死ぬって、どういう事だろう。
 死ぬって、なんだろう。
 僕たちは、いずれ迎える答えさえも知らないんだなぁ。


 居間のテレビでは何かの映画が映っていた。よくは見えないけど、言葉だけを聞く限り、どうやら恋人が死んでしまったみたい。主人公は、それを悲しんでいる。
 それを見ながら、お姉さんもお母さんも泣いていた。
 人間は不思議だ。どうして泣いているんだろう。死ぬのは普通の事なのに。死なない生物なんているわけもない。
 もちろん、大切なものが失われれば悲しい。僕もお夕飯を食べ終えると、ちょっと悲しくなる。けど、テレビの中の人間なんて、大切でもなんでもない。ただの動く絵だ。それが生きようが死のうが、関係ないと思うんだけどなぁ。
 首を持ち上げる。少し離れた窓際では、彩ちゃんが本を読みながら泣いていた。お姉さんが前に読んだ話らしくって、聞いた限りだと、やっぱり人が死ぬ話らしい。
 ごろりと転がりながら、考える。
 うーん。人間は不思議だ。誰かが死ぬ。それだけで泣いたり、悲しんだりする。それが自分とはまったく関係のないものでも。
 人間にとって、死って何なんだろう?

 チリン――
 かすかな音を耳が捉える。それまで眠っていた僕は、その音で目が覚めた。
 顔を上げてみると、窓の外を人がふたり、歩いていた。だけど、人間じゃないってわかる。人間とは違う感じがする。
「ねえ、君。君って何?」
 声をかけて、最初に気づいたのは人の方じゃなかった。その上、動物の格好をした方がこっちに顔を向けた。
 その子が下の人もどきに話しかける。それで初めて、人もどきは僕の存在に気づいたらしい。
 窓をすり抜け、ふたりが入ってきた。僕の知る限り人間は窓をすり抜けないから、やはり人間ではないんだろう。
「こんばんは。いい夜ね」
「そうだね。それで、君たちは何?」
「私たちは死導者よ。私はアンジェラ。こっちがエル。彼女はケイ」
 アンジェラと名乗る人もどきはそれぞれを紹介した。自分の頭に乗せた動物、後ろに立つ明るい色の格好をした人もどき。
「ねえ、アンジェラ、この猫ってなんて言ってるの?」
「なんだ、ケイは僕の言葉がわかんないんだ」
 アンジェラもエルも僕の言葉を理解できているようだから、てっきりケイも理解できているのかと思ったけど。でも、どうやら何もわからないらしい。代わりに、アンジェラが僕の言葉を伝えている。
 アンジェラの頭上から、ひょいとエルが降りてきた。じっと僕を見つめ、小首を傾げている。
「まあ、いいや。それでアンジェラ、死導者って何?」
「死を導く者。ゆえに、死導者。死後の存在よ」
「へえ、死後の。人間にはそういうものがあるの?」
「人間だけとは限らないけれど、まあ、その通りね」
「あたしは動物のおばけって見た事ないけど?」
 アンジェラは、口を挟んだケイの方に律儀なまでに視線を送りながら、
「いかなる生物も魂を持つ以上、死せば霊体にはなれるわ。もっとも、人間以外が霊魂を残すなんて稀だけれど。よほど、何かに後悔していない限りはね」
「ふうん。何か理由ってあるのかな?」
「これは私の勝手な予想だけれど……、人は、死を受け入れないわ。末期を否定する。死という存在を否定的なものとして捉えている。
 けれど、その他の大半の生物にとって、死は輪廻の一部。死ぬ事もまた、彼らにとっては生きる事。だから、死を受け入れられると思っているわ」
 違う? という目つきでアンジェラが僕を見る。だから僕は、頷いて返した。
「少なくても僕は、死ぬ事をそれほど怖いって思ってないよ。まあごろごろできなくなるのは残念だけど、いつまでもそうしているわけにもいかないだろうし」
 僕のお父さんもお母さんも死んだ。僕もいずれそうなる。
 それは避けられない事だし、避ける必要もない事なんだと思う。みんなが生き続ける事なんてできないんだもんね。
「だからこそ、僕にはよくわからないんだ。アンジェラ、人間はどうしてああいう風に死ぬって事を特別なものみたいに扱うのかな?」
 死ぬなんて、当たり前の事だ。
 それを、口にするのさえ嫌がったり、逆にお話にしたり。
 まったく知らない人が死んでも泣いたり、よく知る人が死んでも泣かなかったり。
 人間は本当によくわからない。人間にとって、死ぬってどういう事なんだろう?
