「やー、お疲れさん」
「うぐ……」
 ぱちぱち、と拍手で迎えられた有沢光子。だが、彼女はそういう扱いには慣れていない。照れたような表情で、自分の席についた。
「偶然とはいえ、ちょうどぴったりのタイミングで終了したな。今週じゃねえか」
「まあ、ね」
「お疲れ様。いいお話だったね」
「うるっさい。これ以上、辱めなくていいわよ」
 不満げに口をとがらせるが、心の底から嫌がっているわけではない。そのあたり、ここにいる連中はすでに理解している。もしくは理解していなくても気にしない。
「けっ」
 と、そんな平和ムードの中、地獄の底から響くような怨嗟の響きが部屋を渡る。
「ぬわあああああああにがセカチューよ」
「世界の中心じゃないわよ」
 呪いの中心にいるのは、やはりと言うべきか、リナ=ミサキであった。
「彼氏持ちとか落ちてきた隕石に奇跡的確率で激突して死ねばいいのに」
「どれだけ最凶状態よ。というか、なんでこんな呪いの視線を向けられなきゃいけないわけ?」
「あぁ? どの口でそれを言う」
 何かに火がついたのか、リナの口調にも熱が帯びてくる。
「だいたい! なんで! あたしだけ彼氏がおらんのじゃ!! あんたはいいわよね周りは男だらけで選び放題だし!!」
 ダン、と机に足を乗せ、
「そもそも、あたしの周囲にゃロクな男がいないからいけないのよ! あたしだって男に言い寄られてみたいし! そっと隣に寄り添ってくれるとかそういう心理的な癒しが欲しいし!!」
「そっと後ろに忍び寄ってナイ乳を揉んでく仲間ならいるじゃガハッ!?」
「死ネッ」
 いちげきひっさつ。
「ちょっと。今、メキョって音がしたわよ。人間の関節からするにしちゃありえない音よ?」
「聡なら大丈夫だろう。あれで鍛えているのだしな。おそらく」
「あんたらバトル脳と一緒にしないでくれる?」
「あー、すっきりした。で、何の話だっけ?」
「今のをサラッと流すわけ?」
「は? こんなの、ちょっとした遊びじゃない」
「……。だから、あんたらのバトル脳と一緒にしないでって言ってるのよ。あたしは純然たる一般人よ」
「そういえば、光子んところはバトルが一切ないのよね」
「名前で呼ぶなっての。それは、まあ、そうだけど。日本のどこかで、実際に起きうる話といえば、そう言えなくもないわ」
「その点、他の連中は現実じゃありえないか、そもそも現代日本が舞台じゃないわね」
 異世界や遠未来が舞台な者が大半。日本を舞台にしている京介やアンジェラでさえ、霊力や生という、現代日本の科学的常識からすればありえない現象が存在している。
 そして、本当にバトルが一切ないのは、有沢光子が初めてだ。
「だいたい、殴って解決するって発想がおかしいのよ」
『うぐ』
 それに関して反論しうる者はいない。みんな、なんだかんだでバトルによって解決の目を見ている。
「人間、言葉があるでしょう。殴れば犯罪よ、犯罪。どっちが悪かったとしても」
「だけどオレの敵ってのは言って聞くような連中じゃなかったし」
「僕らがしていたのは戦争だから……」
「口で解決すんならそうしたかったけどよ、アイザードが悪いんだぜ!」
「そもそも解決するつもりがない。殺すつもりはあったが」
「だから。あんたらってば本当に文明人?」
 暴力を使っていない有沢は強気に出られる。もっとも、彼女は暴力に訴えるべき相手もいなかったのだが。
「人間の言葉は、心を包み隠すわ」
 口を開いたのはアンジェラだった。全員の注目を集めながらも、アンジェラは一切の動揺がない。
「思ったままを口にすることは非常に難しい。誰しも、自分の身を守るため、あるいは他の理由で、自分の本当に考えたことや言いたいことを置き替えてしまう。そうし続けるうち、本当の言葉を失ってしまう。貴女も覚えがあるのではないかしら」
「むぐ」
