「ごめん」
「……」
「いや。だからごめんて」
「……私に謝っても仕方ないでしょう」
「だからとりあえずごめん」
「他にやるべきことは?」
「……みんなを回収する?」
「そうね」
 頷き、アンジェラ・ウェーバーは空を見上げた。
 焔的異空間。どこまでも広がる草原地帯に、何匹かの動物が見て取れた。
 犬やら猫やら。けれど、よくよく見れば、普通の動物とは少し違うことがわかるだろうか。
 村野聡は深々と嘆息し、
「ごめん」
「だから、集めることが先決ではないかしら」

 さかのぼって30分ほど前。
 焔的異空間の倉庫内。お祭りにでも使えるパーティグッズを探し、聡はそこらに積んであった荷物をひっくり返していた。
 いろんな異空間からなんでも引っ張ってこれる倉庫内。それだけに、雑多なものが並ぶ。その中で、ひとつの品が聡の目に留まった。
「ん? なんだこれ」
 それは、ラベルのない瓶だった。中には水のような液体が詰まっている。
「よくわかんねぇけど、水ならいっか」
 そう思った聡は、それを使って、フレーゼ・ハイブリーダにお茶を淹れてもらった。
 独特な香りがするハーブティ。草原の真ん中に丸テーブルを置き、みんなでいつものようにお茶を飲んだ。
 だが、ちょうどその時、聡はカップから少しこぼしてしまった。そちらに気を取られている間に、他の皆はお茶を飲み――結果、何故だか動物に変化した。
 考えるまでもなかった。瓶に詰まった水が、ただの水ではなかったというだけの話。

 とにかくみんなを回収しなければならない。
 飲んでも変化のないアンジェラを連れ、聡は動物と化した主人公ズを追いかける。逃げもしなかったのは、白黒ぶち模様の大きな牛。
「えーと、おい、誰だ? てか、日本語わかるのか?」
「わかるよ」
「うおっ!?」
 牛がしゃべった。
 聡が驚いていると、
「何を驚いているのさ。牛になったとはいえ、元は人間だよ」
「いや、元は人間でも今は牛だろうが……。てか、変化しちまって誰が誰かわからん。お前誰だ」
「古木作也です」
「古木……、ああ、あの作家の。じゃあ、頼むからここでおとなしくしててくれよ?」
「僕はいいけど。ここで草でも食べてるよ」
 そう言いながら、古木は草原の草を食んでいた。
「……本当に牛になったりしねえだろうな」
「なんとも言えないわね」
「こりゃ、早く回収しねえとやべえな! 他には……、あ、おい、そこの兎!」
 声をかけると、真っ白な兎がぴくりと耳を揺らした。
「待て待て! えーと、誰だ?」
「あー、久住優希です」
「ユウか。動物になっても人畜無害なんだな、お前」
「そう言われても……」
「それが個性だろ。ほら、あっちの牛、あれ作也だから、一緒にいろよ。仲良いだろ、お前ら」
「あ、あれが作也君なんだ。ありがとう、みんな怖くて。おーい、作也くーん」
 ぴょんぴょんと跳ねながら牛のもとへ向かう兎。牧歌的な光景である。
「こんなんだけで住めばいいんだけどな」
 そう言いながら、聡は嘆息した。

 草原を歩いていくと、一頭の猪がぐるぐると同じところを駆け回っていた。
「……何してんだ、お前」
「何って、なんだか走りたくって仕方ねえんだ!」
「猪突ってか? って、その声、もしかしてヴァンか」
「おう! ヴァン・レクサスだ!」
 ぐるぐる回る猪。聡は浅く息を吐くと、
「ふっ!」
 その横っ腹を思いっきり蹴飛ばした。魔力も込めた蹴撃は猪を吹っ飛ばし、転がす。
「おお、止まった!」
 足をバタバタさせながら叫ぶヴァン。その足をつかむと、強引に起こす。
「いいか、ヴァン。あっちの牛、あいつと一緒にいろ。あの周りでぐるぐるしろ。わかったか?」
「おう!」
 ダダダダ、と駆け回る猪。と、そのままストレートに牛と激突した。さすがに重量級同士なので跳ね飛ばされたりはしないようだが、そのままつばぜり合いみたいになっている。
「いいの?」
「いいんじゃね?」
「貴方がそう言うのなら」
 アンジェラはひとつ頷き、次の動物へと向かう。

