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「そろそろ内弟子は解消すべきですね」 ある日の夕食時。カンナ・ヴィオレッテはそんなことを言いだした。 簡素なワンピースに閉ざされた眼差し。全盲の決闘者カンナは、自分の弟子たちに向かって言う。 「あなたたちも、もうプロの決闘者です。いつまでも親の庇護の下というわけにもいかないでしょう」 「……そうですね」 フォークを置いたのはシルビナ・ノワール。銀髪のショートヘアに、男のようなシャツとズボンを身に着けた、新米プロ決闘者だ。 隣に座るヴァン・レクサスもまた、食事の手を止め、師匠を見る。この黒髪の少年も、シルビナと同じく新進気鋭のプロ決闘者だ。 シルビナとヴァンは、カンナの内弟子――同居している弟子だ。今では少なくなったが、以前は、決闘者といえば、師匠の家に同居し、決闘の1から10までを日がな一日、覚えさせられたものだ。 とはいえ、今年のプロ試験で、シルビナとヴァンは見事に合格してみせた。プロ決闘者となった以上、二人ともカンナと立場は同じ。もちろん段位などによる序列はあるが、基本的に、弟子として教えを請うだけの立場ではなくなっている。 弟子がプロとなった時、独り立ちするのは、決闘界の慣例だ。 「今すぐ出て行けと言うつもりもありません。ですが、二人とも、新居は考えておいてください」 「それは……、はい」 小さく頷きつつも、シルビナの表情は暗い。もともと表情の乏しい少女ではあるが、親しい者ならば、その落ち込み具合はよくわかるだろう。 声音で理解したのか、カンナは言葉を続ける。 「不満ですか?」 「いえ、そんなことは。ただ……」 「ただ?」 「先生は、全盲です」 「そうですね、知っていますよ」 「私がいなければ食事の用意もできないでしょう」 今まで、シルビナが弟子になってからというもの、日々の食事はシルビナが作っていた。外出する時も、カンナの弟子であるシルビナや、もう一人の弟子であるゼル・ロッシェが手を引いて案内することが多かった。 対するカンナは、 「近場ならば案内など必要ありませんし、私の目が見えないのは小さい頃からずっとです。妖精もいますし、今さら、目が見えないだけで生活できないほどではありませんよ」 「ですが……」 「いいじゃんか、シルビナ。カンナが大丈夫って言うなら大丈夫だろ」 そう言って、茶をすすったヴァン・レクサス。その言葉に、シルビナは眉を寄せる。 「もうっ、ヴァンまでそんなことを言うの?」 「だってそうだろ?」 「そういう問題ではないのよ」 「ふうん。まあいいけどさ。それよか、新居ってどうやって探すんだ? やっぱ都市だと、空き家に勝手に住んでいいってわけじゃねえんだろ?」 「……。むしろ田舎がそういうことをしていることに驚くけれど、都市の家々は全て都市管理局が管理しているわ。まずは管理局に申請し、空いている家を探すところから始まるけれど」 「都市管理局ってのは?」 「セントリオール駅から歩いてすぐのところにあるお役所よ」 「そっか。じゃあ、そこ行きゃいいんだな」 「……ヴァン、大丈夫? あなたは都市のことを知らなすぎるでしょう」 「なんとかなるって!」 「あなたの常識知らずは底なしだから心配なのよ」 「そうか? ……なんていうか、カンナのことといい、シルビナって心配してばっかだな」 「誰のせいよ……」 シルビナは、そっと嘆息した。 シルビナ・ノワールの両親は、治安維持局に所属していた。維持局の職務は、都市内での犯罪行為や暴力行為に対し、武力をもって鎮圧すること。 中でもシルビナの両親が所属していた特殊部隊は、広域に被害が発生する可能性の高い案件に対して出動することが主任務の、危険な仕事ではあった。シルビナは、兄と共に、そんな両親の手伝いをしていたのだ。 生まれた時から異様に目が良く、動体視力に優れ、しかも我慢強いシルビナの性格は、特殊部隊の任務――遠隔からの狙撃鎮圧という職務には向いていた。まだ10歳にすらなっていなかったが、日々両親と共に訓練と実戦に明け暮れていた。そんな自分には、疑問すら持ったことがなかった。 契機は三年前。当時、戦の神モリガンを主神とするテロ集団が、都市中央で大規模なテロ活動を敢行した。それは、はっきり言えば、ただの自殺のようなものだった。だが、巻き込まれたものは、たまったものではない。 当然、広域に被害が発生した案件だ。特殊部隊に出動要請が出る。ノワール一家も出動し――しかし、テロリストたちは倒れなかった。モリガンの魔力を帯びた彼らは、麻酔銃で撃たれたところで、ものともしなかったのだ。 テロリストの反撃。結果、シルビナ・ノワールは、目の前で兄と両親を失うことになった。自らを盾にしてかばってくれた兄、その血潮の温かさは、忘れることなどできない。 両親を失ったシルビナは、保護施設に引き取られることになった。だが、あまりにいびつな幼少期を過ごしてしまったシルビナが、両親を失っただけの子供たちと生活を共にすることはできなかった。 施設の片隅。いつも一人で膝を抱え、両親のことを思い出しては涙ぐむ。そんな日々を過ごしていた。 