 アンジェラもまた、眉を山みたいな形にした。
「人間の持つ死生観、貴方に理解できるように正確に言うなら、日本人の持つ死生観は、生物全体から見ればかなり特殊なものよ。ありていに言えば、彼らは死というものを過剰に扱っている」
「過剰に?」
「そう。人間は多くの事を知った。その結果、未知の部分はだんだんと少なくなっている。けれど、未だに死後については欠片も知らない。
 もしかすると、現在の自分が経験してきた全てが無意味になるのかもしれない。何もかもが失われるかもしれない。彼らは、未知と共に、失う事を極端に恐れている」
「死んだら失うのは当たり前じゃないか。それに、経験してきた事が無駄ってどういう事? 子供も死んじゃうわけじゃないでしょ?」
 アンジェラはくすっと笑った。そして、僕の頭をそっとなでる。
「貴方には難しかったかしら。人は、個というものをとても大切にするの。自分は他の誰でもない、そういう特別な存在なんだと証明したい。そんなところがあるわ。だから、個を失い、全に統合されるなんて嫌なのよ」
「子供だけじゃ不満なの?」
「ええ。彼らは、自分が生きたいのよ。全員がそうではないけれどね。だから、不死に憧れる人間は大勢いたわ。最近は、そうでもないようだけれど」
 言って、アンジェラはケイを見た。ケイはちょっと首を傾けながら、
「んー、あたしも普通の生活はしてないからなんともだけど、そんな感じはあるわね。死にたくても死ねないのは嫌だーっての」
「なんだよ、それ。死ぬのは怖いくせに、生き続けるのは嫌だなんて。そんなのおかしいよ」
「その二律背反には悩む人間も多いわ。それでも人は生き、死んでいく。生に絶望しながら、死に恐怖しながら」
 チリン――
 アンジェラの腕で、鈴が揺れた。
「思えば、人間は賢くなり過ぎたのかもしれないわね。なまじ知っているからこそ、死ぬ事を恐れる。人がここまで発展してきたのは知恵があったからでしょうけど、同時に、知恵があるから苦しんでいる」
「うーん。生きるとか死ぬとか、そんなに難しい事かな? 僕だって生きていく事はできるし、誰だって死ぬ事はできるじゃないか」
「あるいは、簡単な事なのかもしれない。それでも、そこに複雑な何かを見出す事もできるから、人間は常に進化してきたのよ」
 きっとね。
 そう語るアンジェラは、完全に人間を理解しているわけじゃないんだな、って思った。そして、アンジェラもそれを知っている。きちんと理解している。
 けれど、アンジェラは僕よりも人間たちの事を知っている。それは、アンジェラが人間の事を知ろうとしたおかげなんだろうな。
「――ねえ、アンジェラ。僕にもいつか、人間の事を理解できるかな」
「完全に、という意味では難しいでしょうね。私もできるとは思えないわ。人間は本当に個々が豊かで、それぞれに考えも行動もまったく異なるもの。ただ、不完全でよければ、今の貴方も十分に理解していると思うわよ?」
「今の僕でも? それって、どういう事?」
 聞くと、アンジェラはいたずらっぽく指をくちびるに当てた。
「それは、自分で考えた方がいいわ」
「むー……」
 ここまで言っておいて、それはずるい気がする。
 うなっていると、こつんと頭に何かが当たった。
「きゅう」
 エルだ。いつの間にか、僕の上に乗っかっている。ちょっと重い。
「きゅーう、きゅう」
「頑張れって言われてもなぁ」
 不完全ながらに人間を理解している? どこがだろう。
 僕には、人間はちっとも理解できているとは思えない。彩ちゃんも、お姉さんも、お母さんも、僕にはさっぱりだ。
「目の前の答えを見つけられなければ、人を理解するなんて無理よ」
 最後にもう一度だけなでて、アンジェラは窓の向こうに行ってしまった。窓の外には僕の声は届かないし、窓の外の声も届かない。
 透明な壁の向こうにいるアンジェラは、なんだか楽しそうに見えた。

 日常は退屈だ。
 家の中を散歩したり、涼しいところでごろごろしたり、ご飯を食べたり。そういう事は楽しいけど、何か特別な事があるってわけでもない。
 廊下を歩いている時。扇風機の前でごろっとしている時。ご飯のお皿をお母さんがくれるのを待つ時。
 そういう、何気ない時に考えるのは、アンジェラの言葉。
 ――僕は、人間を理解している?
