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「ケーキを……、作る?」 夜空色のワンピースでおなじみ、『夜空』のアンジェラは小首をかしげた。 超異次元空間である焔色スペース。今日はクリスマスということもあって、杉の木がでーんと鎮座しており、飾りつけも完了している。 部屋の飾りやらなにやら、パーティーの準備は完全に整っているようだ。 その準備を手伝わされていたのだろう、やけに大人びた“ちびっこ”は、一緒に仕事をしていたらしい『ジャック』のリナを見上げる。 「そうそう、ケーキ。クリスマスケーキよ!」 「んだよ、突然。お前はそーゆーことするタイプじゃねーだろうが」 口をとがらせたのは男性的口調の女性、『騎士譚』のグレイス・フェイリアーだった。今日は鎧も着ておらず、身軽な格好をしている。 対して何故だか制服姿のリナは、薄っぺらい胸をそらした。 「思うにね、あたしらが女の子として扱われないのは理由があるのよ」 「便所から飛び出したりしてるからじゃねーか?」 「ゲートの出現地点はあたしが選んでるんじゃないわよ! ……もとい。なんかこう、あたしたちって女性的な扱いがあんましないと思わない?」 「そりゃまあ、な」 グレイスも自覚はある。自分が女性らしくないということは。 だがまあ、それはそれとして、一応は本物の女性であるわけだし、多少は女性的な扱いというものをしても罰は当たらないと思うのだが、彼女の周囲の人間はそういう配慮に欠ける――云々。 要するに、不満なのだ。 女の子として大切に守って欲しい、わけじゃない。そういうのは趣味に合わない。 ただ、まったく意識されないというのも、女性としてどうなのか、と思う。別に女性であることを捨てたわけではない。 「そこでお菓子作りというわけですよ!」 なぜだかリナ、力説しつつ拳を握る。 「かわいくケーキを焼く姿を見せればあたしらの好感度も女性っぽさもうなぎのぼり! 完璧ね!」 「完璧なのはいいけどよー、お前って料理できるわけ?」 「できない!」 ズバッと言い切るこの男らしさ。 「だからアンジェラに頼んだわけ」 「私に?」 「そう。無駄に長生きしてるし、ケーキくらい簡単でしょ?」 「……。リナ、私とて何でも知っているというわけではないのだけれど」 はてな、といまいち理解の薄い少女に、アンジェラは追加補足。 「私は食事をしない。できないわけでもないけれど、しないの。だから、食事の作り方を問われても答えようがないわ」 「にゃ、にゃ、にゃーんとぉ……」 本当に驚いているのかよくわからない態度でのけぞり、リナはぱちぱちと目をしばたたかせる。 「あ、あれ? リナ様の完璧な計画が早くも頓挫?」 「完璧だったのかこれ。てか、他の奴を呼べば済む話だろうが。まあ、オレの知り合いにケーキ焼けそうな奴なんていねーけど」 「そ、そうね! その手があった! きっと、こう、まあ、誰かいるわよね!」 はあ、とアンジェラはため息をつく。 このぶんでは、呼びに行くのは自分なのだろうな、と思いながら。 というわけでどこの空間から引っ張ってきたのやら、割と立派な設備のキッチンに移動した三人。 ここにはケーキを作るために必要な道具や材料が全て揃えられている。失敗できるように予備まで用意しているあたり、周到な準備である。 「さて! 準備万端ってなわけで、さっそくやるわよ」 「やるのはいいけどよ、先生役はどうすんだ」 似合わないエプロンをしたグレイスは、同じく似合わないエプロン姿のリナに問いかける。 「アンジェラが呼んでくるわよ……、てか、もう来たみたいね」 ノックに続いて入ってきたのは、おなじみの黒いちびっこと、それとは別に少女が二人。 銀髪のハーフエルフと、魔法剣の使い手でもある学生。『竜神』のエレナと『ロード』の茜だった。 