おれは、決して頭のいい人間じゃない。
 だけど、そんなんだからこそわかる事もある。
 おれは、そう信じられる。


 黒板の前でごちゃごちゃ話してる先生をながめながら、おれはユーウツだった。
「なんで学校でもないのに勉強してんだ、おれ……」
 話はカンタン。何日か前の、母さんの発言のせいだ。
『圭ちゃん、塾に行ってきなさい、塾』
 残念ながらおれは子供で、親の命令にはさからえなかった。こわくて。
 んで、塾に通うハメになってしまった。
 まわりは勉強熱心って感じの、おれとは死ぬまで合わなさそうなやつばっか。
 ともだちと遊びに行かないように先手を打たれ、塾内にともだちはゼロ。
 おかげで、タイクツだった。
 ……おやすみ。
 先生の、日本語とは思えない言葉を聞きつつ、おれはまぶたを閉じた。
「ねえ」
 いきなり、腹をつつかれた。
 顔を上げると、となりの女子がおれを見ていた。
 いろんな色をかたっぱしから混ぜて黒くしたような、ふしぎな目をしていた。
「あたし、亜美。太田亜美。あなたは?」
「おれ? 杉坂圭一だけど」
「杉坂君。ふーん」
 じろじろとおれを見た太田は、
「まだ来たばかりだよね?」
「ん」
「勉強、好き?」
「キライ」
 というか、おれは今までの人生で勉強が好きなやつを見た事がない。あるいは、ここはそんなのばっかりなのかもしれないけど。
 なんて考えていると、太田は机の下で手を出した。
「あたしも。気が合うね、よろしく」
「よ、よろしく」
 思わず、にぎってしまった。
 太田の手は、おれが知るどんな手よりもやわらかくて、あったかい手だった。

 太田はおれと同じように、親に言われてここに来ているらしい。おれよりも二か月くらい早く来ているとか。
 太田も塾の中にはともだちがいなかった。だから、おれは太田とよく話した。
「だいたいさ、塾の勉強って意味ないと思うのよ」
 ふたりが座れる机に乗って、太田は言った。
「勉強ってのは、学力をつけるためのもんなのよね。けど、塾の勉強って、テストで点を取るための勉強なんだもん」
「それって違うのか?」
「違うよぉ。たとえば、塾では『この問題が出たらこうやって解く』って教える。けど、本当は『問題の意味』を知らなきゃ意味ないのよ」
「問題の意味?」
「どうしてそうやったら解けるのか、って事。三角形の公式だって意味はあるんだよ? けど、塾で教えるのは、公式そのものだけ。意味とか出し方までは教えない。最近は、学校でも教えないね」
 ……さっぱり意味がわからん。これは、おれが勉強できないのとは関係ない、気がする。太田、実はすっげー頭がいいんじゃないか? おれや小雪なんかよりもずっと。
「えーと、とにかく、塾での勉強では意味がないと。おれもそう思う」
「でしょ? なのに、勉強勉強って。親は何を考えているんだろうねー」
 親、母さんか。あの人、何か考えているのか?
「まあ、フツーは勉強つったら、将来にやりたい事のためーとかだろうけど」
「やりたい事、かあ。杉坂君は何かあるの?」
「おれ? あー、いや、うーん?」
 改めて言われると、将来の夢、なんてバクゼンとしていていまいちハッキリしない。いつもは考えた事さえないし。
「ま、そんなもんだよね」
 答えに困っているおれを見て、太田はあたりまえだと言わんばかりにうなずいた。
「あたしはね。空を飛んでみたいな」
「空? 飛行機か?」
「そーじゃなくて。こう、鳥とかみたいに、パーッて飛んでみたいの。気持ちよさそうだと思わない?」
「疲れそう」
 言ったら、頭をたたかれた。
「杉坂君、夢がない」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
 太田は笑う。よく笑うな、と思った。笑い顔は、ちょっとだけ、かわいかった。
「なはは。子供の間は夢を見た方がいいよぉ。大人は、夢も見られないもんね」
 なんとなく。
 太田が、さびしそうに見えたのは、おれの気のせいか?