 そんなの嘘だって思う。どうして人間が死にたがるのか。どうして人間が死ぬのを怖がるのか。
 死んだら特別な扱いを受けたり、死を悲しんだり、死のうとする人は止めたり。
 やっぱり僕には理解できない。それは、僕が猫だからなんだろうか? もしかすると、僕が猫でなくて、人間だったとしても理解できないんじゃないだろうか。
「うにゃー! もやもやするぅ!」
 それもこれも、アンジェラがはっきりと教えてくれないせいだ!
「どうしたの、しゃみ」
 扇風機の下でごろごろしていたら、お姉さんがやって来た。お姉さんは、とっても頭がいい。お姉さんに聞けば教えてもらえるかもしれないけど……。
「ねえ、お姉さん。僕は人間の事、ちっとも理解できてないと思うんだけど、理解できているって言う人もいるんだ。これってどういう事だと思う?」
「んー、おなかでも空いた? でも、ご飯はまだ駄目だからね」
「違うよっ! ご飯じゃくて!」
「はいはい。んー、しゃみは可愛いねー」
「にゅう! 頭なでなでしてくれるのは嬉しいけど、そうじゃなくって!」
「あ、そうだ、宿題しなきゃ。じゃね、しゃみ」
 ぽてん、と倒れた僕を置いて、お姉さんは部屋に行ってしまった。
 もう。どうして僕は人間の言葉を聞いているのに、人間は僕の言葉を聞いてくれないんだろう。これも不思議のひとつだ。
 お姉さんの部屋の前で尻尾を振っていると、玄関の方から音がした。見に行ってみると、彩ちゃんが帰ってきたところだった。
「お帰り、彩ちゃん」
「……」
 彩ちゃんは僕には目もくれず、そのまま部屋に引っ込んでしまった。どうやら、相当に疲れているみたい。
「何かあったのかな?」
 ちょっと心配になった僕は、彩ちゃんの部屋に忍び込んでみる事にした。
 部屋の扉は、飛びつくと開くようになっている。軽く飛び乗ってドアを開けると、僕は体を滑り込ませた。
 彩ちゃんは、ベッドの上に転がっていた。目の上に腕を置いて、やっぱりなんだか疲れているように見える。
 そのまま近づいていってみると、ぽつりと彩ちゃんは呟いた。
「あたし、なんで生きてるんだろ……」
「え?」
 僕が声を出した事に気付いたのか、彩ちゃんはこっちに目を向けた。僕がいるとわかると、彩ちゃんはベッドの上に起き上がり、僕を抱えあげた。
「どーしたの、しゃみ。遊んで欲しいの?」
「遊んでくれるのは嬉しいけど、また今度でいいや。それより彩ちゃん、何かあったの?」
「ん、でも今度ね。今日は、そんな気分になれなくってさ」
 彩ちゃんは僕をベッドの上に降ろした。見上げると、彩ちゃんは弱々しくも笑ってくれた。
「ねえ、しゃみ。あたし、なんで生きているんだと思う?」
「なんでって……、生きているから生きているんじゃないの?」
「ふふ。実はね、今日、塾で言われたんだぁ。あんたなんか誰も必要としてないんじゃない、って」
「なっ!?」
 そんなのひどい。彩ちゃんは僕とも遊んでくれるし、お姉さんやお母さんの手伝いもする、いい子供なのに。
「でもさ、あたし、否定はできなかったんだよね。お姉ちゃんみたいに勉強できるわけじゃないし、運動も得意ってわけじゃないし。何か優れているってところが何もないんだもん」
「そんなの関係ないよ! 彩ちゃんは彩ちゃんじゃないか!」
「しゃみ。あたし、どうしたらいいのかなぁ」
「どうしたらって、そんなの――」
 ぽたり、と水が落ちた。ううん、これは、水じゃない。
「しゃみぃ……」
 彩ちゃんは、泣いていた。