 有沢光子という少女は本当に素直ではないのだ。
「拳や剣が良い手段とは言い難い。けれど、お互いがお互いの能力をぶつけ合う最中、何かを包み隠すことはできない。鍛錬を積んだ剣筋は考えをさしはさむ余地がない。本能のまま、自分の心が赴くままに動いてしまう」
「そ、そういうもんなわけ?」
「まあ、そういうのはあるんじゃねえか。剣の修業を積んでいるほど、考え方とは関係なし、体が覚えた通りに動いちまう。命のやり取りともなりゃ、余計にな」
 アンジェラに応じたのはグレイス・フェイリアー。剣の達人とも言える彼女は、そういう感覚が理解できるのだろう。
「逆に考えりゃ、迷いを持ったままじゃ、剣はうまく使えねえ。本来なら本能で動かなきゃいけない場面で、余計なことをゴチャゴチャ考えてみろ。負けんのは確定だ」
「まあ、そのくらいはわからないでもないけど」
「一瞬の思考分だけ、太刀筋は遅れるわ。その遅れこそが、扱う者の心を表している」
「それを御するのが武道ってもんじゃないの?」
「そこまで出来るような奴が相手じゃ、本音を引きずりだすってのは不可能だろ」
 頭で考えず剣で語る女は違う。
「ヴァルゴとかもわかんじゃねえか?」
「――何がだ?」
「お前は言葉が下手そうだからな。そのぶん、剣で語りたくなることもあんだろう」
「まあ、否定はしないが」
 脳みそまで筋肉が詰まっているメンバーにとって、言葉で語るのは難しいのだ。
 その点、剣筋で迷いがないこと、自分が本気であることを語ることは難しくない。
「うー……。何よ、それじゃあ、あたしがアホみたいじゃない」
「そうは言っていないわ。ただ、私たちが相手にしているのは、貴女が説得できたような相手とは質も状況も世界も異なる、というだけの話」
 日本では、武器を手に取る者はなく、人殺しは罪悪であり、暴力は忌避される。
 だが、彼ら彼女らの世界では、多くの者が武術をたしなみ、暴力をコミュニケーションのひとつとして捉えられる文化がある。
「一方的な力はただの暴力にしかなりえない。けれど、お互いが武術をたしなみ、それを会話の手段として用いることは可能だわ」
「そういうもんなの、かしらね……」
 戦いで会話する彼らは、有沢とは世界が違う。そういう世界の人間であり、そういう考え方の人間だ。
 それが最善ではなかったろうし、言葉だけで解決できた有沢はきっと素晴らしいのだろう。
 ただ、そういう考え方もある、ということで。
「じゃあ、さっきの聡に対する一撃もコミュニケーション、なわけ?」
「もちろん」
「んなわけあるかぁ!!」
「あ、復活した」
 起き上がった聡。不死身か。
「黙って聞いてりゃあ何だその理屈!? そら殴り合いでなきゃわかんねえことがあるってのはわかるけどよ、俺がやられたのは純粋な暴力!! 反撃を許さない卑怯な一撃! そういうのはよくないと思いまーす!!」
「うっさい黙れ」
「っと当たってたまるかあ!!」
 リナの必殺炎矢を、聡は紙一重でかわす。新藤先生の地獄特訓は伊達ではないのだ。
「矢なら俺も負けねえ! 雷矢の嵐は魔法の基本だ!」
「ふん! 数だけあったってぇ!」
 リナの放つ炎矢と聡の放つ雷矢が部屋中を飛び交う。戦闘力のないメンバーは、アンジェラたちの作る壁の影に。
「危ないなぁ。部屋の中でやって、誰かに当たったらどうすのさ」
「そう言うのなら、フレーゼ、君が止めてきてくれ」
「え? あ、いや、僕はまあ」
「情けないわね。でも」
 有沢は頷く。
「これがコミュニケーション、ってのは、なんとなくわかるわ。子猫のじゃれ合いみたいなものね。規模は違うけど」
「そういうこと」
 白い翼で非戦メンバーを守りつつ、アンジェラは答えるのであった。




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