「あー、疲れた」
 塾を出たところで、おれと太田は別れる。その前に、太田はポケットからケータイを取り出した。
「杉坂君、ケータイは持ってる?」
「いや、持ってないけど」
「そう。じゃあ、これ、あたしの番号。さびしくなったら電話していいよ」
 太田が突き出したのは、ノートの切れ端。そこに、数字が並んでいた。
 おれはそれを受け取りつつ、
「でも、ケータイは持ってないからあんまし電話とかしないぜ?」
「いいよ、別に。持ってて欲しいなって思っただけだから。押し売りとか、そんな感じかな?」
 押し売りじゃだめじゃね? 思ったけど、言わない事にしておいた。
 せっかくだから、おれもカバンを開いてノートを取り出し、その端にウチの電話番号を書いた。そして、そこを破り太田に渡す。
「これ、おれの家の番号。さびしくなったら使えば?」
「あ、ありがと……」
 相手の言葉をまねする。本気で電話する事は、たぶんどっちもないと思うけど。
 ふと見ると、どことなく太田の様子が変だった。なんとなく、さっきまでと調子が違うように見える。
「太田。カゼでも引いた?」
「え? 別に?」
「いや、なんとなく変だぞ、お前」
 んー、と口もとに手を当て、
「たぶん、大丈夫だと思う。じゃ、また明日」
 ばいばい、と手を振り、夜に消えていく太田。
 見送ったおれは、手の中の紙切れに目を向けた。
「ケータイか」
 今度、母さんに買ってくれと頼んでみようか。
 たぶん、ぶっとばされて終わりだな。

 いわゆる、へーおんなにちじょー、ってのは、とかくタイクツなのだ。
 学校に行き、塾に行き、家に帰り、そればかり。むしろそれ以外がない。
 太田との距離も、特別に近くなったりはしなかった。近くもなく、遠くもなく。となりで授業を受けながら、日々のグチをもらす関係。
 太田は、本当に頭がよかった。おれなんかでは理解できない事もたくさん知っていて、考えていた。
 おれは太田の話なんて半分もわかっちゃいないけど、それでも、太田と話をしているのはなんとなく楽しかった。
「圭一。なーんか最近、やけに楽しそうね」
 あやしんでいる表情でおれをにらむ小雪に気づき、おれは表情を戻した。
「別に。塾なんか行ってて楽しいわけねーじゃん」
「そう? その割には、今もニヤついてた気がしたんだけど」
 疑い深い目つきの小雪。どうして今日はこんなに勘がいいんだ? ……今日だけじゃないな。
 小雪はおれの、ともだちなんだか幼なじみなんだかクラスメイトなんだか、ようするにそういう相手だ。学校の中では、一番の仲良しと言えなくもない。口に出すとハズカシイから絶対に言わないけど。
「何? 塾で新しい友達でもできたのー?」
「まあ、できたっちゃできたけど」
「へー、んで、ニヤついてたんだ。って事は、やっぱりその子、女の子なわけ?」
「――まあ、そうだけどさ」
 言ってすぐに、
「けど、別に仲がいいとか、そんなんじゃねーからな」
「あー、大丈夫。圭一にそんなカイショーがあるとは思ってないよ」
 これはこれで怒った方がいいんじゃないかと思う。
「で、どういう子なの?」
「すっげー頭のいいやつ」
「どのくらい?」
「おれとお前を足して五をかけたくらい」
「……それって本当に人間?」
 言い方はちょっとあれだけど、でも、本当にあいつは頭がいいと思う。
「でも、そういうのってちょっち心配かもね」
「は? なんで? あいつ、おれなんかよりずっとしっかりしてるぞ」
「だからよ」
 言って、小雪はため息をついた。
「頭が良すぎるとさ、見なくていい事まで見えたりする。そのせいで、色々と苦労したりすんのよ」
「そういうもんか?」
「そういうもん」
 小雪も、実はおれより頭がいい。勉強もできるし、それ以上に、頭の使い方が大人みたいだと思う。
 だから、小雪がそう言うのなら、それは本当の事なのかもしれない。理由はないけど、そう思った。
「気をつけてあげたら? たぶん、友達とか少ないでしょ、その子」
「そりゃ、おれだって塾の中にはあいつしかいないぞ。他のやつ、マジで勉強してるんだぜ?」
「うへぇ。マジ? それじゃあ、気が合わないのは無理ないかもしれないけど。
 でも、本当に気をつけてあげるといいんじゃない。圭一、もしかしたら心の支えになってるかもしれないよ」
 支え、か。
 そんなたいそうな役割、おれには合わない気がするんだけどなぁ。

