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翌朝、俺は壮太と一緒に家を出た。和解をしたわけじゃあない。単に昨日の朝、俺が杉崎さんと一緒に登校するのを壮太が目撃しただけだ。 俺たちは“表面上は”仲良しのまま、しかし心理は冷戦状態で学校までの道を歩く。 「高梨君!」 昨日と同じくらいの場所で、杉崎さんは現れた。 『おはよう』 綺麗に声をハモらせて、俺たちは挨拶をした。 杉崎さんもニコリと笑っておはよう、と呟く。 「今日は一緒なのね」 「ああ、用事もないからね」 壮太が答える。昨日も用事なんざなかったくせに、よく言うよ。 という訳で今日は俺たちで杉崎さんを挟むようにして登校する。俺と壮太がとりとめもない下らない話をし、杉崎さんはそれにいちいち真面目に反応してくれた。その、時だった。 チリン―― 昨日と同じ鈴の音色。嫌な予感がしつつも俺は振り向いた。 昨日の、子だ。あのわけわからない話をした、不思議と存在感のある子供。 「どうしたの?」 杉崎さんは立ち止まった俺を見て、更に俺の視線の先に目をやった。 「……何かある?」 「え?」 杉崎さんの視線は確かに女の子に注がれている。なのに、杉崎さんの目は……女の子を、映していなかった。 「無駄よ。私は貴方だけに姿を現している。余程の特殊な目を持っていない限りは、ね」 女の子も黙って俺の横に立った。一緒に行くつもり、か? 「孝太ぁ、行くぞぉ?」 壮太が少し先で俺を呼んだ。俺は仕方なく歩き始める。案の定、女の子も俺の隣を歩き出した。 「反応はしなくていい。基本的に無視した方がいいわ。私は人間には見えないし、肉体を具現化するのは疲れるからあまり多用したくはないの」 横では杉崎さんと壮太が楽しそうに話す。俺はそれに適当に相槌を打ちながら、しかし話を聞いちゃいなかった。女の子にばかり、注意がいってしまって。 「私は死導者。死を導く者。貴方たちの概念では死神と呼ぶのが適切かしら」 死神……? 確かにこいつは壮太にも杉崎さんにも見えちゃいない。って事はこいつがただの人間じゃないって事で、こいつの言う事もあながち嘘とは言い切れない。 じゃあ、昨日の話も……? 「昨日も言ったけれど、貴方の生が尽きかけているの。理由は簡単。貴方たちが魂の分裂体、つまり双子だから」 死ぬ? 俺が、死ぬ? 嫌だ。まだやりたい事がある。ようやく俺を見つけてくれた人が現れたのに、もうお別れなんて――! 「貴方たちは本来ならひとつの肉体にひとつの人格が入る筈だった。それがどこで狂ったのか、貴方はふたつの肉体に、たったひとつの人格が入らなければいけない状態となってしまった。だから、人格はふたつに別れ、結果として貴方と彼が生まれた」 器と魂? なんだよそれ、漫画かゲームみたいな話じゃんか。それが、現実にあるって事か!? 「元よりひとりぶんの生を分けあった貴方たちは、肉体は完全でも魂が不完全。自然と魂の寿命は短くなってしまう」 寿命……? こんな、まだ十数年しか生きていない人生で、もう寿命だって……? 「魂の寿命は世界の因果律。魂の死を迎えた者は例外なく肉体の死を迎える。世界という、見えない意思によって。本当に残念、ね。貴方は……もう、終わりなの。どう足掻こうと、結末はひとつしか待っていない」 「待てよ……」 俺が、死ぬ? そんなの……そんなの認められるかッ! 「どうにかする方法はないのかよ!? もう結果は決まっているなんて、そんなの許せるわけないだろうッ!」 「う、うん……、そうだよね」 杉崎さんの声で俺は我に帰った。気付けばすでに校門の前。隣には少し驚いた感じの杉崎さんと壮太がいた。 「そりゃマズいけどよ、もう取り壊しは決まってるんだから仕方ないだろ?」 壮太があきれたように言う。取り壊し……? 「何の、話だ?」 