それは、雨の日だった。 施設の子供たちは基本的に貧しい。晴れていれば外で追いかけっこでもするが、雨が降ってはそれもかなわない。そんな時に皆がやるのは、決まって決闘だった。 そんな、決闘以外にやることがない子供たちの前に、彼女は現れた。 カンナ・ヴィオレッテ。弟子の少年を引きつれた全盲の決闘者は、保護施設への慰問という仕事を帯びていた。 興味がないまま、シルビナもまた、カンナとゼルの試合を眺めることになる。 そして、そこで衝撃を受けた。 ――力強い炎。 ――強烈な拳の応酬。 ――圧倒的なまでの“死”。 決闘というものを初めて認識したシルビナは、その戦いに憧れた。両親を失って初めて、やりたいことを見つけた気になった。 決闘は、死ぬことによって勝敗を決する。 そう、疑似的に、安全に、『死ぬ』ことができるのだ。 両親を、兄を襲った死というものを、自分も体験できるのだ。 それは、あまりにあまりなきっかけだった。だが、シルビナ・ノワールが決闘にのめり込む、最初の一歩ともなったのだ。 次にカンナ・ヴィオレッテが慰問に来た時。シルビナ・ノワールの腕前は、すでに施設でも最強となっていた。もとより荒事を経験していた人生、加えて天性の動体視力。天賦の才を、シルビナは持っていた。 カンナは、その事実に気付き――声をかけた。 「私の、内弟子になりませんか?」 自室で夜空を眺めながら、シルビナは昔のことを思い出していた。 カンナと出会わなければ、自分は決闘など、決してやらなかっただろう。そうすれば、ヴァンと出会うことも、こうしてプロ決闘者となることもなかったに違いない。 当たり前の事実ではあるが、数奇な運命を感じずにはいられない。 そうして空を眺めていると、コンコン、と扉がノックされた。 「はい? どうぞ」 声をかけると、扉が開いた。現れたのは、全盲の師匠。 「先生。どうされたんですか、こんな夜更けに」 「気配を感じましたので」 手探りで室内に入ったカンナは、シルビナの声を頼りに、彼女の横に立つ。 「迷っていますか」 「……何のことですか?」 「私を取るか、ヴァンを取るか、ですよ」 「本当に何のことですか!?」 ふふ、と笑ったカンナは、 「言い方が悪かったですね。私の世話があるからこそ、ヴァンの世話を焼くことに不安を覚えるのでしょう。ヴァンについて行けば、必然、私の面倒は見られません」 「それは……、そんなことありません」 「事実でしょう。ですが、親が子の重荷になっては本末転倒です」 カンナは、そっとシルビナの頭をなでる。その柔らかな手つきに、シルビナは何も言えない。 「シルビナ。私には、決闘しかありません」 「……?」 「私は全盲です。目が見えない人間にできる仕事など、いくらもありません。ですが、私は十代の頃に両親を亡くしてしまいました。一人で生きていくには、もうこれしか道がなかった」 「先生も……、ご両親を」 「流行病です。仕方のないことでした。私には、選択の余地などなかったのです。ですから、強くなることに対して必死になりました。勝たねば食べていけない決闘者の世界。私は、ただ生きていくため、強くならざるをえませんでした。良い悪いはありません」 プロ決闘者といえど、決闘だけで食べていける人は多くない。多くはアルバイトのような真似事をし、収入を増やす努力をしている。 そうしなければ、とても生活はできないのだ。 「幸か不幸か、私は決闘というものに適性がありました。今も決闘は私の恋人同然。決闘さえあれば、他には何もいりません。ですが、あなたはそうではない」 「……それは」 「それが悪いこととは思いません。あなたの道は、あなたが選ぶべきです。あなたは才能豊かな決闘者で、面倒見のよい私の弟子で……、それ以前に、シルビナ・ノワールという、一人の魅力的な少女です」 カンナの静かな声音。シルビナは何を言うべきか迷い、結局、言葉が出ない。 と、そんなシルビナの足元に、白い猫がすり寄った。彼女の妖精だ。シルビナは妖精を抱き上げると、その頭をなでてやる。 「クルックス……、私は」 白猫は、シルビナをそっと見上げる。 その瞳に、シルビナは心の底を吐露した。 翌朝、朝食の席。 トーストをかじるヴァンに、シルビナは声をかける。 「ヴァン、都市管理局に行くでしょう? 案内するわ」 「おう、助かる」 「どんな家がいい?」 「なんでもいい」 「……あなたは本当に、そういうところ、無頓着ね」 「あ、決闘できるところがいい」 「決闘できないところなんかいくらもないわ。まったくもう」 嘆息したシルビナは、上目づかいにヴァンを見る。 「その……、私も、あなたと同居してあげるわ」 「同居? 一緒に住むのか?」 「そ、そうよ。ほら、あなた、あまりに常識知らずで、心配だもの」 「そっか。まあ、シルビナがいてくれると助かるな。じゃあ頼む」 あっさりと言って、茶をすするヴァン。その姿にシルビナは拍子抜けし、大きく息を吐いた。 そして、シルビナは全盲の師匠を見やる。 「それでいいんでしょう、先生」 「ええ、たいへん結構です」 にこりと笑うカンナ・ヴィオレッテ。 師匠の笑みに、シルビナはもう一度、深く嘆息した。 |