アメリアは強く地面を蹴ると、中空を舞う。
 手には猪のような生物を握り、合流地点へと向かう。
 目印にしていた大木の根本には、すでに恵美の姿があった。その脇には、鹿らしき変種が転がっている。
「あら、大きな獲物ね」
「アメリアもやるじゃないか」
 二人で獲物を比べ合う。今日のところは、どっちもどっちといったところだ。
「ま、それだけの獲物が狩れるなら、もう問題ないわね」
「だから大丈夫だって言っているじゃないか」
「あなたの言う体のことは信じられないのよ」
 そう言いながら、アメリアは友人を見やる。
 恵美は腕と足に貫通創があったというが、その痕跡はどこにもない。片浜などはしきりに首をかしげていたが、現実として、支障もないようだった。
「じゃあ、戻りましょうか」
「うん」
 恵美と共に、アメリアは駐屯地へと跳ぶ。
 いくらか樹上を走ると、拠点が見えてきた。見慣れた建物とテント群。
「あ、アメリア! 恵美!」
 そこに共通の友人――菜々の姿を見つけた二人は、中庭に飛び降りた。
「おかえり、凄い成果ね」
「ふふん! どうだい!」
 胸を張る恵美と、そんな恵美にくすくすと笑う菜々。
 菜々の左目は前髪で隠れていた。その下にある瞳が光を映すことはもうない。暴行された後遺症だ。甲斐の見立て通り、子宮も損傷しており、子供を作れる可能性は低いという。
 それでも、彼女はこうして笑うことができる。その精神力は、アメリアの理解を超えていた。
『恨まないの?』
 アメリアの問いかけに、菜々は言っていた。
『怖かっただけなんだよ。だから、許してあげなきゃ』
 もちろん、心の底からまったく恨んでいないわけではないだろう。実際、あれからというもの、菜々がテント群で避難民の世話をすることはなくなった。
 だが、それでも――たとえ口先だけでも、そう言えるということは、途轍もないことだと思う。きっと、アメリアが同じ目に遭わされていたら……。自信はない。
 それは恵美も同じことだった。友人に起きた災厄。恵美はもちろん激昂した。だが、それだけだった。
 変種と戦う姿勢は変わっていないし、人間に力を向けることもしない。あくまで自分を律しているのだ。
 二人の強さに、アメリアも救われている。
 そんな二人を眺めていると、
「ッ!?」
 ガシャーン、と大きな音が響いた。慌ててそちらに出向いてみれば、
「ディラン、だから触るなと言っただろう!」
「レイナ、君こそ無茶をしていないか! いくらなんでもそれは……」
「うるさいな、私はすでに呪力保持者だ! お前より力もある!」
 転がった鉄骨と、その脇で喧嘩をする男女。その姿に、アメリアたちはぽかんとした。
「ああ、アメリア。気にしなくていいわよ」
 その様子を脇で見守っていたフィオナが言う。隣では井出が肩をすくめていた。
「今度は何なの?」
「重量物を運ぶのは男の仕事と言い張る馬鹿と、私の方が力があると言い張る馬鹿の言い争い。二人とも頭がいいでしょうに、なんでそんなところで張り合うのかしらね」
「ああ……。まあ、仲がいいんでしょうね」
 甲斐とディランは、共同研究を始めている。井出も加わり、アルミュールの改良に挑んでいるのだ。ディランの作り上げた基礎に、甲斐の研究や発想力と、井出の解析力が加われば完璧――そのはずだったが。
 なかなかどうして、衝突することも少なくない。もっとも、ただのじゃれ合いのようにも見えるが。
「ちょっとフィオナさん、なだめてくださいよ。アメリアさんも手伝ってください」
「どうして私が」
「中佐のサポート役なんでしょう、フィオナさんは」
「勝手にそう言っているだけよ」
 加賀谷が死に、アルミュールが大破した時、当然ながらフィオナとディランには帰還命令が出ていた。それを突っぱねたのは当人たちだ。
 ディランいわく、日本にいる方が研究がはかどると。
 フィオナいわく、そんな彼の護衛が必要だと。
 二人とも本音は別にあるにせよ、命令違反をし続けられるのは、それだけ米軍にとって彼らが必要な存在ということでもある。それに、ディランは研究の成果を――データだけだが、きちんと米軍本部へと転送していた。アルミュールの組み立てだけならば、ディランも必要ない。最終調整には戻らねばならないかもしれないが、それは当分先の話だ。
 ふと、フィオナはアメリアの手元に視線を落とした。
「それ、猪? あなたが狩ってきたの?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、解体するのでしょう? 手伝うわ」
「あたしよりイデを手伝ってあげたら?」
「こっちに私ができることなどないもの」
 冷たく言い放ったフィオナだが、言っていることもあながち間違いではない。口のうまくない彼女では、口論のプロフェッショナルらしい二人に言えることなどない。
 嘆息したアメリアは、恵美や菜々と共に、敷地の隅へと移動する。建物の陰に作った掘立小屋は、狩ってきた生き物の解体用に使われている。
 そこには、先客がいた。
「おう、恵美とアメリアか」
「クズハラ? あなたも戻っていたの」
 数羽の兎を解体していたのは、葛原と清水、片浜を加えた新生回収班だ。
 中距離戦を担っていた草薙が戦死したことにより加わった葛原だが、獣の勘があるおかげで、十分にその穴を埋めている。
「恵美、そんな大きな鹿を狩ってきたの? もう元気いっぱいね」
「恋華こそ、結構な数じゃないか」
「たまたま当たっただけよ」
「それに、見つけたのは葛原だしな」
 苦笑する片浜と清水。ベヒーモスと戦って以来、彼女たちは、自分たちの能力を過小に評価しているきらいがある。それが恵美には少し不満だったりするが、あれほどの化物と戦ったのだ、死線を何度もくぐりたくないという本音は避けられまい。
 皆で協力しながら獲物を解体していく。
 その作業中、アメリアは、ふと視線をあげた。
 その先では、恵美が刀で解体をして葛原に怒られている。確かに長物は危ないが、彼女はそんな危なっかしさも似合う。
 意図せず頬を緩めていると、アメリアの隣にフィオナが寄ってきた。
「彼女があなたの好みなの?」
 こそりと問いかけてくるフィオナに、アメリアは眉をひそめる。
「どういうこと?」
「だから、恋人にしたいの?」
「……エミは女よ」
「知っているわ。でも、レインボーカラーなんて珍しくないでしょう?」
「それは……」
 アメリアはもう一度、視線を戻す。その先で笑う恵美に、思わず気恥ずかしくなって、視線をそらしてしまう。
「手伝うわよ」
「け、結構よ」
「でも、好きなのでしょう?」
「……大切な人よ」
 自分の人生を変えたほどの。
 それを自覚している。だが、それと恋愛は、少し違う気もする。
 恵美のやることは助けたい。彼女の生き様は守りたい。危なっかしい彼女を支えたい。
 それは、救われたがゆえの、感謝だ。
「……平和になったものね」
 ぽろりと、そんなことを口にした。
 好きだとか嫌いだとか。
 そんなことを話せる時。それは、平和だからこそだ。
 だから今は、そんなくだらない話に花を咲かせるのも悪くない。
 生きるだとか、死ぬだとか。
 そんな話は、もうたくさんだから。
「生き続けるのは、当然のことよ」
 そう言える世界。
 それが、きっと、彼女の望む世界。
 そんな世界で、生きていくのだと。

 ――それが、自分への誓い。



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