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生まれながらに、オレは明るい場所じゃ生きられないと決まっていた。 暗い場所の中の、さらに暗いところでなければ生きられなかった。 後悔も何もない。他に選択肢のなかったオレに、悔いるものはない。 酒に酔った体には、少し冷えてきた夜の冷気はむしろ心地よく感じた。もっとも、それもほんの少しの間の事で、すぐに寒くなるだろう。オレの寒がりは筋金入りだ。 そんな、取り留めのない思考に没頭しつつ歩いていると、ふと前方の暗がりに何かを感じた。よーく目を凝らしてみると、前の方から誰かが歩いてくるのがわかった。 「ん?」 前から歩いてきた誰かは、街灯の下で立ち尽くすオレを見つけたらしく、同じように足を止めた。ギリギリ光の外なので、顔は見えない。 「なんだ、帰ってきていたのか。火野に捨てられた勘当息子が」 「あー、誰だ、お前」 暗がりに立っていた男は、一歩、前に出た。光の下に出た事で、男の顔が見えるようになる。 年齢は四十手前ってところだろうか。日焼けした肌は健康的とも言えるが、口にくわえた煙草や額の古傷の痕跡は、健康な体にはそぐわない。薄手のコートもよれよれで、みすぼらしい印象を与える。 「久しぶりだな、火野公平」 「あーあーあー、なるほどな」 オレはぽんと手を叩き、 「で、あんた誰だっけ?」 「……ケンカを売っているのか」 男の気配に殺気が濃く混じる。オレは軽く手を振りながら、 「冗談だよ。んな怖い顔すんなって」 こんな奴を忘れるわけがない。 犬神使い、楠木廉太郎。退魔師の間じゃちょっとばかり有名な男だ。 もっとも、有名ってのは悪い意味で、だが。 「だいたい、オレはお前の子供に生まれた記憶はねーぞ」 「ふん! 相変わらずふざけた性格をしているな。思えば火野が没落した原因もお前にあるのかもな。お前が生まれてからだろう? 分家が全滅したのは。となれば、お前は疫病神ってわけだ。火野公久がお前を追放した理由もそんなところじゃないのか?」 「うっせーなぁ……。邪流は黙ってろよ」 犬神使い。その名前は、退魔師の間でも特別だ。 奴らは決して認められる事はない。だが、決して無くなる事もない。 「邪流派か」 楠木は目を閉じた。オレはこっそりと口の中で言葉を紡ぐ。 「邪流、邪流邪流邪流!」 いきなり手を前に突き出す楠木。その時にはこちらも準備が整っている。 「食い殺せ!」 「『氷盾』」 楠木の腕が犬の頭に変化するのと、オレが氷の壁を展開するのは、まったくの同時だった。 犬神の頭が壁に激突し、壁が砕ける。が、犬神の方も怯んだらしく、楠木の腕は人間のそれに戻っていた。 「貴様らにはわかるまい! 生まれ持った力が、邪流などと蔑まれる者の気持ちが!」 「知るか。んなもんには興味もねー。いいから退け。もしくは退け」 言ってはみるが、まあ従うわきゃないと思う。楠木ってのはそういう野郎だ。 こいつは自分が認められない事に対して強い反感を持っている。こんなおざなりな対応で満足して帰るわけがない。特に、オレが相手じゃ。 「ふざ、けるなぁ! 琴峰! 国正! 崩天!」 楠木の体から、湧き上がるように霊魂が生まれてくる。揃いも揃って犬の霊。オレには犬種なんてさっぱりだが、小型犬から大型犬まで揃っているのは、さすがと言うべきか外道と言うべきか。 「奴を、火野を殺せ!」 「お前はなんだかんだ言っても、オレを火野と呼ぶんだな」 三方からそれぞれ、微妙にタイミングをずらして攻撃してくる犬ども。 よく訓練されているし、霊的にもかなりの能力があると言えるだろう。生きている人間を傷つけられるなんざ、相当の力だ。 だが、オレには全然、届いていない。 「『氷盾』」 さっきと同じように攻撃を弾きながら、オレはつかつかと楠木に歩み寄る。 「くそッ、くそッ!」 楠木がポケットに手を突っ込んだ瞬間、オレは一気に飛び出した。 取り出されたのは紙っぺら。おそらくは札だろう。確認さえせず、オレはそれを氷の刃で切り裂く。 そのまま楠木に体当たりをかまして倒すと、道路に転がった奴を踏みつけた。 「悪いな。お前じゃ千年かかってもオレにケンカで勝つ事はありえねぇ。