 家に帰り、塾に行く準備をする。本当はやりたくない事でも、こうして毎日やってると、体が自然に動くんだからなぁ。
 カバンを手に取り、玄関に向かうと、その途中で電話が鳴った。通りがかったところなので、ついでに取る。
「はい、杉坂です」
『……杉坂君?』
 その声は、聞き覚えがあった。というか、明らかに知り合いだ。
「あ? 太田か?」
『そう。やっぱりわかる?』
 そりゃそうだ。ここんとこ、ほとんど毎日のように聞いてるんだからな。
「どうしたんだよ、いきなり。電話してくるなんて初めてじゃねーか。あ、もしかして、さびしくなったとかかー? どうせ後で会うんだから、いいじゃねーの」
『うーん、まあ、そんなとこなんだけどさ。今日、あたし、塾はお休みするから』
「は? そうなの? なんで?」
 カゼでも引いたかな、と思いつつ、答えを待つ。けど、答えはいつまでも返ってこなかった。電話の向こう側で、バイクが走る音が聞こえる。
「おい、太田? どした?」
『――まあ、ねえ。きっと、たぶん、大丈夫。たださ、杉坂君の声が聞きたくなっちゃって』
 ふと、小雪の言葉を思い出した。
 心の、支え。
 もしかして、今、太田は?
 考えた瞬間、手に力が入った。
「おい、太田。今、どこにいるんだ」
『えー? 杉坂君、ストーカー? あは、そういう子も、嫌いじゃないよ』
「ごまかすんじゃねえ。どこにいるんだ!」
『……だーめ。教えてあーげない』
「太田ぁ!」
 電話をにぎりしめても、太田の声は、遠いままだった。
『杉坂君。ありがとうね。楽しかったよ』
「太田!」
 返事はないまま、通話は切れてしまった。
 おれは乱暴に受話器を戻すと、家を飛び出した。
 太田、お前は、どこにいる?
 お前に、何があった?
 おれは、お前の考えなんて理解できない。お前がどうしてそういう結論になったのか、ちっとも理解できない。理解したくもない。
「太田!」
 チリン――
 その音色は、まるでおれの体を引っ張ったかのように、引き止めた。
 振り向くと、おれと同じくらいの年の女の子が、マンションの廊下に立っていた。
「急いても事を仕損じるだけよ」
「あ?」
 冷ややかな視線。見つめると、じっと見返してきた。
 深紅の瞳。それは、まったく違う色なのに、どこか太田の目を思い起こさせた。
「えーと、圭一、だっけ?」
 いつの間にか、おれをはさむように、後ろにも女の人が立っていた。こっちは高校生くらいで、なんか強そうな目をしている。
「な、何だよ? おれ、急いでるんだ」
「わかっているわ。けれど、急いだだけで、あの子が見つけられると思うのかしら?」
「――太田の、知り合いか?」
 おれの前に立つ夜空色の女の子が、こくんとうなずいた。
「私はアンジェラ。彼女はケイ。貴方を、彼女のところまで案内するわ」
 そう言って、アンジェラは手を差し伸べた。
 なんとなく、天使みたいだ、と思った。