「エレナ・テスタロッソと宮野茜か。できんのか、お前ら?」 「あんたよりゃできるわよ」 茜は鼻を鳴らす。一方、エレナはぐるりと部屋の中を見渡し、 「必要なものはだいたいありそう、かな? じゃあ、早速ですけど、始めてしまいましょうか」 「エレナってケーキまで作れるのねー。感心するわ、いやほんと」 「あ、いえ、たいしたものではないんですけどね。教会はお祭りの時にケーキをお配りすることもありますから」 「ふうん……」 まさしくどうでもいい、という顔で感心なさげに言うリナ。エレナも苦笑いするしかない。 それぞれが台所に立ち、各々の前に道具や材料を並べ立てたところで、リナは指導役たちに問いかける。 「じゃ、まずは何をすればいいの?」 「はい、最初は卵をあわ立てるところからですね」 ででんと用意された湯せん用のボウルを使い、めいめい泡だて器を手に取る。 ケーキ作りは体力勝負、などと言う人もいるが、それもわかろうというもの。最初の作業はひたすらに卵をかき回してもったりした状態を作ることなのだが、これが慣れていないと無駄に体力を浪費する。 「でやああああああああああ!!」 「グレイス、もう少し優しく」 「うりゃあああああああああ!!」 「リナ、飛び散るからもうちょっとゆっくり」 「「文句が多いわ!」」 普段がガサツな二人である。力任せでなく、それでいて素早く手早く作業を行うという神経をすり減らすような行為をできるタイプではないのである。根本的な人選ミスだが、本人がやりたいと言うのだから仕方ない。 「何を言ってんのよ、アンジェラはできてるじゃない」 茜が指差す先、子供用の踏み台に乗ってボウルの中身をかき混ぜるアンジェラは、お手伝いしている女の子みたいな雰囲気があった。そのくせ、そつなくこなすあたり、ずるいと言うか何と言うか。 「っく、アンジェラに女らしさで負けるわけにはいかないのよ!」 「オレだってやればできるってとこ、見せてやるぜ……!」 「「だから、もう少し優しく!」」 ――なかなか簡単に終わりそうはない。 悪戦苦闘とはよく言うが。 それは悪魔と戦うのは苦しい闘いになるということなんだろうか。 「……なーんかとっても失礼なことを言われた気がするんだけど気のせいかしらね?」 「気のせいではないかしら」 なんだかんだと言いつつも、とりあえずケーキの土台までは作り終えた三人。 アンジェラはそこそこ形になっているが、残る二人は直視しがたい情景を作り上げている。それはグレイスやリナが細かいことを気にできない性格ということもあるが、初めての経験というのも理由の一つだ。 「まあ、こんなもんデコレーションしちゃえばわかりゃしないわよ」 「オレが言うのもあれだけどよ、そんなんでいいのか?」 「いいのいいの。食べるのは私じゃないし」 ここまで多大な苦労を受けている茜である。少し面倒になってきているのかもしれない。 「じゃーデコレーションやるわよ。つっても、これは好みの問題であって正解とかはないのよね。とりあえず基本だけ教えるから、後は自分で考えて」 そう言って、茜はお手本となる自分のケーキを作り出した。 とは言いつつも、別に茜だってケーキ作りが得意というわけではない。ぶっちゃけ普段はお菓子とか作らない。弁当は作るけど。 そのため、高度な技術なんてものは皆無。ごくごく基本的なデコレーションだけを終え、小さめの果物で飾り付け。シンプルなケーキを作り上げた。 「とまあ、こんな感じ。できる?」 それを見て、おー、と感嘆の声を上げる男女たち。 「すごい。ケーキだ」 「あんた、今まで私が何を作ってたと思ってたのよ……」 「でもこれ、すごいですよ。さすがは宮野さんです」 「エレナだってやれんだろ? こういうの」 しかしエレナ、首を振り振り。 「実は私、簡単なケーキを焼いたことしかないので……。