だから、そんなもんで勝負しかけてくんなよ」 「くッ――!」 楠木の顔がゆがむ。そりゃ踏みつけられた状態でバカにされれば誰だって悔しいだろうさ。 本当は、こういう事はすべきじゃない。そんなものはわかっている。だが、こいつが邪流である事は変えられない事実だし、邪流はこういう扱いを受けなきゃいけないものでもある。 誰もが邪流を真似しようとする事態だけは、死んでも避けなければいけないものだ。 「じゃあな、楠木。もうオレにちょっかいかけてくるんじゃねーぞ」 這いつくばったままの中年男を置き去りに、オレは夜の街を歩き出した。 「くそッ! 覚えておけよ、出来損ないめ!」 「……出来損ない、ね」 それもまた、否定できない事実だ。 背中に浴びせられる楠木の呪詛めいた言葉に、オレは反論する事さえできなかった。 家に帰ると、鍵が閉まっていた。もう遅いから寝ちまったんだろうか。 思いながら家に入ると、電話の上に何か張り紙がしてある事に気付いた。近くで読むと、それは手紙だとわかった。 『赤坂に除霊に行く。帰りは朝になるだろうから先に休んでいてくれ』 陽平の、四角四面な文字が並んでいる。オレの愚弟は、何かにつけて柔軟性というものが足りない。それが文字にもよく現われている。 まあ、いい。ひとりとわかれば気楽なもんだ。陽平はいちいちうるさい。 台所に行って水を飲む。コップに揺れる水面を眺めながら、思い起こすのは昔の出来事。 火野家。退魔師として名門であり、伝統のある一家だ。オレは、その長男として生まれた。当然、将来は火野の名前を背負って立つ人間になるはずだった。 だが、それもオレが幼いうちに駄目だとわかった。なにせ、オレは火野が退魔師として名を馳せる要因ともなった、“炎を出す能力”ってものが完全完璧に欠如していたのだから。 ゆえに、オレは出来損ない。火野としては最低の能力者でしかない。 炎を出せない人間が火野の名を継ぐ事わけにはいかない。結果、オレは火野の家を追い出され、弟の陽平が家督を継いだ。 退魔師としての能力が欠如していたわけじゃなかった。むしろ、それは陽平よりも、親父にさえ引けを取るものではなかった。それでも、炎が出せない以上は火野として生かすわけにはいかない。当時、分家のくそやかましいジジイどもは、声を揃えて言ったもんだ。 今は、オレを追い出せと言った分家の連中や、実際にオレを追い出した親父もいない。だから、オレもこうして火野の本宅に住む事ができている。 だが、昔を忘れたわけじゃない。氷の忌み児として捨て去られた過去は。 あの頃はオレも必死だった。なんとかして自分ひとりで生きていかなきゃいけない。だが、信用第一の退魔師業界において、火野から見放されたオレは絶望的とさえ言えた。 それでも実力だけでなんとか信用を勝ち取り、生きていけるようになるまでは、かなりの苦労もした。自分でもよく生きていたと思う。 そんな過去があるから出会った連中もいる。そんな過去があるから、今のオレがある。辛い過去でも、一方的に捨て去りたいというもんでもない。 だが、あんまり思い出したくもない。それも事実だった。 「楠木の野郎め……」 あいつとは、オレが火野を破門される前に仕事で出会い、オレが出し抜いてやった事がある。ついでにその時に軽く痛い目を見せてやったが、そいつを未だに根に持ってやがるらしい。 「あいつも、同じか」 捨てられない過去があり、忌み嫌われた能力を持つ。 オレとあいつには共通点も多い。だが、あいつとオレは、決定的に違う。 オレは、それが良いものであると信じている。 生まれた時点で、生き方の大半が決まりきっている世界。 「因果な商売だよなぁ、オレたちってのは」 人を生かすため、人である事を捨てた人間たち。 退魔師なんてのは、ろくなもんじゃない。心から、そう思う。 電話の音がしている、と思って、自分が今まで眠っていた事に気がついた。どうやら、台所でそのまま寝てしまったらしい。陽平に知られたらまた怒られそうだ。 とりあえずうるさい原因をどうにかすべく、オレは電話を取った。 「はいよ」 『つくづく嫌な声をしているな、お前は」 「……お前ほどじゃねーよ」 聞こえてきた声は、今はあまり聞きたくない声でもあった。 