 少し進んだ先では、猫とネズミが睨み合っていた。
「何してんだ、お前ら」
「君が余計なことをしたせいだと思うが、村野聡」
「そうよ。そういうことよ。いっぺん引っかかせなさい」
「その声……、京介と光子か。何してんだ」
 問いかけると、ネズミもとい雨雲京介は答える。
「何とは心外だね。自衛だよ」
「自衛?」
「そこの猫娘が僕を襲おうとしているようだったからね」
「誰が。誰を。襲うのよ。だいたい今どきの猫はネズミなんか追っかけないわよ」
「そうだろうか。君の目つきは捕食する獣のそれだ。性格も相まって信用には値しない」
「あんたは誰も信用していないでしょうが! それにあたしは、ここのメンツじゃ無害な方よ!」
「そりゃ光子のほうが一理あるな。で、お前ら、あっちの牛と猪が体当たりしてるとこに行け」
「……なんであたしが、あなたに命令されなきゃいけないのよ」
「いいから行け」
「そうだな、有沢光子」
 ぴょん、と猫の頭に乗ったネズミ。その行動に、猫は毛を逆立たせる。
「どこに乗ってるのよフシャー!」
「歩幅が違うんだ、効率の問題だよ」
「いいから降りなさい!」
「あー、いいから行けやお前ら」
 猫をひっつかみ、聡はフルスイング。
「にゃあああああああ!? お、覚えてなさいよぉぉぉ!!」
 ドップラーしながら跳んだ猫は、それでもさすが、ちゃんと着地していた。
「できんじゃん。えーと、他は……」
「そこに」
 アンジェラが指し示す先、大空には、二羽の鳥が飛んでいた。カラスと鳩らしい。
「カラスはもしかして太陽か? おーい、太陽ー」
 呼ぶと、二羽の鳥が降りてきた。
「呼んだか?」
 黒い鳥が烏丸太陽の声で言う。
「やっぱカラスが太陽か。まんまだな。で、鳩は?」
「オレだよ。橋本ヒカル」
「ヒカルか! なんでお前が鳩なんだ」
「オレが知るか。平和の象徴とか、そんなんじゃねえの」
「あー、なる。じゃあお前たちも、あっちの牛んとこ行け」
「なんかネズミと猫と猪が追いかけっこしてるとこか?」
「そうそれ。あと、できれば止めてくれ」
「それは無理だな」
「オレたち鳥だし」
 せめて猛禽とかなら。
 まあ困るのは京介くらいだろうし、構わないかもしれないが。

 さらに草原を進むと、馬が草を食んでいた。
「おいそこの馬。お前誰だ」
「んー? おう、聡」
「もしかしてグレイスか」
「悪いか」
 草をもしゃもしゃする雌馬。その姿に、聡は首をかしげる。
「作也も草を食ってたな。旨いのか?」
「味とかじゃなく、なんかこうしなきゃいけない気がする」
「本能か。草を食うなら牛の横にしてくれ」
「んだよ、めんどくせえな」
 そう言いながらも、パカランパカラン、馬は牛の方に向かう。
 ほっと一息ついた聡が振り返ると、一匹の犬がこちらを見ていた。真っ黒な毛並みの柴犬みたいな犬だ。
「……おすわり」
「わん」
 素直にお座りする犬。
「えーと。お手。おかわり」
「わん。わん!」
 ちゃんと手を出す犬。
「お前人間のプライドねえの!?」
「本能なんだよ」
 わんと鳴いても誰だかわかる。八雲恵美だ。
「なぜだか人間の命令に従いたくて仕方ないんだ。何か命じてくれないか」
「えっと。じゃあ、あっちの喧嘩してるアホどもを止めてくれるか?」
「任せて!」
 喜んでかけていくわんこ。わんこまっしぐらである。
「もともと動物みたいなやつだしなぁ」
 うんうん、と聡は頷いた。

 草原を進むと、一本の木が見えた。
 樹上には、一匹の猿がぶらさがっている。
「おーい、そこの猿!」
「ん? ああ、聡か」
 ひょい、と飛び降りてきたのは、声からして、ヴァルゴ・オフィユカスだ。
「お前まで変化しちまってたのか」
「俺は不死なだけで解毒できるわけじゃない」
「そりゃそうか。なあ、他の連中は知らねえか?」
「そこに一人いるが」
「そこ?」
 ヴァルゴが指す先、樹の中ほど。そこに、一匹のトカゲが張りついていた。
「あー、お前か。おう、誰だ?」
「カズマだ」
 トカゲの正体は、カズマ=クライフォードらしい。
「トカゲの魔法を使いすぎてそんな風に」
「なるわけねえだろバカかお前のせいだよ噛みつくぞこんにゃろう」
「わ、悪い」
 平謝りした聡は、
「カズマ、ヴァルゴ。あの珍獣どものとこで待っててくれないか」
「遠いな」
「オレが乗せてやろう」
 トカゲを肩に乗せ、猿が駆け去っていく。
「なんかのアニメみてえだな」
「何のこと?」
「俺もよくわからん」
 そんなことを言っていた。