「は? だから花壇の話だろうが。お前、寝ぼけてんのか?」 花壇? ああ、そういや裏庭の花壇を潰して物置を作るとかって話があったな。園芸部が嘆いてたっけ。 「あ、ああ、ワリィ。ちょっと興奮し過ぎた」 「ううん、いいよ。そうだよね。私、園芸部を手伝ってみる。校長先生に話して、なんとかできるように説得してみる。ありがとう、孝太君。おかげで決心できたよ」 そう言って、杉崎さんはニコリと笑った。何か知らんけど、杉崎さんは園芸部を手伝う事になったらしい。 見れば、壮太が苦い顔をしている。ああ、どうやら俺は点数を稼いだらしいな。 「そうだ――」 右。左、前、後ろ。 すでにどこにも、女の子の姿はなかった。 「何か探し物?」 不思議そうな顔をする杉崎さんに、 「いや、何でもない」 俺は誤魔化すように答えていた。 放課後、成り行きと言うか下心と言うか、まあ様々な感情が入り交じった上で俺は園芸部に仮入部する事となってしまった。もちろん壮太も一緒だ。 つっても、俺も壮太も園芸の知識は皆無。そこで、杉崎さんと園芸部長の荷物持ちとして、買い出しに付き合う事になった。 俺はクソ重い肥料を持って歩く。俺の隣を歩く壮太も似たり寄ったりだ。 園芸部長と杉崎さんは少し前を歩いている。楽しそうに話しているけど、転校してきたばっかりでよく馴染めるよな? 歩いている場所はトラックもよく通る大通りの端の歩道。たまに犬の散歩をしている爺さんとか、部活中らしい男子と擦れ違った。 「……孝太」 「ん? どした」 隣を向くと、壮太が青白い顔で歩いていた。 「おい、大丈夫か? 顔が青いぞ」 「孝太、すまん。俺の負けだ」 「……え?」 壮太が俺を突き飛ばした。前に吹っ飛んだ俺は、杉崎さんたちに覆いかぶさるように倒れ込む。 「お……!」 い。文句を言い切る前に、俺の声は甲高いブレーキ音にかき消された。 視界に潰れたトラックが入る。そこは、たった今まで俺がいた場所。 「壮、太……?」 嘘、だろ? 冗談だよな? 返事、返事をしろよッ! 今更ながら悲鳴が響いている気がする。何だか、全ての音が曖昧だった。 「壮太! へ、返事をしてくれよッ!」 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! こんなのありえるのかよ!? 死ぬのは俺だった筈だろ!? 壮太を殺してまで生きたいなんて言った覚えはねえよ!! チリン―― 突然、鈴の音が響き、 「少し、眠りなさい」 俺の世界は、 「起きたところで、不変の平穏はないけれど」 暗転した。 頭が、痛ぇ……。 誰だ? 誰かが、騒いでやがる。やめてくれ、そんな声は聞きたくねえよ……。 「うるさいだろ」 呟いた途端、俺の上に何かがのしかかった。 「だッ!? す、杉崎さん、痛い!」 「え!? あ、ああ、ごごごごめんなさい!」 杉崎さんはガバリと俺から離れ、顔を赤く染めた。 ここは……病院か。杉崎さんに園芸部長がいる。 杉崎さんには怪我はなさそうだな。ついでだが、部長も問題なさそうだ。見た目での判断だけどな。 「……杉崎さん、壮太は?」 俺が聞くと、杉崎さんは大粒の涙を流して嗚咽を漏らした。 「……壮太君は、トラックと壁に挟まれたの」 部長が重々しい口調で言った。ああ、やっぱ……そうなんだよな。 わけわかんねー。死ぬのは俺だった筈だよな? なのに壮太が死んで、俺は生きているなんて。まるで、あいつが俺の――。 「あ……」 それで、『ごめん』か。なるほど、あいつらしくて俺らしい。 「馬鹿野郎……」 頬を熱い何かが過ぎた。ああ、こりゃあ泣いてるんだ。 俺を悩ませたあいつ、俺の分身みたいなあいつ、常に一緒だったあいつ、誰よりも信頼できるあいつ。それはもう、この世に存在しないんだ。たったそれだけなのに、それだけなのに……俺が死ぬより、辛いんだ。