「何の用だ、楠木。依頼でもしてくるか? 言っとくが、ウチは呪殺なんて請け負わねーぞ」 『なに、ちょっと親切心で教えてやろうと思ってな。まだご当主様はお帰りじゃないんだろう?』 そういえば、と軽く見回してみるが、陽平の姿はない。屋敷の中には、他に人の気配もなかった。 「陽平に用事か?」 『なに。弟さんはちょっとばかり危険な目に遭っているという事を教えてやろうと思ってね』 「――楠木。どこにいる」 『水央寺だ。待ってるぜぇ? 早く来ないと、何すっかわかんねーぞぉ』 オレは受話器を叩きつけるように置きながら、足はすでに外に向いていた。 上等だ、楠木。 お前がそう来るなら、オレも正面から相手してやる。お前が間違っているという事を、芯から理解させてやる。 「そして、後悔させてやる。楠木廉太郎ぉ!」 楠木の指定した寺は、朝の早い時間のせいか、人の気配はなかった。開門はしていたが、それも時間通りなのか、あいつが勝手にやったのかはわからない。 明確なまでの罠。わかりきってはいたが、だからといって逃げるわけにもいかない。今の、沸騰したような頭しかないあいつを放置するのは危険すぎる。 寺の境内には、奴がひとりで待っていた。 「よう、楠木。待たせたな」 仁王立ちしている楠木は、昨日と同じ、いやらしい笑みを浮かべていた。 「よく来たな、火野公平」 「お前をぶん殴ってやりたくなったんでな」 「……そうかい。って事は、嘘にゃ気づいてたんだな?」 「当たり前だ、バカ」 この寺のどこにも陽平はいないだろう。今頃、家に帰っているかもしれない。 そもそも、こんなゲス野郎に陽平が負けるわけがねえ。あいつはオレより弱いが、普通の退魔師よりは上だ。一方、楠木は退魔師としては普通の戦闘力しかない。 「呪殺しか能のないバカは殺した方が世の中のためになるかもしれないな」 「ふん。それならお前はどうなる。火野にも見捨てられたお前は?」 「大きなお世話だっての。それに、オレは火野には認められなかったが、誰にも認められていないわけじゃない。お前と違ってな」 言いながらも、周囲に気を配る。この寺を中心に、あちらこちらに変魂の気配を感じる。どうせ、どれも楠木の犬神だろう。 「楠木、オレと戦いたいんだろう? 存分にやってやるぜ、三下」 オレもまた、全身に気を配る。目には見えない力を強く意識する。 「解除時間三百秒。解除記号『氷の王国』。限定解除」 火野の術式は独特だ。そのため、誰にも真似はできない。 オレたちは常に術式を組んである。後は、それを解放する時間とパスワードを口にするだけでいい。一般的な術式には準備が必要になるが、そんな面倒なものを取っ払ったのが火野という事になる。 オレの解除記号に従い、冷気が周囲に漂う。これで、オレはいつでもあいつを殺す事ができる。 「楠木。命乞いはするか?」 「死ね」 パチン、と楠木が指を鳴らす。途端、物陰から、草木の裏から、犬神たちが飛び出した。 「遅ぇ! 『氷剣』!」 オレを中心に生み出された氷のナイフ。それが、あっちこっちから迫り来る犬神たちの頭に、正確に突き刺さっていく。 「楠木。こんなもんでオレを倒すつもりか?」 「まさか。お前を評価はしていないが、弱いとも思っちゃいない」 「賢明だな。だけど」 襲ってきた犬神を切り伏せ、楠木をにらむ。 「お前、どんだけの犬神を作りやがったんだ」 「そう簡単に殺さないでくれるか。犬も安くはないんだ。野犬なんかを使うようにしているが、それにしても簡単じゃない」 「テメエ……!」 犬神使いが嫌われる理由は、ここにある。 犬神ってのは、要するに犬の悪霊だ。犬にわざと人間を憎ませ、苦しませ、その上で殺して使役する。人工的に作られた変魂。 作られた変魂は、消滅するまで主の血筋に従う。そのため、仮に楠木に子供ができれば、その子供も犬神使いにならざるをえない。子供は望む望まないに関わらず、悪霊を使役できなきゃいけなくなる。 だから、連中は邪流と呼ばれる。 「何をキレているんだ、火野。たかだか犬だろう? それとも、犬神そのものが嫌いかな」 「ああ、嫌いだね。悪霊なんてものは人間が使役するものじゃない。