 草原を進みながら、聡はアンジェラに問う。
「後は誰だ?」
「リナ、フレーゼ、エリア、マリナ。四人ね」
「四人か。あの女どもはどこにいるんだ」
「フレーゼは男性よ?」
「半分女みてえなもんだろ。お?」
 視界に入ったのは、草の中で寝ているダチョウ。野性味の欠片もない爆睡モード。その隣で、陸ガメがやはり寝ている。
「おいそこの昼寝ズ。起きろ」
 聡が蹴飛ばすと、ダチョウが首をあげた。
「なんだい、聡。レディに失礼じゃない?」
「エリアか。こっちの亀は」
「私よ」
 むくりと体を起こした亀。声からしてマリナか。
「お前ら、動物になったのに、よく寝てられるなあ」
「別に、長い人生、そんなこともあるでしょ」
「いきなり剣になるのに比べたら、亀になるくらいどうってことないでしょ」
「どうってことあるだろ。寝るならあっちの牛がいるとこにしろ」
「この体だと走れないのよ」
「ゆっくりでいいから」
「はいはい」
 のそのそと歩き出す亀。その歩幅に合わせ、ダチョウも隣を行く。
「ったく、動じねえってのはすげえな。後はフレーゼとリナ……、は、どうでもいいか」
「よくないでしょう」
「へいへい、冗談だよ。にしてもフレーゼはどこにいるんだ」
「あれではないかしら」
 アンジェラがひょいと指す先、そこには、一輪の花と、そこに顔を突っ込むミツバチの姿があった。
「おい、お前、もしかしてフレーゼか」
「ん?」
 ミツバチが花から飛び立つ。
「ああ、聡。あの水、なんだったのさ」
「知らんごめん。そうか、お前は蜂なのか」
「蜂のように刺す! なんちゃって」
「ミツバチは刺さねえだろ。花を堪能するのはいいけど、それならあの牛のとこにしとけ」
「……なんかこの体であそこに行くの、身の危険を感じるんだけど」
「たぶん大丈夫だ。ヤバそうだったら恵美に守ってもらえ。あのわんこ、素直に命令を聞くから」
「わ、わかった」
 ぷーん、と飛び立つミツバチフレーゼ。
「残りはリナか。本当に、どこに行きやがったんだ、あいつ」
 聡がきょろきょろと首を振ると、
「……見つけたわよぉ、さーとし君」
「ん?」
 リナの声。だが姿が見えぬ。
 見渡してもどこにもいない。ふと、足元を見やる。と、そこに子猫がいた。
「子猫じゃないがおー!」
「がおーって」
 ひょいと摘み上げる。手のひらサイズの縞模様。
「手乗りタイガー?」
「がおー!」
「ぜんっぜん怖くねえよ。ほら、いくぞタイガー」
「がおー! ってちょっとはビビりなさいよがおー!!」
「はいはい、怖い怖い」

 でもって、とりあえず全員集めてみたわけだが。
「どうすれば治るんだ」
 ある意味で珍獣だらけの阿鼻叫喚。手乗りタイガーと猫がネズミを追っかけているし、馬と牛と兎は草を食んでいるし、ようやく到着した亀はバテて寝ている。
「自由気まますぎるだろ……。なあ、アンジェラ、なんとかする方法はないか」
「倉庫に、これが」
 アンジェラが取り出したのは、一本の瓶。見た目には先ほどの薬と変わらないように見えるが、ラベルに解毒、とある。
「これをふりかければいいのか?」
「おそらくは」
「そっか。じゃあ、そらっ!」
 瓶の中の水を振りまく。と、動物たちがぼふんぼふんと煙に包まれた。
 煙が晴れると、中から人間の姿に戻ったみんなが出てくる。
「よっしゃ! なんとかなった!」
「なんとかじゃないわよ、もう」
「二度と体験したくはないな」
「とりあえず、倉庫のもの使うの禁止だな」
「何があるかわかんねえしなぁ」
「ごめん。みんなごめんて」
 謝る聡。と、その足元で、小さな猫――もとい、虎が叫ぶ。
「ちょっと! あたしがまだ治ってないんだけどがおー!!」
「いや、お前はその方が安全いだだだだだ! 噛むな!!」
「いいから戻しなさいがおー!!」
「わあった、わあったから……、いででででで!?」
 虎に噛まれる聡と、助けようとはしないメンバー。
「自業自得ね」
「でもあのリナ、可愛い」
「元がリナじゃなきゃ、もうちょっと素直に言えるんだけどね」
「恵美、助けてやれよ」
「うん、任せて!」
 たたたっ、と駆ける制服少女を見送りながら、アンジェラは言う。
「何事も経験、かしらね」
 と、その隣に立つ太陽が首を傾げた。
「そういえば、アンジェラは変化しなかったんだな」
「私は、飲んでも吸収しようとしなければ吸収しないから」
「なるほどな。じゃあ、吸収したら変化したのか。アンジェラなら何になったんだろうな? オコジョとか?」
 その問いかけに、アンジェラは小さく微笑んだ。
「それは、悪くないわね」




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