いた。
「あの……、霧島さん、この人たちは?」
「私の知り合い」
 としか答えようがない。まさか人間ではありません、なんて紹介もできないし。
「雄二、貴方に会いたいという人がいるの。会ってくれないかしら」
「――俺?」
 こくんと頷くアンジェラ。ほとんど同時に、ケイが玄関に向かって声をかけた。
「入っていいわよー」
 ギイ、と扉を押し開けて入って来たのは、私と同世代の女の子だ。長めの前髪の間から、利発そうな目が覗いている。
「久しぶり、雄二」
 女の子は言った。
「…………え?」
 ユージは目を丸くしたまま固まった。まるで現実にはあり得ない光景に出くわしたかのような態度。けれどこれは、正真正銘の現実だ。
「なんで? なんで、こんなところにいるんだ?」
「だって雄二がアタシをフった事をまだ気にしてるって聞いたからさ」
 ――この子が、ユージの心を縛っていた元凶。
 そう思うと、逆恨みだとはいえ、腹が立った。あんたなんかがいたからユージは苦しみ続けたんだ、と罵りたかった。それを辛うじて押しとどめたのは、私の理性だ。
 ユージはじっと女の子を見つめていた。女の子もユージを見返していた。悔しいけど、今のユージの世界に私は存在しなかった。
「……ごめん」
 ユージの、泣きそうな声。それを耳にするだけで、私まで苦しくなってくる。
「ごめん。俺があの時、もっとはっきりしていればよかったんだ。どちらとも答えず逃げ出すなんて、最低だ」
「そーね」
 重々しい態度のユージとは正反対に、女の子は軽々しく言った。
「俺、それが、ずっと気になってた。あれから一度も謝れないままで、ずっと重荷で――!」
「まま、落ち着きなさい」
 女の子は軽く手で制し、
「雄二さ、気にしすぎ。どう考えても。女は執念深いとか言うけど、中学の時の話だよ? お互いにまだ子供だったしさ、特に雄二は女の子が苦手だって、知ってて告白したんだよ? そんなにいつまでも悩むような事じゃないって」
 私に何かをいう権利はないけど、あえて言うなら、女の子の言う通りだと思う。
 昔は昔。過去は過去。過ぎ去ったものは取り戻せないし、今さら、そうそう悔やみ続けるようなものでもない。
 過去は、変えられないから。だから、目を覆うにしろ、背負って生きるにしろ、とにかく気にしない方がいい。
 そうやって、人は大人になっていく。
 ユージは、まだ子供だったんだ。私たちより、ずっと。
 ユージは女の子を見上げ、その手を取った。手を額に触れさせる。
「ごめん」
 女の子は、ユージの肩に手を置き、答えた。
「許すよ」
 その一言は、ユージが何年も待ち望んだ言葉。
 たった今。ユージは、長年の呪縛から解き放たれたんだ。
 目には見えないし、何の証拠もないけど、そう感じた。

 駅までの短い距離を、ユージと並んでゆっくり歩く。
「あのふたり、霧島さんの知り合いなんですよね?」
「そうだよ」
「変わったふたりですね」
 私もそう思う。人間だとかそうじゃないとか、関係なしに。それとも、人間ではない存在って、みんなあんな感じなんだろうか?
「俺、どうすればいいかもわかってました。何をすべきかも。わかっていたのに、踏ん切りがつかなかった」
 前を見ながら語るユージの横顔に、もう迷いの色はなかった。
「霧島さん。今度、一緒に映画でも見に行きませんか。ちょうど、見たかったヤツがあるんです」
 私が足を止めると、今度はユージも足を止めてくれた。
「いいの?」
「もちろん」
 私たちは、一緒に歩き出す。
 この先に幸せが待っているのか、それとも違う何かが待っているのか。
 それさえも、今は楽しみだ。


 狭いアパートの片隅に、その男は座り込んでいた。壁に背中を預け、どこか退廃的な空気をかもし出している。
 チリン――
 男が顔を上げると、無表情に泣きそうな少女と、強い意志を眼差しにたたえた少女が立っていた。
「いよう。ちゃんとやってくれたのか?」
「ええ。彼は、自分の道を歩き出したわ」
「後は彼女次第だけど、まあ、うまくいくんじゃない」
「そっか。そりゃあよかった」
 言って、男はうつむいた。
「悪いな。騙す手伝いまでさせちまって」
「私は構わないわ。けれど、彼は気づいていた気もするわね」
「あー、気づいてたろうなぁ。そりゃ。霧島には言わなかったけど、あいつ、もう死んでるんだ」
「死んでる? じゃあ、最初からバレバレなんじゃない。なのに、どうしてあんな事をさせたのよ?」
「彼に過去と決別させるため」
 夜空色の少女の言葉に、男はニッと笑ってみせた。
「あいつは何も言わなかったけど、死んだって知らせは届いたはずなんだ。俺にも届いているくらいだし。
 それでも、あいつは何も変わらなかった。会って謝れない限りは踏ん切りがつかなかったんだろうよ。だから、一芝居ってわけだ。大根役者にだけどな」
「大根で悪かったな」
 不満げに言ったのは、桜色の少女ではなかった。その後ろに隠れるように立っていた、少年だ。
 黒い翼を持つ少年は肩をすくめ、
「アンジェラの頼みってーから聞いたら、なんだよそれ。バレバレの芝居だって? まったく、俺っちをなんだと思ってるんだよ」
「いいじゃない、別に。暇なんでしょ」
「……まあ、そりゃ、否定はしないけどよ」
 言って、少年はくるりと背中を向けた。
「じゃあな。また、そのうち会おうぜ」
 ひゅっと風を切る音を残し、少年の姿が消える。そうして残ったふたりの少女は、自然と男に視線を集めた。
「――覚悟、できた?」
「とっくに」
 言って、男は自分の胸をとんとんと叩いた。
「本当は、こんなところで死にたかないんだけどなぁ。今度は別の意味でトラウマになりそうだし。けど、まあ、ふたりでならトラウマだって乗り越えられるだろ」
「そうね。人は、己にない力を他人から分け与えてもらえる生き物。彼女たちなら、手と手を取り合って、前に進んでいくはず。どんな壁を前にしても、ふたりで」
「だろうなぁ。むしろ、そうなってもらわにゃ困る。俺が死ぬ気で色々とやった甲斐がねえ」
「あんたはあたしたちに指示しただけでしょーが」
 青年はくすりと笑い、何も言わなかった。
 チリン――
 漆黒の少女は剣を握る。その切先を男に向け、そっと目を閉じた。
「貴方の事は、忘れないわ」
「俺もだ」
 真剣な調子で言って、冗談のように顔を歪める。
「すぐに死ぬけどな」
 微笑み、少女は剣を青年の胸に突き刺した。
 淡い光が、青年を包み込む。
「……さようなら」
 光の中に、きらきらと雫が輝いていた。
 チリン――



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