 ぽろぽろと涙を流す彩ちゃんのために、僕は何もできない。僕の言葉は彩ちゃんには届かない。
「彩ちゃん……」
 僕は、だめだめだ。

 彩ちゃんは、家族の前ではいつも通りだった。それが、余計に痛い。
 彩ちゃんは苦しんでいる。それなのに、僕の言葉は届かないから、気持ちを届ける手段はないから、僕には彩ちゃんを救う事ができない。
「どうすれば、いいんだろう」
 またテレビを見ているお母さんたちを眺めながら、僕は尻尾をふりふり、考える。けれど、答えはぜんぜん見つかりそうもない。
 チリン――
 そうしていると、後ろの方で音が聞こえた。鈴の音色って、いえば……。
「あ、アンジェラにケイ。それに、エルも」
 この間の死導者三人組が、窓の向こうで手を振っていた。
 するりと窓を抜けてきた三人に、僕は頭を下げた。
「ねえ、アンジェラ。お願いがあるんだ」
 見上げる僕の様子に何かを感じ取ってくれたのか、アンジェラもケイも、真剣な表情になってくれた。その方が、僕もありがたい。
「実は、彩ちゃんの元気がないんだ。塾で、お前なんか必要じゃないって言われたらしくって。僕、彩ちゃんを励ましてあげたいんだけど、僕の言葉は人間にはわからないから――」
「彩ちゃんって、あの子?」
 ケイはお姉さんを指して言う。僕は首を横に振った。
「彩ちゃんは妹さん。あっちはお姉さん。彩ちゃんは部屋にいるんだ」
 アンジェラとケイは顔を見合わせ、小さな声で何か、言葉を交わした。頷き合い、アンジェラがエルと一緒に彩ちゃんの部屋の方に向かう。
「アンジェラが行ったからには、もう大丈夫よ」
「うん……、ありがと」
 でも。なんだか、悔しいなぁ。
「どしたのよ、あんた。大丈夫って言ってるのに、元気ないじゃない」
「うん。だって、僕、彩ちゃんのために何もできない。いつも遊んでもらっているのにさ。僕、彩ちゃんの事、好きだよ。なのに、僕はそんな彩ちゃんのために、何もできないんだ」
「……だから、猫語で言われてもわかんないんだってば」
 じゃあなんで聞くんだよぉ。
 ケイは、僕の頭に手を乗せた。ケイのなでなではぎこちないけど、なんとなく優しかった。
「どーせ、その彩ちゃんって子のために何もできないとか、そんな事で悩んでいるんでしょ。そんなの当たり前じゃない。あんたは、猫なんだから」
「それは、そうだけど」
「餅は餅屋って言葉があってね。何事も専門家に任せた方がいいものよ。あんたは猫なんだから、人間を慰める方法がなくても仕方ないの」
「――なら、僕、猫なんかやめたいな。人間になりたい」
 人間になれば、今の彩ちゃんの気持ちも理解できる。
 人間になれば、今の彩ちゃんを励ます事もできる。
 人間になれれば、なんだってできる気がする。
「ねえ、知ってる?」
 うつむいた僕が顔を上げると、ケイはしゃがみこんだ格好で、暖かな目で僕を見つめていた。
「あたしたちだって、万能じゃないのよ。もちろん、人間も」
「そうなの?」
「人間だって人間を理解できない事もある。あそこのお姉さんだのお母さんだのも、彩ちゃんの苦しみには気づきもしなかったんでしょ?」
 そういえば、そうだった。お夕飯の時も、僕からすれば彩ちゃんはどことなく変だったのに、誰も何も言わなかった。お母さんたちのいつもからして、彩ちゃんが苦しんでいる事に気づいていたら、何も言わないわけがない。
「その点、あんたは気づいた。それってすごい事だと思わない?」
 僕だけが彩ちゃんの苦しみに気がついた?