制御に失敗したらどうする? 本末転倒だろうが」 「知るか」 楠木が手をあげると、奴を囲むように犬神たちが集まった。様々な種類の犬たち。そのどれもが、生気のない瞳をオレに向けている。 楠木はバトルタイプじゃない。だが、これだけの犬神を同時に使役できるだけの力ってのはたいしたもんだ。使い方をもっときちんと考えれば、まみのような探査系の能力者として一流になったかもしれない。 「才能の無駄使いってのは、お前みたいな奴の事を言うんだろうな」 「――お前に、何がわかる」 楠木の憎悪が増すにつれ、犬神たちも興奮していく。 「生まれた時から邪流と蔑まれ! 否定された人間の! 何がわかる!」 楠木はくわえ煙草を手に取り、放り投げた。 赤い軌跡が空中で陣を描く。途端、足元も光りだした。 「お前のような、恵まれた存在に! 何がわかるってんだ!」 煙草の軌跡は犬の顔を描き――それはやがて、炎の犬神を作り出した。こいつが楠木の切り札か。 「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね! 死んで償え!」 ただの犬神じゃないのは見りゃわかる。練られた生が圧倒的だし、何よりでかい。そこの寺さえ丸呑みしそうな大きさだ。 「食い殺せ……炎鬼!」 それは、すでに犬とさえ呼べない代物。人間によって身勝手に改造された霊魂の成れの果て。 「哀れ、だよな」 そう思うのは傲慢なのかもしれない。オレも同じ退魔師なのだから。 それでも、そう思わずにはいられなかった。 大口を開いた犬神。その、透けた体の向こう側に、楠木の顔が見えた。 楠木は、笑っていた。 それを見た途端、オレの中の何かに、ちょっとだけヒビが入った。それは、オレを本気にさせるには、十分なきっかけだった。 「――『氷槍兵』!」 手に生み出したのは氷の槍。それで、無造作に炎の犬神を突き刺す。 「砕けて消えろ。オレは優しくなれない」 槍が刺さったところから。犬神が、凍りついていく。 炎に見えても、本物の火じゃない。本物の火は、もっと熱い。 「楠木。オレは確かに火野の中じゃ出来損ないだ。オレに炎を編み上げる技術はない。だけどな、腐っても火野の一員だぜ? こんなまがい物の炎でどーこーできるわきゃないだろ」 ゆっくりと、歩み寄る。楠木の笑顔は、消えていた。 「お前は勘違いしてやがる。その勘違いが、ムカつく」 「ひっ……!」 楠木の顔に、初めて怯えの色が走った。だが、もう遅い。 お前は、オレに火をつけちまった。 楠木が指示を出す前に、奴を囲む全ての犬神を凍らせる。これで、もう奴を守るものは何もない。 「犬憑きの血脈に生まれて、悔しかったか? 悲しかったか? 生まれながらに認められない事が決められていてムカついたか?」 槍で、楠木の顔面を指す。少しでも動けば、本当に突き刺すつもりだ。 「お前はどうして犬神が邪流と呼ばれるか、知ってるか?」 「……そんなもの決まっているだろ。犬神が悪霊だからだ」 「その通り。悪霊を使うという事は、生きているもんのために生きてるもんを犠牲にするって事だ。手段が目的になってるようじゃあ、技術として認められるわけがねえ」 楠木の瞳に、憎悪の色がゆらいだ。それが間違ってるっていうんだよ、楠木。 「だけどな。それは最初に犬神を使った奴が責められるべき話であって、お前みたいな生まれながらの犬神使いまでもが言われる事じゃない」 「なら、どうして誰も犬神を認めない」 「決まってるだろ。そいつは、認められるべき力じゃねーからだ」 生まれた子供に罪はない。だが、力そのものは罪だ。 「お前たちの力は犠牲の上に成り立つ力だ。それも、払っちゃいけない犠牲の上にな。だから、お前たちは認められない。認めるわけにはいかない。邪流ってのはそういう意味だ」 正当ではない力。存在そのものが異端。 だが、邪流はなくならない。それもまた、必要だからだ。 「お前を見ていると、オレもイライラするぜ。わかってんのかぁ? お前たち犬神使いは、オレたちのような普通の退魔師にはできない、悪霊を使役する力がある。だか、そんな力を認めちゃいけねーんだよ。悪霊は使役するもんじゃない。