でこれーしょん、というのはできないのです」 言われて、ああ、とグレイスも納得した。教会が配るケーキはいちいちデコレーションなんてしない。だいたいが焼き菓子のことだ。 「ということは、エレナも初挑戦ってわけね。ふふん、あたしだって負けないから!」 「……勝負事だったかしら」 「ぬぁにを言ってんの! 女はいつだって勝負なのよ!」 「そういうものなの?」 「そういうもの!」 言い切られてはアンジェラも反論できまい。 むう、と黙りこんだアンジェラは、自分のスポンジを見つめる。 「なら、勝負」 「おーしゃ! やったろーじゃない!」 普通に騙されたアンジェラを眺めつつ、茜はぽつりと口の中で呟く。 「いや……、違うでしょ」 ケーキを作ったのなら、それは誰かが食べなければいけない。 そう……、食べなければいけないのだ。 「帰っていいかなん?」 「そりゃー失礼じゃね?」 すでに顔が青いのは『騎士譚』のディック。グレイスの作った何かを食べるというだけでも恐怖感を煽るには十分である。 対して『ロード』の聡はあまり緊張がない。普段から茜の弁当とか食べたりしているし、今回も先生役として呼ばれた彼女の作るケーキだ、楽しみですらある。 しかし、ディック以上に顔が青い男もいた。 「なんで!? なんでオレが犠牲になんなきゃいけないの!? 嫌だ、死ねない体で苦しむのは嫌だー!!」 必然的にリナの担当になる『ジャック』のラルス。グレイスはあれで食べることには煩いからまだしも、リナは牛乳だけあれば生きていけそうな味覚崩壊に近いタイプ。生き残れる可能性は割と低め。 「まあもしかしたらエレナたちが奇跡を起こして助けてくれているかもしれないし、そう悲観的になるなって!」 若干の余裕が残る『竜神』のヒカル。エレナはそう無茶なことはしないし、余裕があるのも当然と言えば当然。 「奇跡なんてあるわけないだろ!? だってあのリナだぞ!? がさつだし細かいこと気にしないし、塩と砂糖を間違えたってまあ食べるのはラルスだしとか言って見なかったことにするに決まってるんだ!」 「あの、そろそろストップした方が……」 『夜空』から呼ばれているのは紅葉。なんか存在そのものが久しぶりな気がするとか関係ない。 紅葉の制止は、しかしラルスを止めるには至らない。 「じゃあリナが作った何かなんて食べる気ある!? 無理だよ! 下手したら炎矢でケーキとか焼いて」「いいわよ焼いてやろうかお前をな!」 半ばブチ切れモードのリナ。すでにその手には炎の矢。明らかにラルスの顔面を狙っている恐ろしい一撃。 「あ、いや、その」 「好き放題、勝手を言ってくれるじゃないの……! あたしだって努力したのよ!?」 「少しの努力でどうこうなるものじゃなかったと思うけどね」 ぞろぞろぞろ。 ケーキを作っていた五人が、それぞれの手に箱を持ってきた。リナの分はなぜかグレイスが持たされている。 「まあ、文句ってのは食ってから言えばいいよなぁ、ディック?」 「食べてからだと遅い気がするのは気のせいかにゃー?」 「でも、ちゃんと皆さん、一生懸命に作りました。せっかくなので味見だけでも……」 「いや、味見すんのも怖いってのはちょっとだけわかる」 なんのかんのと言いつつも、男性陣の前に、それぞれ対応する女性陣のケーキが並べられた。 もはや、覚悟を決める他にない。 「んじゃー俺から」 特別に覚悟もいらない聡が真っ先に箱を開く。出てきたのはお手本になったシンプルケーキ。 「おー、茜ってケーキも焼けるんじゃん」 「自信あったわけじゃないけどね」 「ん、しかもうまいし」 「――そ、そう」 なんてことない顔をしつつも、やっぱり嬉しそうな茜。このバカップルめ。 「じゃあ、次はオレかな」 続いて安全牌のヒカルが続く。出てきたのは、少しだけ形が崩れつつも丁寧に作られたと見えるケーキ。 