 どこをどう走ったのか、とにかく夢中だったから覚えていない。
 よくわからないまま、おれはどこかのマンションまで走り抜けた。息は苦しいのに、足は止まらなかった。
 走って走って、マンションの屋上まで行ったところで、おれはようやく足を止めた。
 夕陽はとっくの昔に沈み、空はだんだんと暗くなっている。その中に、太田はひとりで立っていた。
「太田!」
 呼ぶと、太田はゆっくりと振り返った。
 フェンスの向こう側。あと、たった一歩で、太田は落ちる。そして、死ぬ。
「杉坂君……、来ちゃったんだ」
 見れば、いつの間にか、アンジェラたちの姿は見えなくなっていた。どこかではぐれたのか?
 けど、今はそんな事、関係ない。
「太田、何をするつもりだよ」
「ん、飛ぼうかなーって思って」
 あ、と声がもれた。
 太田は、言っていた。空を飛んでみたい、それが夢だと。
「太田。何があったんだ。おれに、話してみろよ」
「何もないよ、別に。強いて言えば、色々とわかりすぎた、って感じかな?」
 太田は、大人みたいな顔で、笑っていた。それは太田には似合っていたけど、同時に、とてもさびしそうに見えた。
「夢を見られるのはさ、子供だけなんだ。大人は夢を見られない。あたし、その理由、なんとなくわかるんだ。
 色々な事を経験して、現実とか真実とか事実とか、そういうものを色々と見ると、わかっちゃうんだよ、きっと。夢は叶わない。手は届かない。夢が本当になる『いつか』なんて、いつまでたっても来ない」
 太田は、頭がいい。
 だから、わかってしまった。大人になるって事は、夢を見られなくなるという事。それを、知ってしまった。
 夢を持っていないおれには、よくわからない事だけど。
 太田には、それが絶望的なくらい、悲しい事だったんだ。
「太田。死ぬなよ」
「死なないよ、飛ぶだけ」
「太田!」
 おれが大きな声を出すと、太田の肩が震えた。
「おれは、バカだよ。お前の言う事、ぜんっぜん理解できない。でも、死んじゃいけないってのはわかる」
 ガシャン、とフェンスにしがみつく。太田の顔が間近で、なのに遠くて。
「お前がいなくなったら、おれ、塾でともだちなんかいなくなるぞ」
「脅し?」
「なんでもいいよ。お前が死なないって決めるなら」
 ふっと、太田から表情が消えた。全ての感情がなくなったみたいだった。
「ねえ、杉坂君。どうしてそんなに、あたしを死なせまいとするわけ?」
「どうしてって、そんなのあたりまえだろ?」
「ううん、当然じゃない」
 首を横に振る太田。さらさらと、髪が流れる。
「たとえば塾の人たち。たぶん、あたしが死んだって聞いても、ほとんど動揺しない。心が動かない。だって、あたしが生きているかどうかって事は、あの人たちには関係ないんだもの」
「おれには、関係がある」
「どうして? 塾でともだちがいなくなるから? だったら、辞めればいいじゃない」
「そういう問題じゃない」
 おれもフェンスを登ると、反対側に降り立った。風がかなり強い。ちょっと気を抜くと、あっという間に落ちてしまいそうな気がした。
「太田。生きるとか死ぬとか、そんなの理屈じゃねーよ。難しく考える事じゃないんだ。生きてるから、生きる。それでいいじゃねーかよ」
「あたしは、そんな単純になれなくってねぇ」
「だったら、一緒になろうぜ」
 おれは、手を伸ばす。いつぞやの、太田のように。
「そうだ。今度、おれのともだちを紹介するよ。頭もそこそこだし、運動神経なんかおれとタメくらいだし、おまけにすっげー意志が強いやつ。ま、そのおかげで、おれも迷惑したりする事もあるけど、いいやつだからさ」
「あたしは、無理だよ」
「無理じゃない。やりゃあ、できる。勉強が嫌いなおれだって、塾に通えるんだからな。不可能なんて、そうそうあるもんか。だって、おれたちはまだ、子供なんだぜ?
 一緒に学んで、一緒に遊んで、そして、一緒に笑おうぜ」
 じーっと、太田はおれの手を見ていた。おれは、ただ待ち続けた。
 下から、バイクの音が聞こえてくる。暴走族か? やけにやかましかった。
 やがて。おずおずと、太田は手を伸ばした。その手を、おれはぎゅっとにぎる。
「おれ、杉坂圭一。よろしくな」
 笑ってみた。太田も、少しだけ、笑った。
「さて、そんじゃあフェンスでも乗り越えるか」
「あ、う、うん」
 とりあえず手を離し、フェンスに手をかけたところで、
「きゃ」
 短い悲鳴。ゆっくりと、太田の体が落ちていく。
「太田!」
 おれは手を伸ばした。何も考えちゃいなかった。
 にぎった手に引っ張られるように、おれの体も空を飛んだ。
 そんな状況じゃないのに、ああ、たしかに気持ちいいなって、心のどこかで思った。
「杉坂君!?」
 驚く太田の顔が見える。ああ、やっぱおれってバカだ。
 死にたく、ないよなぁ。
 落ちる中。その音色が、再び聞こえた。
 チリン――
『今回は、おまけよ。貴方の心意気に免じて、ね』
 ドシン、と全身に衝撃が走った。すぐに聞こえてくるのは、雑多な音。
「い!? おい、大丈夫かお前ら!?」
「ちょ、誰か救急車を呼べよ!」
「それより俺らで連れてった方が早くねえか!?」
「バカ、こういう時は下手に動かしちゃいけないんだよ! おい、ボウズ、大丈夫か!? しっかりしろよ!」
 薄っすらと目を開きながら、乾ききったようなのどから、声を絞り出す。
「おおた、だいじょう、ぶ?」
「太田? 女の子の事か? ああ、大丈夫だ、お前よりか傷ねーくらいだ!」
「そっか。そりゃ、よかった、なぁ」
 目を閉じる。
 死なないのが、やっぱり、一番だよなぁ。

