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■訓練の一幕
「今日の訓練は開放について、です」 いつもの訓練室にて、新藤は聡たちにそう言った。 夏休みも間もなく終わりという頃。五月頃から始めたこの戦闘訓練も、今や日常と化した。 開放とは、アーティファクトの能力を一時的に高めるもので、扱える者はごく小数と言われる難しいものだ。 「ただ、私はアーティファクトに関しては専門外でしてね。ですから今回は、風峰さんに指導者の代理をお願いしました」 横一列に並んだ中から桔梗が前に出た。その手にはすでに、純白の槍が握られている。桔梗のアーティファクト・死白槍。限定空間内の魔法を封じるアイテムだ。 「柊さんはすでに開放を修得済みですから、向こうで体術の訓練をしましょうか。それでは、後は任せましたよ」 さらりと言い放ち、新藤は由佳と共に場を後にした。 「開放の訓練っつってもよ、そんな簡単にできるもんなのか?」 「できるわ。ただ、普通は開放できるほどの強い感情はないものよ。だからこそ、開放は文献にも名を残さないくらいに稀少なの」 桔梗は槍を自身の前で横向きに持った。 「開放のために必要なものは想いのみ。けど、開放までを少しは簡単にする方法もないわけじゃない。今回はそれをやるわ。まずは、象徴を知る事」 「象徴?」 おうむ返しに言った行人にちらりと目をやり、桔梗は言葉を続けた。 「見た方が早いわね。死白槍の象徴は『断絶』。象徴がわかってれば、後は続けて名前を呼ぶだけ。 ――『断絶』せよ。死白槍ッ!」 ギシリと空間がきしみ、空気が変わった。桔梗のアーティファクトが能力を発動した証拠だ。 「象徴は契約の書にも表れない。だから、自分でアーティファクトと対話するしかないわ」 「ちょっと待って」 桔梗の説明を遮り、茜が疑問を口にする。 「そんな事をしなくてもアーティファクトの効果は使えてるじゃない。象徴を使うと何が違うの?」 「象徴を使えばアーティファクトの効果は跳ね上がる。言うなれば、より効率的にアーティファクトを使うための動作よ」 「でも、前に戦った時、秀一は象徴なんて使わなかったわよ?」 「当たり前よ。秀一は対話ができていないんだから」 秀一は、むっとしながら桔梗に向かって反論した。 「僕はアーティファクト頼りの戦法じゃないんですから、別に知らなくてもいいんですよ」 「そう言って宮野みたいな素人に負けたのは誰よ」 「それは、不用意に魔法が使えなかったからで・・・」 「今後もそうならない確証はないんだから、象徴くらい知ってなさい」 じろりと桔梗に睨まれ、秀一は押し黙ってしまった。 「じゃあ、やるわよ。まずは対話」 「具体的には?」 「心を落ち着け、アーティファクトの声に耳を傾ける。とりあえず、アーティファクトを握って心を静めてなさい」 そして、数時間後。 「結局、誰もできなかったわけですか」 新藤は呆れたように聡たちを見つめた。聡は眠そうな目で新藤に反論する。 「んな事言っても、対話なんてよくわからないですよ」 「対話と同調ができなければ開放には至りません。その先はともかく、あなたたちなら開放くらいまでは辿り着きそうなのですから、そのくらいはこなして貰わないと」 「先生、ふたついいですか?」 手を上げ、行人は新藤に問うた。新藤は無言で行人に視線を移す。 「まずひとつ。開放ってそんなに簡単な技術なんですか?」 「いえ。少なくても、文献にある限りはかなり稀少な能力と書いてあります」 「じゃあ、なんで俺たちにはできるんですか?」 「私の訓練に耐えているためです。なにせ、私は全く遠慮せずに訓練を行っています。普通の人なら途中で止めますよ、こんな訓練はね」 今まで行った訓練といえば、同じ実力か、あるいは格上との殺し合いが主。確かに、相応の覚悟をもって契約した人でも、途中で諦めたくなって当たり前だ。 「もうひとつの質問は?」 「ああ、はい。先生の口振りからすると、開放が終わりじゃないんですか?」 「ええ。終わりではありませんよ。さらにその先があります」 「――先?」 「契約は本来、魔法を使えない人間が戦闘をできるようにと編み出された魔法形態のひとつです。これを極める事で、一時的に魔法を使えるようにする技術が存在します。もっとも、魔法使いには関係のない話ですが」 「って事は・・・」 行人は桔梗に視線を移し、 「風峰さんも?」 聞いた。 「・・・できるわよ。かなり消耗するからほとんど使わないけど、気に入らない相手には使うわ」 「でもさ、魔法が使えないから非魔法族っつーんじゃねえの?」 聡が当然の疑問を口にした。それには新藤が答える。 「非魔法族は、単に魔力を所持していないだけです。従って、何らかの手段で魔力を得られれば、十分に魔法を使う下地は揃っているわけですよ」 「魔力なんて簡単に得られるんスか?」 「魔力はこの世界そのもの。魔力を得るためには世界と同化しなければならないわけですが・・・ま、難しい理論を抜かせば、簡単ではないにしろ、理論上は可能という事です。それを実践したのが風峰さんのような最上級のアーティファクト使いというわけですね」 「って事は、桔梗ってすごいんだ」 じろりと聡を睨む桔梗の目に、少しばかり殺意が増した。 「だってよ、行人に負けたじゃねーか」 「あの時は全力じゃなかったわ。確かに、獣歩の速度には体が反応しきれない部分もあったけれど・・・」 「ま、いいじゃないか、そんな話。もう終わった話だろ?」 桔梗は行人に何かを言い返そうとしたが、結局、何も言わなかった。 「さて、と。それでは、今日はここまで。次回はせめて対話くらいして下さいね」 「へーい・・・」 微妙に嫌そうに聡は返事をした。それぞれに深い想いで、ある者はくすくすと笑い、ある者は鼻をふんと鳴らす。 これはある夏の、平和な出来事のひとつ――。 |