だってあいつは、俺だから。 壮太も知っていたんだ。高梨孝太が死ぬ事は、高梨壮太自身が死ぬより辛いって。 それで、あいつは俺を生かした。どちらかしか生きられないのが双子なら、それってどんなに悲しい間柄なんだろう――。 「あ、私は看護婦さんを呼んでくる」 部長はそう断って、病室を出て行った。他の患者は検査か散歩か、とにかく誰もいない。この場には、俺と杉崎さんだけになった。 杉崎さんはもう泣きやんでいた。真っ赤に腫らした目が痛々しい。 おい、壮太ぁ。杉崎さんを泣かすとはどういう了見だよ……? 「私、ね。転校する前、仲良しの友達がいたの」 杉崎さんは脈絡なく、そんな事を言い出した。 「双子、だったの。高梨君と同じ一卵性双生児。顔も仕草もそっくりで、お母さんも間違えていた。でも、私には違いがわかった。違う人間なのに見分けて貰えないのは辛いって言ってた。だから私に見分けて貰えて、まるで世界で初めて見つけて貰えたみたいで、嬉しかったって。そう、言っていたの」 それじゃあ、まるで俺たちみたいだ。 だから杉崎さんはわかったんだ。俺たちの違いも、俺たちの想いも、全部を知っていたんだ――。 「でもね、でもね。ある日……一緒に映画を見に行って、その帰りに……事故に、遭ったの。ふたりは私を生かすために私を弾いて、結果として私だけが生き残った。それが辛くて悲しくて、発狂しそうだった。 お父さんは、環境を変えた方が良いって転校を提案してくれた。私はそれに従って、ここに来たの。ここに来た時に高梨君たちに会って、驚いた。一卵性双生児に会うなんて、思っていなかったから。だから今度は、今度こそはふたりと楽しく過ごそうって決めたのに、決めていたのに……。こ、こんなとこまで、同じじゃなくていいよォ……。こんなの、酷過ぎる……」 杉崎さんは泣き崩れ、俺に顔を埋めた。 だから。だから杉崎さんは、あんなにも……。 「杉崎さん、違うよ」 杉崎さんはウサギのように赤い目を俺に向けた。俺は、できる限り優しく微笑んでみた。 「俺が生きている。今度は、ふたりとも死んだわけじゃない。生きているなら、何度だってやり直せる」 ……わかってるよ、壮太。お前は俺と同じ考え方だからな。 俺なら、俺が命懸けで生かした相手には幸せになって欲しい。だって、そのために生かすのだから。 だからな、俺も前向きに生きてやる。俺が生き抜いて、俺とお前がこの世に生きた証を残してやるよ。 チリン―― 鈴の音が、聞こえた気がした。 白い建物はまるで巨大な墓標のようにそびえ立つ。 病院を見下ろせる場所に、壮太が浮いていた。 「これでいいんだろ、アンジェラ?」 「……ええ」 壮太の隣には、夕闇が迫る空に溶け込んでしまいそうな少女がいた。 「なあ、孝太にも魂がなんちゃらって話したんだろ? で、どうして結論は俺になったんだ?」 「彼は貴方よりも弱く、故に貴方よりも強さを知っていた。それだけよ」 「はは。俺らにも違いってあったんだな」 小さく笑い、壮太は伸びをした。 「じゃ、俺の魂とやらをあいつに注いでやってくれ。俺の自我なんざいらないからよ」 「……貴方、変わっている人間ね」 「そか? だってよ、孝太が生きて、しかもその中に俺がいるなら……俺が生きているのと同じ事じゃんか」 チリン―― 少女が小さく回り、その手に宝剣を握り締めた。まっすぐ輝く刃が、壮太の胸を指す。 「あーあ。結局、杉崎さんは孝太に取られちまったな」 「一緒になるのだから、変わらないでしょう?」 「はは、まあな。言ってみただけだ」 壮太は笑顔で、呟くように言った。 「ありがとうな。世話になった」 「……これが、私の逝き様だから」 チリン―― 美しい剣は青年を貫き、その肉体は光となって消えていく。 少女はその余韻を抱き締めるように、そっと自身の肩を抱いた。微かな雫を、その頬に流しながら。 チリン―― |