 目を開いた途端にたたかれるというのは予想外だった。
「バカ圭一! あんたちょっとは安全とかそういう事も考えなさいよッ!」
「小雪。声でけー」
 言ったら、さらにたたかれた。なんで?
「だいたい、何かあったらあたしにも相談してよ、心配するじゃないの」
「んー、悪い、そんなヒマなかったんだよ。これはマジで」
 その時、ガラリと病室の戸が開いた。入ってきたのは、
「あ、太田」
 声をかけたら、またビクリとされた。ま、あんな事の後じゃ、それも仕方ないのかもしれないけどさ。
「あー、あんたが太田亜美?」
 小雪は太田に近づき、
「あたし、田崎小雪。よろしくねっ!」
 強引に手を取ってぶんぶか振って、続けて小雪は怒りの顔になる。
「と、あんたさー、自殺なんて絶対にさせないからね? 命は重いんだから!」
「うん。ようやく、知った気がする」
 太田は、そっとおれに近づいた。そして、耳元で小さくつぶやく。
「ありがとね。杉坂君。ちょっと好きだよ」
「え?」
 顔を上げた太田はいつもの笑顔で、
「あーあ、せっかく友達になれたのになぁ」
「……? せっかくってどういう事?」
「あ、あたしね、来月に引っ越すの」
『はあ?』
 おれと小雪、ふたりの声がきれいにハモる。
「だから、ごめん、お別れなんだ。せっかく、仲良くなれたんだけどねー……」
「えっと、マジで?」
「マジで」
 そっか。お別れか。
 けど、それくらいでいいのかもしれない。太田は、新しい土地で、やり直せばいい。
 その時、となりにはいてやれないけど、でも。
「さびしくなったら、電話でもしろよ」
「うん。そうする」
「ちょっと、圭一。いつの間に電話番号なんて教えたの?」
 なぜか、小雪の怒りの形相がパワーアップしていた。え? おれ、なんで怒られてんの?
「こんにゃろう!」
「うおっ!?」
 小雪に首を絞められつつ、思う。
 太田。やっぱ、夢は叶うんだよ。
 だってお前、今、笑ってるだろ?
 くすくすと笑う太田を見ながら、思った。



 チリン――
 病院を見下ろす位置に、少女たちの影がある。
「にしても、最近の小学生って自殺とかするのねー。驚いたわよ、あたしゃ」
「子供は、何も知らないわ。未知には恐怖と同時に希望があり、希望があれば、人は生きていく事ができる」
「でも、大人は知っている。あるいは予想ができる。希望がないってね。だから、死んじゃう」
 こくんと頷く死導者。桜色の眷属はため息をつき、
「いくら大人びているからって、そんなところだけ大人にならなくたっていいのにね」
「賢しさは、時に重荷よ。愚鈍もまた、生きるためには必要なものだから」
「すっごくわかる。だいたい、生きる意味とかなんとか、考えたって出てくる答えじゃないっての」
 そんな部下を見て、夜空色の死導者は表情を和らげる。
「感情だけで動くのも問題だけれど、そう考えられる貴女は、良いと思うわ」
「お? へへへー、アンジェラに褒められちゃった」
 少しだけ嬉しそうに、半分以上は冗談のように。
 それが、少女の笑み。
「きゅう」
 ふと、死導者の頭上で、獣が鳴いた。死導者はそちらに視線を送り、
「どうやら、死者が近くにいるようね」
「ふうん。なら、急いで行こうか」
「ええ」
 チリン――
 少女たちは姿を消した。
 静寂に包まれた空間の、下方から。
 楽しげな、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
 チリン――



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