「あ、あの、少し失敗してしまって……」 「んー、でもおいしいよ、これ」 デコレーションそのものは完全とはいかなかったが、素材が悪いわけではないので問題もなし。このバカップルめその2。 それに続くのは当然と言うべきか、遠藤紅葉。 「アンジェラって食べ物とか作れるんだ……?」 そういえば死導者で味噌汁を作ってた奴もいたなぁ、と思いだしつつ箱を開けば、出てきたのは割と普通のケーキ。 「意外、なのかな?」 ぶっちゃけアンジェラがケーキを作ると聞いただけではイメージができていなかったので、出てきたケーキに対する驚きが薄い。食べても普通の……。 ――普通、じゃない。 「アンジェラ。同じ白い粉に見えたと思うけど砂糖と塩は別の食品なんだ」 「……?」 「ああ、いや、いいや……。うん、おいしいよ……」 どうやらアンジェラには調味料の区別がつかなかったらしい。やけにしょっぱいケーキを食べる紅葉は相変わらずの苦労人である。 それを隣で眺めていたディックは、やけに遠い声で言う。 「グレイス」 「何だ」 「死んだら骨を拾って欲しいんだけどお願いできるっすか?」 「バラバラにして谷間に撒いてやるよ。いいから食え」 恐る恐る、箱から取り出してみる。 グレイスのケーキは、とても大雑把だった。 「……グレイス。絞らないかにゃ、普通?」 「めんどくさくてな」 一般的にデコレーションケーキを作る際、クリームを絞り出す。実は割と難しい技術なのだが、グレイスに至っては挑戦さえしていなかった。ケーキの上にどでんと盛られた山クリームは、見ているだけで胸やけがする。 食べるの嫌な感じだけど食べないわけにもいかず、ディックはフォークを突き刺す。 クリームの味はざらつくものの、そこまで悪いものでもない。だけども、幾分というか明らかに分量が多い。 「ディック。男なら残さず食べるよな」 「マジっすか……」 胃薬が必要かもしれない。 残る一人は、胃薬でどうにかなるかわからないが。 「ほらー、ラルス、今まで割とまともだったよね? だから、あたしも割と食べられるものだと予想できるよね?」 「その前振りは明らかに食べ物じゃない宣言っすか!?」 「い、い、か、ら! あたしが女の子としての扱いを受けるか受けないかの瀬戸際なのよ!」 「この時点でもう色々とアウトー!?」 どちらにせよ覚悟を決めなければいけないのだ。 ラルスが箱から取り出したケーキ。見た目は、まあ、白かった。 しかし断面は……、やけに黒い。ところどころ地肌が露出してるし、クリームによる飾りは単に厚い部分と薄い部分があるだけという感じにしか見えなかった。 「こ、れを――食べる?」 「見た通り食べ物なんだから大丈夫」 「食べたくない部類の食べ物なんだけど、本当に大丈夫?」 「死にゃしないわよ」 「でも、その、ね?」 「食べろ」 「……はい」 食べたケーキは、さながら人生の味。 「そう、人生は、甘くないのさ……」 ふらりと揺れたラルスの体。沈み込み、倒れる。 「ラルスー!?」 「んだよ、ケーキくらいで倒れるなよなー」 「村野君は余裕でいいね……」 「同情を禁じ得ないっす」 「ってんなことあるか起きろー!」 踏みつけ。ぶぎゅ、と声が出た。 「ほーら生きてる。ケーキくらいで死ぬわけないのよね!」 「それは、食べ物を作ってから、言おうぜ?」 リナの足の下。ラルスの言葉は、当の本人には聞こえないらしい。 そんなリナを眺め、アンジェラは呟く。 「……目的、忘れていないかしら」 「忘れてんじゃないの」 でしょうね。 高笑いするリナを眺め、アンジェラは軽く吐息。 でも、まあ。 なんだかんだで、みんなが笑っている。なら、それはそれでいいのだろう。 神の子がこの世に遣わされたのは、他でもなく、その顔を見たいがためなのだから。 メリー・クリスマス。 |