 僕、だけが。
「ああ……、そっか。そういう事だったんだ」
 ようやく、アンジェラの言いたかった事が、わかったような気がする。
 彩ちゃんも、お姉さんもお母さんも色々な友達がいて、知り合いがいて。だから、そのぶん、たくさんの人間を知っている。僕なんかより、ずっと。だから、人間そのものの事は、僕よりずっと詳しいんだろう。
 けど、僕は家族にしか会った事はなくて。僕にとっての人間は、お母さんであって、お姉さんであって、彩ちゃんだった。僕の持つ人間というものに関する知識っていうのは、それだけ狭い範囲のものだ。
 僕の知る人間は狭い。その代わり、その狭い範囲なら、誰よりも知っているのかもしれない。
 僕は人間について、なんてちっともわからない。でも、彩ちゃんの事なら、お母さんよりわかるんだ。
「えへへ」
 そう考えると、なんだか嬉しくなってきた。僕、彩ちゃんの事、きちんとわかってた。僕、人間の事、わかってた!
「お。なんか元気が出てきたみたいね?」
「うん! ありがとね、ケイ!」
 こうしちゃいられない。
 すっくと立ち上がった僕は、駆け足に彩ちゃんの部屋を目指す。
 僕にだって、できる事はある!

 お母さんとお姉さんが、テレビを見ながら泣いている。この前のとは違う映画らしいけど、やっぱり内容はあんまり変わらないように聞こえる。
 こういうところは、わからないままだ。
 でも、僕だって彩ちゃんが死んじゃったりしたら悲しい。彩ちゃんには死んで欲しくない。
 そういう事なのかもしれないな、と思う。大切だから、ずっと一緒にいたいから、死ぬって事が怖い。
 たくさん生きたらそれだけお別れしなきゃいけなくって、だから、ずっと生きるのも怖い。
 本当に死が訪れるのが怖いから、死を直視したくない。お話にしてぼかしたり、口にする事を嫌がったり。
 それが、人間なのかもしれない。そう思う。
「しゃーみ」
 突然、抱きかかえられた。彩ちゃんが僕の事を見ている。
「しゃみ、遊ぼ?」
「うん、いいよ!」
 彩ちゃんは、元気になっていた。アンジェラのおかげなんだろう。感謝しなきゃいけない。
 人間については、まだまだな僕。
 でも、せめて彩ちゃんの事は、知れるといいなぁ。
 笑う彩ちゃんを見ながら、そう思った。


 チリン――
「死、ね」
 眷属は空を見上げながら、その声を風に流す。
「まあ、死にたくないってのはわかるわよ。死んだらおしまいだもんね」
「そうね。死んだら、個は終わる。個人は、終わる。だから、せめて生きている間は、懸命に生き続けて欲しいわ」
 同意する主を、眷属はじっと眺めた。主もまた、深紅の瞳で見返す。
「アンジェラもさ、そういう意味では人間っぽいのかもね」
「かもしれないわね。私はただ、満足するまで生きて欲しいし、満足して死を迎えて欲しいだけなのだけれど」
「それが案外と難しい、と」
 果てしない欲望。終わらない渇望。
 成長するために必要な要素は、終焉を拒絶する。成長し続けるためには、終わるわけにはいかないから。
 チリン――
「あたしたちには、理解できる日って来るかな」
「難しいと思うわ。諦めるつもりはないけれど」
「きゅう!」
「……死者ね」
 少女たちの向かう先に、月光を浴びる青年がいた。その表情はうつろで、一見して生気がない事がわかる。
 眷属は軽くため息をつき、
「なら、導きますか」
「ええ、死の先を」
「きゅ、きゅう!」
 死を誰よりも知っている。
 それほどの彼女たちでも、わからない事はいくらでもある。
 人間もまた、そのひとつ。
 チリン――



戻る