居ていいもんじゃない、絶対悪なんだから」 「……」 楠木は何かを言おうと口を開いて、しかし言葉は出なかったように、口を閉ざした。 気まずい沈黙が境内に流れる。いつの間にか朝日はかなり高いところまで昇っていたが、オレが力を使ったせいで、境内は冬のように寒かった。 「ひとつ、忠告してやるぜ。今度、オレに関わってみろ。その時は殺す」 ちょうど、三百秒。 制限時間になった途端、オレが握る氷の槍は粉々に砕け散った。周囲に張り付いていた氷も粉となって消える。ただ、冷えた空気だけはどうにもならなかった。 「こう、へい」 「んだよ」 「お前もそうだったのか」 「…………いいや」 首を振り、オレは答えた。 「オレは、恵まれてっからな」 あらゆる面で。 だからオレは、生きていられるのかもしれない。 家に帰ると、玄関の前に珍しい奴がいた。 「おーう、アンジェラじゃんか。どうした? こんなところで」 声をかけると、小学生みてーな霊魂はオレの方を見た。 「公平。どこに行っていたの?」 「ちょっと野暮用でな。なんだ? オレに用事か?」 「いいえ。けれど、貴方に用事がある人間もいたようね」 「あ?」 顔をあげると、玄関の前に仁王立ちしている弟が見えた。遠目にもはっきりとわかる。あいつは、マジで、キレてる。 「なあ、アンジェラ。オレ、何かしたっけ?」 「メモも残さずに姿を消し、あまつさえケンカなどのために堂々と力を行使するのは怒られても当然だと思うけれど」 「……なんでオレがケンカしてたの知ってんだ?」 「楠木廉太郎という人物から電話があったそうよ。すまない、と」 あいつ、余計な真似しやがって――! 「貴方が戦っていたら止めて欲しいとの話だったけれど、どうやらその様子だと、もう手遅れだったようね?」 「うるせぇ」 「でも、珍しいわね。貴方が自分から戦いに赴くなんて」 「楠木ってのは、犬神使いだ」 その一言で察したのか、アンジェラは口をつぐんだ。 チリン―― 「貴方の事だから、説教でもしてきたのでしょう? 彼は納得していた?」 「さあな。でも、クソ厄介な電話してくれたんだから、多少は思うところもあったんだろうよ」 「そう」 ふと気がつくと、オレの手をアンジェラが握っていた。アンジェラの手は決して暖かくない。けど、それ以上に氷で冷えたオレの手は冷たかった。柔らかいぬくもりが伝わってくる。 「公平。貴方は、認められている」 「ああ。知ってるよ」 「忘れないであげて。その事実を。貴方が認められているのは、貴方が強かったからに過ぎない。誰しもが、貴方のように強くなる事はできない」 「……ああ。それも、気づいたよ」 楠木も、もう少し心が強ければ。 そうすれば、あれほどまでに純然たる“犬神使い”にならずに済んだかもしれないのに。 「出来損ないの天才、か」 本当に因果なもんだ。オレたちの商売は。 「公平。私たちもいる。私たちも、努力するわ」 「ありがとよ」 チリン―― オレは、玄関の前で待つある意味で最強の敵に向かって、重い一歩を踏み出した。 チリン―― 朝も遅く、自宅の玄関前で一方的に責められている青年を、少女は離れたところから見守っていた。 「人間は、本当に生きる事に関して貪欲ね。あるいは、あらゆる生物がそうなのかもしれないわ」 チリン―― 少女の言葉に答えるように、鈴が鳴る。静かな音色は、草木の間を巡る。 「自ら変魂を作り出し、使役する技術。眷属の発想にも似ているわね」 自分の力の一部を形に変え、生を集める道具として生まれた存在。 命を絶たれ、主の命じるままに動く道具として生まれ変わった存在。 方法も目的も違うそれらは、どこか似ている。 「それが、人と死導者の共通するものなのかもしれないわね」 くすり、と自嘲的に笑う少女。そんな彼女は、他の死導者とは、少しだけ違っていた。今では、その差もほとんどないけれど。 「彼らが生きる世界を彼らが守るのは道理。私たちにできる事は、それをほんの少しだけ手伝う事くらい」 チリン―― 人の生きる世界の外で、彼女たちは存在している。 中に憧れを抱きながら。 「やっぱり、私は人間が好きよ。どれほど醜い面を持っていたとしても」 だから、彼女は人間と共に在る。 チリン―― |